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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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再来の銀炎


「あら、ずいぶん久しぶりな顔ね。どしたの、こんなところまで?」


 リディアが不敵な笑みを浮かべながら、突然現れた男に問い掛ける。二人の会話はどこか親しげで、流石に通りすがりの赤の他人ということは無さそうだ。


「どうしたって、僕が来た意味がわからん訳でもないやろ?自分が何してたか、わからんとは言わさんで」


 男の声音は高圧的で、親しさは一瞬で消し飛ぶ。男の怒りが声音だけで伝わってくる。何に対しての怒りなのか、それは彼を知らないアカネにはわからない。


「え~、わかんないよ。私何か悪いことでもしたかな?ちゃんとわかるように説明して、ヨイヤミ」


「よい、やみ……」


 その名を聞いたアカネは風前の灯となっていた意識を無理矢理に引き止めて、その瞼を必死にこじ開ける。

 自分に背を向けて立っていたヨイヤミと呼ばれた男は、長い銀髪を一本に結んで腰の辺りまで垂らし、身長をも超えるかという長刀を手に携えた男。


「言わんとわからんって言うなら言ったるわ。かわいい女の子をいたぶった上にあざ笑い、その命まで取ろうとしたお前の、その性根の腐った根性叩き直しに来たんじゃ」


 そんなヨイヤミの言葉に、リディアは一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、すぐに何かを思い出したように声をあげて笑いだす。


「あはは……、そうやって本当のことを言わないのはあんたらしいよ。変わってないみたいで安心したわ」


 そう、まるで昔を懐かしむような声音でリディアは言った。姿かたちが多少なり変わったとしても、その心根は変わらない。リディアの記憶に残るヨイヤミと、今目の前にいるヨイヤミは決して別人などではない。

 けれど、ヨイヤミは「何言うとんねん」と前置きしながらこんなことを言った。


「ホントに決まっとるやろ。こんな可愛い子が危ない目に合ってたら、ギリギリのところで助けに入るのが、格好いい男ってもんやろ」


 その言葉を耳にしたアカネに後頭部を拳で殴られたような痛みが走る。『あんた何時から見てたんだ』と突っ込みたくなったが、今のアカネにそんな気力も体力もない。

 ただ、アカツキの親友である彼の姿をその目に焼き付けようと、必死に彼の姿を視界に収める。


「まあ、冗談はさておき……。さすがにやられるまで見てた訳とちゃうからな」


 ヨイヤミは不意にこちらに振り返り、言い訳がましくそんなことを言う。初めて見るはずの彼の表情は、どこか隠しきれない優しさが滲み出ていた。少し慌てたように言い訳をする姿は、初めてなのにどこか懐かしい感じがする。


 ああ、そうだ。この人、少しアランに似てるんだ。


 そんなことを思いながら、アカネはおぼろげな意識の中で小さな笑みを浮かべた。


「ちょっと待っとってくれよ。今助けたるからな」


 さっきの言葉がなければ、その言葉はすごく格好よく聞こえたのだろうけど……。

 それでも、この人はきっと助けてくれると、そんな安心感を抱かせてくれた。

 それにしても、可愛いなんて言われ慣れていないせいか、少しだけ胸の奥に熱を感じた。


「それにしても、ヨイヤミずいぶん大人っぽくなったね」


 リディアはこの戦場にありながら、そんな世間話を始める。相変わらず戦意は感じられない。ただ、それはヨイヤミも同様で、お互いにまるで覆い隠しているかのように、その感情はとても静かなものだった。


「そういうリディアは、あんまり変わらんな」


「まあ、女の子の方が成長期は早いからね。それに資質持ちは、魔力が高ければ高いほど、最も活動的な身体年齢で止まるから」


 グレイやキラなどの四天王が実年齢と比較して異常に若く見えるのはこのためである。それも、魔力の差異によるため、魔力が高ければ高いほど実年齢と身体年齢の差が開いていく。彼女は今は年相応の姿をしているが、今後は実年齢との差が少しずつ生まれてくるのだろう。


「まあ、変わらんのは見た目だけの話やけどな。さっきも言うたけど、ずいぶん性格がねじ曲がっとるやないか」


「それはヨイヤミの見る目がなかっただけよ。私は元々こんなもんだよ」


 そんな風に、平然とヨイヤミの記憶を否定する。共に過ごした時間を、彼女と仲良くしていた時間を、否定してしまうように。


「そんな寂しいこと言うなや。それとも、わざと嫌われようとでもしとるんか?」


 先ほどまでの威圧的な雰囲気が空の青に溶けたように、ヨイヤミは優しげで少し悲しげな笑みを浮かべながら問い掛ける。彼は何を思い、いつの空を見ているのだろう。


「ヨイヤミは優しいね。こんな私をまだ信じようとしてくれてる。でも、そうすればそうするだけ、後で自分が悲しくなるだけよ」


「どういう意味で言うとるんや?」


「さあね?それはあなたのご想像にお任せするわ。あなたが捉えたいように捉えて」


 ヨイヤミの問いかけに、しかし彼女はそんな曖昧な答えしか返さなかった。

 彼女の意思は未だ見えそうもない。彼女がかぶっている仮面は、あの頃から何も変わらない。頑丈で、簡単に覆い尽くしてしまって、覗き込もうとすればするほど遠ざかるように感じる。

 リディアは口にした答えとは裏腹に明確な意思を示す。


「それで、ヨイヤミはどうしたいの?私は、あなたと戦う気はまだ無いんだけど」


 リディアの言葉に、ヨイヤミは訝しげな表情を浮かべる。


「まだっていうところが引っ掛かるんやけど。まあ、資質持ち同士ならいずれは戦わなあかんってところか……」


 そこで一度言葉を切ると、顎に親指をあてながら考えるような素振りを見せる。


「ただ、僕は今のリディアを野放しにしておく気はない。リディアの家族として、リディアが道を踏み外したなら、それを正してやるのが僕らの務めや」


 そんなヨイヤミの言葉に、リディアが珍しく表情を少しだけ歪める。


「へえ、三年以上も音沙汰なしで帰ってない私を、まだ家族なんて呼んでくれるんだ。それは、うん、悪くはないね……」


 よく見るとリディアが拳を握り、それが小さく震えているように見えるのは気のせいだろうか。


「でも、やっぱり私は戦わないよ。もう、ここにいる意味も無さそうだし」


 そう言ってヨイヤミに背を向けようとするリディア。そんなリディアを『待たんかい』とヨイヤミは呼び止める。


「用済みになったハリーは放り出すんか?それはちょっと酷いんちゃうんか」


「用済みだなんて、あんたはそんな風に思ってたの。あんたこそ、酷いんじゃない?」


 そんなリディアの言葉に、ヨイヤミは思わず喉を詰まらせる。


「それに、今あんたは私と戦うべきじゃない。力は本当に使わなきゃいけないときに使わないと」


 そんな意味ありげな言葉を告げるリディアにヨイヤミは疑わしげな視線を送る。


「どういう意味や!?僕は、今がその時やと思っとるんやけど」


「それはあんたの思い違いで、勘違い。もっと周りをよく見て先を読まないと。そうやって目先のことだけに囚われていたら、いつか後悔するわよ」


 何かを思い詰めるように、そこで一度瞼を閉じると、「いや」とまっすぐな視線でヨイヤミを射抜きながらこう言った。


「あんたはもう、十分に後悔したはずよ。それなのに、あんたはもう一度同じ事を繰り返すつもり?」


 その言葉だけは、今までの無感情な言葉とは違い、彼女にとって伝えようという意思の宿る言葉だった。

 それがヨイヤミの中に違和感として、足を縫い止める釘のように突き刺さり、彼女のことを止めることができなかった。


「じゃあね」


「まっ……」


 彼女はそんな一言を置き去りにし、ヨイヤミとアカネを残して、砂の大地を去っていった。彼女がハリーをけしかけて何を成したかったのか、それが彼女の口から語られることはなかった。


「起きれるか?」


 リディアが視界から消えた頃、ヨイヤミは何かに区切りを付けるように溜息を吐くと、振り返ったヨイヤミはアカネに声を掛けた。


「ちょっとくらくらするけど、大丈夫そうです……」


「そうか、それはよかった」


 ヨイヤミは何処か吹っ切れたように歯を見せて笑みを浮かべる。と、その笑みも束の間、ヨイヤミは腰に手を当てて、呆れたように溜息を吐く。


「それにしても、あの戦いはお粗末過ぎるやろ。魔力は散乱してるわ、刃の軌道はバラバラだわ」


 助けてもらった人に、突然そんな説教をされれば誰だってビックリする。それはアカネも例に違わず、説教をするヨイヤミのことを、目を点にしながら眺めていた。


「誰かに戦い方教わってへんのか?それとも、戦い方を教わってそれなんか?もしそうやとしたら、教えた奴に文句言うたらなあかんな」


 今度は腕組しながらいかにも怒ってます、という風な態度と共に視線をそらす。

 もしかしてこれは、その『戦いを教えた奴』がわかっていて、それを自分の口から聞きたいのではないだろうか。

 そんな風にアカネが勘ぐっていると、案の定ヨイヤミはアカネの方にチラチラと視線を向ける。


「じゃあ、戦い方を教えてもらった人に、文句を言ってもらわないといけませんね」


 苦笑を浮かべながらアカネはそんな風に答えた。

 この人は一体どこまでわかっているのだろうか。わざわざ『戦い方を教えた奴』を聞き出そうとしたということは、恐らくそれが誰なのか勘付いているから。そして、恐らくその名前を自分の口から聞きたいのだろう。


「そうか、じゃあそいつの名前を教えてくれ。俺が文句言ったる」


 『やっぱり』とアカネは心中で再び苦笑が漏れた。面倒くさいタイプではありそうだが、悪い人ではなさそうだ。まあ、アカツキが親友というくらいなのだから、元々そんな心配はしていなかったが。


「じゃあ教えましょう。私に戦いを教えてくれたのは……」


 そこまで言いかけたアカネの言葉が止まる。別に言うのをためらった訳ではない。すさまじい程の魔力が、自分たちの合間を通り抜けて言ったのだ。お陰で鳥肌が立った上に、ビリビリと皮膚が刺激される。

 先ほどまで『精神崩壊(マインドアウト)』を起こしかけていたアカネにとって、この魔力の波はあまり良いものではない。案の定、魔力酔いを起こしかけている。


「何ですか、これ?」


 アカネは嘔吐感を抑えるために、口元を押さえながらヨイヤミに問いかける。


「そろそろ決着が着くってことやろ。こんなでかい魔力を浴びるのは初めてか?」


「いえ、そういえば何度か受けたことがありました」


 ただ、精神崩壊状態で受けるのが初めてだったから、普段とは違うものだと錯覚してしまった。

 というか、決着という言葉を使ったということは、向こうで何が行われているかも知っているのだろうか。それを知っていてなお、こちらを助けに来てくれたのだろうか。いや、知っていたからこそ、こちらを優先したのかもしれない。


「まあ、僕らもあっちに向かおうか。僕らが着くころには、戦いも終わってるやろ」


「そんなに呑気に構えていて良いんですか?どっちが勝つかもわからないのに」


 あまりにも平然とそんなことを言ってのけるので、ヨイヤミは一体どこまでわかっているのか本当に不思議になってくる。


「勝敗なんて最初から決まってるから問題ない。ただ、お互いに気が済むまでやらんと、後で遺恨が残るからな。負けるから止めとけなんて、さすがに言えんやろ」


 どちらが勝つとわかっているんですか、とは聞かない。ヨイヤミが止めなかったということは、恐らくそういうことだろう。やはり、知っていたからこそ、こちらを助けに来てくれたのだ。


「ヨイヤミさんは、二人のことどう思ってるんですか?」


 自分はアカツキのことしか知らない。けれど、目の前のこの青年はどちらのことも知っている。自分の知らないアカツキだってよく知っている。


「自分勝手」


「えっ……」


 たった一言だけそう言った。それ以外の言葉は出てこなかった。


「それだけですか……?」


「それだけやな」


 「そうですか」としか返せなかった。もっと何か深い答えを期待していたのに、なんだか肩透かしだ。

 まあ、たぶんその言葉の中に、たくさんの意味が込められているのだろうが、アカツキの過去をアカツキの口からしか聞いていない自分には、その意味を読み解くことはできない。

 ヨイヤミは魔力の波が押し寄せてきた方向に向けて歩き出す。

 こちらの気を遣ってくれているのか、その歩幅は小さく、ゆっくりと進んでいった。途中、チラチラとアカネが遅れていないかを気にしてくれているような視線を送ってきた。


「良い人そうでよかった」


 アカネはヨイヤミには聞こえないくらい小さな声でそんなことを漏らしながら、口元には笑みを浮かべていた。


「はよ行くで」


 口ではそんなことを言いながらも、ヨイヤミは決してアカネを置いていくようなことはしなかった。


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