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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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女の意地


 先端を鋭く尖らせた氷塊がアカネの元に飛来する。それをまるで舞を踊るように華麗な動きで、トルトニスが手にする雷の刃で切り伏せていく。


「女の子が使うにはカッコいい魔法じゃないな。元彼からのプレゼント?」


 アカネがそんな姿になったところで女は焦りの色を一切見せない。今までの飄々とした空気は崩すことなく、アカネと一定の距離を取りながら、氷塊を次々とアカネに向けて放っている。まるで、そんなモノは何の意味も無いというように。


「あんたには関係ないことでしょ」


 絶妙な距離感にアカネは苛立ちを覚えていた。女はもう少しで攻撃が届くという距離を保ちながら、離そうともしなければ、詰めさせようともしない。


「あら?もしかして図星だった?それで、その男から乗り換えてアカツキを選んだんだ」


 煽るような女の言葉。それが故意に掛けられたものだとわかっていても、その言葉に思わずアカネは頭に血を上らせてしまう。


「うるさいっ!!」


 アカネは怒りに任せて片腕に魔力を集中させる。トルトニスの右手が手にする大ナタだけが、その刀身を倍以上に伸ばし、それは女の頭上から真下に躊躇無く振り下ろされた。

 だがそんな攻撃すらも、たった一歩左に移動するだけで、その雷刃は女ではなく地面を切り裂いた。

 アカネも全力で振り抜いたのだ、そこで脚が止まってしまうのは必然だ。


「そんな大降りの攻撃じゃ当たらないわよ?ちゃんと教えてもらわなかったの?」


 あくまでもこちらの神経を逆撫でるように、女はこちらの怒りを的確に引き出そうとする。それがわかっているはずなのに、アカネはその言葉に反応せざるを得ない。


「黙れっ。何も知らない癖に……」


 ダメだ、冷静になれ。これでは相手の思う壺だ。

 そうはわかっていても、アランの話題に触れられると、感情が上手く制御できなくなる。


「ええ、知らないわよ。だから私は適当に、思いついたことを言っているだけなのだけど……」


 そうだ。相手は自分のことなど知るはずがない。目の前の女とは今日始めて会ったはずなのだから。ハリーと共に自由の風にいたというのなら、自分が彼女と会う機会など物理的にありえないのだ。それなのに……。


「だけど、そんな態度されたらわかっちゃうじゃない。そんなに前の男が好きだったの?もしかして振られちゃった?」


「ああああぁぁぁぁぁっ!!」


 トルトニスの身体が一気に大きさを増す。右手の大ナタだけではない。トルトニス自体が大きくなったのだ。

 これでアカネの攻撃範囲は飛躍的に増大する。だが、それはアカネの消費魔力も飛躍的に増大するということで……。


「あら、かわいそう。そんなつもりは無かったんだけど……。ごめんね、古傷をほじくり返しちゃったみたいで」


 だが、そんなトルトニスの巨大化を見てもなお、女の態度は変わらない。


「黙れ、黙れ、黙れ、黙れええええぇぇぇぇ」


 その巨大化したトルトニスが、アカネの動きを模しながら女に襲い掛かる。右左の腕が交互に乱振りされ、雷と刃の嵐が吹き荒れる。

 そんな猛撃を、しかし女は自分を捉えた攻撃のみを確実に氷の壁で往なしていく。


「でも、アカツキはだめよ。だってあの子、好きな子いるもの。あなたみたいに、男に依存しちゃうタイプの子だと、絶対に後悔するわよ」


 女のその言葉を耳にした瞬間、アカネの心に小さな痛みが走る。それが何なのか、自分でも理解できなくて、猛撃の嵐が一瞬だけ止んだ。


「隙ありっ!!」


 そう言って女が掌を前に差し出すと、そこから巨大な氷塊がアカネに向けて押し出される。一瞬の判断でアカネはトルトニスで自らの身を包んだが、その衝撃までは殺すことができずに吹き飛ばされる。

 アカネは砂の上を転ばされながら、何とか受身を取りながら、すぐに立ち上がる。

 さっきの痛みが何だったのか、それを気にしている余裕は無い。でも、そのお陰と言っては何だが、少しだけ落ち着きを取り戻した。

 アカネは深呼吸をしながら呼吸を整える。相手も襲う気のないこちらに攻撃を仕掛けるつもりはないようで、わざわざこちらの呼吸が整うまで待ってくれる。


「動揺して攻撃を止めちゃうってことは、やっぱりアカツキのこと好きなんだ」


 相変わらずこちらのやる気を削ぐような口調。きっと、こんな戦いの世界に身を置いておらず、女の子の友達なんかがいれば、こうやって軽くからかわれることなんて日常なんだろうと思う。

 しかし残念ながら、ここは戦場であり相手は自分のことを知りもしない敵だ。


「アカツキに好きな子がいることも知ってるし、別にアカツキのことが好きな訳でもないよ」


 敵の言葉に動揺するな。ただ戦いに集中しろ。相手の言葉に耳を傾ける余裕など持つくらいなら、相手の一挙手一投足を見逃すな。


「そうやって自分に嘘を吐いて……。自分の好きなものには素直にならなきゃ。頑固になったって、自分が苦しくなるだけよ」


 巨大化したトルトニスが痩せ細っていく。小さくなったのではない、魔力の暴走を抑え、余分な魔力を削っただけだ。その細身でスタイリッシュなトルトニスは、攻撃範囲はそのままに、魔力消費を極限まで抑えた姿。

 もう、女の声は聞こえない。自分の魔力を制御すること、そして相手の動きをひたすらに観察することに全力を注ぐ。

 だから、女の言葉は無視して、先ほどの自分の言葉の続きを紡ぐ。


「そんな感情とは関係なく、私はあいつと一緒に世界を見てみたいと思った。ただ、それだけだ」


 アカネが呼び動作も無く大地を蹴り、一瞬で女に接近する。

 その一瞬の出来事に、流石に反応の遅れた女は、それでもアカネの雷刃が届く頃には、回避の体勢に入り、背後に飛び退いていた。

 アカネの刃は再び地面をたたく。だが、今回は先ほどとは結果が少しだけ違った。

 避け遅れた女の仮面に一筋の皹が入る。それは、一瞬で仮面全体に広がり、間もなく崩れ落ちた。

 女の表情がベールを脱ぐ。赤髪蒼眼の整った顔の女。鼻は高く、確かにその美貌は人を見下すだけの権利を持っているのかもしれない。


「何で、顔を隠していたの?てっきり、他人に見られたくない傷でもあるのかと思った」


「あら?そんなこと心配していてくれたの?あなた、優しいのね」


 別に心配などはしていなかったが、相手の受け取り方などどうでもいい。ただ、その仮面には何か意味ありそうで、それが何となく違和感として引っ掛かっている。


「まあ、言って見ればこの顔全てが、見られたくない傷ってところかしら」


 そんな意味のわからないことを言う女を見て、アカネはこの女に答える気が無いことを悟る。それらならば、もう言葉を交わす必要がなくなっただけだ。

 当初の時間を稼ぐという目的はどうやら忘れ去られてしまったらしいアカネは、言葉を交わす必要がなくなったと悟るや否や、再び女に接近した。


「顔もばれちゃったんだから、自己紹介くらいさせてくれても良いのに」


 今度は闇雲に振り回すのではなく、一振りずつの攻撃が確実に相手の身体を捉えていく。

 ただ、どうしても命中に重きを置いているせいで、攻撃速度は遅くなる。一つずつ確実に、その攻撃は女に受け止められてしまう。

 それでも、アカネはひたすらに斬激を繰り出し、相手に攻撃する隙は与えさせない。アカネはそう思っていたにも関わらず。


「私の名前はリディア・グラディエイト。今は『自由の風』の参謀をしているの。よろしくね」


 相手はこちらの攻撃を防ぎながら、我慢できないといったように先ほどの言葉を実行する。

 アカネに戦慄が走る。相手は、これだけの攻撃を防ぎ切ってなお、言葉を口にする余裕があるのだ。そんな相手に、自分が勝てるはずも無い。


「ねえねえ、そういえば、あなたの名前ってアカネ・クロスフォードって言ったわよね。あなた、兄弟とかいない?」


 アカネの動きが再び遅れを取る。だが、リディアはアカネに向けて攻撃をすることなく、ただ距離を取るだけに留める。


「どうして、それを……」


 動きを止めたアカネの声音が戸惑いの色に染まっていく。攻撃の連続に既に息も上がっており、その上心の動揺に呼吸が安定しない。


「やっぱり~。だって、私の知り合いにクロスフォードって姓がいるから。あいつとあなた、どこか似ているって思ってたのよ」


 兄を知っている。その事実はアカネに大きな困惑をもたらす。

 アカネがこちら側に来た理由は、もちろんアカツキとともに世界を旅するため。だが、それだけではない。暴走した兄を、何かの闇に囚われてしまった兄を救い出すために、アカネはこちら側へと脚を踏み入れたのだ。

 兄がこちら側にいるという根拠は無い。けれど、自らの勘がそう囁くのだ。


「おにい……、兄はどこにいるんですか?」


「もしかして、生き別れたお兄ちゃんを探しているの?もう、健気なんだから」


 本当は力ずくでも聞き出してやりたいところだが、残念ながら自分の実力は相手の足元にも及ばない。けれど、駆け引きができるほど自分は頭がよくない。

 だから、その言葉の続きを促すように、黙って相手を見つめ続ける。


「そんな、おねだりするみたいな目でこっちを見ないでよ。お姉さん、照れちゃうじゃない」


 仮面をはがしても、まだその下に仮面を被っていたような気分だ。目の前の女の本性が、表情が見える今ですらわからない。恐らくそれは、こちらの感情を揺さぶるために相手の戦い方なのだ。

 それはわかっているが、実戦の少ないアカネには思考と感情が結びつかない。

 鎮まれと頭が命令しても、感情の起伏に慣れていない精神が、暴れだす感情を抑えることができないのだ。


「でも、ざんねん。教えてあ~げない」


 舌なめずりをしながら、こちらをからかうようにこちらを見下すリディア。

 『ダメっ!!』と待ったを掛ける思考を押しのけ、身体は既に魔法を放つ体勢に入っていた。

 両手をリディアに向けて掲げ、自らの魔力を集中する。既にトルトニスは解除され、アカネの中で最強の魔法を放つ準備が着々と整えられている。

 アカネの背後に山吹色の魔方陣が少しずつ大きくなっていくが、それを見てもリディアは何も動こうとはしない。ただ、妖艶な笑みを浮かべながら、こちらをジッと見つめている。

 こんなの戦いにもなっていてない。自分はただ、一人で暴れて、一人でボロボロになっているだけではないか。

 それがわかっているのに、自分の感情の暴走は止められない。これじゃあ、アカツキに合わせる顔が無い。

 もう少し、自分は戦えるものだと思っていた。自惚れも甚だしい。自分はこんなにも弱かったのだ。アカツキはこんなにも大変な世界で、戦い生き残ってきたのだ。

 今更ながら、アカツキやアランの凄さを実感する。向こう側がどれだけ平和で、やさしい世界だったのかも。


「ねえ、今のあなたがそんな大技を撃ち出したら、あなたそれで終わってしまうと思うんだけど、それでいいの?」


 そんなことはわかっている。これだけ襲っている相手から心配される自分が情けなくなってくる。よく考えたら、相手はほとんどこちらに攻撃を加えていない。だというのに、どうして自分はこんなにも追い込まれているのだ。


「私にだって意地があるの。どうせあなたには勝てそうも無いし、それなら大技一発喰らわして、果ててやるんだから」


 アカネもそれなりの覚悟を持ってこの大陸に来たのだ。やられっぱなしの戦いなど、自らのちっぽけなプライドが許さない。


「ごめんねアカツキ、私もう脱落かもしれない。まだこっちにきて全然やりたいことできてないのに。それでも、どうせ死ぬなら全力を尽くして、戦いの中で散ってやる」


 アカネの魔方陣が完成する。魔方陣から雷鳴が轟き始め、魔方陣が溢れんばかりの光を放ち始める。


「私、あなたの戦い方しか知らないから、また力を借りるね」


 眼球と牙を剥き出しにした雷の虎が、咆哮と共に檻を食い破るかのように魔方陣から顔を出す。


「孤高の雷帝、白虎!!」


 山吹色の雷虎は魔方陣からの解放と共に、その巨大な口を大きく開け、その牙をリディアに突き立てるように襲い掛かった。

 手加減など微塵もしていない。自らの残りの魔力を全力で注ぎ込んだ一撃。これで、少しでも相手に傷を残せるのなら……。


「えっ……」


 思わず、間の抜けた声が漏れてしまった。だって、その光景はアカネにとって、あまりに受け入れられるものではなかったから。

 自らが放った全力の攻撃は、相手の詠唱すらない簡素な攻撃魔法によって破られたのだ。

 リディアの掌から細長い氷柱のような一線の氷が、雷虎の口の中に目掛けて放たれた。それは雷虎の喉を貫通し、身体を一直線に貫き動きを止めた。

 そして、アカネが放った雷虎は氷漬けにされ、リディアの掌から順に割れていく氷と共に粉々に砕け散ったのだ。


「そんな……」


 あまりにも目の前の敵が遠すぎる。後悔をしようにも、もう思考が回らない。このまま、意識が真っ暗になるのを、ただひたすらに待つことしかできない。

 アカネは膝から崩れ落ちるように倒れ、砂のベッドにうつ伏せに横たわる。口に中をざらつかせる砂と共に、自らの無力さを噛み締めながら。


「本当はあなたを倒すつもりは無かったけど、目の前に無防備で転がっている獲物を放っておくほど、優しくも無いのよね」


 そう言ってリディアの掌の前に小さな魔方陣が形成される。


「それじゃあ、さようなら。大丈夫、あなたの死は無駄にはしないから」


 そんな意味深なことを呟きながら、アカネに向けて先の鋭く尖った氷柱を放った。

 キンッ!!

 まるで金属同士がぶつかり合うような甲高い音がアカネの鼓膜を振るわせた。

 遠のきそうな意識のせいで視界は判然としない。そんなアカネが唯一認識できたのは、自らを守ってくれたのは、アカツキではない別の男性であるということだけだった。


「いつの間に、そんな捻くれた性格になってもうたんや。昔はもうちょっとましな性格してたやろ。なあ、リディア」


 そんな訛り口調の男性など、アカネは誰一人として記憶に無かったから。


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