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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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認められぬ思い


 その瞬間、アカツキの目の前にはハリーの姿があった。ハリーは腕に旋風を纏い、アカツキに接敵した。瞬きをする間もなく、アカツキは一瞬の判断で、退魔の刀を手にその攻撃を受け止めた。

 すさまじい衝撃波が二人の間から放たれる。砂漠の砂を巻き上げ、穏やかだった砂漠に砂嵐が巻き上がる。それは、ハリーの背後にいた自由の風の面々や、アカネをも巻き込む。


「お前みたいな無責任な男のために、ロイズさんやアリーナは……」


 喉奥から無理やりに搾り出すような掠れ声は彼の苦しみを如実に表していた。そしてハリーは、その言葉を口にする権利を持っている。

 あの日あの戦場に立ち、あの日の戦火が消えた後も十字架を背負い続けた彼だけが、その言葉を口にする権利を持っている。いや、彼の心の中ではあの日の戦火は消えることなく、彼の怒りとなって灯り続けている。


「王の資質の力……。やっぱりお前、資質持ちになっていたんだな」


「そんなことはどうでもいい。今は、お前を殺せる力があれば、それで構わない」


 資質持ちとして目覚めた者たちは、自分の心に拭えないほどの傷を負っている者が多いと聞く。アカツキやアカネも例外ではなく、そしてハリーもまた目覚めてもおかしくないほどの傷を負った。

 アカツキの退魔の刀と競り合っている右手と入れ替わるように、旋風を纏った左手がアカツキへと襲い掛かる。その拳を何度も入れ替えるように、風の刃を纏ったジャブがアカツキへと襲い掛かる。

 その応酬から逃れるように、ハリーの勢いを受け流しながら背後に飛び退く。

 しかし、逃れることを許さないとでも言うように、ハリーから一線の風の砲撃がほとばしる。


「くっ……」


 アカツキがいなかった数年間。グランパニアの大火を経ての数年間。

 それはアカツキだけでなく、全ての者たちが強くなるための時間だった。それはハリーも例外ではない。資質持ちとして目覚め、その力を得る為にどれほど尽力したのだろうか。

 風の砲撃の威力は止まらない。退魔の刀で無効化はできても、その衝撃はアカツキの皮膚をジリジリと痛みを帯びて包み込んでいく。


「『自由の風』に命ずる。お前たちはこの場を離れ、目的地へと先行せよ。俺は奴を倒してから、お前たちと合流する」


 この場に自分以外の者いらない。誰にも自分の戦いを邪魔させない。これは自分が果たさなければならないけじめ。眼前の敵が、ルブルニアと決別することでけじめを着けると言うのなら、自分はその敵を倒すことで、元主を討つことでけじめをつけよう。

 アカツキが襲い掛かる旋風から転がりながら逃れる。そこに向けて次々と風の砲撃を放っていく。

 アカツキへの攻撃を続けていると、全てのものが立ち去ったはずの背後に微かな気配を感じて、けれどその気配が誰のものかすぐに理解したハリーはその者へと声を掛ける。


「どうして残っている、リディア。お前も、早くこの場を立ち去れ。奴との戦いに、誰の邪魔も要らない」


「元主様を『奴』呼ばわりとは、ずいぶんと偉くなったもんだね」


 この雰囲気の中にいても、その雰囲気には充てられないのがリディアだ。

 わざと飄々とした声音で言葉を紡ぐリディアにハリーは苛立ちが込み上げる。


「そんなことを言うために残ったのか!?だったら、さっさと消え失せろ」


「おお……、怖い怖い」


 彼女の声音がそんな一言で変わるはずもなく、同じ声音でなおも続けられる。しかし、その後に続く言葉はその雰囲気をがらりと変えどこか含みのある、何かをたくらむようなものだった。


「お気づきでないなら進言させていただきますが、アカツキと共にいるあの女。あれは資質持ちでございます。あの女は私が引き付けておいた方が、都合がよろしいのでは?」


 普段は捕らえ所のない彼女ではあるが、こと戦闘においての彼女の言葉はこれでも信用ができる。彼女が眼前の女を資質持ちというのであれば、恐らく間違いはないのだろう。


「ならばあの女はお前に任せる。俺の邪魔をしないように距離を取れ」


「はいはい。人使いの荒い頭首様だこと。まあ、滞りなくこなしてみせますよ」


 そう言って、仮面に表情を隠した赤髪の女性は、その仮面の下で不敵な笑みを浮かべながら動き始める。






「アカツキ、私はどうすればいい?」


 同じように、アカネもまたこの戦闘へどう関わるべきかを決めかねていた。

 アカツキからハリーとの因縁はそれなりに聞かされている。自分がこの戦いに脚を突っ込んでいいべきなのか、言葉面での理解しかしていない自分には判断ができない。


「どうやら、向こう側の奴が一人残ったみたいだ。もしかしたら、あいつが倒すべき敵なのかもしれない」


 アカツキと事前に話し合っていた、ハリーを裏から操る敵の存在。今回の戦闘で最も警戒すべき相手は、ハリーではなくその存在なのだ。


「ただ、思った以上にハリーも強くなっている。どうやら、一筋縄ではいかないみたいだ」


 恐らく、自分よりもアカツキの方が強い。そして敵の力関係も、ハリーよりもその存在の方が強いと考えるのが必然であろう。

 アカツキがこの場を離れ、もう一人の敵との戦闘を選択するのが力関係から言えば最善だ。

 けれど、ここでアカツキとハリーの戦闘を邪魔することはできない。この戦いは二人にとって、大切な儀式であり、大切なけじめなのだ。


「じゃあ、私があいつを引き受けるよ」


「できるのか?」


 今だけはハリーの攻撃が止んでいる。だが、それもたった数秒。今この時だけが、自分の役割を決めることができる最初で最後の機会。


「当たり前でしょ。何のために強くなったと思ってるのよ」


 これは強がりなのかもしれない。強くなった自信はある。けれど、実践経験はほとんどないのだ。

 それでも、アカツキの邪魔をすることはできないと心が命じるのだから、心に従い動くしかない。


「そうだな……。じゃあ任せるが、深追いはするな。危なくなったら、意地でもこっちまで戻ってこいよ」


「わかってるわよ。無茶はしない。無理だと思ったら、脚をもがれてでも逃げて生き延びるわ」


「そうか……。なら、頼んだぞ」


 アカツキが小さな微笑を浮かべながらそう告げた。

 自分を信頼して送り出してくれることが嬉しくて、彼の期待に応えようと静かに拳を握り締めたその瞬間、飛来する氷塊に気づいて掌を前に突き出した。


「大丈夫か!?」


 耳を過ぎるのはアカツキの不安げな声。彼に心配されたまま、この場を離れることはできない。それは彼の足を引っ張ることに他ならないからだ。


「これくらい、大丈夫に決まってるでしょ。アカツキは自分の敵に集中して」


 アカツキがハリーのことを敵と認識しているのかは定かではない。けれど、彼らの関係を深くは知らないアカネにとって、ハリーも敵の一人に過ぎない。

 そして自分が相手取るのは、その敵の仲間の一人でしかないのだ。それ以外の余分なことは、今は頭の中から排除する。


「それでも、心配だって言うなら。さっさと終わらせて、助けに来てよね」


 そう言ってアカネもまた、地面を蹴って走り出す。アカツキの邪魔にならない遠くへ向けて。

 最後の言葉に対するアカツキの返事は聞いていない。けれど、自分の気持ちは十分伝わったはずだ。ならば、それを聞く必要なんてない。


「さあ、男同士の喧嘩なんか放っておいて、私と遊んでよ」


 仕返しと言わんばかりに、アカネの掌から青い稲妻がほとばしる。

 仮面に隠れて表情が見えないその女は、その攻撃をいとも容易く自らの魔法で相殺する。


「まあ、簡単にはいかないわよね……」


 示し合わせたようにアカツキとハリーから距離を取りながら、二人の戦いの火蓋は切って落とされた。






 二人の女性が消え、男同士となった戦場は冷戦が繰り広げられていた。どちらも先手を取りたいと羨望しながらも、相手の牽制するような鋭い視線に出方を見失っている。

 だが、そんな冷戦も長くは続かない。

 先手を取ったのは、いや、痺れを切らしたのはハリーだった。

 ハリーがアカツキに向けて手を突き出すと、アカツキの頭上に多数の魔方陣が展開される。

その魔方陣からアカツキに向けて刃の雨が降り注ぐ。刃の雨は止むことなく、容赦なくアカツキに襲い掛かる。

 ハリーも過去の戦いの中でアカツキとの戦い方は心得ている。単発の巨大な魔法よりも、多少意威力が劣ろうとも、手数の多い魔法を繰り出すこと。そして、もうひとつは……。


「頭上に意識を取られすぎて、懐ががら空きだ」


 頭上から降り注ぐ魔法を往なしていたアカツキの元に、腰に掛けられた鞘から抜刀したハリーの剣が横なぎに振り切られる。


「何っ……!!」


 そしてもうひとつは、そもそも魔法と同等に消滅させることのできない物理攻撃による接近戦。ハリーも元々ロイズの部下として軍で剣を握っていたもの。剣術は小さい頃からその身に刻み続けている。

 だが、ハリーのその攻撃は今まで存在しなかったもう一本の退魔の刀によって勢いを殺される。


「誰が、刀が一本しかないって言ったよ」


 ハリーの記憶では一本しか存在しなかったはずの退魔の刀が、今は二本存在している。

 ハリーが物理攻撃へと移行したことで、アカツキの頭上から襲い掛かる刃の雨は止み、自由を取り戻したアカツキの右腕は迷いなくハリーへと振り下ろされる。

 それを間一髪のところでかわすが、突如現れた刀によって体制を崩されたハリーは、一度アカツキから距離をとる。


「いつの間に、二刀流なんて器用な真似ができるように……」


「伊達に三年間過ごしてないからな。お前こそ、魔法の扱いがうまくなったじゃないか」


 それは素直なほめ言葉。実際、あのハリーがここまで戦闘力を上げているのは予想外だ。テロリストの頭首を語るだけの実力は確かにある。


「あんたにそんなことを言われても嬉しくなんかないんだよ。俺は、あんたに仕えたつもりなんか一度もない。俺が仕えたのはこの世界でたった一人だけだ。それを奪ったあんたが、俺にそんな言葉を掛ける資格なんてないんだよ」


 今度はハリーの周囲に展開される魔方陣。そこから放たれる、風の斬撃の嵐。

 下、上、右、左と、様々な方向からアカツキへ向けて風の刃が走り抜ける。

 その中で、唯一往なしきれなかった一本の斬撃がアカツキの脚へと襲い掛かる。


「ぐっ……」


 アカツキの脚に鋭利な刃で切断されたと錯覚するような痛みが走り抜ける。風の刃はアカツキの肉を引き裂きながら地面を赤くして消えていく。


「そんなもので終わると思うな」


 風の斬撃の嵐が止み、痛みに歯を食いしばっているアカツキに、今度は次々と矢の形をした旋風が降り注ぐ。

 ハリーは跳躍し弓を引くような体勢を取ると、そこに鼓膜を震わせる甲高い風切音を鳴らしながら、風の弓が手元に形成されていた。


「それは……」


 その技の形にアカツキは見覚えがあった。それは自分が王を名乗っていたときに、自らの家臣が使っていた技のひとつ。その使い手は、風ではなく光であったが。


「あんたやロイズさんの戦いを、俺が何度眼にしてきたと思っている。あんたの技を真似るのは死んでもごめんだが、この技はあの人の形見だ。この技で憎きあんたを貫いたら、ロイズさんも少しは報われるだろうさ」


 その言葉に一度戸惑いを覚えてしまったせいで、アカツキの刀筋が一瞬鈍った。たった一瞬の鈍りが、アカツキの身体から赤い鮮血を奪っていく。


「ぐあああぁぁぁぁ!!」


 その迷いのせいで、ハリーの風矢がアカツキの身体を貫いた。左肩と腕を貫いた風矢は、アカツキの上半身左部の機能を奪って取っていく。一時的とはいえ、風矢が貫通したアカツキの神経は麻痺し機能を失っていく。

 過去の話を掘り返されて、それを受け流すことはできない。それは間違いなく自分が背負わなければならない罪の一片なのだから。


「こんな痛みで、許されるはずないよな……」


 左腕が使えなくなったからなんだというのだ。左腕が使えなければ、右腕を。右腕が使えなくなれば、左脚を。その身体が跡形もなくなるまで、自分の身体を使い尽くせ。


「お前は本当に、ロイズさんがそんなことを思っていると、そう思っているのか?」


 確かに彼女たちが自分を恨んでいるのではないかという迷いもある。だがそれは、アランが教えてくれたはずではないのか。そしてその言葉があったからこそ、自分はこうして彼の前に立てているのではないのか。

 今更、何を迷うことがある。


「お前は本当に、ロイズさんが生き残った俺たちを恨むような、そんなちっぽけな人間だと思うのか!!」


 それはロイズをそんな風に思うことしかできないハリーへの怒りを込めて放たれた言葉。アカツキは信じている、ロイズがそんなことを思うような小さな人間ではないことを。

 ハリーの表情が歪む。その瞳には間違いなく、怒りだけではなく戸惑いの色が滲み出していた。

 しかし、ハリーはそれを認めないというように、戸惑いの色を押し殺して、怒りの色に染め上げる。


「たった一年程度一緒にいただけのお前が、知ったような口をきくなああああぁぁぁぁぁっ!!」


久しぶりの戦闘です!!っていっても更新速度が遅いだけで、後編に入ってからも短いとはいえ、ハリーの戦闘を一度は描いているんですよね。更新日見たら半年以上前……。今の週一更新を続けていたら、二ヶ月で辿り着いていたはずなのに。そう考えると自分がどれだけ疎かにしていたのか……。まあ、他の事をやっていた訳ではありますが。それにしても、最近のあとがきが完全に遅れた謝罪と言い訳をする場所に成り下がっている気がします。これからは謝罪なんてしなくてもいいように、週一更新を続けられるようにがんばります。では、次話まで……。

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