燃え尽きる記憶と標
絶え間なく動き続けていたハリーの口が、まるで時が止まったかのように開いたまま停止する。その下唇をゆっくりと上げて口を閉じると、異様な雰囲気を纏うと共に瞼を鋭く細めアカツキへの敵意を剥き出しにする。
「あの日、多くの人間を殺したあんたが、よくそんなことを言えますね」
ハリーの声音は低く研ぎ澄まされ、その言葉に切れ味が増す。剥き身の刃のように、その言葉がハリーの喉から放たれただけで、アカツキの心を傷つけようとする。
「あの作戦を立てたのはあんただ。あの日死んでいった仲間たちを殺したのは、他でもないあんただ」
それはアカツキも理解している。だから、抑えられない激情に、自分への怒りと後悔に、一度は死をも決意した。それを目の前の被害者にぶつけられたとしても、文句を言える権利はアカツキには無い。
「それでもまだあなたが生きて、もう一度ことを成そうと言うのであれば、彼らの死も無駄ではなかったと納得できるはずだ。そうでないならば、あの日命を落とした者は、ただの無駄死にでしかない」
ハリーは彼らにの死に意味を見出そうとした。アカツキがいなくなった世界で、彼らの死に意味を与えられるのは自分だけだと信じて。自分がアカツキの後を引き継ぐことで、彼らの死が無駄ではなかったと、そう証明するために。
「だというのに、あんたは今そのたった一言で、あの日の全ての死を無駄にした。結局あんたは自分だけがのうのうと生き残り、勝てない戦いに挑むことを諦め、自分だけが生き残る道を選んだんだ」
ハリーの怒りが、憎悪が、彼の喉から溢れて止まらない。最早、先ほどまでアカツキに向けていた親しさや穏やかさは跡形も無く消え去っていた。だが、それを受け止めるのもアカツキの役目。
彼の怒りが、あの日亡くなった者たちの全ての代弁では無いだろう。だが、彼と同じ思いを抱く者も少なくは無いはずだ。だから、自分は彼の怒りを受け止めなければならない。
「だったら初めから、あんな無謀なことをしなければよかった。中途半端な希望を皆に見せて、何の根拠も無く皆を担ぎ上げ、誰も望んでなどいなかった戦いに巻き込んだ」
ハリーの言葉は決して間違いではない。彼の言葉はすべからく事実なのだ。知らなかったでは済まされないし、許しを得ようなどとも思わない。この罪は、一生アカツキの心を蝕み続ける。
「なのにあんただけが生き残り、ようやく現れたと思ったら『止めに来た』だ」
ハリーの口元が冷たく歪み、侮蔑の笑みを浮かべる。そして、その笑みをかみ殺すように……。
「ふざけるなあぁぁぁぁ!!」
ハリーのその叫びに、ハリーの背後に構える者たちが一斉に肩を震わせる。アカツキですらも、その叫びを耳に、彼を前にして感じたこと無い悪寒を背筋に走らせた。
彼の抱いている憎悪が一体どれだけのものなのか。先ほどの叫びなどでは到底抑えきれるようなものではないと存外に告げてくる。
「何人傷つけたと思っている。何人殺したと思っている。何人、心に癒えぬ傷を刻まれたと思っている」
ハリーの怒りは止まらない。決壊したダムのように、留めていた憎悪と言う名の激流がハリーを飲み込んでいく。
ここに来てアリーナの本当の優しさを理解する。あの日の被害者であれば、これほど怒り狂ってもおかしくは無いのだ。ただアリーナが優しかったから、アカツキに責め苦を負わせなかっただけ。
アカツキは初めて、自分の過去の罪と本当に向き合わされているのかもしれない。これこそが、あの日戦渦に巻き込まれた被害者たちの心の叫び。自らを責める苦しみは乗り越えようとも、他人から責められる苦しみはまた違った痛みを伴って、アカツキの心を締め付けていく。
身体で受ける痛みとは比べ物にならないほどの痛みが、アカツキの心に襲い掛かる。その痛みが表情に浮かび上がり、横でジッとその光景を見届けているアカネが心配そうな視線をアカツキへと向ける。
「だったら、死んで俺たちの戦う意味となっていた方がよほどよかった。どうして今更、何故生きて、俺たちの目の前に現れたんだ!?」
ハリーの後ろに構える者たちの中には、あの日の戦火から生き残った者も少なからずいる。その視線を見る勇気が出てこない。ハリーだけでなく、多くのものが自分の死を望んでいるのだとしたら、その事実を受け入れる覚悟が定まらない。
「俺たちの邪魔をするくらいなら、俺たちへの贖罪として、今ここで死んでくれ。いや……」
ハリーはそこで言葉を切ると、これまでの会話の中でもっとも鋭く、他者を傷つけることを厭わない声音でアカツキへと向けて言葉の刃を投げつけた。
「殺してやるっ!!」
「ふざけているのはどっちだっ!!」
突如、ハリーの言葉を霧散させるように、怒りの声音がこの場の空気を引き裂く。その怒りの矛先は、これまで一点に集中していた場所ではなく……。
「さっきから聞いていれば、ごたごたと自分の後悔や過ちを他人に押し付けて。それで何か救われる訳でもないのに、そうやっていじけていれば誰かが慰めてくれるとでも思っているの!?」
その怒りの声はアカツキの隣から、今まで一度も言葉を挟まなかったアカネから放たれていた。
今までは黙って成り行きを見守っていた彼女だったが、彼女の我慢が沸点を超え、ついに爆発してしまった。
自分が出る幕ではないことはわかっていたので、一瞬戸惑いに苛まれはしたものの、それを吹き飛ばしながら、目の前のハリーを鋭い視線で睨み付ける。
「私は知っている。アカツキがあんたたちのことでどれだけ悩み、苦しみ、足掻いたのかを。それこそ、死んだ方が楽だって思えるくらい、死ぬよりも辛い思いをして生きてきた」
それは、立ち直る前のアカツキを知っているアカネだけが知る彼の姿。この事実を客観的に伝えることができるのは彼女だけなのだ。だから自分はここにいる。自分だけが、今のアカツキの見方をしてあげられる。
「こうやってあんたたちの前に立つのだって、どれだけの覚悟をしたと思っているの。それなのに、その覚悟を裏切るみたいに、うだうだと御託ばかり並べて。あんたそれでも、アカツキの仲間だったのっ!?」
何も言葉を発さなかった彼女の突然の介入に、一度は気圧され表情を歪めていたハリーだったが、すぐに自らの調子を取り戻し、威圧するような語調で叫び返す。
「知ったような口をきくな!!」
一度は瞼の裏に隠れた怒りの色も、すぐにハリーの瞳を塗りつぶしていく。
「何も知らないお前に、俺たちの何がわかる?」
「ええ、知らないわよ。あんたたちのことなんて何も知らない!!アカツキがこっち側で何をして、どうなったのかも、言葉の上でしか知らない。でもっ……」
アカネは言い切る。お前たちのことなど何も知らないと。そこで一度言葉を切り、その瞳に炎を燃やして言葉を紡ぐ。
「私はアカツキが苦しんだ姿を知っている。思い悩んで、血反吐を吐いて、それでも生きていこうと決めたアカツキの覚悟を知っている。アカツキは、こんなくだらない言い争いをする為に、あんなに必死になって悩んだの?違うでしょ、ふざけないでよ。今のあんたたちに、アカツキがあれだけ悩む価値なんて、これっぽっちもないんだから。そんなアカツキの姿も知らないあんたたちこそ……」
何故自分がこれほどまでに怒っているのか、正直自分の中でも定かではない。この戦いには自分は口出しをするつもりは毛ほども無かった。だって、目の前の男が言うとおり、自分は知らないのだ。彼と彼の関係について。それでも……。
「知ったような口をきくなああああぁぁぁぁ!!」
場の空気が一瞬で塗り変わる。目まぐるしく変わるこの場の情勢に、ハリーの後ろに構える資質持ちではない者たちは戸惑いを隠さずにはいられない。それほどに、ハリーとアカネは自らの怒りを魔力に還元し、お互いを威圧し合っていた。
そんな二人の様子を、たった一人だけが余裕のある面持ちで眺めていた。
「なんだか、いつの間にか面白い子を連れてるわね」
興味深そうにアカネに視線を送りながら、ハリーの隣に構えていたリディアが、ハリーにだけ聞こえるような声で耳打ちする。だが、リディアのそんな言葉など今のハリーは意にも介さない。
「ずいぶんとアカツキのことを知っているようだが、お前は誰だ?アカツキのなんだ?」
疑問に思うのも当然だ。アカネはアカツキから聞かされているため、ハリーのことをある程度は知っている。だが、ハリーからすれば、全く情報の無い者が突然介入してきたのだ。それを疑問に思わないはずが無い。
「私は『アカネ・クロスフォード』。私はアカツキの……」
それまでの他の追従を許さないほどの勢いが突然消えうせ、少しずつアカネの顔に赤みが増していく。
「えっと……、私は、アカツキの……」
一体何なのだろう、という自問自答に陥ってしまう。先ほどまでは勢いで何とかなっていたものの、突然我に帰ると、自分がどれだけでしゃばってしまったのだろうという羞恥まで沸きあがってきてしまう。
そうやってアカネがどぎまぎしていると、スッと彼女の視界に影が落ちる。
ハッとして顔を上げると、そこにあるのはアカツキの背中。その背中から小さな声で「ありがとう」とささやいたアカツキは、こちらに視線を送ることも無く、さらに一歩前に踏み出しハリーと対峙する。
「彼女は『アカネ・クロスフォード』。俺の大切な、かけがえの無い仲間だ!!」
アカツキの瞳に先ほどまでの戸惑いと苦痛の色はもう無い。
何を迷うことがある。彼女の言うとおり今まで十分に迷い、悩み、苦しんできたではないか。
ここには過去の自分との決別をしにきたはずだ。彼らの怒りを、罰を受け止めて、それでも前に進むために。もう立ち止まる必要は無い。立ち止まる時間はとうに終わったのだ。
下を向くな、前を向け。そう覚悟して、この場に立っているのだから。それを彼女は教えてくれたのだ。
「ハリー、お前の言うとおりなのかもしれない。俺は死んでお前たちの戦う意味になっていたらそれでよかったのかもしれない。意地汚く、往生際が悪く生き残っても何の意味も無かったのかもしれない」
それでも自分は生きている。生きてここに立っている。この事実は変わらない。誰が何と言おうと、そこに意味があろうとなかろうと、アカツキ・リヴェルは生きているのだ。
「それでも、お前が俺の『死』に意味を見出したように、俺は俺の『生』に意味を見出したい」
死ぬことは簡単だ。生きることよりもよほど簡単だ。それでも生き続けたのは、アランとアカネが共に意味を探してくれたから。まだ答えは見つかっていないけれど、それでも共に並んで歩いてくれたから。
「お前の、いや、お前たちの魂はまだあの地に、『ルブルニア』に取り残されているんだ。お前たちがやっていることは、確かに俺の真似事かもしれない。それは、お前たちがあの国の呪縛から解き放たれていないから。あの国の記憶に縛り付けられているから」
自分勝手な意見だとは思う。自分で国を建てておいて、その国民たちに過去は忘れろとのたまっている。自覚はある。けれどそれが自分の、彼らの元主として果たさなければならない責任なのだ。
「だから、ここで解き放ってやる。お前たちがいつか、あの国で過ごした日々のことを笑って思い出せるように、苦しい思い出だけじゃなかったと笑い合えるように。それが、俺が見出した俺の『生』への意味だ」
そういいながら、アカツキは自分の手に携えていた旗を高々と天に掲げる。そこにいる全ての者たちに、その旗の存在が届くように。
「だから、ここでけじめを着けよう」
アカツキの表情が一瞬歪む。その一瞬に彼の中でどれだけの逡巡があったのだろうか。
それでも、アカツキは決意を胸にその旗を持つ手に力を込めた。
アカツキが手に持っていたルブルニアの国旗に火の手が上がる。それはゆっくりと、アカツキの握る支柱を伝って、風になびく旗へと移っていく。
「止めろ、それは……」
アカツキの頭上で、ルブルニアの旗は燃え上がる。もう、その紋章を視認できないほどに、火は旗を包み込んでいた。
その光景にハリーがすさまじい勢いで瞳がこぼれるほどに眼を見開いた。
ハリーの脳裏に走馬灯が走る。それはまるであの日の、あの大戦の中燃えていく自国の国旗。そして、思いを告げることのできなかった大切な人。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ルブルニアの記憶に最も縛られていた男は咆哮をあげた。その叫びをアカツキは自分の心に刻み込む。それは彼だけのものではない。生きている者、命を失った者、そしてなにより自分の全てを代弁した叫びだ。
ハリーの咆哮の余韻が消えるよりも早く、ルブルニアの旗は灰となり、アカツキの手から零れ落ちた。
「ルブルニアは、もう終わったんだ」
無事週一更新です。週一更新をしている裏で、ゲームのストーリーの次の章を完成させたり、二枚目の絵を描きだしたりと、色々動いているんです!いきなりこんなに忙しくして、身体がもつのだろうかとは自分でも思うのですが、無理は若いうちにしておくものだと思って頑張ります。それに、ルーティーンにしてしまえば、きっと更に楽になると思いますし。そしたら色んな創作も捗りますし、もっと自分の中の世界を拡げられるような気がします。あと、GWを終えてから思ったのが、アウトプットはもちろん大事だけど、インプットも非常に大事なんだということです。ここ最近、アウトプットばかりでほとんどインプットをしていなかったのですが、GWを使って、久しぶりにかなりのインプットをしました。そしたら、創作意欲が湧いてくる、湧いてくる。ここ最近全然創作意欲が湧かなかったのはインプットがなかったせいなんだと実感しました。なので、これからも普段から少しずつでもインプットをするように心がけようと思います。そんな感じで、余計に忙しくなることが予想されますが、忙しさに負けず、創作に命を燃やしていきたいと思います。それでは、次話まで……。