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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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あの日の旗

「どうして、わざわざそんなものを作ったの?」


 穏やかな風が砂を巻き上げることなく優しく吹く黄土色と空の青が視界を埋め尽くす砂の世界。

そこにアカツキとアカネの二人は立っていた。


「改めてけじめをつけるため……、かな」


 そんなアカツキが手にするのは、臙脂色の布地に金色の刺繍を施した大きな旗。その刺繍は中心に位置する太陽を包み込むように三日月がその周辺を囲っている。

 それは、今は亡きとある小国の国旗。巨大な戦火に焼かれた、緑に覆われし豊かな国の国旗。


「けじめねぇ……。こっちに来てから、私にはわからないことだらけだよ」


 アカネは自らの首に巻かれた黒く長い布で自らの口を隠すようにして。寂しげな口調でそう告げた。こんな場所でそんなものを身にまとって暑くないのだろうかと思うものの、今更アカツキもそれを口にすることはない。


「そりゃそうだろ。俺がこっち側で、どれだけ濃い時間を過ごしてきたと思っているんだよ。こっちに来て、数日でアカネに全部話してやれるようなものじゃないさ」


 『でも……』とそこで一度言葉を切って、少しだけ口元を緩めてからアカツキは言葉を続ける。


「それでも、ゆっくりでいいから、アカネには俺が歩いてきた道を知ってほしい。俺が今こうやって、この脚でこの地に立っていられるのは、アカネとアランのおかげだから」


 恥ずかしさを誤魔化すように、アカツキはアカネに向けて微笑みかける。そんなアカツキの表情に心を弾ませながら、アカネはそれを悟られないようにさらに鼻の辺りまで布を引っ張り上げる。


「まあ、時間はあるんだし、ゆっくり教えてくれたらいいよ」


 アカネもアカツキと同じようにここで一度言葉を切る。しかしアカネはアカツキと違って、目を合わせることはない。少しうつむいて、視線は風に揺られて小刻みに動く地面の砂に注がれる。


「私も、こっちにあるのは嫌な記憶ばかりじゃないんだ。だから、いつかアカツキにも、幼い私が見ていた景色を見せたい……、かも」


 そんなアカネの言葉にアカツキは苦笑混じりに応えた。


「なんでそんな曖昧なんだよ。かもじゃなくて、見に行こうぜ。俺も、俺の命の恩人がどんな世界で産まれて、何を見て育ったのか見てみたいんだ」


 アカネの顔に赤みが増すのが、自分の顔を客観的に見なくてもわかってしまう。顔に熱を感じるが、これは自分の顔を布で覆っているからなどでは断じて無い。


「そ、そうなんだ……。まあ、そのうち、行けたらいいな……。うん……」


 本当のことを言えば、アカネが育った故郷である『オルベリア』は今はもう地図から消されてしまった国。今は名前を変え、しかしその本質は変わらずに、油田大国としてグランパニアの一画を担っている。

 アカネも、自分の故郷がなくなったことくらい薄々勘付いてはいるし、長い時間でその事実を受け入れる覚悟もできている。

 それでも名前は変わって、景色も変わってしまっているかもしれないけれど、もう一度あの地の砂をこの脚で踏みたいと、そう思った。

 二人がいるのはとある砂漠のど真ん中。周辺には、大きな岩塊や色褪せた植物が転々としているくらいで、その他には何も無い。そんな場所で、大きな旗を携え、風に靡かせながら二人はただ訪れる時を待っていた。


「本当に、待っていればその人は来るの?」


 アカネの声音には疑わしげな色が滲んでいる。まあ、この場所を決めたのはアカツキではない。正直アカネからしたら、こちら側の土地で信用できるのは、まだアカツキ一人しかいないのだ。


「大丈夫だよ。アリーナさんはたぶん、ずっとこの時を待っていた。この数年間、ハリーの動向から目を離したことなんて一度も無いくらいに」


 そう、この場所を指定したのは、この場にいないアリーナだ。彼女は、自分がハリーを救い出す時がいつか来ると、その動きを常に追っていた。だから、次に彼がどこに現れるのか、アリーナは既に予想を立てていたのだ。


「その本人を置いてきてもよかったの?」


 だが、この場にアリーナはいない。そのことを疑問に思いながら、アカネはアカツキに尋ねる。


「相手がハリーだけなら、ここにアリーナを連れてくれば、それで終わるかもしれない。でも、たぶんそうじゃない」


 アカツキは首を横に振りながら更なる言葉を紡ぐ。もちろん、ハリーという人間を知らないアカネは、その理由などわかるはずもない。


「ハリーは一人でこんな大事ができる人間じゃない。確かに、アリーナを戦場に残したことへの後悔、アリーナを殺されたことへの怒りは計り知れない。だけど、それでもこんなことを、大勢を率いてやれるような人間じゃないんだ」


 そこは、アリーナとアカツキの意見が迷い無く一致した。アカツキだけなら信用性に欠けるが、長い時を共に過ごしたアリーナが言うのであればそれは間違いないだろう。


「だから、力のないアリーナさんは置いてきたんだ。アリーナさんは納得してくれたの?」


 自分であれば、大切な人が目の前にいるのであれば、危険を顧みずにでも会いに行きたいと思うだろう、とアカネは思う。まあ、そんな相手がいるかどうかは別にして。


「アリーナさんはその辺はすごい大人なんだよ。これまでハリーのところに行かなかったのだって、力の無い自分が行っても、会える前に命を落とすってわかっていたからだし」


 だから、アリーナとハリーが再会を果たすのは、その裏で手を引くハリーの協力者をハリーから引き剥がしてからだ。


「まあ、確かにそれが現実的かもね。後は相手の人数が、そのハリーって人と協力者だけならいいんだけど」


 それはアカツキも危惧していることだ。少なくとも『自由の風』は百を超える団員を抱えている。しかもそこには、ルブルニアの生き残りもたくさん含まれていると予想している。その中で、資質持ちがどれだけ存在しているのか。人数によっては、退却を迫られるかもしれない。


「それは、その時に考えよう。たぶん、あそこでレガリアに戻れば、あの何でも知った顔したグレイが教えてくれるんだろうけど、誘いを断った手前、あんまり助力は願いたくないんだよな」


 そういう情報通を考えれば、真っ先にグレイが脳裏に浮かぶのだが、色々な意味であまり頼りたくは無い。もちろん、どうしても必要ならば話は別だが。


「自分でできることはなるべく自分の力でやる。アリーナを連れてきていないのは、逃げることも考えてのことなんだし」


 そんな感じで、アカネの質問に対する答えは十分に果たされた。アカネも、ここにアリーナがいないことに、何の不平不満も無い。後は、本当にここに彼らが現れるのかと言うことだけ。


「来た……」


 そんなことを、空を眺めながら考えていると、自らの横に立つアカツキからそんな声が漏れ出した。






 自分たちのアジトを離れて数日。今日は嫌に天気の良い日だった。昔であれば、こんなに見通しのよく晴れ晴れとした天気に嫌気が差すことなど無かっただろう。

 たぶんこの痛みは、自分が間違ったことをしていると言う自覚があるから。自らの心を露わにされるようで、清清しいほど晴れ渡った晴天をハリーは嫌っていた。


「なんだか、ご機嫌斜めな表情だね。なんか嫌なことでもあったの?」


 そんな陽気な声を掛けてくるのは、仮面に表情を隠したリディアだ。彼女がどうして仮面を付けているのか、たまにあることなので今更尋ねることもない。

 ご機嫌斜めなんて、そんな可愛らしいものではない。青々とした空と白々しい態度のリディアに憤りを感じながら、ハリーは彼女の言葉を受け流した。


「リディアさん、もうすぐ戦場なんですから、あんまりハリーさんにちょっかい掛けない方がいいんじゃないですか?っていうか、なんであなたはいつもそんなに余裕があるんですか」


 そんな呆れた声音でリディアのちょっかいを止めようとするレクサス。彼もただの腐れ縁のようなものだが、何故か自分から離れずに今日までついて来てくれている。

 たまに耳にする彼の話は、どうやらあまり自分のやり方には賛成していないらしいのだが、わざわざ追い出す必要も無いので手元に残している。

 実際、彼は唯一リディアへ進言できる者なので、自分の中では良い中和剤として働いてくれている。

 そんな風にリディアとレクサスのやり取りを横耳で聞きながら、ハリーは先ほどの憤りを自らの髪を撫でつける風に乗せて飛ばす。

 そして誰にも気づかれないように、安堵の溜息を吐いたハリーの視界に、あってはならない物が飛び込んでくる。


「馬鹿な、そんなはずが無い。あの旗はもう……」


 思考が路頭に迷ったかのようにフラフラと自分に意思の外に流れていく。どうしてあんなものが今ここにある。あれは、もうこの世にあってはいけないもの。自分たち以外の者が掲げることは許されない物。


「ふざけるな……」


 先ほどの怒りなど一瞬で踏み潰されるような巨大な怒りが、ハリーの心を埋め尽くしていく。

 自らの思い出を、自らの思いを踏みにじられたように、目の前のたった一つの旗に、豪雨と共に氾濫する海の如き怒りが、自分の中に潜む怒りの容量を飛び越えて渦巻き始める。

 そして、その旗との距離は徐々に縮まり、凡人ですらその旗とその旗を携える者を視認できる距離に辿り着いたところでハリーは、彼の喉から発せられたとは到底思えないほどの声量で静止を叫んだ。


「とまれえぇぇぇぇ!!」


 『自由の風』の一団が突如その歩みを止める。ハリーの瞳には、自らの心では制御できなくなった怒りの色が今にも溢れ出さんと揺れ動いていた。


「お前は誰だ!?どうして、その旗をお前が手にしている!?」


 旗の持ち主は視線を地面へと落としており、その表情ははっきりと読めない。すぐに襲い掛からないのは、どこか目の前の男には懐かしさのようなものを感じるからだろうか。

 だが、隣の女には何も感じないので、おそらくそんな懐かしさはまやかしに過ぎないのだろう。


「久しぶりだな、ハリー。元気そう、ではないか……」


 そう言ってゆっくりと顔を上げる男を見て、ハリーの瞳の色が瞬間に怒りから戸惑いへと塗り替えられる。瞳孔は縮められ、激しく揺れ動く。


「どうして、あんたがここに……」


 そこに立つのは、あの戦火で死んだはずの君主。自分の大切な者を奪った、張本人といっても過言ではない。だが、今になってどうして……。


「まあ、ここにいるのには色々理由があるけど、そんなことを悠長に話している暇は無いんじゃないのか?」


 思ったよりも、この男を目の前にしても怒りが湧いてこない。旗を目にした時の方が余程、抑えきれない怒りに飲み込まれていた。それよりも今は、死んだはずの人間が目の前で存在することへの戸惑いの方が大きい。


「そんな眼をしなくても、俺は幽霊なんかじゃないぞ。俺はお前の元主『アカツキ・リヴェル』だ。ほら、ちゃんと脚もあるだろ」


 そう言ってかかとでトントンと地面をたたき、小さく砂を巻き上げる。

 自分の戸惑いを勘付かれたのか、目の前の男『アカツキ・リヴェル』はその名を名乗る。


「生きていたんですか?」


 口調が自然とあの頃の穏やかなものへと変わっていく。突然の邂逅に、自分の感情が行き場を失って宙に浮いているようだ。


「不本意にも、な……。お互い、死場を失った亡霊みたいなもんかもな」


 先ほどのハリーの視線を受けてか、アカツキは冗談めかしながらそんなことを口にする。そんなやり取りをしている内に、少しずつ思考を取り戻していき、そのお陰で様々な疑問が形を成していく。


「あなたが生きていたとして、どうしてこの場所に、俺の目の前に現れたんですか?」


 尋ねるまでも無く、その姿は偶然のはずが無い。間違いなく、自分たちを待ち構えていたという姿だ。彼が生きていたのであれば、自分たちに何らかの接触を掛けて来るのは頷ける。けれど、どうして自分たちの行き先が割れていて、その上でその旗を手にしているのか。


「どうしてだと思う?どうして俺がお前の目の前に、こうして立っていると思う」


 その問いかけは優しく、穏やかな口調だった。けれど、ハリーの心には針を突き刺したような痛みが走り抜けた。彼の言葉は自らの行為を責めているのだと、言葉にしなくとも理解ができてしまう。

 だが、彼に自分の行為を否定する権利など無い。彼だって、自らの大切な者をあの戦争でたくさん失ったはずだ、自分と同じような境遇に立っているはずだ。それなのに、自分を否定できるはずが……。


「俺たちは、あの日の復讐を果たす為に、もう一度ルブルニアを建国しようと思っています。『自由の風』はその前準備。ここにいる同志達は、俺があなたのやり方から学んで手に入れた、新たな仲間たちなんです」


 どうしてこんなことを口走っているのか、自分でもわからない。こんな言葉を吐いたところで、目の前の男には恐らく何の意味も成さないと理解している。それでも口が、喉が、脳が、その言葉を止めようとはしない。


「俺は、あの日の戦火を忘れない。そしてもう一度、今度は俺たちが、あいつらをあの日と同じ戦火で焼き尽くすんです」


「今お前がやっていることが、俺と同じことだって言うのか?」


 もうアカツキの言葉に優しさなど残っていない。その声音にはハリーを糾弾する意思が隠れることも無く含まれている。だが、それくらいで気圧されるほど今の自分は弱くはない。


「はい、あなたがやっていたことと何か違いますか。この間違った世界を変えるために、奴隷たちを解放し、グランパニアと戦う。あなたが望んだことと、何も変わらない」


 ハリーの背後の者たちの中にも、その言葉に賛同するものが少なからずいる。だが全てではない。


「何ならもう一度、俺たちの上に立って、俺たちを導いてください。今の俺たちなら、もう一度グランパニアとだって戦える。もう一度ルブルニア王国を、もう一度その旗を、この地に立てましょう」


 ハリーの言葉は熱を増し、アカツキに訴えかける。確かに目指している場所は、過去の自分と同じなのかもしれない。どうやって言葉を並び立てても、その行き着く先はハリーの言葉と大して変わらないと、そう感じてしまったのだから。


「あなたは確かに強い。あの時、三人もの資質持ちに認められた、確かな王の器だ。俺がこんな地位に就くのは、正直荷が重過ぎる。あなたならば、もう一度俺たちを率いて……」


「よく喋るようになったな……」


 ハリーの言葉を遮るように、アカツキは口を挟む。まるで、それ以上の言葉を聴きたくないとでも言うように、アカツキの声音にはその先を言わせない強制力があった。


「それにしても、まるで子供の言い訳だ。言葉数を増やせば、論理立てて話しているように錯覚する。お前のどこに、お前の言葉が、お前の意思があった?ただの言葉遊びなら、俺はもう聞きたくない」


 それは明らかな拒絶。それ以上の追従を許す気はないと、アカツキはそう告げた。


「俺は、お前がやっていることを止めに来た」


また一ヶ月が……。いや、GW周辺は少し忙しかったので、という言い訳を少々。これでも、GWは引きこもりに引きこもりを重ねそれなりに充実した創作生活を送っていました。ゲームシナリオを一章分上げたり、小説の方も多少はストックができ、新作のプロット考えたり、新しく絵を描いたり……。こうやって文字にすると、意外とやってる(錯覚)。そんなわけで最近は液タブ買って絵の練習中です。そのうち、HPやTwitterなんかに掲載しますね。まあ、そんなわけで久しぶりにストックというものができたのと、少しは仕事に慣れてきたというのもあり、これからは一週間一回更新にしていこうと思います。ここ一年、ほぼ月一更新だった奴が何を調子にのってんねんって感じですね。ホントすいません。ってことで、これからは徹夜してでも、週一更新してやりますよ。読んでくださる優しい方々から見放されるのが一番怖いので。そんな訳でここに週一更新宣言をしておけば、自分でも強制的に頑張れるだろうという、結局他力本願な自分がいるわけで。まあ、ぐだぐだと文字を並べましたが、頑張っていくのでよろしくお願いします!!では、次話まで……。

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