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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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仲間の跡に決意を

 アカツキとアリーナはお互いにあの日の記憶を語り合った。それは壮絶なもので、決して耳にして気持ちのいいものではなかった。けれど、レアもアカネもその場から離れようとはしなかった。


「そうだったんですね。まさかあの場にヨイヤミまでいたとは思っていませんでしたけど」


 アカツキとしては始めて、あの場にヨイヤミがいたことを知らされた。あれだけの喧嘩別れをしたにも関わらず、彼はあの場に脚を踏み入れてくれていたのだ。


「そのお陰で、私は生きてここにいる。目の前でロイズさんを失って生きる気力をなくしていた私を、どん底からすくい上げてくれたのは、他でもないヨイヤミ君だから」


 彼は自分達が勝てないことを理解していた。それでも戦場に自ら脚を踏み入れたのは、恐らく一人でも多くの者を救うため。

 アリーナからの話を聞いてアカツキはそう感じていた。ヨイヤミが現れたタイミングは、決して誰も勝利という希望を抱かなくなったそのタイミング。

 つまり、自分が現れても誰かが勝機を感じて戦いが再燃しないその時を狙って、彼はその戦場に降り立ったのだ。


「あの時の俺が、如何に何もわかっていなかったのか、今更遅いかも知れないけどわかった気がする」


「人は実際に事が起きなきゃ、それを本当には理解できない。でも、事が起きてからじゃ遅いことが、この世界には多すぎるのよ」


 理解できなかったことを、アリーナは責めはしない。おそらく彼女もまた、ヨイヤミの言葉をどこか信じられていなかったのだろう。


「だからあの時、ヨイヤミの言葉に耳を傾けるべきだった。すでにその現実を知っていた、あいつの言葉に」


「そうだね。でも、全てが遅かった訳じゃない。こうやって、君や私が生きているんだから。やり直せないことも確かにあるけど、やり直せることだっていっぱいあるはずだよ」


 そう語るアリーナの瞳は、何か迷いを含んだように揺らいでいた。その理由をアカツキは知っている。


「後ろばかり見ていたって何も始まらない。生きているのなら、今できることを精一杯やるべきなのよ」


「それは、ハリーのことを言っているんですか?」


 アカツキの言葉にアリーナの瞳の色がことさら不安定に歪む。彼女は知っている、今彼がどこで何をやっているかを。


「知っているんですね、ハリーが今どうなってしまっているかを。そして、あなたもその理由をある程度は理解している。違いますか?」


 その言葉はどこか高圧的で、まるで問い詰めるように聞こえたかもしれない。

 彼女を責める権利などアカツキにはない。けれど、怒りではなくとも、くすぶる思いが胸の内をジリジリと炙っていくのだ。


「そうだね。私はハリーがどんなことをしているのか知っている。それがいけないことだっていうことも理解している」


 『なら、どうして!?』そう問い詰めるのは簡単だ。けれど、それは決して口にしてはいけない言葉だ。

 アカツキは彼女のことをよく知っている。数年とはいえ密度の濃い時間を共に過ごしていたのだから。

 彼女は強い人間だ。近しい人間が道を踏み外そうとしているのを黙って見ていることのできる人間ではない。

 彼女の瞳の揺らぎは、どうにかしようと足掻いてもどうしようもなかったことの表れだ。だから、彼女の言葉の続きを静かに待つ。彼女の覚悟を耳にしておくために。


「でも、私一人ではどうしようもないの。最近はヨイヤミ君も帰って来ないし、私一人でグランパニアに入ったところで、ハリーに出会う前に……」


 これまでもきっと何度も葛藤してきたのだろう。有名になってしまった『自由の風』の噂は嫌でも耳に入ってくるだろうから。

 その度に彼女はやりきれない思いに胸を締め付けられていたに違いない。


「私が死んでしまったら、それこそ誰がハリーを止められるの?だから私は動けないまま、その時を待つことにしたの」


 やりきれない思いをひたすら胸の内に閉じ込めて、アリーナは針で心臓を突き刺されたような痛みに耐えながら、この数年間を生きてきた。


「でも、ようやく私もグランパニアに脚を踏み入れられる」


 一度は沈み混むように床に視線を落としたアリーナだったが、顔を上げてアカツキを射止める彼女の視線には強い意志が宿っていた。


「アカツキ君、私をグランパニアに、ハリーの元に連れていって」






「なんだか、ちょっと旅に出てくるみたいな勢いですよね。本当はそんな簡単な話じゃないはずなんですけど」


 アリーナはグランパニアに向かうための準備をするために、一人で部屋に引きこもってしまった。

 『女の子はいっぱい準備が必要なの』と唇に人差し指を当てながら色っぽく告げるアリーナは、到底女の子ではなく大人の女性だった。

 『私は少し探検してくるわ。どうせすぐにここも出ちゃうんでしょ?』と、アカネはアカネで勝手に外に出ていってしまった。

 家を出ていくアカネの表情は少しだけ疲労の色が浮かんでいた。まあ、何も知らない彼女にとって、この状況を理解するのもそれなりの苦労がうかがえるので、外の空気でも吸って少しでもリラックスして欲しいところだ。

 そんなわけで、今はアカツキとレアの二人は家のリビングでティーカップを片手に話をしていた。


「レアちゃんは大人だね。これから俺たちが、どんなことに脚を踏み入れようとしているのか、ちゃんと理解している」


 聞く人が聞けば、ただグランパニアに入りハリーに会いに行くだけの話だ。

 けれど、ただそれだけを果たすために、恐らく自分たちは人の生き死に関わらなければならない。これはそういう話なのだ。

 それを気軽に旅に出るような雰囲気で話をしてしまうのは、この世界では人の生き死にが日常と化してしまっているからなのだろう。

 そして彼女もまた、その日常を過去に味わった人間の一人なのだ。


「あの領土に踏み入れると言うことは、自分の命を保証してくれるものが何もなくなってしまうということです。まるで、卵の殻が破れてしまったように」


 では、レガリア領では命の保証がされているかと言えば、別にそういう訳ではない。ただ、レガリアの日常には『争い』という言葉がほとんどないのだ。

 この領土でそれは非日常であり、普段から起こりうる事柄ではない。だからこそ、そういう事柄に疎くなるのかもしれない。

 けれど、グランパニアに一歩でも脚を踏み入れれば、最早それは日常となる。レアが言っているのはそういうことなのだ。


「そうかもしれない。だから、殻を破るための力が必要なんだ。アリーナさんにはそれが無かった。だから殻にとじ込もってその時を待っていた。たぶんそれは。俺たちが想像している以上に辛いことなんだと思う」


 そして、自分が現れた。殻を破るための力を持った自分が。

 だがそれは、彼女にとって本当によかったことなのかはわからない。彼女には殻を破る力はないのだから。そんな彼女を連れて、殻を破ってもいいのだろうか。


「アリーナさんは賢い人です。自分の力を客観的に評価して、自分が何をできるのか判断することができる人だと思います。そんな彼女が、殻を破る決心をしたんです。だから、きっと大丈夫……」


 まるでアカツキの心の声に応えるように、レアはそんな言葉を漏らした。


「殻はいつか破らないといけない。そうじゃなければ、外の世界を見ることはできないから。殻を破るその一瞬はとても怖いけれど、それでも殻の外の世界には多くの出会いがある。だから、殻を破ることを恐れてはならないんだ」


 アカツキは自らの顔の前で拳を握り締めながら、まるで自分に語りかけるようにそういった。


「アカツキさんの言うとおりだと思います。私たちは、あの日に殻を破らざるを得なかった。そのせいで、無くなってしまったものもあるけれど、それでも、今は今で幸せですから、後悔はしていないんです。それに、後悔なんてしたら怒られちゃいます」


 そういいながら微笑むレアの表情はどこか寂しげで、アカツキは『誰に?』と尋ねたかったけれど、その言葉は喉の奥へと飲み込んだ。


「君はすごいね……。おれが君くらいの頃は、この世界のことを何も知らなかったのに」


 目の前の少女と同じ頃の自分がどうしても重ならない。あの頃は、何も知らずにただ森の中を駆け回っていた。自分が見える範囲だけが世界だと思い込みながら。


「とっても苦労しましたからね。人生経験はそこら辺の人には負けませんよ」


 本当にそうなんだろう。その先に見つけた答えを『幸せ』だと口にできるのなら、その人生経験も必ずしも間違いだったわけではないのだろう。


「すごいな……。ヨイヤミもこんなすごい妹がいたら大変だな。いつお兄ちゃんの立場を失うか、実はビクビクしてるんじゃないのか?」


「だからなかなか帰って来ないかもしれませんね」


「そうかもな」


 二人して声を上げながら笑う。今日あったばかりのはずなのに、そんなことを全く感じないのは、ヨイヤミという二人にとっての大切な存在があるからだろう。


「あれ~?なんだかすごく楽しそうじゃん。またアカツキ君はアカツキハーレムを増やそうとしているのか」


 二人が楽しそうに話し合っていたところに、アリーナが顔を覗かせながら『むふふ』といやらしい笑みを浮かべている。


「そんなんじゃないですよ。っていうか、何ですかその怪しげな団体は!?」


 アリーナの言葉にアカツキがあからさまに表情を赤らめながら必死に噛み付く。そんな姿をレアは少しだけ呆れ混じりの笑みを浮かべながら眺めていた。


「おやおや、私の言葉の意味がわかるとは……。アカツキ君も立派な大人になったもんだ」


 そんな言葉にさらにアカツキの顔が赤みを増し、アカツキの様子を見ていたアリーナは声を上げて大爆笑。さすがのレアも『ごめんなさい』と言いながら笑い出す始末。


「はあ……」


 これからの旅は大丈夫だろうか?そんな気苦労を感じながら、アカツキは大きなため息を吐いた。






「お久しぶりです、ロイズさん」


 レアたちの家から少し離れた平原の一画に、その墓は立っていた。

 生前の彼女の姿のように悠然と、花々に囲まれながら十字の墓は立ち尽くしていた。


「お元気でしたか?って俺が聞くのは、何か違いますね……」


 話したいことはいっぱいあるはずなのに、どうやって言葉にしたらいいのかわからない。


「ずいぶん時間は掛かってしまいましたけど、ようやくこっちに戻ってきました」


 アカツキはアリーナに連れられて、ロイズの墓を訪ねていた。アカツキももちろん一目見ておきたかったし、アリーナも家を出る前に墓参りをしたいとのことだった。


「ロイズさん、聞いてくださいよ。アカツキ君ようやく帰ってきたと思ったら、女の子を連れてきたんですよ。私たちの王様は本当に隅に置けないですよね」


「だからそんなんじゃないですから……」


 しんみりした墓参りになるのかと思っていたが、そんなことは全く無かった。ただそんな雰囲気をアリーナが嫌ったように思う。そんな姿をロイズに見せたくなかったのだろう。


「ああもう、なんか雰囲気台無しなんで、言いたいことだけ伝えますね」


 アカツキから顔の赤らみがスッと抜け、まじめな表情を浮かべる。


「ロイズさん、ごめんなさいは言いません。それはきっと、僕を信じてくれたあなたたちを侮辱することに変わりないから。だから、これからも信じていてください。俺はあなたたちが信じてくれた俺であり続けます。そしていつか、もう一度あの国を……」


 その場所に彼らはいられないだろう。だから、同じく国をもう一度創ることはできない。

 けれど、自分たちが創った国であれば、そこは『ルブルニア』であり、いなくなってしまった彼女たちの魂は、きっとそこに息づくはずだ。自分やアリーナの中に刻まれた彼女たちの魂は。


「そのためにも行ってきますね。みんなが俺をもう一度信じてくれなきゃ、あの国を創り直すことはできない。だから、間違った道に踏み外した仲間を、一発ぶん殴ってきます」


「まあ、その役目は私がやるけどね」


「誰だっていいんです。殴ってやれる奴がいれば、それで……。でも、今のハリーにはそれがいない。だから行ってきますね。昔の仲間を取り戻しに」


「ってことで私も行ってきます。少しの間ここを離れますけど、寂しがらないでくださいね。レアちゃんやサラちゃん、ロニー君もいますから」


 アリーナの瞳が一瞬潤みを帯びる。

 アカツキに出会い、記憶の片隅に仕舞い込んでいたルブルニアでロイズと共に過ごした日々が、思わずあふれ出してしまう。

 しんみりした雰囲気を嫌ったのは、自分の思いが溢れ出ないようにするため。けれどこの思いは、そう簡単に押し留められるものではない。

 それでも、前に進むためにその涙は瞼の奥に仕舞い込む。


「それじゃあ、行ってきますね」


 アリーナと共にロイズに別れを告げ、アカツキはグランパニアへと足を踏み入れる。

 三年の時を経て、自らの運命を大きく変えたあの争いの世界へと……。



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