止める覚悟
「それで、行くところができたって言ってたけど、君のことだから場所じゃなくて、会いに行く人が決まったってところだろ?」
再び座り込んだ自らの臀部の形に沿って、その形状を変えてしまうほどに柔らかいソファーに腰を降ろして向かい合う二人。
勘ぐるように小首を傾げながらそう尋ねるグレイに、アカツキは小さなため息を吐きながら呆れたように返事をした。
「本当に何でもわかるんですね。あなたの前では何も隠し事はできそうにありません」
別に何かを隠していた訳ではないが、思った言葉が思わず口をついて出てしまう。
「ほお、それは何か隠し事をするつもりだったということかな?」
そんなことを口にしながら疑わしげな視線を向けられたアカツキは慌てて頭を振る。
「そういう意味じゃないですよ。ただあんまりにも俺が思ってることを言い当てるから、隠し事をしても無意味なんだって改めて思っただけです」
そうやってしどろもどろするアカツキを楽しそうに眺めながら、グレイは申し訳なさなどこれっぽっちもない謝罪を口にする。
「ごめん、ごめん。君は本当に素直だからどうしてもからかいたくなるんだよ。まあ、この先いつか王様になるっていうなら、もう少しひねくれてもいいかなって思ったりもするんだけど……」
それはアカツキも思うところがないわけではない。自分が素直で愚直過ぎて、そのせいで周りを巻き込んでしまうことは自分でも理解している。
そんな性格の自分が曲がりなりにも国というかたちを保てていたのは、そういった面を補ってくれる仲間がいたからだ。
「でも……」
アカツキが自らの性格を省みて、過去の仲間に思いを馳せていると、グレイが言葉の続きを口にした。
「その素直さが君の良さでもある。それを失ってしまっては、君が君でなくなってしまう。そして君が求める世界は、君にしか創ることができない」
その全てを認めるわけではないが、それもまた必要なものだとグレイは言う。そして、そんな曖昧なものこそ、アカツキらしさであると。
「だから、君はそのままで良いのかもしれない。全ての王がひねくれている必要はない。もちろん俺の知る王ってやつは、大概性格がどこかぶっ飛んでいるやつしかいないんだけどね」
あはは……、と突然声を上げて笑い出すグレイ。
あんたも相当だ、という言葉を喉元で抑えてアカツキはグッと飲み込んだ。まあ、目の前の男には見透かされているのかもしれないが。
「きみのその素直さこそ、この世界ではイレギュラー。そして、そんなイレギュラーが、案外世界を変えてしまったりする訳さ」
物知顔でそう嘯くグレイはどこか自慢げで、けれど彼のそんな態度はどこか憎めなくて。
「おっと、すっかり話が逸れてしまったね。相変わらず俺の悪い癖だよ、まったく……」
そんなことを呆れ顔で口にしながら、グレイは仕切り直しというように咳払いをする。
「俺が君に聞きたいのは、その人に会いに行くための宛てが君にはあるのかい、ということだ」
かなり遠回りしたが、ようやく話がもとに戻る。振り回されたアカツキは、そんな話をしてたんだっけと首を傾げたくなる思いだった。
「あなたの言う通り、宛てなんて何もありません。けど、元々それを覚悟でこっちに戻って来たんです。だから宛てなんてなくても、自分達の力で何とかしてみようと思っています」
アカツキのその言葉を聞いたグレイはわざとらしく残念そうな表情を身繕いながら溜め息を吐く。
「そうか……。なら、多少ヒントになりそうな情報を持っていたんだけど、自分達の力で見つけるって言うなら、教えない方がいいね」
そして言葉の最後に嫌味ったらしい笑みをこっそり浮かべるグレイ。そしてそれを全く隠す気も無さそうに、細めた瞼の下から視線を向けてくる。
これでヒントを聞いたら何かに負けてしまうような気がして、心の中で激しい葛藤を繰り広げながらも、アカツキは諦めたように彼の情報にすがることに決めた。
「何かを知っているのなら教えて下さい。いくら自分達の力でって言っても、目の前に落ちているお宝を拾わないほど、頑固でもないんで」
グレイの話を聞いている限り、そこまで悠長に構えている時間も無さそうだというアカツキなりの判断だった。
もし本当にグランパニアとレガリアでの戦争が起こってしまうようなことがあれば、ヨイヤミを探す余裕などあるはずがない。
ヨイヤミはおそらく、グランパニアのどこかにいるはずだから。
もちろん、それは最悪の事態であって、起こらなければそれに越したことはないが、最悪の事態を想定して動くことは、それなりのセオリーでもある。
「ええ~、どうしよっかな?タダで教えるのも癪だしな~」
何かが最大限まで引っ張られ、切れそうになる寸でのところでなんとか立ち止まる。
アカツキが唇をプルプルと震わせながらグレイに怒りの視線を向けていると、その隣でアカツキと同じように小さく肩を震わせるスピカの姿があった。
その真意はわからないが、おそらくアカツキを手玉に遊んでいるグレイに怒りを覚えてくれているのだろう。そう考えると、やはりスピカの心根は優しいのだ。
「じゃあ、何を差し出せばいいんでしょうか?」
怒りに言葉が震えているが、なんとかそこで押し止める。そんなアカツキを前に、尚も楽しそうにしているグレイだが、やはり彼は引き際をわきまえているのだろう。
アカツキが完全に切れる前に、スッと一歩後ろに下がった。
「冗談だよ。君との会話は十分に楽しかったし、得られるものもあった。君に情報を与えるのに十分すぎる対価だ。心配しなくても、俺の知っていることは教えてあげるよ」
こういう間の取り方が、彼の憎めないところであり、商売人としての技なのだろう。
相手の感情をギリギリのところまで揺さぶり、相手の懐に入り込み、相手に心を開かせ、許させる。
案にたがわず、アカツキも先ほどまでの怒りが嘘だったかのように霧散していたし、それどころか心が少しグレイに寄っているような気さえした。
「お願いします」
アカツキもそこは素直に引き下がり、相手の言葉を待つ。ここで噛みついたところで、再びグレイの手のひらの上で転がされるのがオチだと理解しているから。
「君に伝えられる情報は二つある」
グレイは中指と人差し指の二本の指を立てながらようやく核心に触れ始める。
「ではまず一つ目だが、これはすでに君との会話のなかで触れている」
グレイはわざとそこで言葉を切り、アカツキに試すような視線を向ける。アカツキも必死にグレイとの会話を頭の中で巻き戻すが、その答えにたどり着くことはできない。
降参だというようにアカツキが小さく首を横に振ると、案外すんなりとグレイは続きを話し始める。
「『自由の風』っていう言葉は覚えているかい?」
そう問われたアカツキは今度は首を縦に振る。その言葉ならば、先ほどの記憶遡行の中で巡り合っている。
「彼らは革命軍なんて名乗っているけれど、やっていることはレジスタンスと変わらない。彼らは一国としても認められていないし、その在り方はただのテロリストでしかない」
「そもそも革命軍って何ですか?」
物知顔で話を進めていくグレイだが、アカツキには彼が話していることのほんの一握りしか理解できていない。なぜならアカツキは『自由の風』という単語を聞いただけであって、それが何なのかを説明されていないのだ。
「彼らが行っているのは、いわば奴隷解放。レジスタンスや……」
グレイは妙な間を作るとジッとこちらを眺める。その先の言葉は、どれだけ鈍感なアカツキでも想像に難くない。
「昔の君たちと同じね。ただ、君たちは国として認められていたし、あれはあくまでも国家間の戦争だ。だが、レジスタンスや自由の風はそうではない。国として認められない彼らが行っているのはテロ行為に他ならない」
そう、一歩間違えば自分達もただのテロリストになりかねなかったのだ。ただ、帝国に国として認められる。それだけの違いで、世間からの眼は大きく変わる。
ただ地図に名が刻まれただけ。たったそれだけで、その集団は大きな力を得る。その本質は何一つ変わらなかったとしても。
「だからもちろん彼らはレジスタンス同様、指名手配犯として全ての国々から追われている」
指名手配となった者たちが、その後どれだけ窮屈な思いをしながら生きていかなければならないかをアカツキも知っている。
「君たちが起こした『グランパニアの大火』、その裏で行われていたレジスタンス掃討作戦で、レジスタンスを匿っていたバランチアは、地図からその名が跡形もなく消えた」
その言葉にアカツキは目を丸くする。その国にはアカツキも数ヶ月滞在したことがある。少なからずその国には思い入れがあり、いまでもその国の光景を思い出すことができる。
「そんなことがあったからか、指名手配犯を匿おうなんて国は、今は皆無と言ってもいい。それでも、彼らは自らテロリストとなり奴隷解放を実行している」
だからこその革命軍なのだろうか。この世界に革命を起こそうというのに、この世界に染まった国々に力を借りる訳にはいかない。誰の助けも得ず、自分達だけで成し遂げてこそ、革命は果たされる。
「そして、ここからが大事なところだ。恐らくこれを見れば、どうして彼らがそんなことをやっているのか、君ならわかるんじゃないかな」
グレイは窓際のカウンターに置いてある少し古ぼけた羊皮紙を手に、ゆっくりとそれをアカツキの方に見せながらこう言った。
「これが、自由の風の首領だ」
アカツキの思考が止まる。時間が止まったかのように、アカツキは呼吸すらも忘れて、ただそこに写るものに吸い込まれていく。
「うそ、だろ……」
そこに写っていたのは、アカツキがよく知る顔。だが、その雰囲気はあまりにも変わり果てていた。
弱々しく気だるげで、しかしある一点を見るときはどこか優しげな瞳をしていた青年の顔はどこにもない。触れるもの全てを傷つけるような鋭い瞳は、もはやアカツキの知る誰かではないようにも見える。
「これは指名手配書。つまり、ここに写っている彼は、この大陸全土からのお尋ね者って訳だ。さらに言うと、彼は君よりもレジスタンスの思想に近いと思われる。なぜなら、彼ら『自由の風』は人を殺す。君と違ってね」
そんなはずがない。世界を敵に回し、あまつさえ人の命に手を掛けるなんて、アカツキの知る彼ができるはずがない。
「君は彼を知っているんじゃないのかい?そしてどうして、彼がこんなことをしているのかも」
今彼が行っていることは、過去の自分が行っていたことの模倣に他ならない。しかし、彼がどうしてそんなことをしているのかはわからない。
いや、彼を動かすことができるとしたら、その理由はたった一つしかないではないか。
「どうして彼がこんなことをしているのか、それは俺にもわかりません。でも、何故こうなってしまったのかは、恐らく俺にも予想がつく」
「というと?」
グレイには珍しく、妙に真面目な表情で問うてくる。こちらの言葉の裏の裏までを読もうというような視線を向けながら。
「アリーナという名前を、あなたは聞いたことがありますか?」
もし、アカツキの予想通りであれば、彼女の名前は瓦版に載せられていた可能性が高い。もちろん、アカツキとしても、その事実確認にはかなりの戸惑いがあった。
なぜなら、もしグレイがその名を知っていれば、彼女も自分たちと同じように、戦死者として瓦版に載せられていた可能性が高いからだ。
アカツキは喉を鳴らしながら、グレイの返事を待った。
そのグレイはというと、こちらの様子を勘繰るように眺めてから、ゆっくりとその口を開いた。
「いや、悪いけどその名は知らない。あの戦争の記事でも、その名を見た覚えはない」
ホッとアカツキは嘆息を漏らす。瓦版に載っていたのであれば、彼女が生きている可能性はほぼゼロに近いだろう。だが、グレイはその名を知らない。つまり、まだ彼女が死んだと断定するものはない。
それにしても流石はグレイだ。ある程度察してくれるお陰で説明をする手間が省ける。
心を読まれるような視線は気持ちのいいものではないが、こういう時には素直にありがたい。
「そうですか……。それを聞けただけでもよかったです」
「少しはきっかけになりそうかい?」
アカツキの瞼は少し落ちかけていて、その反応があまり芳しくないものであるのは、誰が見ても明らかだろう。
「どうでしょうか?ただ行かなければならない場所は増えたように思います。どうして彼がそんなことをしているのか、どうしてそうなってしまったのか、俺はあの国の王であった者として問わなければならない」
アカツキが拳を握る。あの国の王であった者として、彼の行為には責任を持つ必要がある気がする。それは唯のエゴなのかもしれない。
けれど、彼を変えてしまった根源が、あの日に起こったことであるのなら、自分は彼に謝らなければならない。それが、一度でも彼の上に立った者の責任だから。
「自由の風は俺が止めます!!」
最近の更新速度に比べたら早めの更新です(全然早くない)。ようやくずっと言い訳をしていた新企画の方も無事投稿となりました。その名も『Road of Crystal -龍に誘われし勇者と八つの宝玉-』です。勇者に憧れた一人の少年が、突如告げられる運命に戸惑いながらも、自らの夢を叶えるために旅に出る王道ファンタジーRPGです。正直な話をいたしますと、自分は前々から、小説よりもゲームが作りたかったんです。しかし、ゲームはストーリーとして文章を書くのはもちろん、プログラムや様々な要素が必要となります。そのために、ずっと足踏みしていたのですが、就職により友達の輪が広がり、一緒にやろうと言ってくれる仲間ができたために、このように投稿することができました。まあ、ここで話をすることではないのは重々承知なのですが、これを読んでくれた方々が少しでもゲームの方にも興味を持っていただけると嬉しいです。ゲームの投稿に際して、新たにHPを開設しました。ゲームを知ってくれた人が小説を、小説を知ってくれた人がゲームをと、自分の作品たちをもっと多くの方々に知ってほしいという思いで作りました。が、まだまだわからないことだらけで、やりたいことができていないのが現状です。どなたか優しい読者様は『教えてあげるよ~』とお声掛けください。それでは、次話まで……。