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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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統べる者の責任


「俺は君と同盟を結びたい」


 グレイはその視線をアカツキに向けたまま、ゆっくりと左手を前に差し出した。


「この同盟は君にとっても悪くない話のはずだ。君がグランパニアにこれ以上ない因縁があるのは周知の事実。さらに言えば、この同盟を結ぶことで四天王の後ろ楯、いや、借りを作ることができる」


 そう、これはこの大陸に脚を踏み入れて突然舞い込んだ、いつかの自らの願望を叶えるためのまたと無い機会。断る理由など、何処を見渡しても見つかるはずがない。

 アカツキは不動のままグレイの視線と自らの視線を交え続けた。ともすれば、相手には敵意を孕みながら睨んでいるようにも見えたかもしれない。

 けれど、アカツキのその視線の鋭さも、この答えに多くの決意を抱いていることの表れなのだ。

 場の空気を凍てつかせていた二人の冷戦は数秒の沈黙の末、アカツキの言葉によって溶解する。


「あなたの言う通り、俺にとってこれ以上ない申し出だと思います」


 アカツキの言葉を耳にしたグレイの視線が幾分か和らいだように見える。けれど、そこで終わることのないアカツキの言葉に、グレイの表情は再び鋭さを増す。


「でも、俺はその手を取る気はありません」


 周囲の空気が突然凍りつくように冷たさを増す。首元を異形の者に舐められるような、凄まじい寒気に、しかしアカツキは微動だにせずにグレイとの視線を交え続けた。

 気付いた時には、怖気を感じる程に美しい透き通った透明の刃は、アカツキの首許を捉えていた。


「この同盟を断れば俺が君を殺す可能性があるとは思わなかったのかい?」


 それは明確な敵意。アカツキの目の前にあるのは、触れればその皮膚を容易に切り裂く氷の刃。


「そうする理由がありません」


 グレイの視線に初めて恐怖を感じる。畏怖を感じることはあっても、恐怖を感じたのはこれが初めてだった。


「それは違う。君がこの同盟を拒絶すれば、君にはグランパニアに流れる可能性が生まれる。そこに理由や正当性は必要ない。我々の脅威となるものを生かしておく理由がないのだ」


 グレイの言い分は間違っていないのだろう。一国の王として、自らの敵となる危険分子を消滅させることは、決して間違った判断ではない。そして、彼はアカツキを殺すだけの力を携えている。


「その上でもう一度問おう。私と同盟を組み、グランパニアと戦ってはくれないか?」


 凍てつく空気が身体の自由を、言葉の自由を、意志の自由を奪っていくような気がした。目の前の男はこれまでに見たことのない覇気を纏い、こちらを射ぬいている。

 気を抜けば自らの意志とは関係なく、首を縦に振りそうになる。

 けれどアカツキの意志は変わらない。それはこの世界に帰って来た自らの思いを、踏みにじる行為だから。それは、いつかのアカツキの願望であって、今のアカツキの願望ではないから。

 だから、その意志をより強いものへと変え……。


「それでも、俺はその手を取らない」


 周囲の空気が一変する。傍から見ていたアカネには一瞬グレイが気圧されたようにさえ見えた。その一瞬の空気の変化で、スピカが思わず椅子を立ち上がってしまう程に。


「俺はみんなを戦いの理由になんて絶対したくない。もし俺が、私怨や怨恨でこの戦いに加われば、それはみんなを戦いの理由に祭り上げることになる。そんなのは絶対にダメだ。俺はみんなとの思い出をそんな薄汚れたものにする気はない」


 私怨にとりつかれて、ただ怒りに身を任せて戦うことに意味など無いのだと一人の男から学んだ。多くの者に支えられて、今の自分があるのだとあの大陸に教わった。


「俺はもう一度この世界を周り、自分なりの答えを見つけたくて、この世界に舞い戻ってきた。決して戦う為にここに戻って来たんじゃない」


 向こうの世界で手に入れたのは、誰かを傷つけるための力などではない。この力は、誰かを護る為の力でなければならない。そうでなければ……。


「あなたにはこの国の王として、この国の民を護るという理由がある。でも俺には、それだけの正しい理由をこの戦いに見出すことはできない」


 グレイがその力を振るうことを悪いと言っている訳ではない。彼には彼の正しい理由が存在し、その上で戦場に赴こうとしている。だが、アカツキには彼に肩を並べるだけの理由が無いのだ。


「だから今すぐに、その手を取る訳にはいかないんです。今この手を取れば、俺が向こう側で過ごした数年間は無駄になってしまう」


 周囲を覆っていた冷たく突き刺すような空気が、まるで嘘だったかのように晴れていく。そこには、覇気を纏いアカツキを射抜いていた男の姿はもう無い。

 そこにあるのは出会った時の優男の頬笑みだけ。


「そうか……。そこまで心の決まっている者を引き入れることは、自由の国を治める王として許されないだろうな」


 アカツキの首許を捉えていた透明の刃は、淡い光を帯びて彼方へと消えていった。


「試して悪かったよ。君の決意がどれだけのものか推し量りたかったんだ。あれだけの壮絶な過去を抱えてなお、君がこの世界に戻って来た理由も」


 つまり、アカツキはまんまと全て口を滑らしてしまった訳だ。まあ、人に聞かれて恥ずかしい話でもないし、普通に尋ねられれば答えていたようにも思うが。


「まあ心配しなくとも、君が一人増えたところで、この戦争の勝敗が変わるほど俺たちの国は弱くはない」


「なんですかそれ……」


 アカツキはようやく解けた緊張感の檻から抜け出し、脱力感と共にため息を漏らしながら、グレイと出会って初めての笑みを浮かべる。

 自らの思いをぶつけたことで、グレイに対する壁にようやく少しだけヒビが入ったのだろう。


「ただの負け犬の遠吠えさ。気にする必要はない」


 アカツキの戦力が手に入れられなかったことが痛手であることは間違いない。だが、それが理由でグランパニアに敗北するなどということは決してない。


「でも、だからこそ俺は断れたんです」


 アカツキの言葉に、グレイは疑問符を浮かべるようにまぶたを小さく震わせた。


「あなたが創りあげた国は、俺なんかいなくたって十分に強いでしょ。俺がいなきゃならないなら、そこに理由ができてしまう」


 自分が戦う理由がないとは、つまりはそういうことだ。自分がいてもいなくても、大きく戦況が変わることはないとアカツキも理解していたから、その申し出を迷いなく断ることができた。


「そうか……。ずいぶんと俺のことを評価してくれているんだね」


「この国を見ていれば、それを治める王の強さも自ずとわかります。そして、その王に仕える人たちも、きっとあなたの強さを理解できるだけの強さを持ち合わせている」


「そういう意味では、そうやって評価してくれる君もその強さを手にしているんじゃないのかい?」


 そうなのだろうか。そうであれば嬉しいと思う。これだけの世界を創り上げられる者と、同じ強さを持っているのだとしたら、それは恐らく自分と繋がりを得てきた者たちのお陰だろう。

 それを感じることができなかったあの頃の自分には、恐らくまだ無かった力だ。


「そんな訳ないじゃないですか。あなた、自分の立場を本当にわかっているんですか?」


 冗談混じりにそんなことを言う。ほんの気まぐれだとしても、そう言ってもらえることが嬉しくて、少し恥ずかしかったのだ。


「君なら立てるさ。俺と同じ土俵に……」


 その表情は微笑みを浮かべていたけれど、しかしその眼は笑ってなどいなかった。本気で信じて、その言葉を口にしているのだ。

 けれど、今の自分は……。


「立つ必要があるのか、正直今ではわからなくなりました。恐らく前の自分であれば、その権利を与えられていれば、迷うことなく受け取ったと思います」


 それは紛れもない事実。変わることができた今の自分でも断言できる。


「でも、今は誰かの上に立つことだけが全てではないとそう思えるんです。この世界を変えることを諦めた訳ではありません。でもそれは無知な自分がやるべきではない」


 別の世界を知り、自分が無知なのだと改めて理解した。無知な自分が他人の上に立っても、その不安定な基盤では、全てを巻き込みながら崩れ落ちるだけだと今の自分は知っている。


「つまり、いずれはその立場に立つつもりなんだな」


「えっ?」


 そう問われて、アカツキは思わず問い返してしまう。


「だってそうだろう?君は一言も、その立場に立たないとは言っていない。それは心の何処かで、自分がこの世界を変えたいという意志が燻っているから。違うかい?」


 誰が同じ土俵に立てる力を持っているだ。こんな男に自分が肩を並べられる訳がない。

 完敗だと感じた。何もかも見透かされている。こんな男に自分もなりたいと心の底からそう思う。


「そうですね。そうなんだと思います。そのためにも、無知のままではいられない。世界を知り、自分の答えが見つかれば、あなたと同じ土俵に近づけるような気がするんです」


 グレイは無言のまま、ただアカツキに向けて笑みを浮かべるだけだった。

 それ以上の言葉は何もいらないと言うように。


「それで、これからどうするんだい?」


 この話はここで一旦区切りだと言わんばかりに、アカツキに背を向けてスピカの方へと歩み寄る。


「世界を回ってみようと思います。まずはこの国から始めようと思っているんですけど、問題ないですか?」


 グレイはスピカに目配せだけで飲み物を要求すると、スピカは溜め息を吐きながらも、すぐに湯気の立つティーカップを準備しグレイに手渡した。


「俺は別に構わないんだけどね。君は死んだことになってるし、言っても君は有名人だからねえ」


 この数年間向こう側にいた為に、そういった世論には弱い。よく考えれば、グランパニアとレガリアの冷戦状態など、普通の人間であれば驚きで気を失ってしまう程に巨大なニュースではないだろうか。


「そう言われてみれば、そうですね……」


 グレイの言葉により、改めて肩身の狭い自分の立場を理解し、顎に指を当てながら熟考してしまう。


「まあ、うちの国の人間であれば、君の顔を見ても『なんだ、生きていたのか』くらいの反応で終わる気もするけどね」


 あははは……、と心底楽しそうに笑いだすグレイ。それを冷たく蔑むような視線を向けるスピカ。


「もう少し一国の王として責任のある発言をしてはいただけないでしょうか?あなたがそんなことだから、この国の品位が地の底まで落ちていくのではないですか?」


 アカツキの背中を、先程のグレイの覇気を越えるほどの怖気が駆け抜けていく。

 その視線を向けられていないアカツキですらそんな状態なのだから、その矛先である当の本人はどれだけのものなのか想像もつかない。


「おい、スピカ。それは俺の国民たちを愚弄しているのか?ダメだなあ……。自国の国民のことはちゃんと信用しないと……」


 その瞬間アカツキにはブチッという何かが切れたような音が聞こえたような気がした。


「国民ではなくあなたを愚弄しているんですよ、あなたを。あなたみたいな王でも、この国が成り立っているのは国民たちのお陰です。あなた一人が、この国の品位を地の底まで落としているってことに、そろそろ気付け馬鹿野郎!!」


 なんだか、語尾がスピカから発せられるものとは思えないような気がしたが、今はそんなことを言及できる精神力をアカツキが持っている訳がなかった。

 アカネもスピカの勢いに気圧されて、目を真ん丸に丸めながらその光景を見ていた。

 あまりの勢いに自らの息も追いついていないのか、スピカの息が少し荒れていた。

 流石のグレイも、その勢いにやや引きつった顔になっている。というか、そんな反応だけに留まっていることに驚きなくらいだ。正直、スピカの心労もうかがえる。

 そんな二人の様子を見て、アカツキは思った。国民はもちろん大事だろうが、この国がこれだけ平和を保てているのは、この二人の関係性が大きな要因なのではないだろうか。

 そう感じた時に、アカツキの中で目の前の道に光が差し込んだ。

 そう思える相棒が自分にもいたはずだ。彼となら、平和な世界を創れると信じた相棒が自分にも。


「やっぱり、行くところができました」


 勢いを失うことなく一方的にスピカがグレイを叱りつけていると、突然アカツキが思い出したようにそんな言葉を口にした。

 もちろん忘れていたなどと言うことは決してない。単に、その順番を決め兼ねていただけだ。

 真っ先に彼に出会って、自らの気持ちを素直に口に出来る自信が無かったから。

 けれど、二人のやり取りを見ていて思った。自分と彼もこんな関係を築けるはずだと。

 今ここで迷えば、そんな自信も枯れ葉のようにヒラヒラと儚く消え落ちてしまいそうな気がした。

 だから決めたのだ、真っ先に行かなければならない場所を。


「そうか……、それは少し残念だ。君にはこの国をゆっくりと見ていって欲しかったのだが」


 少し残念そうに、けれど、何処かわかっていたというような面持ちでグレイはそう告げた。


「大丈夫ですよ。俺は必ずこの国に戻ってきます。たぶん、俺が学ばなければならないことは、この国に詰まっているはずですから」


 この国を一目見た時、こんな国を創りたいと真っ先に感じた。そこに理由などない。唯の直感だ。

 だから、自らの国を創ることになるのであればこの国を参考にしたい。ならば、この国に帰って来ることは必然だろう。


「そうかい。じゃあ、ゆっくり待つとしよう」

 

 そんなグレイの言葉に、アカツキはグレイのように見透かした微笑みを浮かべる。


「今の言葉は、戦争には負けないって、そういう宣言ですか?」


 ゆっくり待つということは、アカツキが戻ってくるまでこの平和な国を残しておくということ。

 それはつまり、これから起こるかもしれない戦争の勝利宣言に他ならなくて……。


「さあね、それは君の好きなように受け取ってくれればいい。ただし、俺は国王としての責任だけは果たすつもりだ。何があっても国民たちを護りぬくと言う、唯一にして最大の責任を」


 そう語る目の前の男の眼光は、まるで別人のように強い輝きを帯びていた。

お久しぶりです。わにたろうです。一ヶ月を優に超えてからの更新ですが、ブックマークがほぼ変化しなかったことに本当に感謝しています。そこは期待されているのかなと、ひとまず前向きに受け取っておくと共に、これからのモチベーションに変えていきたいと思います。まあ、こんな更新速度になっているのも、ようやく本格的に仕事が始まったという環境の変化はもちろんのこと、前々から口にしている新しい企画に注力しているからでありまして……。しかし、皆さんに公表しなければ、そんなもの唯の言い訳にしかならなくて……。という、心苦しさに苛まれながら、日々を過ごしています。という訳なんですが、そろそろそんな心苦しさからも解放されそうです。恐らく来週あたりに発表させていただきますので、もしよろしければ、そちらの方にも脚を運んでいただけると、嬉しく思います。ちなみに新しい企画とは別に、他の発表もあるかもなので、そちらもよろしければ(辺り構わず手を出し過ぎ……)。それでは、なるべく早く更新できるように頑張ります。では、次話まで……。

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