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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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自由の国の王


 アカツキとアカネを乗せた黒のリムジンは、白き鉄塊の摩天楼を駆け抜けていく。コンクリートの道路の上を歩む人々は、まるで外の世界とは隔離されてしまったかのように活き活きとこの大地を踏みしめる。

 アカツキがいつか憧れた世界はここにはあるように思う。これが全てだとは言わない。それでもここは、アカツキにとってひとつの答えのように思えた。


「噛み切れない肉を、ひたすら噛み締めているような顔をしている」


 そう言われて、ふと窓ガラスに映る自分の視線と交差する。しかし意識が宿った自らの表情は、既にいつもの自分の顔となんら変化はなかった。


「どんな顔ですか、それ?」


 冗談交じりに吐き出す言葉はどこか空虚で空々しい。そこに言葉通りの意味などない。

 自分の中でどう整理していいのかわからなかったのは事実だ。この景色を目にして、自分が描きながらに取りこぼしてしまった可能性を、未来の姿を再び夢想してしまう。こんな未来があったなら、どれだけよかったのだろうかと。

 ロイズやガリアス、ヨイヤミに……、それにアリス。自らが大切に思っていた彼らのように、瞳から涙が零れ落ちそうになり、静かにまぶたを落とした。


「君が行ったことが正しかったなんてお世辞を言うつもりはない。でも、君たちが動かしたものは確かにある。君たちの戦いが無駄ではなかったのだと、そう心に刻んだ者たちは少なからずいる」


 そうなのかもしれない。自分たちの戦いが、あの日犠牲になった者たちが無駄だったなんて思った日は一度もない。それでも、自分の知らない他人の心が動いたからといってそれは慰めにはならない。

 結局、人は誰しも自らの掌が届かない範囲で起こったことに興味を示すことなどできないのだ。


「もうそのことは吹っ切れたからいいんです。むしろ、あまり掘り返してほしくないです」


 声音が自然と強張ったものになる。目の前の男が初対面でどれだけ気さくに話しかけてこようとも、畏怖を抱かずにはいられない。

 なぜならその男は、この世界の最強と謳われる四人の中の一人。そして、アカツキが知る唯一の四天王は、あの『キラ・アルス・グランパニア』なのだ。彼があの男のように残虐でないと誰が言えるだろう。


「そうか、それは悪かった。気分を害したのなら許してくれ。これからは自重するとしよう」


 彼の言葉の端々には優しさを感じる。だから、彼の言葉の中に人間味を感じてしまい、彼が四天王であるということをつい忘れてしまいそうになる。


「ごめんなさい。別に、そこまで忌避している訳じゃないんです。俺がしたことを知っている人なら、その話を真っ先に持ち出しても仕方ないですから」


 別に、この男に限った話ではないだろう。自分が誰で、何をしたのかを知っている人間であれば、その話に触れるのは当然の心理だ。どうしてあんなことをしたのか、あの戦いに何の意味があったのか。

 その問いかけに答えることも、アカツキの贖罪なのかもしれない。そして、その答えによって彼らの生きた意味を少しでも見出せたのなら、彼らに欠片でも報いることができるのだろうか。


「でも意味がなかったなんて絶対に思いません。他の誰に意味がないと言われようと、俺だけはあの戦いに意味を見出ださなければならない。それが俺の、あの国の王としての最後の責務だと思いますから」


 まだあの日の戦いは終わっていない。あの日の戦いに終止符を打てた者など、誰一人としていないのだから。ここに自らが立っている限り、その権利は誰にだって譲るつもりはない。


「王の姿に正装なし」


「えっ?」


 突然告げられたその言葉の意味を理解しあぐねて、アカツキは思わず問い返してしまう。


「俺を育ててくれた恩師の言葉でね。王様に正しい姿なんてない、王様に正しい解答なんてないってことだよ」


 グレイはそこでわざと一呼吸おいた。その間隔は確かに静寂だったが、決して言葉を挟んではいけないという妙な空気が場を満たしていた。


「つまり、君のおじいさんの言葉だ」


 その言葉にアカツキはまぶたを見開き、唖然とした表情を浮かべる。アカツキのその反応に、会話の間ずっと外を眺めていたアカネも心配そうな表情を浮かべる。


「じい……、ちゃん……」


 まさか、こんなところでそんな言葉を耳にするとは思っていなかった。その驚きと同時に、自らの祖父が四天王と関わりがあったことへの疑念がアカツキの中で膨れ上がる。


「そう。君のおじいさんはね、俺たちの師匠なんだ。俺たち四人は君のおじいさんに、生き方や戦い方を教わった。今の四天王の内の三人が、君のおじいさんの弟子だよ」


 それを聞いて真っ先に疑問が爆発する。ならば、まさかあの男でさえも……。


「もしかしてキラも、その中の一人なんですか……!?」


 アカツキは緊張のあまり喉を鳴らしてからその質問を投げ掛けた。自分の知らない祖父の過去の扉を無理やりにでもこじ開けるために。


「ああ、キラも俺たちと一緒にあの人に育てられた。キラはね、俺たちの中で一番年下で、弟みたいな存在だったんだ」


 後半の言葉はほとんどアカツキの耳には入っていなかった。キラと祖父に繋がりがあったというその事実があまりにも衝撃的で、それ以上の言葉を受け入れる余裕などなかった。


「じゃあ、キラは自分の師であるじいちゃんに手を掛けたって言うんですか……?」


 そんなのはあんまりだ。祖父は、自らが育て上げた愛弟子に牙を向かれたということになる。

 どうして、キラは祖父を殺さなければならなかったのか。どうしてあの日、グランパニアはルブールを襲わなければならなかったのか。


「まあ、端的に言えばそうなるだろうね。あの二人の関係を知らない者たちが見れば、その解釈で間違いはないだろう。でも……」


 後部座席に座るアカツキには、車窓へと視線を移してしまったグレイの表情を伺うことはできない。けれど、その声音はどこか寂しげで悲しさが滲むものだった。


「俺はあいつが、なんの意味もなくあの人に手を掛けたとは思えないんだ」


 彼の言葉にはあまりにも色々な感情が混じりすぎているような気がした。様々な色を混ぜすぎて、黒く染まってしまった絵具のように、彼の声音は色を失っていった。


「これは、ただの願望なのかもしれない。あいつがあの人のことを一番慕っていたのを知っているから、そんなはずはないって思っているだけなのかもしれない」


 次々と明かされる自らの知らない祖父の過去に、アカツキの拳は強く握りしめられ、閉じられたその隙間に湿り気を帯び始める。


「その答えを知るのは、おそらくこの世には一人しかいない。だが、俺はそれを訪ねることは許されない。四天王として君臨してしまった俺たちは、自らの領土に害がない限り、その方針に口を出すわけにはいかないからね」


「そういう、ものなんですか……?」


 たとえ旧い友だったとしても、その立場だからこそ手が届かなくなってしまうことは往々にしてある話だ。それは何だか、とても悲しいことのように思える。


「そうだね。それでも……」


 だが突然、グレイの声音は水面に波紋を残すように静かに跳ねる。


「俺はそんな堅苦しいしきたりみたいなものは嫌いだから、いつか絶対に問い質してやるつもりだけどね」


 この自由な世界を創り上げた自由な彼だからこそ、しきたりや規則に囚われずにその壁を壊すことができるのかもしれない。


「そこは立場をわきまえてください」


 今まで一度も言葉を挟むことなく、ひたすら運転に従事していたスピカが、まるで待ち構えていたかのように口を挟んだ。


「ごめん、ごめん。スピカが危惧しているようなことはしないから、安心して」


 スピカは横目でグレイを一瞥すると、物憂げに小さくため息を吐くと、それ以上の言葉は口にしなかった。


「それにしても、君はずいぶん良い眼をするようになったね」


 突然会話のベクトルがアカネへと向かう。自分の話をされるとは思っていなかったアカネは、驚いたようにまぶたを開くと、少し焦るように口早に返事を返す。


「そ、そうですか……。自分ではわからないものなので……」


 そんな焦るアカネを優しげな笑みを浮かべながらグレイは眺めていた。


「そうやって、返事をできることそのものが、以前の君では考えられなかったからね」


 そう言われて、アカネは過去の話をされていることに気づく。当然だ、グレイとの思い出は十数年前で止まってしまっている。


「そうですね。あの頃の幼い私とは、ずいぶん変われたように思います」


 アカネの声音が少しだけ陰りをみせる。アカネの過去を聞いていたアカツキも、アカネが過去の話をすることがあまり好きではないことは知っている。


「そうか……。良い人の輪の中で生きてきたんだね」


 グレイの表情に一層優しさが滲み出す。本当に目の前の男は四天王の一人なのだろうか。力を持つ人間が、これほどの優しさを持ち合わせられるものなのだろうか。


「人は一人では生きていけないし、二人でだってそれは同じだ。君が正しい道を歩めたということは、その道を創ってくれたたくさんの人たちがいるということだ」


「そうですね。私もそう思います。一度捨てた命を多くの人たちに拾い上げてもらった」


 自分は多くの人々に『生』という名の浜辺に引き揚げてもらった。今さら、『死』という名の深い海に潜るつもりはない。


「彼はどうしたのか、聞いても構わないかい?」


 全てを失った自分たちに生きる道を与えてくれた人。アランとの記憶を宿している彼には、それを聞く権利があるのだろう。

 そしてこの聞き方は、きっと彼もある程度は察している。この場所にアランがいない理由を。


「独りで、どこか遠くに行っちゃいました。本当に勝手ですよね……。人のことは呼び止めておいて、気づいたらいなくなっちゃうんですから」


 最初から最後まで、本当に自分勝手な男だった。でも、その自分勝手さにどれだけ救われたことだろうか。


「そうか……。確かに自分勝手な男だね。でもきっと、彼は君が独りで立ち上がるのを待っていたんじゃないのかな?彼は自分に課していた責務を終えたから、君の前から姿を消したんじゃないのかい?」


 そうなのだろうか。そうだったら良いと思う。彼に悔いがなかったのであれば、自分が彼の旅立ちを泣いて見送るのはお門違いだ。笑って、彼の旅立ちを祝福しなければならない。


「そうですね。私は自分でも気がつかない内に、独りで立てるようになっていた。でも、それはアランがいてくれたから、気づく必要もなかっただけなんですよね」


 別れたことを悔やむのではなく、出会えたことを喜べ。

 いつか、そんな言葉を耳にしたことがある。誰の言葉だったか、すでに記憶は曖昧であるけれど。だから、彼に告げる言葉はこの一言で十分だろう。


「ありがとう、アラン」


 そう告げたアカネは、流れ行く空を笑みを浮かべながら見上げていた。






「それじゃあ、これからはレガリアの王、四天王の一画として話をしよう」


 黒塗りのリムジンで王都に到着したアカツキとアカネは、さっそくレガリア城の一室へと案内された。アカネはどこか勝手知ったる様子だったのは、ここに一度脚を踏み入れたことがあるからなのだろう。


「現在、このガーランド大陸はこれまで以上に緊張状態が続いている」


 唐突に話を切り出したグレイの表情は、これまでの表情とは売って変わり、王としての仮面を被っていた。


「グランパニアは領土拡大を積極的に推し進めており、それに対抗するように、レジスタンスの残党と、それに肩を並べるように力をつけてきている『自由の風』と呼ばれる革命軍が、水面下で摩擦し合っている」


 レジスタンスが一時的に鳴りを潜めているのは耳にしていた。だが、『自由の風』と呼ばれる組織については初耳だ。


「さらに、グランパニアの領土拡大に脅かされているのが、この国『レガリア』だ。現在は領境ギリギリのところで踏み留まっているが、それがいつ破られるかはわからない」


 もしグランパニアが領境を越えれば、その先は誰にだって容易に想像がつく。


「こちらから手を出すつもりはないが、もしその境界線が犯されれば、俺もこの国を治める王として動かざるを得ない」


 そう、それは王としての責務なのだ。どれだけ平和を願い、争いに抗おうとも、ただ国民が蹂躙されていく様を見ている訳にはいかないのだ。


「俺が動くことが、この世界でどういうことを意味するのか、それを理解していない訳ではない。自分の立場も自分の影響力も、それを理解した上で俺は戦わなければならない」


 アカツキとは比べ物にならない程のものを、グレイはその背に背負っている。ルブルニアがグランパニアに戦争を仕掛けるのとは訳が違う。彼が動けばこの大陸そのものが戦火に包まれてしまってもおかしくはないのだ。

 グレイはその言葉を皮切りにゆっくりと立ち上がる。

 一度の瞬きも許さないと言わんばかりの、力強い視線でアカツキを射抜きながら、グレイはその言葉を告げた。


「俺は君と同盟を結びたい」

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