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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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終わりを告げる停滞の時


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 レガリア国王の付き人兼大臣を勤めるスピカ・クルーウェルが、レガリア城に辿り着いた一人の男のために、城の入り口まで出迎える。その背後に黒服の男を数人引き連れて。

 黒いリムジンからゆらりと出てきたのは、掴み所のないのっぺりとした表情に絞まりのない飄々とした笑みを貼り付けた男。

 しかし、その表情からは考えられないその正体は、過激派テロリストの幹部である、クラン・オグルフィデーレ。


「そんなかしこまらないで下さいよ。私、そんなに格の高い人間じゃないんですから」


「いえ。国王の御客人とあれば、失礼のないようにするのは当然ですから」


 そう言って深々と頭を下げるスピカ。だが、頭を上げた彼女が向けた視線は、刃のように鋭く尖っていた。


「まあ、本心を言わせて頂けるのならば、頭を下げるどころか、あなたの顔も見たくはありませんが」


 そんなスピカに向かって、クランはまるで気にも留めないというような笑みを浮かべる。


「あなたのそういう素直なところは嫌いではありませんよ。やはり女性はそうあるべきです」


 スピカは御客人などと言葉にはしておきながら、そんな目では一切見ていないというように、相手にも聞こえるほど大きな舌打ちを打つ。


「心にも無いことを……」


 だが、クランは相変わらずそんなことに動じる男ではない。表情ひとつ変えず、ただ飄々と彼女の言葉を受け流す。


「いえいえ。本当にそう思っていますよ」


 この男にどれだけ言葉をもってしても無駄だと気づいたスピカはそれ以上の会話を断ち切るように、素早く踵を返し城の中へと向かう。


「国王の元に案内します」


 それ以上スピカが口を開くことはなく、クランもまた、スピカが言葉を口にしない限り、ただ黙って彼女の後ろを付いていった。


「ここでお待ち下さい」


 スピカの言葉に逆らう様子もなく、クランは静かに御辞儀をしながらその場で足を止める。だが、その理由のない笑みが、スピカの心を無意味にざわつかせる。

 不安を残しながらも、国王が決めた会合を付き人である自分が勝手に壊すわけにもいかないという思いが、その扉に手を近づける。

 コンコン、と目の前に鎮座する大きな扉をゆっくりとノックする。


「入れ!!」


 普段の垢抜けた彼の声音は鳴りを潜め、真面目で男らしい声音が扉の向こうから返ってくる。


「失礼します」


 そう言って扉を開くと、そこには珍しく王座に座した国王の姿。公の場を嫌う彼には珍しく、堅苦しく格式の高い衣服に身を包んでいる。

 目の前に座す自らの王に敬意を払い、スピカもまた普段の態度を一変して、目の前の男と向き合った。


「クラン・オグルフィデーレ殿がいらっしゃいました」


 深々と自らの王に頭を下げながらスピカは、クランを案内するように自らの王に向けて手を差し出す。


「どうぞこちらへ」


 スピカの態度を見ながらクランは少しだけ怪しげな笑みを見せるが、それも一瞬のこと。クランの視線はすぐに目の前の男へと向けられる。


「これはこれは、レガリア国王、グレイ・レガリアス様。この度はお招きいただきありがとうございます」


 そう言いながら腕を胸の前に掲げて、グレイに向かって深々とお辞儀をする。


「堅苦しい挨拶はいらないよ。久しぶりだね、クラン」


 勝手知ったるといった口調でグレイはクランの名を呼ぶ。自分の名を呼ばれたクランは、ゆっくりと頭を上げてグレイに意味ありげな微笑みを向ける。

 二人の挨拶が済んだところで、グレイはスピカに視線を向けて、この部屋から退出するように指示する。自らの王に指示されれば、大人しく引き下がるしかない。それでも、スピカは自らに燻る不安な気持ちを伝えるように、少しの間だけグレイの目をジッと見つめてから、大人しくその扉を閉めた。

 グレイはこの部屋を嫌っていた。放浪癖があり、このような堅苦しいことを嫌うグレイにとって、この王室はとても息苦しかった。窓や机、椅子に至るまで、多くのものに施された綺麗な彫刻。輝くように白い部屋に、この部屋を真二つに断ち切るように敷かれたレッドカーペット。

 どれもこれも、まるでグレイに居心地の悪さを与える為につくられたように感じていた。それでも、この世界に四人しかいない王の立場として、この部屋の装飾だけはスピカが譲らなかったのだ。


「長旅ご苦労だったね。グランパニア領からだと一日や二日では来られないだろうから」


「いえ、何の地位もない自分が、こんな場所に呼んでいただけるのですから、多少の長旅くらいは気にもなりません」


「そうか、ならよかったよ。本当は、一日二日部屋でゆっくりしていってほしいものだけど、まあ、君の立場上そうもいかないんだ」


 そう、グレイの目の前にいるのはレジスタンスの幹部。国際的指名手配組織のレジスタンスの中でも上位に座する者。そんな人間を、易々と受け入れられる訳がないのだ。


「ええ、わかっていますよ。関係がバレたくないと言うのも重々承知しております。恩を仇で返すような真似はしたくありませんので、こちらもしっかりと配慮させていただいています」


 彼がこの王室に来るようになったのは今日に始まった事ではない。始まりは、三年前に起きた大事件『グランパニアの大火』の裏で行われていたレジスタンス掃討戦の時まで遡る。

 グランパニア軍の四部隊を費やして行われたその戦いにより、レジスタンスは多くの戦闘員を失い、そして自分たちのアジトとなっていたバランチアまで失った。

 拠り所を失くし、ボロボロになったレジスタンスに手を差し伸べたのがグレイだった。

 別にキラに喧嘩を売ろうとした訳ではない。ただ、死にそうになっている人間を見捨てることができなかっただけなのだ。

 もちろん、スピカには大反対された。それでも、彼女はいつも最後に折れてくれる。そして、自分が決めたことには全力で尽くしてくれる。そんな彼女をグレイは頼りにしていたし、誇りに思っていた。


「じゃあ、さっそく本題に入るけど、最近のグランパニアの動向は?」


「そうですね、グランパニア全体で言えば大きな動きはありませんが、たった一つだけを切り取ってみれば、それなり大きな動きがあるとの情報は得ていますよ」


 もちろん、ただ彼らを助けただけという訳ではない。冷戦状態であるグランパニアからの情報を手に入れられる情報網があれば、レガリアとしても動きやすくなる。

 だから助ける対価として、彼らが持つ有益な情報を要求した。そしてその伝達役が、レジスタンスの幹部であり参謀を行っているクランなのだ。


「具体的には?」


 そして、彼らの情報が予想以上に有益なものだった。正直、街に繰り出して様々な情報を集めていたグレイでも驚くような隠れた情報をいくつも持っていた。ただ、その情報の出所だけは、一切明かしてはくれなかった。


「はい。特に動きが激しいのは第二部隊です。元第二部隊隊長『アルベルト・フォンブラウン』の代わりに配属された龍仮面の女『ニア・ドラゴヴェール』が、グランパニア領周辺の独立国を次々と支配下に置いています」


 その情報は既に耳に入っていた。あの『グランパニアの大火』の後、失われた二人の部隊長の代わりに新たな部隊長が選ばれた。その、第二部隊隊長に選ばれたのが、これまで全く以て無名であった女騎士『ニア・ドラゴヴェール』。

 その素顔は龍仮面によって隠されており、誰も素顔を見た者はいないとのこと。

 そして、彼女が部隊長として選ばれた理由は、キラが新たな部隊長を選出するために各国の王を招集して行われた闘技大会で優勝し、あまつさえ、第五部隊隊長である『シェリー・ヴェールライト』をその場で負かせてしまったのだ。

 会場は声援を送るのも忘れたように静まり返り、キラもまた、迷いなく彼女を部隊長として選出することとなった。

 だが、それだけの実力を持つ者が、どの国にも属しておらず、自分の国も持っていないということ、更に龍仮面を絶対に外さず、その素顔が謎であることから、周囲からは奇異の目で見られることも少なくは無いと聞く。


「正直、これまでのグランパニアの動きとしては常軌を逸しているように思えます。もしかすると、彼女の独断と言うこともあるかもしれません」


 謎の多い彼女のことだ。独断だったとしてもおかしくは無いのかもしれない。だが、そんな独断行動を、キラが許すのだろうか。グレイの予想が正しければ、その牙がこちら側に向くことになれば……。


「そして問題なのが、彼女が制圧している国のほとんどが、レガリア領の境界付近にある国々なのです。まるで、レガリアと事を構える準備をしているかのように」


 先程、自分の頭の中で否定した状況を即座に伝えられたグレイは思考が止まり、唖然としたまま言葉を失った。それでも何とか頭の中から言葉を引っ張り出す。


「それを、キラは容認しているのか?」


 そう尋ねられたクランは、表情一つ変えないままゆっくりと首を左右に振る。


「いえ、そこまでは流石に私たちもわかりかねます。ただ、軍が動いているのですから、容認していると考えても、何らおかしくは無いかと」


 クランの言う通りだ。軍を個人で動かせるほどの権利を部隊長に与えられているとは思えない。ならば、彼女の考えだったとしても、それをキラが認めていると考えてもおかしくはない。


「どうして今更……」


「どうかなさいましたか?」


 小さく呟いた声が、クランの耳まで届いたのか、届かなかったのか。クランは不思議そうな表情を浮かべながらグレイへと尋ねる。

 久しぶりに心を揺さぶられているグレイは、馴れない状況に動揺しながらも、たった一つの深呼吸によって表情を落ち着かせて平静を装う。


「いや、気にしないでくれ」


「そうですか。私の意見としては、レガリアも戦力を固める準備を成された方が良いかと。今まで起こらなかったからと言って、四大大国同士の戦争が起こらないとは限りませんので」


 それだけは避けたい未来だった。そんなことが起これば何人の犠牲が出るのか考えたくもない。

 それに、それだけは起こらないと信じていたい。そうでなければ、これまで信じていたものが全て崩れ落ちてしまうから。


「ああ、準備だけはしておくよ。備えあれば憂いなしとも言う。そんなことが起こるとは思いたくはないが、準備をしておくに越したことはないだろう」


「ええ、起こらないことを願いましょう。まあ、起きたら起きたで、私たちとしてはこれ以上ない好機なのですが。その時は、あなた方にお力添えをしましょう」


 そう言って不穏な笑みを見せるクランに、グレイはゆっくりと首を横に振って否定を示す。


「いや、君たちに力を借りることは何があってもあり得ない。俺が君たちを救ったのは、君たちの力が欲しいからじゃない。むしろ、君たちにはこれ以上戦って欲しくないと言うのが、俺の本心なんだけどね」


 彼らに力を借りるのは危険すぎる。それに、レジスタンスと自分たちとの繋がりを世間へ知らしめるということは、彼への裏切り行為にもなり得る。今や、どちらが先に裏切るかの瀬戸際になっているが。


「ああ、そう言えばもう一つお伝えしておくことがありました」


 まるで勿体ぶるかのようにそこで一度言葉を閉じたクランを見て、グレイは相手の思惑に乗ってやることにする。


「どうした?」


「革命軍を名乗る『自由の風』の動向も面白いことになってますよ。グランパニア軍第二部隊に退けを取らない勢いで、次々にグランパニア傘下の国の王の首を討ち取って、奴隷たちを解放しています」


「自由の風……」


 その名を聞いたグレイは思わず自らも呟いてしまう。レジスタンスが鳴りを潜め、一時はグランパニアに歯向かう者は誰一人としていなくなった。今なお、レジスタンスは大きな動きに出ることはなく、牙を研ぎながら目覚めの時を待っている。

 だが、そんなグランパニアに現れた新たな組織が、革命軍『自由の風』。まるで、いつかの『ルブルニア』のように、次々とグランパニア傘下の国から奴隷を解放している。

 だが、そのやり方はレジスタンスを模したように過激で、決してルブルニアのやり方ではない。


「お陰でと言いますか、私たちはじっくりと牙を研ぐことができるので、もう少し自由の風の動向を覗わせてもらおうと思います」


 弱肉強食の世界であるグランパニアに反乱勢力が現れるのは最早必然。そしてキラもまたそれを望んでいる。自らの欲望を満たす為に強い者だけが生き残る世界を創り上げた。


「君たちが何をしようと俺が関与することはない。けれど、君たちは国際的指名手配犯だ。もしもの時は、覚悟はしておいた方がいい。俺は別に君たちの味方をするつもりはないからね」


「ええ、もちろんです。ですからこちらも無駄な殺生は控えようと、今は牙を仕舞っているのです。あなたへの恩を忘れたつもりはありませんので」


 クランは再び深々とお辞儀をする。彼の言葉通り、レジスタンスはあれから三年間、一度も事を起こしてはいない。世間ではレジスタンスは消滅したという噂までもが流れている。


「何にしてもお気をつけください。停滞の時は終わりを告げようとしています。ウルガ・ヴェルウルフやアカツキ・リヴェルの消滅により一度は止まった歯車が、今再び動き出そうとしているのは間違いありませんので」


 その言葉を聞いたグレイは思わず小さな笑みを零しそうになり、それを寸前のところで隠す。目の前の男は一体どこまでを知っているのだろうか。


「ああ、それは間違いないだろうな。商人は風を読むのが仕事だ。それくらいのことがわからなくては商売はやっていけないよ」


「それもそうですね。どうやら言葉が過ぎたようです。ご無礼をお許しください。では、私はこれで失礼いたします」


 そう言ってもう一度頭を深々と下げたクランは、意味ありげな笑みを残しながらグレイの座する部屋を後にした。

 クランの後姿が扉の向こう側に消えるまでの間平静を保っていたグレイも、彼の姿が視界から消えた瞬間、大きな溜め息と共に脱力して項垂れた。


「はああああ。疲れたああああ」


 彼との会話は何度交わしても馴れない。人との会話はむしろ好きなのだが、彼との会話は一言一言が駆け引きの様で、言葉が喉を通るたびに体力が削られていく。


「しかし、彼の情報が有益なのもまた事実」


 自分の心の中と会話を交わしながら項垂れていると、ノックも無しに目の前の扉が勢いよく開けられる。


「グレイ、今日は余計なことは口にしなかったでしょうね!?」


「スピカ、ノックぐらいしてから入って来ないか」


 機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せながら、鋭い視線をグレイに向けて迫るスピカ。そんなスピカに構う余裕もないと言うように、疲れ切った表情を浮かべるグレイ。


「そんなに心配しなくても、こちらから向こうに情報を与えることはないってば。それに、ちゃんと有益な情報も手に入れることができたし」


「指名手配犯の情報が信用出来ると思っているのですか?あの憎たらしい笑みの裏で一体何を企んでいるのか、わかったものじゃありませんよ」


 よくもまあ、話していない彼女がこれだけ怒れるものだと、グレイは思わず感心してしまった。それだけ、彼女が自分のことを心配してくれているということなのだろうが。


「商売はまずは信用することからってね。嘘と真実を見分ける力はそれなりにあると自負しているよ」


 グレイがそう告げると、スピカは深い溜め息を吐きながら迫っていた顔を後ろに退けた。


「まあ、それは私も信用していますが……」


 何か言いたげにしているが、スピカもそれ以上は無駄だと察したのだろう。口を堅く結んでそれ以上の言葉は口にしなかった。

 そんな静けさを断ち切るように、グレイが不意に掌を叩く。


「さて、嫌な仕事も終わったし、そろそろ今日のメインイベントと行きますか」


 突然、表情を晴れやかにしたグレイが王座から立ち上がる。そんなグレイの様子を見たスピカは、今日何度目かもわからない深い溜め息を吐いた。


「そんなに楽しそうにする意味が私にはわかりません……。立場的には、先程会っていたクラン氏とそれ程変わらないと思いますが」


「まあまあ、そんなこと言わないで。彼と会うのはずっと前からの楽しみだったんだから」


 対極の表情を浮かべる二人が向かう先は……。


「さて、それでは英雄をお迎えにあがろうではないか」


後編突入です!!久しぶりなキャラも、中編から引き続きのキャラも、後編はドンドン登場させていきますよ。もちろん名前だけだったあのキャラや、新キャラも続々です。とりあえず今回は、四天王の一人とレジスタンスの幹部というこれまでにない組み合わせで始めさせていただきました。会話の中でも、次々と風呂敷を広げさせていただき、恐らく作者一人だけがすごく楽しんでいます。出来れば、後編だけでも十分に楽しめるものにして、後編を読んだ人が、それぞれの関係を知るために前編や中編を読むみたいな流れにしたいと思っています。まあ、作品が長くなり過ぎましたので……。もちろん、これまでお付き合いして下さった方は、もっと楽しめる作品にしますので!!では、次話まで……。

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