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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十四章 交わり合う過去
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言葉にならない感情


 自らの周囲を黒い炎が覆い尽くす。まるで衣服のように黒い炎を纏い、アカツキは目の前の敵に向けて自らが持つ退魔の刀の内の一振りの切っ先を突き立てていた。

 その黒い炎に見覚えはないはずだ。だが、記憶の片隅に、その黒い炎の断片が見え隠れしている。


「黒い、炎……」


 自分の身体の周囲を踊るように燃え盛る黒い炎を見ながら、その見慣れない力に思わず呟く。

 身体の中を魔力が通い、熱が身体を融かしていくように感じる。今までなら、その感覚を覚えた時には、既に眩暈と嘔吐に襲われていた。だが、今は違う。

 その魔力はまるで他人に与えられたような感覚があるのに、自分の身体の中を通って自らの意志に準じて発現する。まるで、操り人形のように自らの四肢に糸を付けられながらも、結局は自分で動いているような感覚。

 そんな不思議な感覚を覚えながらも、今はこの力で目の前の敵と相対さなければならないという現実に帰る。


「何なんだ、その黒い炎は?」


 レイは焦りを覚える歪んだ表情を浮かべて、アカツキに疑問を投げかける。その間も、レイの後ろで構える龍仮面の女は、ただジッとそこに佇んでいるだけだった。


「さあな……。俺も知らない。ただ、もう手加減はできそうにない」


 アカツキのその言葉に、レイは奥歯を噛みしめながら、悔しそうに口許から前歯を覗かせる。


「手加減だと……。お前、この期に及んでふざけるなよ。お前が手加減できるような状況か?ボロボロなのはお前の方なのに、優位に立っているのは俺たちの方なのに……」


 くそっ……、と悔しそうに舌打ちをしながら、残りの言葉を漏らす。


「どうしてお前が、そんな眼をしているんだ?」


 アカツキが向けるのは、真っ直ぐな力強い眼差し。自分が失った、素直で真っ直ぐな視線を向けられ、自分の後ろめたさや後悔を突き付けられているような気がしてならなかった。


「もう、負けないさ。今の俺の心を繋ぎとめる鎖はどこにもない。もう逃げたりしない。逃げて、誰かを失うくらいなら、自分の命を差し出してでも前に進む」


「ああ、お前の言う通りだ。俺もそう信じていた。だがお前の言う前に進んだ結果がこれだ。なのに、どうしてお前はそんな眼をしていられる」


 それが許せなかった。自分も、ただ前に進んだだけだった。大切な者を護る為に前に進んだ結果、自分の心を繋ぎとめる鎖にがんじがらめにされてしまった。

 なのに、目の前の男は、自分と同じ道を歩みながらも、自分が希っても手に入れることができなかったものを手にしている。それが、どうしても許せなかった。


「ちっ……、本当は俺が直接、お前を殺りたかったんだが……」


 けれど、最早ここで戦う力は残されていない。自分の残りの力が測れない程無謀な人間ではない。

 そう言って、レイは踵を返してアカツキに背を向ける。


「後は頼んだぞ。どうやら、俺はもう戦えないらしい」


 ただ、無暗に感情の赴くままに戦っても、自らが叶えたい野望を叶えることはできない。

 時には感情を押し殺して、手を引く選択をしなければならない時もある。レイは、それを知っている。

 レイが龍仮面の女の横を通り過ぎるのと同時に、彼女はレイの言葉に応えるように、小さく頷いた。そして、レイは役目を既に終えたと言うように、ざわめく風の音に紛れてその姿を消した。


「おにい、ちゃん……」


 アランの亡骸を抱えながら、哀しそうに呻くアカネの声が風に乗ってレイの耳へと届く。その哀しい声音がまるで固まった血液のようにこびりつき、その耳から離れようとしなかった。

 龍仮面の女はまるで動く様子が無く、ただジッとアカツキの姿を見つめている。風に吹かれて、アカツキの黒い髪と女の白い髪が同じ方向に靡いていく。


「あんたも、俺たちを殺すことが目的なのか?あんたも、アイツと同じ神喰いなのか?」


 アカツキは相手が動く様子が無いことを察して、疑問を投げかけてみることにする。

 だが、女が言葉を口にすることはない。四肢を動かすことも口も開くこともなく、それでもアカツキから視線を外す様子はない。


「何も答える気はないのか?」


 正直アカツキも無駄な殺生はしたくない。相手に戦う気が無いのであれば、今はアカネとレオナの手当てを優先したいのだ。


「戦わないというのなら、大人しく退いてくれ。俺も、ただ闇雲に戦いたいわけじゃないんだ。出来ることなら、そこにいる二人を……」


 突然、目の前の女が槍を縦に振り下ろした。そこから斬撃を模るように、水の塊がアカツキに向かって襲い掛かってきたのだ。

 アカツキは、慌てることなく手に携えた退魔の刀でその攻撃を一薙ぎする。


「何のつもりだ?」


 相手の目的が全く以てわからない。何もする気が無いのかと思えば、突然攻撃を仕掛けてくる。だが、その攻撃で戦いが始まるのかと思えば、そうではなく、その一撃を繰り出した後は再び佇むだけに留まったのだ。

 しかし、相も変わらず一言も発しようとはしない。まるで、その姿を焼き付けるかのようにアカツキをジッと見つめているのだ。


「俺を、知っているのか……?」


 相手の行動に違和感を覚えたアカツキは思わず思ったことを口から漏らす。それでも、女が何かを口にすることはない。

 相手の目的がわからない限り、相手に背を向けることはできない。相手は恐らく、自分たちの命を狙う、レイと同じ神喰いであるのだから。

 二人の冷戦はどれだけ続いたのだろうか。焦りを覚えていたアカツキには、それがまるで永遠のように長く感じた。だから、先に痺れを切らしたのはアカツキの方だった。


「そうかよ……。そっちから仕掛ける気が無いのなら……」


 アカツキは地面を蹴って女に切迫する。もう、これ以上待っている事はできない。アカネは、先程の攻撃を受けても、アランを胸に抱えたまま動こうとはしない。

 レオナは先程から視界に入っていないため、大丈夫であるという確証はどこにもない。

 だから戦っている暇などあったら、アカツキは早く二人のことを助けたいのだ。アランとの約束を守る為にも、一秒でも早くこの国の混乱を収めたいのだ。


「頼むから、退いてくれ」


 アカツキは二本の刀を相手の大槍にぶつける。先程までとは異なる衝撃に、女は思わず足を一歩退き下がる。それでも、女はその華奢な身体でアカツキの圧しに耐えきって見せる。

 二人の距離が離れ、ようやく女が戦闘の意志を見せる。彼女の後ろに、大量の魔法陣が形成されていく。そこから、水の剣が次々とアカツキに向けて放たれる。

 相手の動きを見たアカツキは、咄嗟に魔法陣を形成し、攻撃の態勢に移ろうとする。だが、一瞬視界が赤く染まり掛け、背筋の裏を冷たい何かが這い上がってくる感覚に襲われそうになる。


『いつまで、逃げているつもりだ』


 本当にそんな声が聞こえたのかどうかは最早確かめようがない。だが、アカツキの頭の中にはまるで嘲笑するような声音で、誰かがそう語り掛けたように感じた。


「黙れ!!これは、俺の戦いだ」


 アカツキの周囲に魔法陣が形成されていく。その魔法陣は、先程アカツキから躍り出た炎と同じように漆黒に染まっていた。


「喰え!!」


 漆黒の炎で模られた龍の頭部が、その魔法陣から放たれる。黒炎龍は女から放たれる水の剣を次々と喰い荒らしていく。

 女は寸でのところでその黒炎龍から逃れ、掌から水の槍を放つ。

 だが、たった一つの攻撃がアカツキに通用するはずがない。水の槍はアカツキの退魔の刀で容易に消滅させられる。

 両手がふさがったアカツキの目の前に小さな魔法陣が一つ現れ、そこから弾丸のようにいくつもの炎の球が女に向けて放たれる。

 女は踊るように、身軽に跳躍しその球を次々と避けていく。

 アカツキの攻撃が止むのと同時に、女が地面に手を付く。地面が輝き始めたとアカツキが認識した時には、アカツキの足許はぬかるみに変化し、アカツキは脚をすくわれる。

 直ぐに退魔の刀を地面に突き刺して魔法を解除したものの、地面はアカツキの足を捕えたまま固まってしまった。


「しまったっ!!」


 身動きが取れないアカツキの後ろに回り込んだ女は、龍を模った水の塊をアカツキに向けて放つ。

 既に遅れを取っていたアカツキは背後に魔法陣を形成するも、大したものを形作ることはできない。だと言うのに、アカツキが放った小さな炎の球は水の龍を弾け飛ばした上に、軌道を変えることなく、そのまま女に向けて走り抜けた。

 もちろん、そんな小さな攻撃を避けられない訳もなく、女は軽々と跳躍する。

 だが、そんな簡単に避けられる攻撃が、どうして相性の悪い水の魔法を軽々と破ったのか。


「どういうことだ?」


 動けない四肢のせいで首を必死に回して、横目で何とか視界に収めていたアカツキは頭の上に大量の疑問符が浮かんでいた。

 女も現状に多少困惑しているように、すぐに動き出すことはなかった。

 そのお陰で、脚を埋もれた地面から抜け出す時間は十分にあった。

 女は思案するように顎に手を当てて、こちらをジッと眺めている。まあ、今の攻防に違和感を覚えるのは当然のこと。

 だが、アカツキも相手の答えが出るのを待つつもりはない。二人の撃ち合いが再び始まる。

 アカツキはその間、ずっと考えていた。どうして敵の攻撃があんなに簡単に破れたのかを。

 単純に考えて、相手の魔力が自分の魔力より低かったと考えるのが妥当だが、相手が手加減をする意味がわからない。ただ、相手が自分と関係がありそうな雰囲気を出す時があるのだけは、気掛かりだが。

 もう一つ考えられるとすれば、この漆黒の炎が退魔の刀と同じ力を持っているということ。

 記憶の断片に残るイシュメル戦を思い出してみても、確かに相手の魔力に関係なく、黒い炎と接触した魔法が消えていたような気がする。それも、酷く曖昧だが。

 そう考えると、辻褄が合うのだ。それに、退魔の刀は元々、あの化け物と契約した時に手に入れた物。魔力を消し去る力こそ、自分の契約者である化け物の本来の力なのだろうか。


「そんな力、卑怯だって言われても仕方ないな」


 女との撃ち合いの最中、アカツキは思わずそんな言葉を漏らしてしまう。

 その言葉を耳にした女の攻撃が一瞬止んだことで、自分がそんな言葉を漏らしていたことにようやく気付いた。

 アカツキは、自分が戦いの最中にそんな思案を巡らせる余裕があった事にも、戦いに集中せずに言葉を漏らしていたことにも、自分自身が驚いていた。

 その一瞬の間合いを嫌った二人ともが、お互いに後ろに退いて距離を取る。

 それにしても、この度重なる違和感は何だ。戦う癖に、殺気は全く感じないし、ことあるごとに意味ありげにこちらを見つめる。

 その癖、攻撃を止める素振りも、この場から離れる素振りも見せはしない。まるで、敢えて自分と同じ場所にいる時間を引き延ばしているような奇妙な感覚。


「あんた、本当に誰なんだ?どうして、こんな回りくどいことを……」


 焦りはやがて怒りに書き換えられてしまう。こんな状況でなければ、もっとゆっくりと開いてを問い詰めてみたいとも思う。相手が攻撃する気が無いのであれば、ゆっくりと会話を試みることもやぶさかではない。

 だが、状況が状況だ。相手が退く気も和解するつもりもないと言うのなら、自分から攻撃するしかないではないか。


「どうして、答えてくれないんだ」


 この感情は戦いに似つかわしくない。だが過ぎゆく時間も待ってはくれない。

 アカツキの後ろに巨大な魔法陣が形成されていく。それは、先程までの漆黒の魔法陣ではなく、魔法を失った以前のアカツキと同じ、深紅の魔法陣。


「あんたが誰かなんて知らない。だけど、これ以上俺の居場所を荒らさないでくれ」


 思わず叫んだその言葉。彼女が自分の知り合いなのだとしたら、酷く心無い言葉だと思う。だが、彼女も彼女だ。こちらの質問に何も答えず、ただそこに居座り続ける。そんなの敵と取られても仕方無いではないか。

 彼女の肩がこちらから見てもわかる程に大きく震えた。けれど、それを気にする余裕は今のアカツキには無かった。いや、余裕があったとしても、今のアカツキはわざとそれを無視していた。

 訳のわからない感情に流されて、これ以上大切な者を奪われたくはなかったから。


「灼熱の不動明王、倶利伽羅!!」


 数年越しで現れたその炎龍は、あの頃から色褪せることのない深紅の姿で現れた。巨大な牙も角も逆鱗も、あの頃とは何も変わってはいなかった。

 こんな自分勝手な攻撃、本当はしたくはない。こんな大技を、敵か味方かもわからない人に向けたくはない。それでも……。

 緑で覆い尽くされた森の上空に、深紅の龍が雄叫びを上げながらとぐろを巻く。

 空には突然、雷雲が群れをつくり、辺りから光を奪う。まるで自分が太陽であるかのように光を放つ炎の龍は、牙の覗くその巨大な口を広げながら女へと照準を合わせる。


「ここから、出ていけえええええええ」


 アカツキの咆哮が森の木々の隙間を縫って響き渡る。

 炎龍はとぐろを一気に解放し、女に向けて空を走った。

 その間女は一切の抵抗なく、ただアカツキに何かを訴えかけるかのように仮面の下から眺め続けていた。

 そして、倶利伽羅は女を喰らう。巨大な牙を女に向けて、まるで地面から巨大な火柱が天へと向けて伸びたかのように、額から地面に突撃した。

 炎龍は地面を妬き尽くすように黒く焦がし、周囲に熱波を撒き散らしながら地面へと吸い込まれるように頭部から順に消えていった。火の粉が飛び散り、熱で陽炎が見える中、女は鎧の各部を焦がしながら、それでもその場に立ち尽くしていた。

 女はゆっくりとアカツキに向かって歩み寄る。その女の角の先は、先程の攻撃で折れて鋭さを失っていた。

 その仮面の下から覗く真っ直ぐな視線を受けて、アカツキは動けないままでいた。ただ、相手からの殺気は相も変わらず感じられない。それよりも、こんな所で感じることのないはずの……。

 アカツキの瞳が激しく揺れる。その視線に乗って、相手の感情が流れ込んでくるように。

 龍仮面の女がアカツキの目前で立ち止まる。ただジッと、言葉を紡ぐこともなくアカツキに視線を送る。アカツキもただ、その視線を真っ直ぐに受け止めて……。


「………………」


 アカツキが無言のまま立ち止まっていると、龍仮面の女の唇が優しく笑みを浮かべた。


「えっ……」


 思わず声を漏らしたアカツキに向かって女は更に一歩近づき、アカツキの耳元にこう囁いた。


「またね……、アカツキ……」


 アカツキが驚きのあまり、目を見張ったまま動けないで立ち尽くしている横を、竜仮面の女は通り過ぎ、ゆっくりとアカツキが後ろを振り返ると、女の姿は既にどこにもなかった。


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