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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十四章 交わり合う過去
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あの日の仲間の元へ


 炎の壁が破られ開けた視界の先にいたのは、ボロボロになりながらも悠然と立ち尽くすアランと、崩れ落ちるように膝を付いていたレイの姿だった。

 その光景を見たアカツキは、おおよその事態を理解し安堵の溜め息を吐いた。

 アランは全てを護ってくれたのだ。アランやアカネ、そしてレイの様子を見ていて、今のレイにアカネを渡す訳にはいかないが、それでもレイを殺してしまうのは間違っていると思えた。

 レイは今でも、アカネの大切な人の一人なのだ。

 だから、この結果は最善だったのだろう。今のレイにこれ以上戦う気力は残されていないのだから。

 後は、レイが大人しくここから去ってくれれば全てが上手くいく。その後で、これからのことについて三人で考えればいいのだ。いつものように、いつもの家で……。


「アカネは俺が護る。今のお前に、アカネを渡すことはできない」


 これでようやく終わったのだ。アランは、アカネとの約束をしっかりと果たしたのだ。

 そう思ってしまったのが、全ての間違いだった。その安堵のせいで、アカツキは張り詰めていた意識を緩めてしまった。だから、新たな侵入者に直ぐに気が付くことができなかった。

 ガサッという木々を揺らす音がアカツキの鼓膜を揺らし、不意にアカツキが後ろを振り返る。

 そこにいたのは野生のウサギなどではなく、もっと大きな人型の何か。ハッと思った時には、既にアカツキの頭上を越えアランの元へ。


「アランっ!!」


 アカツキはその危機を伝えようと、大きな声でその名を呼んだ。だが、最早その警告は時既に遅し。アランが振り返るよりも早く、その人型の姿をした何かは、アランの右肩に向けて、自らが携えていた大槍を突き刺した。

 アランの鮮血が周囲に飛び散る。無言で歯を食い縛り、その場に留まる。不意に起こった事態に、アカツキもアカネも身動きが取れないままでいた。


「ああああああああああああああああ」


 叫び声を上げたのは、アランではなくレイだった。

 アランの鮮血が飛び散ると同時にレイの咆哮がこの場を満たす。そして赤熱したレイの掌が、アランの心臓を貫いたのだ。


「ゴフッ……」


 アランは口から更に鮮血を吐き散らした。レイの真っ白な髪はいつの間にか赤く染まり、その眼は何が起こっているのかも理解していないような虚ろな瞳が行き場を失ったように揺れていた。

 突然現れた何者かは、アランの右肩から大槍を引き抜き、宙を回りながらレイの背後に着地した。

 その者は全身を黒の鎧で纏っており、頭には龍の仮面を被り、その手にはアランの血で濡れた大槍を携えていた。その龍の仮面からは、背中に向けて長く白い髪が垂れていた。

 痛みすらも感じなくなり、意識が朦朧とするアランの視線と、突然の出来事に理解が追いついていないにもかかわらず、身体が勝手に動いてしまったレイの視線とがようやく交ざり合う。

 アランのその視線を自らの視界に収めたレイは、ようやく自分が何をしたのかを理解し、自分でも御しきれない感情に思わず笑みを零した。


「は、はは……、俺の、勝ちだ」


 自分の腕の先に感じるこの生暖かさは勝利の証。これまでも、何度か味わってきた生身の人間の体温。

 それが少しずつ失われていく感覚をレイは既に何度も味わっている。命の灯火が消えていくかのように失われていく体温は、自らの生を実感することができる。


「言っただろ……。勝った奴が正義だって……」


 そう、過程など何も残りはしない。勝利と敗北という事実だけがこの世界に残り続ける。だから、それまでに何があろうとも、勝った者が正義であり続ける。


「正義のヒーローは、必ず最後に勝つんだ。どれだけ追い詰められても、悪の勝利など許されない」


 レイの声が震えている。彼も心が強い人間ではない。これは唯の強がり。自らの行いを肯定しようと、自らの心に言い聞かせているだけ。これが正しい行為だなんて、彼は決して思っていない。


「そうかもな……」


 血で赤く染まり、息絶え絶えになったアランの口から言葉が漏れる。


「俺は、最後まで悪だった。そしてお前の行いは、決して間違っていないのかもしれない」


 資質持ちたちが恨まれるのは、仕方のないことだと思う。それは、あの世界から離れ、平和な世界で客観的にあの世界を見ることができたからこそ導き出せた答えなのかもしれない。あの世界にいて、その力を持っている自分には決して気付けなかったことなのかもしれない。


「でもな、憎しみは憎しみを生み、争いは争いを生む。お前のやっていることも、俺たちと何も変わりはしないんだよ」


 アランの瞳が優しく揺れる。決して恨んでなどいない、自分のことを本当に心配しているという瞳。


「本当の答えなんて存在しない。必ずどこかに計算ミスがある。この世は、そう言う風に出来ているんだ」


 アランの血塗られた掌が、レイの血塗られた髪の上に優しく置かれる。


「だから、考え続けるんだ。答えがないからこそ、その答えを探すために考え続けろ。それが、罪を抱えた俺たちに出来る最後の償いだ」


「黙れええええええ!!」


 レイは感情の爆発と共に、アランを貫いていた右手を引き抜き、左手でアランの身体を突き飛ばした。

 軽々と吹き飛ばされたアランの身体は、まるで引き寄せられるようにアカネの元へと落ちてくる。

 まるで置物のように、何の抵抗もなく吹き飛ばされたアランの身体を、それよりも小さくて頼りない身体でアカネはしっかりと抱きとめる。


「アラン……、ねえ、しっかりしてよ……」


 アランの虚ろな瞳を覗き込み、アカネはアランの身体を揺さぶりながら声を掛ける。


「そんな哀しそうな顔するなよ。俺は結構幸せなんだぜ」


 無理矢理に貼り付けたような笑顔を浮かべながらアランはアカネの頬に手を当てる。


「本当は十年前に死ぬはずだったんだ。それなのに、十年も余分に生きちまった。その上、大切な女の胸の中で死ねるなんて、男冥利に尽きるってもんだ」


 こんな時にもかかわらず、アランはいつものふざけた口調でアカネに語り掛ける。いや、こんな時だからこそ、アランはいつもの自分を演じているのだろう。


「まあ、心残りがあるとすれば、自分の娘が大人の女になった姿を見れなかったことくらいだな」


 そんないつもの口調でアランが話すせいで、こんな時だというのにアカネも思わず悪態を付いてしまう。


「父親らしいことなんて、一回もしたことない癖に。そんなこと言うんだったら、ちゃんと父親らしいことしてから死んでよ。私が成長した姿だっていくらだって見せてあげるから」


 アカネの目許から涙が止めどなく零れ落ちる。それはまるでアランの顔に飛び散った鮮血を洗い流すように、頬を伝って地面へと滴り落ちていく。


「それもそうだな……。父親らしいこと、一回もできなかったかもな。でも、俺は例え家族ごっこだったとしても、お前と一緒にいられた時間は楽しかった」


「そんなの当り前じゃない。だから、勝手にアラン一人で向こう側へ行かないでよ。私一人残してどこ行くつもりだよ」


 アランはフッと息が抜けるように微笑を浮かべる。


「あれだけ長い時間一緒にいたのに、まだ俺のことわかってねえのか?」


「何が?」


「俺は自分勝手なんだよ。だから、自由気ままに俺の好きなようにする。それくらい、出会った時から知ってんだろ」


 アカネもその微笑に応えるように無理矢理に笑ってみせる。口許も瞼も、今にも壊れてしまいそうに震えているけれど、それでも必死に笑顔を貼り付ける。


「そうだったね。私たちの最初の約束だもんね。お互いに、自分勝手に生きるっていうのが……」


 それは十年前に交わした約束。死を覚悟した二人が、お互いに生きる理由を見つける為に交わした約束。決して忘れることのない、二人の誓い。


「だったら……、だったら私も自分勝手なお願いをさせてよ。まだ、私と一緒に生きてよ。勝手に私の生きる理由を取らないでよ」


 もう笑みは崩れ去り、そこには痛々しく崩壊した泣き顔しか残されていない。

 それでも、アランは笑みを崩さない。最後まで、彼女を哀しませることはしたくないから。本当は死にたくないなんて、死んでも言いたくなかったから。


「わりいな……。それだけは聞いてやれそうにないわ」


 それでも……、とアランは視線をアカネとは別のところに向ける。その視線の先には、自分たちを護るように仁王立ちで相手との間に割って入る少年の姿が。


「お前にはもう、お前を護ってくれる大切な奴がいるだろ。だから、俺の仕事はもう終わりだったんだよ。引退の時期が少し早くなっただけだ」


 既にバトンは渡してある。最初から、自分が最後まで彼女の面倒を見ることなどできないことはわかっていた。だから、彼の重荷になるとしても、自分勝手に彼女を彼に押しつけた。


「アカツキ……、約束だ……」


 アカツキは決して振り返らない。約束を守るためにも敵から視線を外すことはできなかったから。


「俺の代わりに、こいつのこと頼んだぞ。我が儘で、我が強くて、泣き虫で……、苦労する女だけど、俺の大事な娘なんだ。だから……、よろしく頼む」


 アカツキは言葉にすることなく、ただ一度深く頷いた。


「怒らねえのか……、自分勝手な俺のことを……?」


 その問いには小さく左右に首を振って見せた。

 そんなアカツキの後ろ姿を見ながら、アランは可笑しそうに笑みを漏らす。


「本当に、嫉妬しそうなくらいいい男だよ、お前は……」


 もう一つ後悔があるとすれば、彼が王となった世界を、彼の隣で見てみたかった。一年間彼の近くにいて、王という者はこういう存在のことを言うのだと、何度も見せつけられた。

 彼の創り出す世界なら、きっと答えのないこの世界に、一つの答えを生み出せるのではないかと思える程に。だが、それはどうやら叶いそうにはない。


「わりい、アカネ……。どうやら、迎えが来てくれたみたいだ」


 アランは一体何を見ているのだろうか。それをアカネが知ることはできない。きっと、自分が知らない誰かが、もうこの世にはいないアランの大切な人たちが彼を迎えに来たのだろう。

 もう、楽にしてあげよう。これ以上彼を引き留めても、苦しくて辛い思いをするだけだ。それなら幸せな夢へと誘ってあげるのが、自分勝手な自分ができる相手への思いやりを込めた最後の恩返し。


「そっか……、じゃあ、今はお別れだね」


 アカネは奥歯を噛みしめながら、その言葉を絞り出した。本当はこんなこと言いたくない。自分勝手に泣き喚いて、無理矢理にでもアランをこの世界に留めたい。

 でも、その願いはきっと、いや、絶対に届かない。ならば、素直に引き下がるしかないではないか。


「いつかまた、どこかで会えるといいね。その時は、大人になった私を見せてあげたいな」


 アランの身体を支える自らの腕から、重さが少しずつ無くなっていくような気がする。まるで、アランの魂が旅立とうとしているかのように。


「そうだな……。だから、必ず生きて、お前の道を進むんだぞ」


 アランの瞳が更に虚ろさを増す。そして瞼が堪えるのを諦めるかのように、少しずつ閉じていく。


「振り返らず、前だけ見て、お前のやりたいことを、自分勝手に、突き進め……。そしたらいつか…………」


 そして、アランは深く瞼を閉じ、言葉を紡いでいた口は固く閉ざされ、アカネの頬に触れていた手は力無く垂れた。


「何よ……、ちゃんと最後まで言ってよ……。ねえ、アラン……」


 アカネはアランの亡骸を力強く抱き寄せ、声にならない嗚咽を漏らしながら泣いた。

 彼女の胸の中で眠るアランは、まるで後悔がないとでもいうように、幸せな笑みを浮かべて、永遠の眠りに就いていた。




 十年前のあの日あちら側に行こうとして、仲間たちに押し返された無の世界。

 久しぶりに訪れた、彼岸と此岸の境目はあの日と何も変わらない真っ白な無の世界だった。


「まあ、焦っても仕方ないか」


 宛てもなくゆっくりと歩いていると、自らの視線の先に現れたには数人の影。


「なんだ、迎えに来てくれたのか」


 その数人の影は各々に手を振ったり、手を挙げたり、腕を組んだまま動かなかったりと、その反応はそれぞれだった。けれど……。


「もう、追い返す気はないのか?」


 誰一人として、あの日のように突き放すような態度を取る者はいなかった。


「じゃあ、お前たちに認められる生き方を、俺はできたんだな……」


 アランから零れたのは一筋の涙。それは、自分がようやく仲間たちに認められた証。追い返されたあの日に立てた誓いは果たされたのだ。


「そっか……。俺の十年は無駄じゃなかったんだな……」


 心の奥底に込み上げる熱は、あの日には感じることのできなかった優しい感情。これでようやく、自分も彼らの元に行くことができる。


「じゃあな……、後は頼んだぞ……」


 自分が歩いてきた背中にそう告げると、アランは過去の仲間と肩を並べて彼岸と此岸の境界をゆっくりと進み、白い光の中に溶けていった。


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