神々に選ばれし者たち
「神様だよ」
アランはその言葉にどう反応すればいいのかわからず、ただ呆けた表情のまま彼を眺めていた。
これはグレイなりのボケなのだろうか。彼ならばそれもあり得るから怖い。
「疑っているね?」
何故だか楽しそうな表情を浮かべながら、グレイはこちらを覗き込んでいる。やはり試されているのだろうか。
視界の端で静かに佇むスピカも、今では素知らぬ顔で紅茶に舌鼓を打っている。
「そりゃ、急に神って言われてもな……」
「魔法は信じられるのに、どうして神様は信じられないのさ。やっぱり実際に見たことない物は信じられない?まあいいや」
とグレイはいつの間にか自己完結してしまう。そして続けざまにこんなことを尋ねる。
「じゃあ、君は神様って言われれば、どんなものを想像する?」
そう問われて、アランは熟考する。思いつかなかった訳ではない。こういう試されているような問い掛けで笑われたくはないのだ。
しかし、どうせその考えは読まれてしまう上に、特にそれ以上の答えが出てこない。だから、アランは仕方なく、自分の中の神様を口にした。
「ゼウスとか、オーディンとか、おとぎ話の中の神様だよ」
少し不貞腐れたようにそっぽを向きながら、アランは答えを口にした。この歳でおとぎ話の話を自分がするなんて思っていなかったから。
しかし、目の前の男から返って来たのは意外な反応だった。
「すごい、すごい。そうだよ。それで正解」
「はっ?」
グレイは手を叩きながらアランを褒め称える。
褒めているようで、実はからかっているのだろうか。最早、何が何だかわからない。
「なんだ、ちゃんと知っているじゃないか。『神々の父』とか、『神々の黄昏』とか、ちゃんと知っているんだね」
なんだか嬉しそうに眼を輝かせながら、おとぎ話の題名を連ねるグレイ。こんな表情を見せるのは、出会って初めてな気がする。
「そりゃ、おとぎ話は知ってるけど、それはあくまでも創り話だろ。あれに出てくる神様が何だって言うんだよ」
「あれは創り話であって創り話じゃない。あそこに出てくる神々は実在する」
突然、グレイの表情が真剣さを帯びる。彼が冗談を言っているのか、それとも本気なのか、表情からは一切読み取れない。
「そりゃ、おとぎ話のほとんどは、冒険譚や英雄譚だから、魔法とかもいっぱい出てくるけど……」
アランがグレイのノリについていけず、困り果てた顔で額に汗を滲ませていると、不意にスピカが言葉を挟む。
「その軽薄な男が、そんな出鱈目な話をすれば信じられないのも無理はありません」
「その言い草は酷いな、スピカ」
グレイはいじける子供のように口を尖らせるが、そんなグレイの態度はどこ吹く風といったように、スピカはアランへの言葉を続ける。
「ですが、残念ながらその男が言っていることは本当です。彼らは実際に存在している。そして、我々の持つ『王の資質』こそ、彼らと私たちを繋げる門なのです」
聡明なスピカにそう言われると、信じざるを得ない気がしてくる。そういう意味では、この組み合わせは卑怯だと思った。
「あれ?この話をするの反対だったんじゃないの?」
意地の悪い笑みを浮かべながらスピカへと視線を向けるグレイ。
「あなたがここまで話してしまったのですから、今更渋っても仕方がないでしょう」
スピカは若干頬を染めながら、そのグレイから逃げるようにこちらへと視線を移す。
「まあ、謎が多いのも事実です。彼らがどこにいるのか、どうやって生きているのか。それは何もわかりませんから。ただ言えることは、彼らは実在して、我々に力を与えてくれている」
「そこからは僕が話を引き継ぐよ。君も何かあった時に責任を負いたくはないだろ」
グレイのその言葉に、スピカは一瞬彼の顔をジッと目をやると、再び紅茶をすすり始めた。
スピカに向けていた視線を再びグレイに戻すと、真面目な表情をしたグレイがアランに向き直る。
「という訳で、わからないこともたくさんあるんだけど、神様は実在する。そして、神様が『王の資質』という門を通して、精霊に命令を与えてくれているんだよ」
「それが、資質持ちが魔法を使える理由」
「ああ、そうだ」
つまりは自分の力など何も関係は無い。王の資質を介して繋がっている神様の力で、自分は今まで戦ってきたという訳か。
「本当に君の顔は素直だね。もちろん、全てが王の資質の力って訳じゃない。門を開くのには、人の精神力を必要とする。だから、魔法を行使しすぎると、精神崩壊を起こすだろ」
もう少し自分の表情の変化を抑える努力をした方がいいのだろうか。自分の顔がそこまで饒舌だとはこれまで思ったこともなかったのに。
「それに、何も王の資質を得たからと言って、その属性の魔法なら何でも出来る訳じゃない。君もあるだろ、自分が思った威力や大きさにならなかった魔法が?」
そう、魔法の全てが思い通りになる訳ではない。むしろ、ならないものの方が多い。その中で、自分の限界を知り、自分の出せる魔力を調整してきた。
「戦闘経験が豊富だと、ある程度は無意識の内に限界を理解できてしまうから、あまり気になったことはないかもしれないけどね」
「要は、魔法の行使にも、ある程度の制限があるってことか?」
手持無沙汰になったスピカが、アランの紅茶を入れ替える。緊張で乾き切った喉を、暖かい紅茶が潤していく。
「基本的に、王の資質、つまり六芒星の印は、最初は白色をしているんだ」
自分の王の資質を頭に思い浮かべて、確かに自分の王の資質が白色だったことを思い出す。
「けれど、使える魔力量に応じて、王の資質は自らが操れる精霊の色がだんだんと色濃くなっていくんだ」
そう言うとグレイは突然右肩を肌蹴る。
「グレイっ!!」
何度目かのスピカのお叱りが入るが、グレイは何の気なしに脱いでいく。
「大丈夫。もう彼は戦う気などないし、今更誰かにバラしたりしない」
王の資質に直接魔力を注げば、その者の王の資質は砕け散る。彼は今、弱点を曝け出しているのだ。
その露わになった右肩には、煌々と煌めく水色の王の資質が刻まれていた。
「色が濃くなれば濃くなるほど門は大きくなり、行使できる魔力量も大きくなる。要は、より神に近い存在になれるということだ」
つまり、色の変化がない自分が、目の前の色濃い王の資質を持つ男に勝てる道理などないのだ。
「そして、神に近づくことができた者には、契約者より『真名』が与えられるんだ。その神の『真名』を知る者こそ『醒者』と呼ばれる、上位の存在になれる」
煌々と水色に光る王の資質を仕舞いながら、佇まいを直して向き直る。
「それが、この世界の真の王になるための第一の試練。醒者にならなければ、帝王、つまり『アーサー・レイン・ガーランド』に謁見する資格すら与えられない」
この世界の真の王『アーサー・レイン・ガーランド』。この世界に生きる者なら、その名を知らない者はいないだろう男。
「あんたは、醒者なのか?」
そして、目の前の男もまた、この世界に生きる者なら、その名を知らない者がほとんどいないはずの存在で。ならば彼も、それだけの力を持っていてもおかしくはないはずで。
「もちろん、俺も醒者だ。ちなみに教えておくと、四天王は全員醒者だよ。帝王との謁見を果たし、帝王より直々にこの立場を与えられている」
つまり、グランパニアの王『キラ・アルス・グランパニア』もまた、醒者であるということだ。
「ちょうどいい流れなので言っておく。先程第一の試練の話をしたが、もちろん第二の試練もある。次の試練の内容は、四天王に直々に許しを得るか……」
そこで言葉を切ると、グレイは鋭い視線をアランに向ける。緊張感で握りしめた拳にが、汗ばんでいるのを感じる。
「四天王を倒すかのどちらかだ」
つまり目の前にいる男こそ、第二の試練そのもの。もう真の王になどなる気はないが、そうやって改めて言われると、嫌でも考えてしまう。
「つまりここで、君が俺を倒したら、君は真の王への道が開かれる訳だけど、どうする?やるかい?」
穏やかな笑みを浮かべながらこちらに問い掛けてくるグレイ。だが、そんな言葉で穏やかになれるはずがない。目の前の男は、今ここで殺し合いを演じるかと聞いているのだ。
「冗談は止めてくれ。だいたい、俺は第一の試練すら通過してないんだぞ。第二の試練を受ける資格すらねえだろ」
「それもそうか。いや、本当に理解が早くて助かるよ」
あはは、と晴れやかな笑声を漏らすグレイを見ていると、先程提案されたのが殺し合いだということが嘘のように思えてしまう。
「つまり、王の資質が与えられるってのも、十分すごい事なんだけど、それはあくまでもスタートラインに立っただけ。王たる者が必ず通らなければならない門を通っただけ」
「王たる者が必ず通らなければならない門?」
王の資質を持っている自分も、その門だけは通っているということだろうか。
「そう、それは痛みだ。痛みを知らない者に、王になる資格はない。王の資質を与えられし者は、必ず心の傷を負っている。もちろん、それだけで与えられる訳ではないけどね」
そう、自分が王の資質を発現した時にも、確かに痛みを負った。それは、永遠に忘れることのできない痛み。
「それが、俺たちレガリアがグランパニアよりも資質持ちが少ない理由なんだけどね」
つまり、戦争の多いグランパニアは、心に痛みを負いやすく、王の資質の発現率が高い。逆に、戦争の少ないレガリアでは、王の資質が発現することが少ないのだ。
それは平和の象徴としては間違ったことではない。だが、その平和を守れば守るほど、相手の脅威にその平和が脅かされていくのだ。
「まあ、そのことはいいんだ。それは俺たちが何とかする話で君は関係ないから。それよりも、かなり話は逸れちゃったけど、元々は魔法陣の話をしていたんだよね」
そう言えば、神様の話になっていったのは、魔法陣の話を始めたのがきっかけだった。
「どうして、複雑な魔法の行使に魔法陣が必要なのか……。それは人と同じで、複雑な命令ほど伝わりにくいからなんだ」
それは単純な話で、複雑な命令であればある程、命令と異なる動きをしてしまう人間が多くなる。それは王として、多くの人間を率いた経験のあるアランにも容易に理解ができた。
「複雑な魔法ほど精霊にその意図が伝わりにくい。だから契約者の神が、俺たちのイメージを彼らの言葉に変換して、精霊たちに伝えてくれているんだ。それが魔法陣」
つまり、神は翻訳者の役割を担ってくれている。そう考えると、なんだか神が突然身近に感じてくるのは気のせいだろうか。
「まあ、この魔法陣も、神との繋がりが大事でさ。繋がりが強ければ強い程、イメージのままに魔法を行使することができるんだ」
資質持ちとして強くなるためには、神とのつながりをより深い物にしなければならない。ならば、自分は、自分を選んでくれた神との繋がりが強いとは言えないのだろう。
「でも、その繋がりって言うのが曖昧なんだよ。それが、王の資質の在り方が、知らされていない理由でもある」
そう、今聞かされたほとんどの事実は、これまで自分たちには知らされていないことなのだ。
「王の資質を得てからの神との繋がりは、その神の性格にも左右されるんだ。何が問題かと言うと、人間と同じで好戦的な神っていうのが存在するんだよ」
「好戦的な神?」
「そう、まあ一番わかり易いところで言えば、キラとの契約者『トール』。キラとトールは戦いを積めば積むほど、その繋がりを深くしていった」
『トール』と言う名も、おとぎ話の中で聞いたことのある名前だった。一体誰が、どんな意図を込めて、そのおとぎ話を描いたのだろうか。
「それも繋がりの一つだけど、そういう情報が流れればどうなると思う?」
「王になるために、悪戯に人を殺す人間が増える」
「そういうこと。アーサーも別に戦争させたい訳でも、人を殺したい訳でもない。神が与えし試練の為に、仕方なく戦争を許しているところもあるから」
つまり、目の前の男は帝王のことを知っている。それはそうだ、彼は帝王に謁見の権利を与えられた四天王なのだから。
「それに、さっきの精霊の話じゃないけど、こんな長ったらしい話、どこかで絶対に内容がすり変わって伝わるだろ」
グレイにしては珍しく、少し疲れたあきれ顔を浮かべる。
「だからアーサーが『それなら真実を隠して、それに気付くのも試練の一つにしよう』って言い出したんだ。それで、俺たちも口止めをされているって訳」
「なあ、あんたや他の四天王が真の王になることはないのか?」
そう、彼らはある意味で、今まで挙げた試練を乗り越えていることになる。ならば、彼らの内の誰かが真の王になってもおかしくはない。
「それはないよ。俺たちは、四人とも最後の試練で落とされているからね」
「最後の試練?」
「そう。選定者に認められなかったのさ。選定者に認められなければ、どれだけ試練を乗り越えてもダメなんだ」
「選定者ってだれだよ?」
正直、この会話のどれだけを覚えていられるのだろうか。それくらいに、今日伝えられたことは、初めてで衝撃的で数が多かった。
「そっか、君たちは伝えられていないんだから、そもそもその事実を知らないのか」
不意に思い出したようにグレイが掌に拳を打ち付ける。
「アーサーはこの世界の王ではない。彼こそ、この世界の王の選定者なのさ」