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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十三章 王無き世界
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明かされる真実


 城の中に入ったアランはアカネと別々にされてグレイの待つ部屋へと案内された。

 そこは小さな机と向かい合うソファが置かれた簡素な部屋で、太陽の光がレースのカーテンを通して床に模様を映し出していた。

 アランが部屋に入ると、湯気の上る金箔の装飾が施されたティーカップを、スピカが机へと運んでいるところだった。

 スピカはアランをソファへと座るように促すと、腰を下ろしたアランの前に、静かにソーサーに乗せたティーカップを置いた。


「色々と大事な話もあるから、彼女には席を外してもらったよ。大人どうしの方が、色々と話しやすいしね」


 向かい側に腰を下ろしたグレイがまず始めにアカネをここに呼ばなかった理由を告げる。


「心配しなくても、彼女はこれまでの宿よりもずっといい部屋を用意してあるから」


 どうやら、また表情に出ていたのだろうか。今さらそこまで心配はしていないのだが、彼女が視界からいなくなるだけで不安が募るのだ。目を離せば、すぐにでも消えてしまいそうで。


「大丈夫だ。あんたらのことはある程度信用しているつもりだ。俺の表情はあまり気にしないでくれ」


 小さな表情の変化を気にしていたら話が一向に進まなくなりそうだ。自分の表情が口よりも素直なことは、今更疑う余地もない。


「それもそうだね。じゃあ、早速情報交換といこうか」


 グレイが佇まいを直し、少し引き締まった表情を浮かべる。ここからは真面目な話だと、彼の表情が物語っている。

 今この場にいるのは、アランとグレイとスピカの三人。

 彼女はこの場にいることを唯一許されるくらいにグレイから信用されている人間なのだろう。


「まず、こちらが知りたいのはグランパニアの現状。君が知っていることを洗いざらい話して欲しい」


 そこでグレイは目を細めてこちらを疑うような視線を向けながらこう言った。


「言っておくけど隠し事は無駄だよ。君はそういうのには向かないからね。下手にこちらの信用を汚すより、素直に全て答えてくれ」


 今さらグランパニアの肩を持つ気など毛頭なかったので、ここは大人しく首を縦に振り彼への同意を示す。


「まずは、知られているだけのグランパニアの勢力を教えて欲しい。グランパニア軍の資質持ちの数とその属性。そして、幹部の国の名とその王の属性、といったところか……」


 アランはグレイに尋ねられるままに、自分が知っている情報を洗いざらい話した。

 所詮は小さな一国の王に過ぎない自分は、そこまで多くの情報を知っている訳ではない。まあ、普通の小国と比べれば知っている方だが。

 机の上には世界地図が広げられており、アランはそれぞれの国を指差しながら説明を続けていった。

 やましいことは一切しなかった。そんなことをしても、簡単にバレることはわかっていたから。

 アランの話を聞きながら、スピカがすごい勢いで紙に文字を書き記していく。眼鏡美少女が文字を軽やかに書き連ねていく姿はとても絵になっていた。


「俺が知っているのはこれくらいだ。傘下の国は正直多過ぎてわかんねえけど、俺が知ってる資質持ちの情報くらいならまだある」


「まあ、無駄な情報はないからね。プラスになることはあっても、マイナスになることはない。君がわかることは全部聞いておこう」


 手を差し伸べてどうぞと促されたので、俺は机の上の地図を使ってさらに詳しく話をした。


「なるほどね。資質持ちの数では向こうが圧倒している訳だ。思っていたよりも多いよ。戦争を仕掛けられれば、こちらが苦戦するのは目に見えてるね」


 負けるとは思わないのだろうか。苦戦するということは、負けはしないということの裏返しなのだろうか。あくまでも彼の眼に映っているのは勝ち戦なのだろうか。


「まあ、俺も結構圧力掛けてるし、いつ噛みつかれてもおかしくはないと思ってるけど……」


 それは恐らく、アランに向けられた言葉ではない。グレイは陽の差し込む窓を眺めながら、ここにいない誰かに告げるようにそんなことを言った。


「戦力の増強も図らないといけないな」


 そんなことを呟きながら、こちらをジッと眺めて企み顔を浮かべる。


「君なら戦力として申し分ないんだけどなあ……」


「グレイっ!!」


 突然、これまで一言も口にすることなく文字を書き続けていたスピカが、大声でグレイの言葉を遮った。


「彼の立場をわかっているのですか?彼をこちらの戦力に入れるというのは、こちらからグランパニアに宣戦布告するようなものなのですよ」


 スピカの危惧は最もで、アランもここに留まるつもりは毛頭なかった。


「スピカは冗談が通じないなあ。心配しなくても、どうせ無駄だよ。だって、彼はもう戦う気なんて欠片も残っていないんだから」


 そう、この命は戦う為に使う気はない。この命はもう、誰の為に使うかはっきりと決めてあるのだから。


「わかってくれているなら話は早い。俺はアカネを連れてここを出る。そのために、レガリアに来たんだ」


 ようやくこちらの番。といっても、グレイの優しさに甘えているだけで、本当はこちらに要求する権利など欠片もない。

 それでも図々しく大胆に。それが、アランの長所なのだから。


「俺はアカネを連れてガーランド大陸を出たい。そのために、レガリアの商業船に乗せて欲しいんだ」


 アランは深々と頭を下げる。もう頭を下げることへのプライドなど残ってはいない。頭を下げて許されるなら、いくらでも頭を下げる。


「まあ、そうだろうね。こちらの選択肢としても、ガーランド軍に君を引き渡すか、商業船でこの大陸の外に逃がすかってところだろうからね」


 でなければ、いずれ戦争が起きてしまう。その戦争が後世に語り継がれる大戦になるのは想像に難くない。

 そんな大戦の引き金に自分がなるなんて考えたくもない。自分のせいで、数えきれない命が散ることになるなどまっぴら御免だ。


「ってことで、君の願いを聞くのはやぶさかではないんだけど、それでは面白くない」


 今は面白さなど求めている状況ではない、ということはきっと彼には関係のない話なのだろう。しかし、それを許さない人間がここには一人いる訳で。


「そんなことを言っている場合ですか?彼も同意しているのなら、今すぐにでも国の外へ追い出すべきです。例え、もう二度と戻って来られないのだとしても」


「どういう意味だ?」


 スピカその言葉に違和感を覚えたアランは思わず尋ねてしまう。

 確かに一度向こうへ渡ればそう簡単に戻っては来られない。けれど、商業船が運航している限り、絶対に戻って来られない訳ではないはずだが。


「隠しても仕方ないので言いますが、ここ数年の内に、レツォーネ大陸との貿易を打ち切ることが決まっています。必然的に、レツォーネ大陸との交通手段も途絶えます」


 つまり片道切符なのだ。行ったはいいが、帰っては来られない。だが、元々それも覚悟の上なのだから、それで覚悟が揺らぐことなどありはしない。


「まあまあ、そんなに焦っても仕方ないだろ。別に難しい条件を出すとか、そんな意地悪なことをしようって訳じゃない」


 そう言って人差し指を立てながら、グレイは言葉の続きを述べた。


「俺の話を聞いてくれたら、君たちが商業船に乗れるように取り合おう」


 グレイの提案に、スピカがこれまでにないほどの訝しげな表情を浮かべる。この提案にはさすがのアランも同じような表情を浮かべずにはいられなかった。


「どうだい?乗るか、反るか?」


 乗らなければガーランド軍に突き出されて、アカネを護ることもできずに終わりを迎える。ならば、選択肢はひとつしか残されていない。


「わかった……」


 その答えに、グレイが小さな笑みを浮かべる。

 ただほど怖いものはない。彼がこれから何を口にしようとしているのか、恐怖で喉が乾きを訴え、潤いを求めて唾液を飲み込む。

 静けさが満たす部屋に、アランの息を飲む音が響く。


「では、まず。『王の資質』について、君はどこまで知っている?」


「グレイっ!!」


 まるで目の前で起こる犯罪を止めるかの如く焦燥感の満たす表情で、スピカはグレイの話を止めようとした。


「その話を、他の資質持ちにするなど……」


 けれど、そこでスピカの言葉が途絶える。誰かが口を抑えた訳ではない。スピカが自ら口を閉ざしたのだ。

 スピカの視線の先には、静かにするようにと言わんばかりに、突き立てた人差し指をスピカに向けるグレイの姿。


「スピカ、君は立場をわきまえなきゃいけないよ。君はあくまで俺の下に就く人間だ。俺の意見に口出しする権利はない」


「しかし……」


 それでも食い下がろうとするスピカを、グレイは冷たい視線で拒絶する。その視線にスピカは言葉を失い、後ろへと一歩退き下がる。


「心配しなくても、彼はそれを伝える相手がいない。レツォーネに行くならなおさらね。それに、彼も一人の資質持ちとして、この戦いからリタイアするなら聞く権利があるだろ」


 グレイの冷たい視線は氷が溶けるように柔らかくなり、いつの間にか小さな笑みすら浮かべている。


「俺からすれば、本当は全ての資質持ちが知るべきだと思うんだ。自分たちの力が本当は何物で、何の為に戦っているのかいうことを……」


 つまり、これから告げられるのは、これまで知らされなかった『王の資質』の真実。自分がこうなってしまった根元の正体。

 意味を知らない今では、ただの戦うための凶器でしかないこの印に、彼は意味をもたらしてくれるのだろうか。


「ではもう一度。『王の資質』について、君はどこまで知っている?」


 視界の端でスピカが悔しそうに口許を歪めながら、会話の先を見守っている。

 俺は知っていることを、そのまま吐き出した。


「『王の資質』ってのは、俺たちが使う魔法の根元であり、世界の王となる素質を持つ者に与えられる、王になるための力」


 自分が知っていることなど、たったこれだけのこと。それ以上のことはなにも知らない。


「そう、それが唯一この世界に広まった『王の資質』の言い伝え。ではどうして『王の資質』を持つ者が魔法を使えるのか……」


 なんとなく使っていた。王の資質を手に入れたときから、自然に使える物として使っていた。それに理由など、求めたことがなかった。


「『王の資質』とは、魔力を伝達するための(ゲート)なんだよ。俺たちは、王の資質を介することで、魔力を持つ者と繋がることができるんだ」


「魔力を持つ者?」


「そう、魔力を持つ者。まあ、それはひとまず置いておくとしよう。まずは君たちが普段使用している魔法の構造についての話をしよう」


 何気なく使える物だから使っていただけで、構造など気にしたこともない。それは、武器に意味を求めたくなかったというのもあるかもしれない。


「君たちは何気なく魔法を使っていると思うんだけど、どうやってその魔法を出している?」


 そう言って、グレイは指の先に小さな氷の粒を浮かべて見せる。


「どうやってって言われると困るけど、こういう風な形で魔法を生み出したいって頭でイメージして、その大きさや威力に合わせて、込める力を変えてるだけだが……」


 グレイはアランの言葉に満足そうに頷きながら、次の言葉を引き継ぐ。


「基本的にはそれで構わない。あとは相手をどういう風にしたいのか、それをどういう風に動かしたいのかで、生み出される魔法の形は変わってくる」


 グレイの言葉を聞いていたアランは不意に思い出したように言葉を挟む。


「ああ、そう言えば、魔法の形や威力が複雑になればなるほど魔法陣が必要になる。ただ、あれも力を込めれば勝手に描かれていくから不思議なんだよな。まあ、戦いに支障がないから気にしたこともないけど」


「いいところに気付いたね。あれは魔法の根元への命令を視覚化したものだよ」


「魔法の根元への命令?」


 グレイの言っている意味がわからず、苦虫を噛みしめたような表情を浮かべながら首を傾げる。


「じゃあ、そもそも魔法とは一体何なのかについて……。魔法とは『スピル』と呼ばれる精霊を操り、彼らの持つ事象を具現化したものなんだ」


精霊(スピル)?」


次々と現れる新しい単語に、そこまで賢い訳ではないアランの頭がパンク寸前になっていた。王として多少の教養はあるため、何とかしがみついている状態だ。


「この世界は精霊という存在で大気中を埋め尽くされているんだ。もちろん普段は眼には見えないよ。簡単に言えば、魔法の行使って言うのは、その精霊を一か所により集めることなんだ」


「精霊ってのは、一か所に集まると眼に見えるような炎や雷に変化するってことか?」


「変化っていうのは少し違うかな。変化と言うよりも、その事象そのものって言った方が正しい。精霊が寄り集まることで、その空間に存在する一色の精霊の密度が上がり具現化するんだよ」


 そう言いながら、グレイは七本の氷柱を浮かべて、その氷柱の色を七色に変えて見せる。恐らく、そんな器用な真似をアランはできない。


「精霊には色があるんだ。赤、水、緑、茶、黄、青、橙の七色の色が」


 それぞれの色、そして七つという数が揃えば、自ずとそれが何を意味してくるかが見えてくる。


「属性の、それぞれの色ってことか」


「理解が早くて助かるよ。ちなみに、精霊は色によって使用言語が違うらしくて、だから一色の精霊を操るので精一杯なんだ。他の属性の魔法は使えないだろ?」


 確かに他の属性を使ったことはないし、誰かが二つの属性を使っているところなど見たこともない。

 そもそも複数の属性を使おうと考えたこともなかったが、そんな複雑な理由があるとは思いもよらなかった。


「じゃあ、使用言語って話が出てきたし、魔法陣の話でもしようか」


 そう言ってスピカが注いでくれた暖かい紅茶をすすると、一呼吸おいてもう一度口を開く。


「じゃあ、話を戻すよ。魔力を持つ者って誰だと思う?」


 突然のグレイの表情の変化に、アランの表情にも緊張感が走る。彼がこれから告げようとしているのは、それほどに重大なことなのだろうか。


「魔力を持つ者ってのはね……」


 グレイは焦らすように、十分に間を取ってから、その言葉を口にする。


「神様だよ」


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