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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十二章 繋がれる汚れた掌
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ちっぽけな人間だから

 アカツキの一人語りは、昇り掛けだった太陽が、いつの間にか頂点を越える辺りまで続いた。アカツキがルブールを出なければいけなくなったこと、そして多くの仲間と共に国を創り、自分達の信念のもと巨大な敵と戦い敗れたこと。

 それだけ話しても、まだ話し足りないことはたくさんあったが、それでもアカツキが歩んできた道の大筋を伝えることはできた。

 話していて、何度も涙が溢れそうになった。話しをしようとすればするほど、いつまでもあると思っていた楽しい光景が脳裏に傷跡を残すように浮かび上がる。

 冬の寒空の下、冷たい風に髪を靡かせながら、アカツキとクロガネは唇を固く結んだまま、遠い空を見上げていた。お互いに顔を見合わせることを躊躇いながら、必死になって次の言葉を探していた。

 それでも、きっとここは自分が声を掛けるべきなのだろうと察していたクロガネは、散らかす様に引き出しを必死に漁りながら言葉を探していた。


「そっか……、大変だったね。って言葉で片付けられることじゃないんだろうけど……。ごめん、あまりにも話が大きすぎて、今の私には想像できないや」


 正直、今の自分の引き出しの中に、彼に掛けられるべき言葉を見つけることはできない。だから、言葉では彼が与えてくれたものに応えることはできない。

 それでも、自分は何か応えなければならないと思った。それが自分へと過去を打ち明けてくれたアカツキに果たすべき責任だと思ったから。


「そうでもないよ……。自分のわがままのせいで、友達を失ったって、それだけの話なんだ……。だからこそ辛いんだ。あの時、少しでもみんなの言葉に耳を傾けていればって……」


 再び涙が込み上げる。どうやら、泣き虫は未だに直っていないようだ。いつだって強くあろうと、王として皆に不安を与えないように努力しようと心掛けてきた。

 その結果、わがままで泣き虫で、どうしようもない自己中心的な人間になっていたのだと思う。客観的に自分を顧みることができる今だからこそ、それがわかるのだが……。


「そうなのかな……。でも、アカツキが凄く辛くて、悲しかったんだってことは、嫌でも伝わってくる。だから一年前のあの日、アカツキが流した涙も、きっとその人たちの為だったんだって……」


 アカツキと話すときに、自らの性別を隠すことのなくなったクロガネにも、いつの間にか馴れてきた。けれど、悩みを打ち明けて弱気が前に出てきている今のアカツキには、その声音がとても優しげに聞こえて、思わずその優しさに甘えて涙が溢れだしそうになる。


「違うよ、この涙だって、所詮は自分の……」


 嗚咽が込み上げてくる。我慢しようとすればするほど、むしろ返す波が強くなり、余計に涙腺を煽っていく。

 そんなアカツキを横目で捕らえながら、クロガネはゆっくりと首を横に降る。


「ううん。そうじゃない。アカツキはきっと立派な王様だったんだと思う。そうじゃなきゃ、そんなにたくさんの人が、命を投げ捨ててまで付いてきてくれるはずがないもん」


 優しい言葉に寄り添って、それに甘えて全てを預けることができたら、どれだけ楽になることができるだろうか。ここで自らの思いを全部ぶちまけて、全てを忘れて、彼女に依存して生きていけたら……。

 アカツキは一度開きかけた口を、唇を震わせながらゆっくりと閉じていく。もう、これ以上言葉を紡ぐことは、彼女に自らの荷を背負わせることになる。だから奥歯を噛み締めて、自らの思いに蓋をする。

 けれど、こんな意地っ張りのような我慢は、実際の年齢よりも大人びた少女には簡単に見破られてしまって……。


「だから、これ以上自分を責めないで、新しい旅に出てもいいんじゃないかな?きっと、みんな許してくれると思う」


 お前に何がわかると叫び散らしたい怒りと、その言葉に寄り添っていたいという甘えが、心の中でせめぎあい涙となって溢れだす。


「アカツキはきっと背負い込み過ぎなんだよ。少し厳しいことを言うけど、それは自惚れだよ。誰もが誰も、アカツキが全て正しいと思ってないし、アカツキが守ってくれるなんて思ってない。それでも、アカツキに付いてきてくれるんだ。だったら、その先に自分がいなかったとしても、誰もアカツキを責めたりしないよ」


 アカツキは突然掛けられた言葉にハッとして、思わずクロガネの方へと視線を巡らせる。そこには、言葉とは裏腹に、優しい表情を浮かべたクロガネが座っていて……。


「アカツキはさ、なんでも自分の力で護れると思ってるんだと思う。でもね、人間なんて、そんな強い生き物じゃないんだよ。こんな力があったって、目の前の大切な人すら傷つける」


 その視線はここではないどこか遠くを眺めているように、天を仰ぎ見ている。それでも、化粧などするわけもなく、女性の艶やかさとはかけ離れた唇は言葉を紡ぎ続ける。


「人間なんて、ちっぽけでどうしようもない生き物なんだよ。アランは、周りの人間を護れるくらい強くなれって言うけど、人間にそんな力はないって私は思う。だって、自分だってまともに護れないのに、他人なんて護れる訳ないもん」


 その言葉はとても重たくアカツキの心にのし掛かる。クロガネが言うことが正しいと言うのなら、自分は何を頑張ったところで、再び大切な者を失うことになる。


「だからさ、深く考え過ぎないでいいんだと思う。誰かを護らなくちゃって責任を感じたって仕方ないんだよ。そう思えば、そんなに鎖でがんじがらめにされたみたいな思いをしなくて済むと思う」


 自分が責任を感じたところで、死んだ人間が帰ってくる訳ではない。そんなことはわかっている。けれど、この幸せな生活の中で、ふと蘇ってくるのだ。あの日の赤く染まった記憶が……。


「そうじゃないね……。ずいぶん遠回りしちゃった。これじゃ、単なる嫌な女みたいだよね」


 そんな脈絡のない言葉に、アカツキは不思議そうな表情を浮かべずにはいられない。


「誰かを護らなくちゃって思えばそれだけ視野が狭くなって、護れるものも護れなくなる。だから、いっそのこと誰も護れないんだから、自分の力を精一杯出しきるって考えたら、もっと視野が広くなって色々なものが見えてくるんじゃないかな」


 クロガネはそう言って、ようやくこちらにしっかりと視線を合わせて、少しだけ頬を紅潮させながら、恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


「だから、頑張れ!!誰も護れなくたっていい。ただ、自分ができる精一杯のことをやれるように……」


 心の中の黒い靄が、突然突風に吹かれて、晴れ渡った空が開けたような気分だった。


「……って言いたかっただけなんだけど、回りくどくなっちゃった。ごめんね」


 申し訳なさそうに少しだけ歪んだ苦い笑みを浮かべながら謝罪を述べる。彼女も、自分と同じように不器用で言葉足らずなところはあるけれど、それでも彼女なりに自分のことを元気付けようとしてくれていたのだ。

 心の奥底にぼんやりと暖炉に火がともったような、小さいけれどしっかりとした暖かさが込み上げてくる。結局自分はこうやって誰かに支えられながら生きていくんだ。

 いつかも、同じようなことを言われた気がする。


『でも、きっと君は背負っちゃうから、だから護れなかった人じゃなくて、護れた人のことを思い出して』


 あの時も、全て自分が悪いんだと決めつけて、勝手に人の命も背負い込んで、そして勝手に自分を追い詰めていた。けれどきっと違うのだ。誰も自分にそんなことは頼んでもいないし、自分の責任を勝手に背負い込んで欲しいなんて思っていないのだろう。


「だからもし、私がアカツキの目の前でいなくなったとしても、アカツキは責任を感じないでね。私はそんなこと望んでないし、責任を押し付ける気もない」


 アカツキを見据えるクロガネの瞳の奥底には、誰にも折り曲げることのできない堅い信念が顔を覗かせていた。そんな信念をアカツキはこれまでにだってたくさん見てきたはずだった。

 だから、彼女の言うことは信じていいはずだ。これまで出会ってきた仲間たちも、彼女と同じことを思っていたのだと、そう信じていいような気がしていた。


「励ましてくれて、ありがとう。今日はクロガネに話をしてよかったよ」


 アカツキは流れるように、クロガネに向けていた視線を遠い空へと向ける。それはクロガネだけの感謝ではなく、もう出会うことのできない多くの仲間たちにも向けられていたから。


「でも、俺の前からいなくなるなんて、そんな簡単言わないでくれ。俺が絶対に護るって言葉はきっとクロガネは望んでいないだろうから、そうは言わない。それでも、そんなことを言って欲しくはない」


 きっとクロガネはこちらの世界に馴染んでいるから、この世界でそう簡単に誰かがいなくなるなんてことが起こるとは思っていないのだろう。彼女にとってその言葉は、ちょっとした冗談のつもりなのかもしれない。

 けれど、人が簡単に目の前から消えてしまう世界で生きてきたアカツキにとって、その言葉は冗談で片付けられる程軽いものではないのだ。

 突然真面目な声音で告げられたその言葉に、クロガネは多少動揺してしまう。アカツキがそんなつもりで言っている訳ではないとはわかっていても、同じ年頃の男子から突然『俺が護る』などという言葉が出てくれば、少しは心が跳ねるのも無理はない。

 そもそもすっかり馴染んだとは言え、よく考えてみれば同じ年頃の男子と二人きりで、まだ緑の残る丘の上に腰を下ろして話をするなんてシチュエーションはこれまでに経験したことの無いことで……。

 下の方からじわじわと顔が熱くなっていく。今の自分の顔がどうなっているのか見当もつかない。必死に崩れそうになる表情を、無理矢理に抑えつけているせいで、余計変な表情になったりしてはいないだろうか。とにかく、今アカツキにこちらを振り向かれるのは不味い。


「クロガネ」


「ひゃいっ……」


 そんなことを考えているときに不意に自分の名前を呼ばれたので、思わず声が裏返ってしまい、自ら墓穴を掘る結果となってしまった。あんな変な返事をして、アカツキがこちらを見ない訳もなく、そんなアカツキから顔を隠すために折り曲げた足の間に顔を埋める。


「どうした、クロガネ?」


 何の他意もない、純粋に心配してくれている声が投げかけられて、一人で舞いあがっている自分が余計に恥ずかしくなり、顔は沸騰してしまいそうなほど熱くなっていた。


「うるさいっ。いいからこっち見るな」


 そんな突然態度の変わったクロガネにアカツキは小さく首を傾げながら、クロガネから視線を外して、丘の先に広がる蒼い空の海へと視線を移す。

 クロガネは自分の太腿をジッと眺めて、ひたすら自分の心に落ち着けと言い聞かせていた。

 少し時間が経って、そっとアカツキに気付かれないように足と腕の隙間からアカツキを覗き見ると、アカツキはクロガネに言われた通り、こちらを見ることなく、ただ黙って隣に居続けてくれていた。

 風に髪を靡かせながら、少しだけ哀愁の漂う表情で空を見上げるアカツキがいつもよりも大人びて見えて、いつの間にか長い時間彼の横顔を眺めていた気がする。

 そんなことにハッと気づいて、クロガネはアカツキと視線を合わせないように、アカツキと同じように空へと視線を移しながら、埋めていた顔をようやく上げた。

 こちらの動きに気付いて、こちらへと視線を移そうとしたアカツキを『こっち見るな』と小さな剣幕で制すると、アカツキは何も聞くことなくその言葉に従ってくれる。


「ごめん、何か聞きたいことでもあった?」


 先程名前を呼ばれたのは、きっと自分に何か用があったからなのだろう。それを思い出してクロガネは、少し突っぱねるような口調でアカツキに問い掛ける。

 そんな口調を気にする様子もなく、アカツキは落ち着いた声音でクロガネに尋ねる。


「クロガネの、こっちに来る前のこと、クロガネがどうして名前を偽っているのか、そろそろ聞いてもいいかな?」


 いずれは聞かれるだろうと思っていた。出会った時からアカツキはそのことを気にしていたし、それでも自分に気を遣って、これまでは聞かずにいてくれた。それに、こちらが彼の過去を聞いておいて、自分は話さないなんていうのは公平ではない。

 正直、向こう側にいた頃の記憶なんてほとんど自信が無い。あまりにも小さい頃の記憶は、既に靄が掛かり断片しか見ることができなくなっている。

 あるのは小さくて、けれど頼りがいのあった背中と、意味の無い繋がりを求めた黒い腕飾り。そして幼い頃ですら、深い傷のように瞳に焼き付けられた赤く燃え盛る故郷の景色。


「そうだね……」


 きっともう出会うことのできない、本当の家族との最後の物語。


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