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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十一章 暁は未だ夜を明かず
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穏やかな一時

「いっでええええええええ」


 邸内に野太い中年男の悲鳴が響き渡る。太陽が頂点を迎えたお昼時、ベルツェラのとある屋敷では、ボロボロになって帰還した男が治療を受けていた。


「男なんだからこれくらい我慢してよ。ほら、次は左腕出して」


 ペシッと包帯を巻き終えた右腕を叩きながら、クロガネは左腕を差し出すようにアランに促す。


「痛みに男も女も関係ねえだろうが。っていうか、もう少し優しく手当てしてくれよ」


 アランが軽く涙目になりながら、大人しくクロガネに左腕を差し出す。

 戦いから十年以上も離れていたことで、皮膚もすっかり弱り果てており、多くの切り傷がアランの肌に刻まれていた。


「贅沢言わないでよ。大体、こんなにボロボロになったのは、アランが一人で勝手に盗賊団のアジトなんかに行くからだよ。これはその罰だと思って、大人しく受け入れてもらわないと」


 そう言いながらも、クロガネは消毒液を左腕から垂れ流し、包帯を巻いていく。

 どうも、クロガネは消毒液の使い方を間違えているような気がしてならないアランは、言おうか言うまいか迷いながらも、愚痴を漏らしながら治療してくれるクロガネに、これ以上何かを言う気にはなれなかった。


「罰か……。まあ、こんな罰で済んだなら、安いもんだよな」


 アランの声音が少しだけ陰る。もしかしたら、自分はこの場にいなかったかもしれないのだ。クロガネやアカツキが駆けつけてくれなかったら、自分は恐らくあの場で命を失っていたのだろう。


「そうだよ……。こんなことで済んだんだから、これくらい我慢しないと」


 クロガネの声音も先程よりも少し落ち着いたものに変わる。まるで、アランをここに留めておくかのように、クロガネが力強く包帯の先を結ぶ。


「だから、もう少し優しくしろって……」


 アランの声から先程までの覇気が失われる。久しぶりに『死』という恐怖と向き合ったことで、今はすぐに気分が暗くなってしまう。

 普段ふざけているアランですらそうなのだから、クロガネは言うまでもないだろう。少しでも気を抜けば泣き出しそうになる。だから、アランは陽気に振る舞っていたのだが、どうにも長くは続かない。


「もう、一人で無理したりしないでね……」


 既に包帯はきつく結ばれているというのに、クロガネの手は包帯から離れようとはしない。その結び目をジッと見つめながら、クロガネは不意に声を漏らした。

 そんなクロガネに対して、いつものようにふざけられる訳もなく、アランは空いていた右手で頭を掻きながら、少し遠くを眺めるようにして告げる。


「ああ、わかってる……。もう、お前たちを置いて、勝手に行ったりなんかしねえよ」


 きっと、同じような状況になれば同じことを繰り返す。そうだとわかっていても、今はこう言わざるを得ない。

 クロガネはもう、自分の子供のような存在だ。子供を護るためなら、約束を破ろうが、自らの命が危険に曝されようが構わない。決して血が繋がっていなかったとしても、それだけの覚悟を持てるだけの絆が二人にはある。

 けれどその絆が、アランの心の中に釘をさすように痛みを残していく。クロガネへの優しい嘘が漏れるたび、釘打ちをされるようにズキズキと痛みを増していく。

 こちら側の世界ではこんなことが起こることは早々無いだろう。けれど、資質持ちはとは戦う運命からは逃れられないのだ。

 確かに十年間、二人は穏やかに平和な世界で生き抜くことができた。だが、まるで『忘れるな』と言わんばかりに、ここ最近で自らの周りに資質持ちたちが現れるようになった。

 どれだけ足掻いたところで、資質持ちの運命から逃れることはできないのかもしれない。

 ならばなおさら、クロガネとの約束を守ることはできない。彼女もまた、資質持ちの運命の鎖に繋がれた囚人なのだから。


「うん…………」


 たっぷりと時間を置いてから、クロガネが小さく頷く。

 首筋から先の小さな背中が、儚げに震えている。この背中を護ることができるのならば、自分の命など少しも惜しくはない。

 アランはそっとクロガネの頭の上に自らの掌を乗せると、優しく髪を梳くように撫でてやった。

 そんな二人の姿を少し離れたところから眺めていたアカツキは、あまり晴れ切らない心境の中を彷徨っていた。

 自分はあまり彼らと共にいない方がいいのかもしれない。

 今回に限って言えば自分には全く関係ないところで起こった戦争ではあったものの、これから先、自分が原因の戦争に彼らを巻き込んでしまうことがあるかもしれない。

 今のところ自分は死んだことになっている。だが自分が生きていることが知れ渡れば、恐らく攻め込んでくる輩がいるだろう。アスランの言葉を借りるのならば、自分は既に有名人なのだから……。

 彼らはそんな戦いの世界から自ら逃げた者たちなのだ。けれど自分がいることで、彼らを戦いの世界に再び引きずり込んでしまうことになる気がして仕方がない。

 それに、もしも強い敵が攻め込んできたとすれば、今の自分のままでは彼らを護れないどころか、足手纏いになる可能性すらあるのだ。

 何故なら今のアカツキは魔法の使えない、一般人とあまり変わらない資質持ちなのだから。


「これから、どうすればいいのかな……」


 溜め息と共に迷いが漏れ出す。目の前では誰も死なずに済んだというのに、明るい気分には当分なれそうもない。

 アカツキが魔法の使えない自らの掌をジッと眺めていると、ノックもなく部屋の扉が勢いよく開け放たれる。


「どうだ?馬鹿の治療は終わったか?」


 入ってきたのはこの屋敷の主人であるレオナだ。主人なのだから、ノックしないのは当たり前なのかもしれない。

 こちらは打って変わってすっかり明るくなっていた。まるでアカツキたちを閉じ込めていた時のレオナが別人だったかのように様変わりしている。


「どうした、頭に包帯が巻かれていないようだが、治療はまだ終わっていないのか?」


 レオナが入ってきたことで、まるで立ち込めていた霧が一気に晴れたかのように、沈んでいた三人の空気が払拭される。


「馬鹿の治療ってそういう意味かよ。馬鹿は包帯なんかじゃ治んねえよ。……って誰が馬鹿だ」


 レオナの陽気に中てられて、アランがノリツッコミをする。そんなあまりの空気の変化に乗り遅れたクロガネも、瞼に浮かべていた涙を腕で拭いながら笑顔を浮かべる。

 レオナも満足そうに笑みを浮かべながら、二人の様子を眺めていた。どうやら、わざわざ二人を励ましに来たらしい。

 けれど、そんなレオナの表情が少しずつ曇っていく。その視線の先には、空っぽになった消毒液の瓶が何本も転がっていた。


「おい……、治療したのはアランだけなんだよな?」


 レオナの眉根が少しずつ寄っていき、眉間の皺が深くなっていく。まあ、一人の治療にあれだけの消毒液を使われれば、いくら快く貸してくれた本人とは云えど、こういう反応をするのも頷ける。


「ああ、俺だけだが、まあそのなんだ……、今日のところは大目に見てやってくれねえか」


 アランはレオナが少しずつ怒りを溜めていっているのを察して、どうにか落ち着かせようとした手に出る。

 当の本人は、未だに何故レオナの表情が少しずつ赤みを帯びているのかを理解できていないらしく、可愛げに首を傾げながら、アランとレオナを交互に眺めている。

 レオナが踵を鳴らしながら、ゆっくりとアランの元に近づいていく。

 アランもこれから何が起こるのかある程度察しているようで、両手をレオナの方に突き出して静止を求める。


「まあ落ち着けって。これはクロガネのやった事なんだから、許してやってくれよ……」


 しかし、レオナの脚は止まらない。アランの目の前まで辿り着いたレオナは、踵を天高く蹴り上げ、そのままアランの脳天へと振り落とした。


「な……、何で……俺が…………」


 アランはその言葉を残して再び意識を失い、地面へと伏した。そんなアランを見下ろしながら、レオナは鼻を鳴らして言い放った。


「教育不行き届け」


 その言葉を残してレオナは結局何をしに来たのかもわからないまま、この部屋を去っていた。

 そして当の本人は最後まで首を傾げながら、その一部始終を呆けたまま眺めていた。




 盗賊団との戦いはレビィの意識の喪失と共に終わりを迎えた。レビィに勝てなかった者たちに、自分たちが太刀打ちできないということは盗賊団たちもすぐに理解ができたらしく、大人しく投降した。

 それでも、彼らが譲らなかったことが一つだけあった。


「俺たちのことは全員殺そうがどうしようが構わない。でも、姐さんだけは見逃してやってくねえか?どうせ、もう姐さんに今までみたいな力は残ってねえんだろ。だったら姐さんがこれまでみたいに人を殺すことなんてできねえからよ」


 だがレオナの顔は芳しくない。それは当然だ。これまで、多くの村人を殺してきた張本人を見逃せなんて虫が良すぎる。

 けれど彼らの主張は止まらない。


「行き場もなくて、どうしようもなかった俺たちを拾って、生かしてくれていたのは姐さんだけなんだ。あんたたちの仲間を殺したのだって姐さんの本意じゃねえ。俺たちを護るためにやってくれただけなんだ。だから、姐さんは何も悪くねえ。殺すなら俺たちにしてくれ」


 純粋な悪など存在しない。誰かの悪は、誰かへの優しさなのだ。それで許されるというのなら、そもそも戦争なんてものは存在しない。

 確かに彼女にもそう言う意思が本当にあったのかもしれない。どれだけ口では大きなことを言っていようが、彼女が彼らを救い出したのは紛れない事実なのだから。

 だが、それが許されないのがこの世界であって現実だ。それが許されるのなら貧乏くじを引くのはいつだって加害者ではなく被害者になる。

 アカツキがそんな思いを抱きながら、レオナと盗賊団の会話を眺めていると、レオナが口を噤む。

 唇の裏側で歯を噛みしめるように、頬が小さく揺れる。

 もしかして考えているのだろうか。自らの仲間を殺した目の前の敵を、彼女は許そうとしているのだろうか……。


「わかった……。彼女はここに置いて行こう。お前たちも殺しはしない。私の村で、これまでの分を存分に働いてもらう。それでいいな?」


 彼女は自ら貧乏くじを引きに行く。一番レビィのことを許せないはずの彼女が、それでも彼女を許してしまうのだ。向こう側の世界ならあり得ない光景。これだけの大きな器を持つ者たちが暮らしているからこその平和な世界。

 彼女を罰することしか考えていなかったアカツキは、やはり異分子なのかもしれない。レビィもまた、殺すことしか知らない、こちら側の世界の異分子であったように。

 盗賊団の面々は、レオナのその言葉がまるで恵みの雨だったかのように、花が咲くかのように一人ずつの表情が晴れていく。むさ苦しい男どもを花と例えるのは少し抵抗を覚えるが……。


「寛大なお心遣い恩に着ます。姐さんと離れ離れになるのは心苦しいですが、俺たちは心を入れ替えて、これからは新しい姐さんに誠心誠意尽くそうと思います。これまでにしてきたことは、償って許されることではないと理解はしていますが、少しでも皆さんのお力になれるよう、これから一生を掛けて償っていきます」


 盗賊団たちが皆頭を下げてレオナに許しを請う。姐さんと呼ばれて、男たちから頭を下げられているレオナが妙にしっくりと来て、アカツキは不謹慎ながら一人でに笑いを堪えて小刻みに震えていた。

 死んでしまった者はもう還って来ない。復讐は何も産まないと言うのは正論ではあるが、人の心は全ての正論を受け入れられるほど寛容にはできていない。

 だからここでここに居る全ての盗賊団を殺してしまったとしても、アカツキは別に驚きはしない。

 けれど、ここで全てを許して前に進めるというのなら、彼女が導き出した答えはきっと正しいのだろう。それこそが、アカツキが求めている答えなのかもしれない。

 こうして盗賊団は、このときをもって解散することとなった。そしてこれから少し後に、ベルツェラの屋敷に強面集団の兵士団が結成されることとなる。




「姐さん、荷物の運び込み終わりました」


 元盗賊団たちが、アランが気絶して倒れている部屋を訪れる。彼らはこれからこの国に身を寄せるため、レオナが新しく部屋をいくつか用意してやっていた。

 アランが倒れている姿を目にした彼らは少し訝しげな顔をしたものの、あまり触れない方がいいと察したのか、特に何も尋ねようとはしなかった。


「お前たち、その呼び方は止めろと言っているだろうが。もっと他に呼び方があるというのに、何故それを選ぶ」


 どうやらレオナはその呼ばれ慣れない敬称があまり好みではないらしい。苦い顔をするレオナの隣でアカツキが相変わらず小刻みに震えている。


「俺たちは尊敬するお方のことを『姐さん』と呼ぶんです。これは俺たちの尊敬の証しなんです。これだけは俺たちにだって譲れねえ」


 そういわれるとレオナも彼らの思いをあまり邪険にすることもできず、顔をしかめながら言葉に詰まっていた。

 彼らがこの村に馴染むにはまだまだ時間が掛かるかもしれない。彼らのことを許せない者も、この村には大勢いるだろう。

 それでも、彼らはそれほど悪い人間たちではない。ただ生きる術を知らなかったから、彼らは亜のような生き方をせざるを得なかったのだ。

 だからきっと、生きる術を与えられた彼らは少しずつでも、これから村人たちに受け入れられていく気がする。それに、彼らにはレオナが付いている。彼らが尊敬して止まない『姐さん』が……。

 そしてそれから一週間程ベルツェラで休養した三人は、久しぶりに我が家へと帰って行った。




 それからも三人はベルツェラに何度か通ったりしながら、更に二つの季節を過ごした。

 この大陸に来てからの生活が素直に楽しかった。子供の頃には知っていて、今はもう忘れていた、素直な楽しさと言うものを思い出せるような気がしていた。

 戦争の日々の中で忘れてしまっていた平凡を、アカツキは久しぶりに感じていた。

 けれど、このぬるま湯が忘れてはいけない大切な何かすらも、ふやけさせてしまいそうで、アカツキは笑顔の奥底で針に刺されるような痛みを感じていた。

 そして、アカツキがレツォーネ大陸を訪れてから迎える二度目の冬、歯車は再び回り始める……。


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