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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十一章 暁は未だ夜を明かず
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欠陥だらけだったとしても

 レビィは最初と同じ水の球体を創り出すと、そこからまたも水の大蛇がアカツキたちに向けて襲い掛かる。


「あんたが魔法を消せようが、結局は刀が届く範囲だけなんだろ。なら、数で勝負だよ。この数を捌き切れるかい」


 襲い来る水の大蛇は五体。それぞれが別の方向から襲い掛かろうとする。しかも、狙いはアカツキではない。その背後に身を隠しているアランを狙っての攻撃だ。

 アランの魔力は限られている。相手の魔法から身を護るための魔力など残されてはいない。


「やらせるかっ!!」


 アカツキは地面を蹴って猛スピードでレビィへと接近する。そのあまりの速度にアランは着いていけずに、その場に置き去りになる。

 アカツキを失えば、アランはなんの装備もない生身の状態で猛獣の群れに解き放たれたようなものだ。


「なっ……、おまえ……」


 アランはアカツキの行動に驚愕し、思わず足を止めてしまう。まさかアカツキが自分を棄てて単独行動をするとは思っていなかったからだ。

 最早迷っている暇はない。アカツキを失った今、目の前の魔法から逃れるためには自らの魔法を使うしかないのだ。

 アランは四方から襲い掛かる水の大蛇に向けて魔法を放とうとした。


「アラン、俺を信じろ!!」


 だが、アカツキのその言葉がアランを踏みとどまらせる。ここで魔法を使えば、誰が目の前の敵を倒せるんだ。

 アカツキはその言葉と共にさらに加速する。

 水の大蛇はアランの眼前まで迫り、アランは恐怖のあまり目を閉じそうになったが、それでもアカツキの言葉を信じて彼の後ろ姿から眼を離さなかった。

 そしてアランの目と鼻の先まで水の大蛇が迫ったところで、水の大蛇の動きが止まり、蒸発するように飛散した。

 アカツキがギリギリのところで、魔法の核を斬り裂いたのだ。


「ちっ……、出来損ないどもめ……」


 レビィは舌打ちをしながら、アカツキから距離を取る。アカツキが攻撃できないことはわかっているので、魔法を斬られたところで怖くはない。

 その間にアランがアカツキの元まで辿り着き、再び体勢を立て直す。

 レビィは急いで魔方陣を生成すると、アカツキたちに向けて無数の小さな水の弾丸を放つ。


「この数を、全部打ち落とせるかい?」


 避ければ無防備なアランに攻撃が当たってしまう。この魔法を凌ぐ方法は、水の弾丸を全て刀で斬り伏せるしかないのだ。

 だが、そんなことはアカツキにとっては朝飯前だった。これまで、どれだけ同じような光景を眼にしてきただろうか。今は亡き彼らと共に過ごした修行の日々の中で……。

 彼らは今も自らの記憶に、自らの身体に、そして自らの心に生き続けている。彼らはまだ、ここに生きている。


「アラン、ついてこられるな?」


 アカツキの不意な問いかけの意味をアランは理解できない。まさか、この中を前進していくつもりなのか……。


「はっ?お前何言って……」


 アランの言葉を最後まで聞くことなく、アカツキが前へと脚を踏み出した。そして自ら、水の弾丸の嵐にその身を投げ入れた。

 アランはアカツキに驚愕し、一瞬遅れを取りながらも、慌ててアカツキの後を追う。


「もう、どうとでもなりやがれ」


 アランは投げやりになりながらも、アカツキの背中に隠れながら、水の弾丸の嵐へと身体をなげうった。

 そこからはまるで客席から舞台の上でも見ているかのような気分だった。ただ目の前の光景に唖然として、言葉も出ないまま、その光景を見つめていた。

 アカツキはまるで踊るように、襲い掛かる水の砲弾を一つの漏れもなく斬り伏せていく。斬られた水はキラキラと飛沫を残しながら消え去っていく。まるでアカツキにスポットライトを照らすかのように。

 気を抜けば、簡単に脚を止めてその姿に見入ってしまいそうだった。目の前の人間が本当に同じ人間であるか疑ってしまいそうになるほど、その姿は美しかった。


「それが、お前の強さなのか……」


 アカツキが魔法を打ち落とす音で掻き消されてしまうほど小さな声でアランは呟いた。

 水の弾丸を打ち落とすアカツキの横顔が、あまりにも哀しげだったから。これだけの強さと美しさを纏わなければならない彼の過去が、一瞬でもアランの脳裏を過ったから。

 アカツキは何も答えない。恐らく、聞こえてすらいない。けれど、それでいい。これは、アカツキに向けた言葉ではないから。

 そしてアカツキは、レビィが放つ水の弾丸を全て打ち落とした。一切息を荒げることもなく。


「そんな馬鹿な……」


 凄まじいアカツキの身のこなしに、レビィもまた動きを止めてしまう。敵でも見とれてしまうほどに、彼の動きは美しかった。

 そんなレビィをアカツキが見逃す訳もなく、魔方陣の消滅と共にアカツキは加速し、アランもその背中を見失わないように、しっかりと背中についていく。

 アカツキの接近に焦ったレビィは、いつもの癖で思わず魔方陣を生成する。

 だが、アカツキにとってそれは全くもって無駄なこと。ここで距離を置かれるよりも、よほど容易に相手の隙をつくことができる。

 この一瞬を逃せば、これ以上の隙はもう現れないかもしれない。ここに、全神経を注ぐしかない。


「アランっ!!」


 たった一言、仲間の名を呼ぶ。

 それが、『全てを任せた』と言う意味であるのは容易に想像がつく。

 アランが魔力を練り始める。自らに残るありったけの魔力を自らの右手に集中させる。この攻撃で精神崩壊を起こしても構わない。自らの意識が無くなろうとも、後は彼らが全てを請け負ってくれるはずだ。

 そして、アカツキがレビィの創り上げた魔方陣に退魔の刀を突きつける。

 レビィの魔法陣はガラスが割れるかのように粉々に砕け散り、その反動でレビィが体制を崩す。


「行けっ、アラン!!」


 アカツキの声が岩壁に反射しながら、耳にすんなりと馴染むように調和をもたらしながら響き渡る。そのお陰で、先程まで感じていた魔法を放つことに対する迷いや恐怖が消え失せていた。


「喰らえええええ!!孤高の雷帝、白虎!!」


 アランの右腕が溢れんばかりの山吹色の輝きに包まれていく。その右腕を前に突き出した瞬間、巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な虎が模られた雷が放たれる。

 まるでアランの意識がその雷虎に奪われたかのように、魔法を放ったアランはそのまま意識を失って地面に力無く倒れていく。

 だが雷虎は消え失せることなく、体勢を崩したレビィの元へと襲い掛かる。

 巨大な二本の牙を剥き出しにして、容易に人を覆い尽くす大口を開けながら、レビィを呑み込んでいく。


「きゃあああああああああ!!」


 レビィの叫声が広間に響き渡る。その声に驚きながら、この広間にいた全ての者たちがレビィへと視線を向ける。

 アカツキ以外の誰もが、その光景に唖然として、言葉すらも失っていた。盗賊団の者たちも、自分たちの首領以外が魔法を使うところなど見たことがないのだから。

 レビィの悲鳴だけが響き渡る中、雷虎が姿を消した後に残っていたのは、ボロボロの身体を痙攣させながらその場に立ち尽くすレビィだけだった。

 そして彼女は力無く地面に膝を付き、そのまま自らの身体を地面に伏せる。

 この攻撃でレビィを倒せていないのだとしたら、アカツキたちに勝ち目はない。アランは既に、意識を失い地面に横たわっているのだ。


「頼むから、もう立ち上がらないでくれよ……」


 だが、まるでアカツキの呟きを耳にしていたかのように、その呟きと共にレビィが地面に手を付いてゆっくりと立ち上がる。


「なっ……」


 今度はアカツキが言葉を失う番だった。彼女の視線はしっかりとアカツキを捕えていた。


「ふっ……、こえで、おひまいかい……」


 まだ痙攣が残っているのか、呂律は回っていない。それでも、彼女の意識はしっかりと残されており、その視線は間違いなくアカツキに向けられていた。


「あんたたひのほうげきも、はいしはほとないね……」


 彼女が言っていることは間違いなく強がりだ。大したこと無いはずがない。それは彼女の身体自身が証明しているのだから。

 それでも、ここで彼女が立っているというのなら、この戦いは彼女の勝ちであることは間違いない。何故なら、こちらの武器は既に折られてしまっているのだから。

 こちらに残っているのは、相手を傷つけることのできない盾だけとなってしまった。こんな戦いのどこに勝ち目があるのだ。


「これで、あたいたちの勝ちは決まったね」


 レビィが勝利を確信して、余裕の笑みを浮かべる。

 それに相反して、アカツキの表情から余裕がなくなっていく。

 自分一人だけなら、これくらいの戦力を掻い潜ることは容易だ。だが、こちらには意識を失ってしまった仲間と、十数人の護らなければならない者たちがいる。


「さあ、終わりだよ。まずは、そいつの命を貰おうか」


 レビィがアランに向けて魔法陣を生成する。だが気を失っているアランが動けるはずもなく、アカツキが急いでアランの元へと駆けつけようとする。

 その瞬間、アカツキはレビィの背後を見て、この戦いの終わりを確信した。

レビィの魔法陣は輝きを増し、容易に人を串刺しに出来るような、先の尖った水の槍が勢いよく放たれる。

 アカツキは地面を蹴ってその水槍へと斬りかかる。これさえ凌いでしまえば、レビィへの攻撃は必要ない。あとは全てをその希望に託すだけだ。


「頼むぞ、クロガネ!!」


 レビィの背後にいたのは、既に蒼い雷を腕に纏ったクロガネだった。その姿を見た瞬間、アカツキは勝利を確信した。

 レビィはアランへの攻撃に意識をしすぎて、クロガネのことなど一切視界に入っていなかった。

 だからアカツキは全てをクロガネに託した。全ては彼女の手に委ねられた。


「はあああああああああああああ!!」


 クロガネのその咆哮に、レビィが目を見開きながら背後を振り返る。だが、レビィがクロガネを視界に捕えたところで、最早レビィが動くだけの余裕はない。

 そしてアカツキもまた、水槍に辿り着き飛散させる。アカツキは視線をすぐさまクロガネへと向ける。

 雷を纏ったクロガネの掌が、レビィの首許を捕え、一瞬の雷鳴と共に、レビィの意識が吹き飛んでいく。レビィは完全に意識を失い、地面にその身を預け暗闇の中に沈んでいった。


「クロガネ、その女の服を剥いでもいいから六芒星の印を探せ」


 レビィが気を失ったからといって、そこでこの戦いが終わる訳ではない。資質持ちの回復の速さは身を持って知っている。だから、早いうちに手を打っておくことに越したことはない。

 だが、どうやらクロガネに変な風に解釈されてしまったらしく、ジトッとした冷たい視線を向けられる。


「やっぱり、変態……」


 どうやら服を剥いでいいからだけが彼女の耳に残ってしまったようだ。だがいつものように、そんなやり取りをしている時間はないので、とにかくクロガネに必死さを伝える。


「頼むから、俺の言うことを聞いてくれ。俺は絶対に目を伏せているから、それを見つけないと、その女はまだ魔法が使えるんだよ」


 必死の懇願が通じたようで、クロガネはしぶしぶと言った感じでしゃがみこんで、レビィの身体へと手を伸ばす。

 その瞬間、他の盗賊団の団員たちがこちらを見据えながら叫び散らし始める。


「何やってんだ、お前ら。それだけボロボロにしといて、これ以上姐さんに何かしようって言うのか」


 まあ、盗賊団の意見も最もではあるのだが、ここは情を押し殺して接さなければならない。


「黙れ」


 アカツキが背筋も凍りつくような冷たい声音と視線を盗賊団たちに向けると、小さな悲鳴と共に全員が押し黙る。自分たちの首領を倒した相手に勝てないことは重々承知しているのだろう。


「六芒星の印を探せばいいの?」


 いつもの無愛想な声音でクロガネが尋ねてくるので、安堵の溜め息を吐きながら説明を続ける。


「そう。それを見つけたら、それに魔力を流し込んでくれ。そうすれば、その女はもう、魔法を使えなくなる」


 なんとなく人の身ぐるみを剥ぐと言うのは、たとえ女どうしだったとしても恥ずかしいものがあるが、そうしなければ目の前の女が魔法を使うというのであれば致し方ない。

 クロガネはひとまず露出した肌を全て見回して、例の印が無いことを確認すると、布や金属で隠れた肌の部分をゆっくりとなるべく深部まで見ないようにしながら漁っていく。

 そして例の印を見つけたクロガネは、アカツキが見ていないかの確認も含めて、アカツキへと視線を巡らせて尋ねる。


「これに魔力を注げばいいの?」


 クロガネに背を向けたまま、アカツキは問い掛けに答える。


「ああ、頼む……」


 アカツキに言われた通りにクロガネがレビィの身体に刻まれた印に魔力を注ぐと、その印は粉々に砕け散りながら、レビィの身体から姿を消していった。


「これでいいの?」


 アカツキがようやくクロガネの方を振り返り、穏やかな笑みを浮かべながら告げる。


「ああ、これでもう、ベルツェラが襲われることはない。ありがとな、クロガネ」


 ようやく戦いが終わり、それを見届けたベルツェラの兵士たちは、まだ残党がいるにも関わらず、彼らの目の前で、涙を浮かべながら喜び始めた。

 盗賊団の残党も、今更手を加えて、自らの身を危険に曝すようなことをしたくはないのだろう。そんな彼らの様子を気にすることもなく、ボロボロになって地面に横たわるレビィの元へと駆け寄っていった。

 それと入れ替わるように、クロガネはレビィの元を離れて、アランの元へと駆け寄る。

 そしてアランの頭を抱き上げたクロガネは思わず笑みを零してしまった。


「何でそんな顔してるんだよ」


 クロガネが抱き上げたアランは、まるで戦いの勝利を確信していたかのような、優しげで穏やかな笑みを浮かべながら眠りについていた。


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