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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十一章 暁は未だ夜を明かず
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殺し合う運命

 湿り気を帯びた手で、アランはゆっくりと目の前の扉を押し開いていく。中からは灯りが漏れ出しており、顔の筋肉が張り詰めるのを感じる。

 しかし、今更扉を閉めたところで遅いので、アランはそのまま扉を開き切ると、部屋の中に足を踏み入れる。

 そこは部屋というよりも、広間と言えるだろうくらいに広い空間だった。アランは真っ先に後ろ手で扉を閉めると中の様子を覗う。

 パッと見は誰も居ないようだった。もしかするとここには誰も居ないのかもしれない。緊張していた太ももや顔の筋肉が無意識の内に緩んでいくのを感じる。

 少しだけアランの呼吸が落ち着いていく。かなり覚悟を決めて扉を開いたのに、とんだ拍子抜けだ。けれど、ここに居ないというのなら、彼は今どこにいるのだろうか。それはそれで、帰って来るのを待っているほどの時間はないのだが……。

 アランはすっかり気が抜けてしまい、何の躊躇もなく堂々と広間の真ん中を歩いていく。すっかり気の抜けた表情で、とりあえず辺りを見回しながら歩いていたアランに突然異変が起こる。

 何と足が地面に埋まっていくではないか。


「なんだこれ?おいっ、ちょっと待て……」


 誰もいない広間で一人、焦りながらもがいている。地面に手をつこうとするが、まるで底なし沼のように、辺りの地面も触ることができず、身体が沈んでいく。

 脚が完全に地面に埋まってしまっている。このままでは本当に不味い。身体が埋まるのも時間の問題だ。

 そんなアランの耳に、聞き慣れない声が響き渡る。


「黙って扉を開けるやつがいるから罰が必要だと思ったら、見かけねえ顔じゃないかい。もしかしてあんた、ここに一人で乗り込んできたのかい?」


 この広間の少し高いところにある出っ張りの岩場に、座り込んでいる一人の女がアランを見下ろしていた。彼女の指の先には、小さな水玉が浮かんでいる。


「何だい?これを見て驚かないとこ見ると、あんたもあたいのことを知っているのかい?それとも、あまりにも信じられない現実に、驚いて声も出ないってかい?」


 野盗の首領が資質持ちだとは聞いていたが、まさか女だとは思っていなかった。

 下着のような薄着の上に臙脂色の胸当てを填め、下半身も黒の長い靴下に臙脂色の腰当てだけという身軽な格好をしている。耳にはジャラジャラと金属器が垂れ下がっており、左眼には黒い眼帯が嵌められている。

 短めの茶髪を後ろで結んでいるため、結んだすぐ後ろで髪が跳ねている。


「どうしたらここから抜けられるか、教えてはくれねえのか?」


 内心はかなり焦っているものの、相手に弱みを見せる訳にはいかないアランは、挑発するように相手に向けて尋ねる。

 そんなアランの問い掛けに、女盗賊はニヤリと含みのある笑みを浮かべると、指先に浮かべていた水玉を優しく吹き付けた。するとそこから、シャボン玉のような水玉がふわりと宙を舞った。


「その場所から、これを割ることができたら、そこから出してやろう。さあ、できるかな?」


 シャボン玉はゆっくりと左右に揺れながら地面へと落ちていく。落ち切るまでにそれ程の時間は掛からないだろう。普通の人間なら、確実に不可能だ。だが、アランならば、こんなもの朝飯前だ。

 アランの口許が小さく歪む。その口許の動きに、女盗賊も気が付いたようで、一瞬怪訝な表情を浮かべる。

 そして、アランが右の人差し指を弾くと、シャボン玉に向けて、一閃の稲光が走った。

 アランが放った雷は、いとも容易くシャボン玉を割り、岩壁に焦げ跡を残していく。

 アランが女盗賊に向けて、挑発的な笑みを見せる。流石に相手も資質持ちがいるとは予想していなかったのか、驚きが隠せない様子で眉根を寄せていた。こちら側の大陸で、資質持ちがいると予想する者などいないだろうが……。


「ほら、ちゃんと割ってやったぞ。約束通り出してくれよ」


 少しだけ悔しそうな表情を浮かべていた女盗賊は意外なことに、指を鳴らしながらすんなりと底なし沼からアランを解き放った。


「案外素直じゃねえか。何で盗賊団の首領なんかやってんだよ?」


 もしかして話が通じるのではないかと思ったアランは、女盗賊との会話を試みてみる。だが、先程は彼女の気まぐれだったようで、アランと真面目に会話をするつもりはないらしい。


「勘違いするな。少しあんたに興味を持ったから出してやっただけさ。別にあんたの言うことを聞いてやった訳じゃない。それに約束を破るのは、あたいの性に合わないのさ。どれだけ道を外れようとも、義理と人情だけは忘れちゃあいけねえのさ」


 どうやら少し面倒な性格をしているらしい。盗賊団の首領などという立場にありながら、義理と人情を語るなど、なんだか矛盾してはいないだろうか。

 それに目の前の敵はこんなことを言いながら、簡単に人を殺すことができる人間なのだ。実際ベルツェラの兵士のほとんどは還らぬ身となっている。


「じゃあ、ここで約束してくれねえか?これ以上ベルツェラに手を出さないって」


 約束を破らないというのなら、ここで約束を結んでしまえばいいだけのこと。まあ、そんな簡単にいくとは思っていないが……。

 しかし意外なことに返って来たのは、前向きな答えだった。


「いいだろう」


 その返答を聞いた瞬間、アランは思わず眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべる。相手のペースに乗せられる訳にはいかないと思ったアランは、すぐに平静を装う。

 女盗賊は前向きな返答を返した後、わざと間を空けてから、少し挑発的な笑みを浮かべながらその口を開いた。


「ただし、あんたがあたいたちの仲間になるというのならな。あんたのような資質持ちが仲間になってくれるなら、この大陸の支配だって夢じゃないさ。ガーランド大陸では叶わなかった夢が、ここなら叶えられるんだよ」


 どうやら、彼女も向こう側の人間のようだ。それを聞いて少しだけ親近感を覚える。自分たち以外にも、こちらの大陸に迷い込んだ人間がいたのだと。いや、戦いに明け暮れる生活から、逃げ出した同士がいたのだ。

 今目の前にいるのは、戦いという名の檻からの脱獄をした囚人なのだ。

 だが、親近感を覚えたからといって、彼女に肩を貸すつもりはない。盗賊の片棒を担ぐなどまっぴら御免だ。それならば、もう一度戦いという名の檻に、自ら捕まりに行こうではないか。


「それはできない相談だな。お前の仲間になるくらいなら、俺はお前と戦うよ。そして、力づくでも、ベルツェラへの襲撃を止めさせてもらう」


 アランのそんな言葉に、女盗賊は不思議そうに首を傾げながら尋ねる。


「なぜだ?あんたがあの国に肩入れする理由はなんだい?それは大陸の統一よりも大事なことなのかい?あたいにはわからない。なんで目の前にこんなにも大きな宝が転がってんのに、そんな小さなガラクタにこだわるんだい?」


 まあ、盗賊なんて家業をしている人間にはわからないだろう。誰かが大切に思っている村を、小さなガラクタと吐き捨てる者にはわからないだろう。


「そんなの決まってんだろ。そのガラクタの中に、もっと大きな宝があるからだよ」


 アランの言葉を聞いた女盗賊は、一瞬真顔でアランを見据えた後に声を上げて笑い始めた。


「あははは……。あんた、あの世界で生きていてよくそんなことが言えるわね。あの世界で生きていたら、自分以外に大切なものなんてありはしないって思わないのかい?どうせ、大切なものなんて作ったところで、そんなもの目の前で簡単に壊れちまうんだから。どうせあんたも、あちら側の人間なんだろ?」


 まあ、レツォーネ大陸にいる資質持ちがいれば、必ずその疑問は浮かんでくるだろう。自分だって、例に漏れずその疑問は浮かんだのだから。


「ああそうだ……。戦いに疲れて、こちら側に逃げ込んできた、ただの臆病者さ」


 その言葉に女盗賊は眉根を寄せて、あからさまに気に食わない表情を浮かべる。それはそうだ。おそらく彼女もそういう意思があったに違いない。

 けれど、この大陸で資質の力を使って盗賊紛いのことをしているということは、そんな自分を認めていないに決まっている。先程の主張を聞いたって、彼女は何かの上に立つことを諦めていない。


「そうかい……。そりゃ、あたいの誘いを断る訳だ。でも、それを聞いて安心したよ。あんたを倒すのは、そう難しいことじゃなさそうだ」


 アランは戦いから逃げ出した存在だ。弱いと思われても仕方がない。それに実際自分の中から、まだ迷いは消えていないのだ。恐らく今のままならば、彼女を倒すことはできないのも事実だろう。

 しかし、それをただ認めるわけにはいかない。アランにだって退けない理由があるのだから。


「舐められたら困る。戦いに疲れただけで、戦いから逃げた訳じゃない。俺がこれまで、どれだけの国を墜としてきたと思ってるんだ?」


 半分は強がりだが、半分は真実。嘘で固められたハッタリというわけではない。女盗賊の表情も小さく歪んでいる。


「でも、あんたはかれこれ十年近く戦ってないどころか、力すら使ってないんじゃないのかい?」


 まあ、その通りだ。それを予想するのは決して難しいことじゃない。ガーランドとの往き来があったのは十年以上前だし、こちら側で魔法を使えば、そんな情報はすぐに広まってしまう。

 だから、ここで嘘を吐いても仕方がない。だから、自分の心に嘘を吐いて、平静を装うしかない。


「ああ、そうだとも。でも、それがどうした?戦争の勘くらい、資質の力を使えば直ぐにでも思い出せるさ」


 そう言い切るとアランは人差し指の先に雷を生成すると、それを女盗賊に向けて放つ。小さな雷の球は女盗賊の頬を掠めながら、彼女の背後にある岩壁の一部を崩す。

 女盗賊は逃げられなかったのか、それとも逃げなかったのか、一切動じることなく岩肌の出っ張りに腰を下ろしたままでいた。

 しかし、それを宣戦布告と取ったのか、ようやく彼女はそこから腰を上げ、アランと同じ土俵へと飛び降りた。腰の両側には、小さなナイフが怪しい光を放ちながら揺れている。


「まあいいさ。どうせあたいたちは、仲間になんてなれる関係じゃないんだ。殺し合うように、運命づけられているのさ」


 本当にそうなのだろうか。確かに資質持ちたちは殺し合うものだと思っていた。だが、アランとクロガネがこれから先に殺し合うことがあるかと問われれば、それは絶対にないと断言できる。資質持ち同士だって、本当は分かり合えるのではないのだろうか。

 そうだったとしても、なら目の前の彼女と分かり合えるかと問われれば、それはまた別の話で、このまま彼女を野放しにして置く訳にはいかない。


「まあ、そうだよな。俺たちが手を組もうなんてことが、そもそも間違ってんだよ。俺たちは戦う為に生まれてきたんだ」


 アランは羽織っていた盗賊の上着を投げ捨てて、動きやすい薄着へと姿を変える。戦う覚悟は決まった。

 この世界に来てから、これ以上誰も失わないようにしようと心に決めた。それは眼の前の彼女も含まれるのかもしれない。だが、それを脅かすというのならば、自らの心すらも偽ろう。誰かの為に、自分の意思を削り取ろう。


「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな。教えてくれよ、俺が久しぶりに刈り取る命の名を……」


 突然好戦的になったアランを見て、女盗賊も口角が跳ね上がり、不気味な程に挑発的な笑みを浮かべる。


「あたいかい?あたいの名はレビィ・エーリング。あたいも久しぶりに血が騒ぐよ。鈍って、鈍って仕方ないんだ。これで少しは、殺意って名の刃を研ぐことができそうだ。あんたこそ教えておくれよ」


 アランは左の掌を震える程力強く握りしめると、アランの左手に蒼い雷が纏わり付く。


「俺の名はアラン・エルセイム。元グランパニア王国傘下、エルセイム国の国王だ」


 アランが自らの故郷の名を告げると、レビィが少し驚いたような表情を浮かべて口を開く。


「ほお……、久しぶりに聞いたけど、その名は私も知っているよ。確か、同じグランパニアの傘下の国に裏切られて滅ぼされたんじゃなかったかい?」


 レビィは思い出すように顎に手を当てて考えに耽るような態度を取る。


「それにしても、国王は死んだって聞いてたけど、まさかこっちの大陸に迷い込んで生きていたとはね。なかなか面白いこともあるもんだね。まあ、敗北して逃げ出した国王なんて高が知れているだろうさ」


 そんなレビィの言葉に、アランは自嘲するように鼻で笑って答える。


「まあ、そんなところだ。お前の言う通り、俺の力なんて高が知れているさ。だけどな、こっちの世界に来て、ようやく見えているものがあるんだ。この世界は向こうとは違う。あちら側の世界の人間がこの世界で暴れちゃいけねえんだよ。だから俺はお前を止める。暴れたきゃ、あっちの世界に帰るんだな」


 そして蒼い雷を腕に纏いながら、アランは土煙が上がる程に地面を蹴り、レビィへと凄まじい速度で接近した。


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