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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十一章 暁は未だ夜を明かず
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私と共に

 アカツキから不意に投げ掛けられた『決心』という言葉に、クロガネは何がなんだかわからなくて「へっ?」と気の抜けた声を漏らす。

 レオナが誰かのために強情になっているのだとしたら、その誰かは考えなくてもわかる。

 どうして、一人で背負おうとする。危ないことなら、余計に皆で戦えばいいじゃないか。というのは、恐らく子供の理論なのだ。それは、自分がアリスをルブルニアに残してこようとしたのと同じようなものなのだろう。

 大切なものを、危険な目に合わせたくない。それは、誰しも抱く思いなのだ。

 何が大切だ……。出会ってまだ、間もないというのに……。そんな相手に命を張ってどうするんだ。そんなの命がいくつあっても足らないじゃないか。というのは、恐らく戦争しか知らないアカツキの理論なのだ。

 命の危険なんてほとんど起こらない世界だからこそ、そのたった一瞬のために、誰かに優しくなることができる。

 それは戦争がなく、戦わなければならないことなど一瞬しかないこの大陸で生きる人間だからこそできることなのかもしれない。

 向こうの大陸で、名前も知らない誰かのために命を懸けるなんてことはできない。いつだって目の前に『死』が転がっているから。死ぬことが当たり前な世界だから。それはもちろん、この大陸でも各々の考え方ではあるのだろうが……。

 命の重さなんて、本当はどこにいたって変わらない。誰だって、誰かの為に、何かを護るために戦っているのだ。それは戦争があろうとなかろうと変わらない。現にアランは、戦争のないこの世界で命を懸けているのだから。

 どいつもこいつも本当に嘘つきでお人好しだ。自分の我が儘に巻き込んで多くの仲間を失った、どうしようもないこんな自分を、命を張って護ってくれるなんて……。

 アカツキの頬を一筋の涙が垂れていく。世界はやはり優しかった。シリウスと過ごしていた頃の、もう壊れてしまった優しい世界は、幻想などではなかった。優しい世界は確かにここにある。

 アカツキのたった一粒の涙に驚いたクロガネが、またしても「えっ?」という気の抜けた声を漏らしていた。


「クロガネ、アランを護りたいか?」


 そんな涙とは裏腹に、意思の込められた快活な声でそう告げるアカツキに、最初は戸惑っていたものの、少しの間を空けた後に深く頷く。


「わかった。じゃあ行こうか。アランの元に……」


 アカツキはそう告げると、拘束具が嵌められた腕の辺りに魔力を集中させる。アカツキの腕は赤みを増していき、やがて拘束具が液体のようにだらだらと流れ落ち始める。


「はあああああぁぁぁぁ!!」


 腕は激しく赤熱し、その熱は拘束具へと移り、腕と一体化したように赤光を放つ。

 そして、じっくり数分間掛かりながらも、アカツキの腕から拘束具が重々しい金属音を発てながら落ちていった。

 そして赤く染まりきった手で、クロガネの拘束具の鍵の部分へと触れると、クロガネの身に熱が伝わる前に拘束具が外れる。


「あ、ありがとう……」


 少し恥ずかしそうに感謝の言葉を述べるクロガネに、アカツキは優しい笑みを浮かべる。初めてクロガネから受け取った感謝の言葉に……。

 そして、アカツキがそのまま扉へと向かおうとすると、不意にクロガネに呼び止められる。


「ちょっと待って。アカツキは何がわかったの?これからどうするつもりなの?」


 そういえば自己解決しただけで、クロガネには何の説明もしていない。


「レオナさんもアランも嘘をついている」


 その一言で、クロガネの瞳ははっきりと揺らぐ。まあ、この言い方をすれば、あの二人が悪者みたいだから仕方ないけれど……。


「たぶん、アランは一人でアジトに向かったんだ。そして、レオナさんに俺たちを無理矢理にでもここから出さないように頼んでいったんだ」


 それが事実かどうかは、これから本人に確認するまで確証はない。だが、アカツキは確信している。彼らが自分たちの為に嘘をついているということを。


「だからレオナさんは俺たちを、こんな形で無理矢理に繋ぎ止めた。人質なんていう嘘をついて」


 だからこの行為は二人への裏切りになるのだろう。それでも、アランのことが大切なのはこっちだって同じなのだ。彼を一人で危険な目に逢わせる訳にはいかない。


「たぶん二人のことを裏切ることになると思う。それでも行くか?」


 ただこの決断を下すのは、やはりクロガネでなければならない。自分よりも余程二人との付き合いが長いクロガネが、決めるべきなのだ。

 だが、クロガネはその問いかけに一切の躊躇を示さなかった。アカツキの言葉を聞くや否や、クロガネは首を縦に深く振っていた。

 それで、二人に嫌われることになったとしても、もう走り出したこの足はとまらない。


「なら、行くぞ!!」


 二人を縛り付けるものはもう何もない。アランの元へと急ぐべく、二人は扉を開け放つ。




 アランは一人草原を駆けていく。乗り慣れない馬に股がり、目指すは資質持ちの首領率いる野盗集団。

 自分の我が儘で子供を二人監禁している。彼らのためにも、早く事を終わらせたい。それに彼らを抑えておけるのも、きっと時間の問題だろう。彼らはきっと力付くでもあの屋敷を抜け出してくるに違いない。自分の本意など気にも介さずに……。


「ホントに、面倒くせえ餓鬼を二人も持っちまったもんだ」


 彼らの事を考えていると、自然と笑みが漏れてくる。けれど、手綱を握るその手は小刻みに震えていた。

 資質持ち同士の戦いなど、かれこれ十年以上していない。レツォーネ大陸に渡ってから、そもそも資質持ちと出会ったのはアカツキが初めてだった。そのアカツキもかなり特異な状況だと思われる。


「向こうから流れ着いたやつか、それともこちら側でも覚醒するのか……」


 アカツキと同じように、何かの力によってこちら側に飛ばされた可能性もある。

 何にしても、命を削り合う本気の戦いをできる覚悟がまだ自分にあるのか、それが心配だった。

 レツォーネ大陸に渡ってから戦争のないぬるま湯に浸かり切り、自らの殺意はすっかりふやけてしまっている。今の自分に人を殺す覚悟があるのか自信がない。


「まあ、なるようになるだろう……。あいつらの為と思えば、何だってできるはずだ」


 そう言葉にして口に出すことで、自分の心に言い聞かせる。自分は戦えるのだと、自らの心を偽り続ける。

 資質持ち同士の戦いとなれば、それはもはや戦争だ。人の死なない戦争などありはしない。戦いになれば必ず死人が出るだろう。


「あぁ、ちくしょう……。いくら考えたってどうにもならねえってわかってんのに」


 独りだから余計に考えてしまう。考えないようにすればするほど、これから起こることが鮮明に頭を過っていく。

 それと、きっと口に出してしまうのは独りが寂しいからだろう。誰かと一緒にいることに、すっかり馴れてしまったアランは、誰かの声が耳に入っていないと木が休まらないのだ。それが、自分の声であったとしても……。

 もうすぐ太陽が頂点に達しようとしていた。冬の寒さは消えたけれど、どこか暖かい気持ちにはなれない。アランの目指す場所は、まだ少し遠い……。





「お前たち、どうやって拘束具から抜けたんだ」


 突如目の前に表れた二人の少年少女に、レオナは驚きを隠せないようすで、唖然としていた。

 確かにアランには『あいつらは多少の拘束具じゃ簡単に抜け出す』とは忠告されていた。だから自分が持つ中でも、最上の拘束具を嵌めておいたのだ。

 なのに、あれからまだ数時間しか経っていないというのに、少年少女は目の前に立っている。


「どうやって抜けたかなんてどうでもいいですよね。それよりも、盗賊団のアジトを教えて下さい」


 目の前の人間は敵ではない。だから、アカツキは焦る感情を押し殺して丁寧に尋ねる。


「俺たちがアランに盗賊団の元に行かせる為の人質なのだとしたら、教えてくれても構いませんよね」


 礼節さの中に、隠しきれない怒りが顔を除かせている。頼んでいるにもかかわらず、それは拒絶を許さない一方的な命令のように聞こえる。


「教える訳にはいかない」


 いつもの横暴そうなレオナはそこにはいない。成す術がなく、まるで駄々をこねる子供のように、アカツキたちから視線を外して、奥歯を噛み締めながら答える。


「何故ですか?レオナさんが言っていることは矛盾していますよ」


 こうやって追い込むやり方はあまり性には合わないが、こうでもしないときっとレオナは折れてくれない。

 アカツキの隣でクロガネがレオナを心配するような視線を送っている。アカツキも心が痛まない訳ではない。けれどこうするしかないならばやるだけだ。それをわかっているからこそ、クロガネも黙って見守っているのだろう。


「矛盾していようがなんだろうが、お前たちをこの屋敷から出す訳にはいかない。力付くでもお前たちをここから出す気はない」


 レオナが置いてあった鞘から細剣を引き抜く。レオナも冗談でこんなことをしている訳ではない。引き下がれないところまで来てしまっている。


「レオナさんが俺たちに勝てないことは、あなた自身が一番わかっているはずだ。それでも、力付くで止める気ですか?」


 やがて騒ぎを聞き付けた屋敷の者たちが、何事かと集まってきて、既に得物を抜いているレオナの姿に、驚いて目を丸くする。


「わかっていてもだ。それが友と交わした約束ならば、私は何があろうとここを退く気はない」


 細剣の切っ先をアカツキに向ける。もう、元の言い訳などすっかり忘れている。友との約束などと言ってしまえば、先程までの理由が嘘だったと言っているようなものだ。

 アカツキが少しだけ視線を足元に落とすと、レオナの脚が目を凝らせばわかる程度には震えていた。彼女も勝てないことはわかっているのだ。


「レオナさんが言う友も、このままでは死んでしまうかも知れないんですよ。それでも、いいんですか?」


 いい訳がない。ここまでして約束を守りたいと思える友が死んでいいなどあるはずがない。けれど、言葉だけでは退き下がれないのだ。


「そんな訳ないだろ。それでも、私はあいつを信じている。あいつは必ず帰ってくる。だから私はあいつとの約束を守りきるのだ」


 レオナからすれば、目の前の少年少女よりも、アランの方が信用できる。だからアカツキの言葉が届かない。アカツキには自らの言葉でレオナを動かせるだけの信頼が足りない。


「そうやってあなたが意地を張ったせいで、アランが死んでしまったら、一番後悔するのはあなた自信だ。そんなに俺たちのことが信用できないんですか?」


 自分が持てるだけの言葉を用いて、彼女を説き伏せるしか道はない。ここで彼女を傷つけることになれば、それはそれで本末転倒だ。たぶんそれをわかっているから、彼女も動こうとしないのだろう。

 既にアカツキの手札などないに等しく、暴力に頼らずにレオナに勝つ手などどこにもない。

 アカツキが自らの策の無さに歯噛みしながら、どう立ち振る舞うべきか必死に思考を巡らせていると、隣にいたクロガネが流れるようにアカツキの前に歩み出た。


「レオナさんがこんな子供のことを信用できないのはわかります。でも私たちはアランに育てられた子供です。あなたの大切な友達の、大切な子供たちです」


 クロガネの一人称が初めから『私』だった。それはクロガネが本気で彼女を説得しようという意志の現れ。偽りではなく、曝け出した自らのままでぶつかっていこうというクロガネの覚悟。


「アランが私たちの事を思ってくれているように、私たちだってアランが心配なんです。だってレオナさんの大切な友達の子供なんですから」


 アカツキには、まだ会ったばかりで信用が無いかもしれない。けれど、ずっと昔から知っているクロガネならば話は別だ。既にレオナの切っ先が下がり始めている。


「だから、行かせてください。私たちからアランを奪わないで下さい」


 クロガネの視線が真っ直ぐにレオナを射る。レオナの脚の震えがいつの間にか全身に渡っており、レオナの瞳から今にも雫が落ちそうだった。

 最早、レオナは我慢の限界だった。心を押し殺して、旧知の仲であるクロガネに嘘をついた上に刃まで向けて……。

 本当は自分だって今すぐに飛び出して、アランと共に戦いたい。けれど、自分が行ったところで、アランの邪魔になるだけであり、自分にできることは何もない。だからせめて、彼との約束を守ろうとした。自分の気持ちに蓋を閉めて。

 なのに、目の前の少年少女はどれだけ止めようとしても、どれだけ命の危険があるとしても、ここに留まることよりも、アランを助けに行くことを選ぼうという。

 なぜ彼らは、自分に出来なかったことを簡単にやってのけるのだ。なぜ彼らは、それだけ強くあり続けられるのだ。

 きっとそれは力があるから、などという簡単な理由ではないのだろう。彼らの心には、力ではどうすることもできない強さが秘められている。

 ならばその強さに賭けてみてもいいのではないか……。


「私と共に行ってくれるか……」


 震える声で告げられた言葉に、二人はすぐに反応することができない。レオナは振り絞るように、もう一度彼らに問い掛ける。


「私と共に、アランを助けに行ってくれるか……?」


 ようやく心を開いたレオナに、二人はお互いに目を合わせて、口許に笑みを浮かべる。そして、真っ直ぐに射るような視線をレオナに向け、二人は声を揃えて返事をする。


「「はい」」


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