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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十一章 暁は未だ夜を明かず
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繋がれた手足

 朝目が覚めると、腕と脚に何か無機物な冷たさを感じる。それはまるで心を締め付けるような冷たさだった。それが何かを確認するよりも先に、それが善くないものであるということがわかる。

 それは冷たさだけでなく重みも感じる。そのもの自体の重さもあるだろうが、心へとのし掛かってくるような重みだ。

 それが何なのか知りたくないという思いもあるが、しかしこの現実を受け止めない訳にはいかない。夢と逃げるには、あまりにもその冷たさと重さは現実味を帯びすぎている。

 覚悟を決めて、まずは腕を動かしてみる。やはり腕に付けられている物は重たく、筋肉が張るのをはっきりと感じる。そして、ジャラジャラと金属同士が擦れ合う音が、耳をざわつかせる。

 既にそれが何なのか理解はしているものの、それでも全てを確認するまで、何かの間違いなのではないかという気持ちを捨てきれないでいる。

 既に速まっている心臓の鼓動を落ち着かせるために、深い深呼吸をすると、自らの意識を足元へと集中する。

 やはり冷たく重い。それでも、ゆっくりと脚を動かしてみる。この筋肉の張りはその物の重さに対するものだけではない。自らの心が緊張し、張り詰めているせいで身体が硬直しているのだ。

 脚に重みを与える主も、腕と同じように冷たい金属音が鳴り響く。もう何の疑いようもない。腕と脚に繋がっているのは拘束具だ。かなりの厚さの金属塊に鎖が繋がれている。どうやらベッドに縛り付けられているようだ。

 想像以上に自分の心は落ち着いていた。昔なら、こんな状態に陥れば、慌ふためき暴れていただろう。こんな状況にも劣らないほどの経験をしてきたということか……。あとは、まだ全てを理解していないからだろうか。

 不意に隣に視線を向けると、隣でまだ大人しく眠っているクロガネがいる。けれど、その腕と脚には自分と同じように拘束具が嵌められている。クロガネとは別の部屋で寝ていたはずだが、どうやら移動させられたようだ。

 それにしても、これは起こしてやるべきなのか……。起こしてやっても事態は何も変わらない気はするし、資質の力を使ってもこの分厚い金属塊から抜け出すのは骨が折れそうだ。それに、こうなった理由もわかっていないのに、無理矢理に抜け出す気にもなれない。

 普段のクロガネが頭にチラつき、声を掛けるのを憚る。クロガネは寝起きが悪かったりするのだろうか……。この状況で、隣で愚痴を言われたくはないし、かといって起こさなければ、それはそれで愚痴られそうだ。

 そんな訳で、アカツキは拘束されながらも、拘束されている理由よりも隣の仲間を起こすかどうかに狼狽していた。

 それにしても、揺すって起こせない以上、大きい声を張り上げて起こすしかない訳で、そんな起こされ方をすれば誰だって機嫌が悪くなるに決まっている。


「クロガネぇ、朝だよ、起きろぉ」


 一先ず小さめの声で呼び掛けてみる。そこで、もうひとつの問題に気がつく。他の部屋で眠っていたアカツキが起こせば、それだけでまず暴れださないだろうか……。生涯で二番目か三番目に入るくらいの危機なのではないだろうか。


「クロガネぇ、そろそろ起きる時間だぞぉ」


 多少声のボリュームを上げてみるが、うんともすんとも言わない。まあ、寝息ですうとは言っているのだが……。

 このまま少しずつボリュームを上げていくのも、それはそれで面倒だ。ここは、一気にボリュームを上げるか。

 アカツキは覚悟を決めるように咳払いをして、喉の調子を整えて、大きく息を吸う。


「クロガネえええええ、起きろおおおおお」


 クロガネはアカツキのあまりの声量に飛び起きる。

 既にボリュームはマックスだった。これ以上上げることなどできない。こんな声量を出すことが今後有るのだろうかというくらいの大声。今の一言だけで喉がいかれそうだった。


「何?何……?」


 クロガネが珍しくあたふたしている。そして、その声がアカツキのものだと気づいた瞬間、顔を真っ赤にして起き上がろうとして、そこでようやく自分が陥っている事態に気がつく。それにしても、やはり事態に気付くよりも、怒る方が先だったか……。


「ど、どういうこと……?」


 『おお、今日はクロガネにしては饒舌だ。俺が話すよりも先に、二言も話している』などと、アカツキが状況には似つかわしくないことを考えていると、クロガネがジッとこちらを睨み付けている。

 しかし、アカツキに対して口を開く気はないらしく、無言で『状況を説明しろ』と促してくる。それにしても、最近は視線でクロガネの言いたいことがある程度わかってしまう。意志疎通はできているのに言葉を交わす必要がなくなっているというのは、それはそれで本末転倒な気がする。

 いかれそうになってしまった喉を落ち着かせるために咳払いを一度してから、アカツキはおてんば(クロガネ)のお心のままに説明を始める。


「なんでこうなっているかは俺にもわからない。ひとつ言えるのは、部屋も荒らされていないし、騒がしい様子もない。おそらく、レオナさんたちにやられたんだと思う」


 アカツキが冷静に今の状況を分析すると、クロガネの視線が再び鋭くなる。そろそろこの視線にも慣れてきた自分がいる。


「レオナさんがそんなことする訳ない。あの人を疑ったら許さない」


 どうもクロガネはレオナに絶大な信頼を置いているらしい。まあ、本名を許している訳だし、今更驚くことでもない。

 まあ、軽率な言葉ではあったかもしれないと思い直したアカツキが、クロガネに謝罪の言葉を述べようとしたその時、閉じられていた扉が音を発てて開いた。


「残念だが、アカツキの言う通りだ。お前たちには暫くの間大人しくしていてもらう」


 そこから現れたのは紛れもなくレオナだった。アカツキは予想通りだったと納得する一方、クロガネは信じられないといったような狼狽した表情でレオナを見ている。


「何故ですか、レオナさん?……わかった。いつもアランにやっているような冗談ですよね。そうですよね?」


 未だにレオナの行動が信じられないクロガネは、これが冗談であると頭の中に言い聞かせているようだ。だが、恐らくこれは冗談でもなんでもない。レオナの眼が一切笑っていないから。


「俺はレオナさんのことあまり知りませんから、別にこういうことされても驚きはしません。ただ、一つだけ疑問があります。アランはどこですか?」


 クロガネのように彼女を知らないからこそ、冷静に客観的に物事を見ることができる。正直、今のクロガネは使い物にならないだろう。


「アランは別の部屋にいる。せっかく行く気になっていたお前たちを止めたのはアランだからな。アランの気が変わるまで、お前たちはここで拘束させてもらう」


 つまり俺たちは人質という訳だ。アランを無理矢理、野盗のアジトに向かわせるための。確かにアランは意外と情に弱いから、人質なんか取られればコロッと意見を変えそうな気はする。


「じゃあ俺たちだけで行くって言ったら、この拘束具を外してくれるんですか」


 正直自分にはアランより強い自信がある。だから、別に自分だけでいっても構わない。

 けれど、レオナはアカツキの提案に首を横に振る。


「子供だけで信用ができる訳がなかろう。昨日とて、初めからアランを巻き込むつもりでお前たちに話を持ち掛けたのだ。初めからお前たち子供だけに行かせるつもりはない」


 まあ、それも正論なのかもしれない。特にアカツキに関しては、レオナからすれば得体の知れない存在なのだ。信頼できないと言われればそれまでである。


「まあ、そういう訳だから大人しくしていろ。案ずるな、飯はちゃんと振る舞ってやる」


 その言葉に思わず「は?」と驚きの声を漏らしてしまう。なんだ、その生温い人質は……。


「お前たちは人質なのだから死んでもらっては困るからな」


 鎖が無駄に長いと思っていたらそういうことか……。確かに拘束具は重いが、飯が食えないほどではない。自分の手で飯が食えるように、余裕のある鎖で繋いでいた訳か。


「じゃあ、大人しくしているんだぞ」


 そう言って、レオナは後ろ手で扉を閉めると、再び二人きりの部屋へと戻った。しかし、さっきまでの鋭い視線はどこにもなく、クロガネは焦点の定まっていないような虚ろな眼で地面を眺めていた。

 裏切られた、という気持ちが大きいのだろうか。アカツキには知ることのできない、クロガネとレオナの信頼関係。それはきっと、回りに壁を作るクロガネにとって、とても深いものだったのだろう。

 アカツキは散々迷った末に、クロガネにレオナのことを聞くことにした。


「なあ、クロガネ。レオナさんってどんな人なんだよ」


 聞いてみたものの、恐らく答えてはくれないだろうと思っていた。まあ、いつものクロガネの態度を味わっていれば、そう思っても仕方がない。しかし、案外容易にクロガネは口を開く。


「優しい人。こんな得体も知らない私たちが、右も左もわからないときに手を差し伸べてくれた、心優しいお人好し」


 いつものぶっきらぼうな話し方は変わっていない。けれど、その言葉の節々に感情が過る。しっかり見ていなければ見逃してしまいそうなほど小さく、けれど間違いなく表情に変化がみえる。


「どうやって出会ったんだ?」


 この状況を打開するには、まずは彼女の人となりを知ることが大切だ。そうでなければ、やっていいことと、やってはいけないことの区別がつかない。


「あの日も、アカツキを見つけた日みたいに大雪が降っていた。僕とアランは、ガーランド大陸からの商船に潜り込んでこの大陸に来た。でも、馴れない雪に阻まれてすぐに身動きがとれなくなった」


 クロガネがアカツキに向けて、こんなに話してくれるのは初めてだ。まあ、アカツキの質問に答えてくれてはいるものの、アカツキ自身に話しかけているかどうかは甚だ疑問ではあるが……。


「ある程度あった食料だって、すぐに底を尽きて、もういつ野垂れ死んでもおかしくないってときに、僕らの前に希望の光が現れた」


 アカツキはただ「うん」と相槌を打つだけで、彼女の話を遮るような質問はしない。今のクロガネを止めてしまったら、これ以上話してくれないような気がしたから。彼女の話が終わるまでただひたすらに待つ。


「それがレオナさんだった。本当にただの遠征の帰りに、たまたま見つけただけだったんだって。僕とアランは本当にたまたま、レオナさんに助けられた。でも、僕は運命だと思ってる。レオナさんが私たちを救ってくれたのは、必然だったんだって思ってる」


 クロガネの表情に感情が芽生えていく。アランと話しているときのような、少し恥ずかしがっているけれど、コロコロと変わる表情がアカツキの目の前にある。


「それから冬が明けるまで、僕とアランはこの屋敷に住まわせてもらった。これだけ部屋もあるし、余っている部屋はいっぱいあるから気にするなって言ってたけど、やっぱり僕たちは遠慮したんだ。そんな僕たちをレオナさんは無理矢理にこの屋敷に押し込んで、閉じ込めた」


 なんだか、今とあまり変わらない状況のような気がして、アカツキも小さな笑みを漏らす。


「あのときは本当にビックリした。僕たちは、本当は野盗にでも捕まったのかと思った。そんなときに、レオナさんはなんて言ったと思う?」


 クロガネの表情が本当に楽しそうになってきた。こんな状況でこんな表情ができるなんて、やっぱり案外強い子なのだろう。それとも過去と同じ状況に、過去の自分を重ねているのかもしれない。


「『出して欲しければ、許しを乞え。ここに当分住まわせて下さいとな』って言ったんだよ。あのときは、流石に唖然としたよ。要は、ここからは何があろうとも出さないってことだもん。私も流石に笑って、お願いしちゃった」


 いつの間にか一人称が『私』になっている。感情的になると現れる、クロガネという鎧を被ったアカネ。でもこの鎧が、案外脆かったりする。


「そこからは本当に冬が明けるまで、お世話になった。この大陸のこといっぱい教えてもらって、私に生き方や戦い方を教えてくれたのも、レオナさん」


 どうしてもひとつ気になることがあって、これならば彼女の勢いを止めることはない、と思ったアカツキは一つだけ質問をする。


「ならなんで、この国とは離れた場所に家を建てたんだ?」


 アカツキの予想通り、クロガネは何も気にしないままに、アカツキの質問に答える。


「もちろんレオナさんはこの国に住むことを進めてきた。でもこの国の近くに建てちゃうと、すぐにレオナさんに頼っちゃうから。だから、すぐには来られない場所にした。その時は、レオナさんも強引に止めようとはしなかった」


 やはりそうだ。レオナは、誰かのためには強情になるが、自分のためには強情にならない。彼女の話を聞いてそれは確信へと変わった。

 ならば、今彼女が自分たちを閉じ込めていることも、恐らく誰かのため。この国を救ってもらうために、自分たちを人質に取っているというのはただの方便だ。


「わかった。ありがとう、クロガネ。やっと決心がついたよ」


 重く身体へと絡み付く拘束具をものともせず、アカツキは立ち上がる。


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