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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第三章 抗える者たち
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間違った正しさ

 宿に戻ったアカツキは、ベッドの上に座り込み膝に顔をうずめたまま一言も喋らなかった。ヨイヤミも最初はそっとしておこうとそのまま放っておいたのだが、あまりにも長い時間そうしているので、さすがに我慢を切らしてアカツキに話しかける。


「アカツキ、いつまでそうしとるつもりや。あれが、奴隷ってもんや。あの場合、お前がやったことが間違てる」


 それが偽りの無い真実。その現実がアカツキを苦しめているとわかっていてなお、ヨイヤミは敢えて現実を突きつける。

 そしてアカツキは、ヨイヤミの予想通りに激昂する。正確には、まだその怒りはなりを潜めている。だが、心の中ではもうどうしようもない怒りの渦が、アカツキに襲い掛かっている。


「ヨイヤミ、お前はあれが普通だって言うのか?」


 アカツキは震える声でヨイヤミに訴えかける。何一つ理解ができないと、ヨイヤミを射るアカツキの眼が語っている。そんなアカツキに、ヨイヤミはただ冷静に、淡々と事実だけを告げる。


「そうや、それが奴隷制度や。奴隷は、他のやつに何を言われても、されても文句は言えん。家畜と同じやからな。奴隷は金で買われた道具なんや」


 その言葉に、アカツキの怒りの箍が外れる。ベッドが壊れるのではないかと言うくらいの勢いで、拳を強く叩きつけ、その眼に怒りの炎を灯しながら、突き刺さるような怒声を上げる。


「ふざけるなよ。お前はあれを見て何も思わなかったのか。女の子があんなことされてたってのに、それでも俺が間違ってるって言うのかよ」


 ヨイヤミの言っていることがわからない。あの光景が正しい世界とはなんだ。この世界はそんな訳のわからない世界だったのか。自らの常識を破られたアカツキは、数多の疑問を抱きながらも、まずは目の前の友人の価値観を問い質す。目の前の友人ならば、自分と同じ価値観を見出してくれると信じて。


「そうや。今までアカツキがどういう暮らしをしてきたかは知らんけど、それがこの国のルールや。この国ではお前が間違てるんや」


 そんなアカツキの期待は、ガラスが割れるように、大きな罅を伴って粉々に砕け散った。それがこの世界のルールで、ヨイヤミもその枠組みから外れることがないというのならば、これ以上一緒にいることなどできない。


「わかった。それがお前の答えだって言うなら……」


 アカツキが身を乗り出し、その言葉の先を口にしようとした瞬間、ヨイヤミはこれまでにない大きな声で、アカツキの言葉を遮るように叫ぶ。


「ただ……」


 ヨイヤミの急な叫び声に、思わずアカツキは押し黙る。その先の言葉を一旦飲み下し、ヨイヤミが語ろうとしている先の言葉を静かに待つ。


「ただ人間としてはアカツキが正しい。ここは奴隷制度の国やから、残念ながら今回はアカツキが悪や。それでも、アカツキがとった行動は正しかった。それは僕が保証する」


 寸でのところで言葉を飲み下したアカツキを見据えながらヨイヤミは言葉を続ける。


「わかったやろ。これがこの国の、いや、グランパニアの現状なんや。正しくない、でもそれがルール。間違っとるなんてことは、最初からわかってる。けど、それを大多数の人間が正しいって言うたら、間違っとることですら正当化される」


 それが現実。善悪などというのは、人が勝手に定めたルールであって、大多数の人間がそれを正しいと言えば、善悪は容易にひっくり返る。


「だからレジスタンスに入って奴隷解放を手伝おうって言うてるんや。いずれ、こういう国がなくなるように」


 ヨイヤミは優しい声音で最後の言葉を締めた。ヨイヤミの思いは確かに伝わった。ヨイヤミが自分と同じ気持ちでいてくれていることも理解できた。だから、飲み下した言葉は、そのまま消化されるまで自分の心の中に留めておこう。


「レジスタンスに入れば、今日あったようなこともなくなるのか……」


 だから、先程とは違う言葉をヨイヤミに投げ掛ける。まだ自分は、ヨイヤミと共に歩んでいくと、暗に示すために。


「それはわからん……。これから起こる未来のことなんて、誰もわからんのやから。でも、行動すれば何かは変わるはずや。自分で動かんかったら、何も変えられん」


 全てヨイヤミの言う通りだ。未来のことなんて誰もわからないし、動かなければ何も変えられない。だから、今はヨイヤミについていこう。自分は、この世界のことを何も知らないのだから……。

 アカツキは乗り出していた身をゆっくりと収めると、一度悲しげな表情を浮かべ、その顔を隠すように、そのままベッドの中へと顔を埋めた。


「わかった。今日は疲れたから寝る」


 ぶっきらぼうにそんな言葉だけを残すと、アカツキはそれ以上何も言葉を発することはなかった。ヨイヤミも、一先ず落ち着いてくれたアカツキの姿を見て、安堵の溜め息を吐きながら部屋の明りを消す。


「あぁ、おやすみ」




 アカツキは眠れないままでいた。月明かりが差し込む窓辺を薄らと開いた瞼で捉えながら、奴隷の彼女に思いを馳せる。

 あの女の子にとってはあれが現実だったのだろうか。誰にも逆らえず、ただ言われるがままに行動する。自由を強奪され、奴隷という名の鎖で繋がれた彼女はただ、誰かの命令のままに動く。

 人間は自分で考え自分で行動し、試行錯誤して生きていく生き物ではないのか。

 あれでは、人間ですらない。考えることを止め、ただ命令されるがままに動くのは、それこそ家畜や道具と変わらない。

 いや、きっとそうなのだろう。それが奴隷というものなのだ。この世界ではそれこそが現実であり、あれこそが当たり前の光景なのだ。

 あの男に言われたとおり、自分は身分なんてない平和な世界で生きてきた。奴隷なんて、ついこの間図書館の本を読んで知ったところだ。それも、上辺だけを読んで言葉を知っただけで、それを理解したつもりになっていた。

 そして今日、本当の奴隷を見た。自分には訳がわからなかった。どんな事情があれ、人間があんな扱われ方をしていいわけがない。あんなもの人間の生き方ではない。

 確かに自分は何も知らない。でも、あれが間違っているということだけは断言できる。

 確かに自分は無知だ。でも、あんなことを許容しなければならないのなら、自分は無知のままでも構わない。

 間違ったことが正しい世界なんて……。

 だから戦おう。この世界に抗おう。こんな身分制度を許容しているこの世界を変えるために。そして、じいちゃんを殺したグランパニアに復讐するために……。

 



 眠れぬ夜が明け、アカツキたちは朝食を終わらせ、この国を発つ準備を整えていた。ヨイヤミの情報では、ここから目的地に到着するまでの間、身を寄せられるような国はあまりないらしい。野宿も覚悟して、一週間近くを過ごさなければならない。

 布袋いっぱいに食料を詰め、アカツキたちは宿を出た。アカツキはこの国の出口に向かって歩きながらこの国の様子を観察していた。

 ただ見回しただけならば、立ち並ぶ商店に呼び込みをする店主や、必死で値切っている客、郵便物を運ぶ宅配など、アルバーンと大して変わらない光景に見えた。

 だがよく見ると、大量の荷物があるにもかかわらず、すべての荷物を持たされている男性、家の外を家主にガミガミ言われながら頭をヘコヘコ下げ掃除をしている、今にも倒れてしまいそうなほどやつれた女の子、楽しそうな三人家族の後ろを、数歩の間隔をあけて黙ってうつむきながらついていく男性など、アルバーンで見たら奇妙な光景がそこかしこに見受けられた。

 誰も、ひどい扱いを受ける彼らに手を差し伸べようとはしない。それが当たり前であるかのように、平然と日々を暮らしている。

 この世界は狂っている。外の世界はこんなにも恐ろしく、こんなにも厳しい世界だったのか。俺が生きてきた世界は、もっと優しく、もっと幸せな世界だった。

 アカツキはまた、抑えていた怒りが湧き上がってきそうになった。それをなんとか心の中で抑え、ただ歩くことに集中した。拳は固く握りしめられ、歩を進める速度は、昨日とは比べ物にならないぐらい速く、顔はずっと俯いたままになっていた。

 まだ吹っ切れてなかったか……。

 ヨイヤミは一人、そんなアカツキの後姿を見ながら、溜め息を吐いていた。昨日の会話で少しは落ち着いてくれたと思っていたが、どうやらそんなに甘くは無いらしい。改めてこの国の姿を見たことで、抑えることのできない怒りがこみあげてきているのだろう。

 とにかく面倒事だけは犯さないようにしてくれよ、と心の中で冷や汗をかきながら、アカツキの後姿をジッと眺めていた。

 バンディッシュを出てからも、アカツキは速度を保ったまま、無言で歩き続けた。休憩も取ろうとしないアカツキに、さすがに昼食ぐらいは、と無理やりヨイヤミが歩みを止めさせ、昼食だけは取らせたが、それ以外はひたすら無言で歩き続けた。

 昼食もいつもとは違い、無言の食事となった。

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