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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十一章 暁は未だ夜を明かず
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不器用な二人

 お腹を満たし満足した三人はようやく仕事へと取りかかる。今日は屋根に雪が残っている家の雪降ろしが仕事だった。アランたちが担うのは、大抵こういった力仕事だった。

 しかし『王の資質』の力は使わない。レツォーネ大陸では資質の力は一部の人間にしか知られていないのだ。だから妖術だとか呪いだとか騒がれて祭り上げられるのは、火を見るよりも明らかで、そんなことを避けたい彼らは余程のことがない限り力を使おうとはしない。

 この大陸にいる間は、色々と嫌なことは忘れられる気がした。資質の力を使えば、嫌でもあの日のことを思い出してしまう。その力を使って、護れなかった者たちのことを……。

 だからこの世界は、まるで今のアカツキのために創られた幻想なのではないかと思ってしまうこともあった。自分が現実から逃げ出すために創り上げた幻想なのではないかと……。

 だが、アランやクロガネといった、こんな個性のある二人と触れ合っている内に、それは杞憂なのだと気付かされた。自分自身がこんなに個性的な人間を生み出せる訳がないからだ。

 アランは四六時中クロガネにちょっかいをかけては怒られている。年齢を考えると、手を出している方が逆な気もしなくもないが……。

 今もほら、アランが雪玉をクロガネに投げつけた。クロガネの頭に当たった雪玉は、クロガネにちょっぴりの痛みと冷たさを残して、形を失って方々に飛び散る。

 普段は大人しいし、アランより余程大人っぽいのに、こういうときには仕返しをしだすのがクロガネだ。顔を怒りの色に染めながら、ムキになって雪玉を投げ返すが、不意打ちでもない限り、その雪玉が当たることなどない。

 だがある雪玉を避けた際に、アランは足を踏み外し、屋根の上の雪で足を滑らせて屋根の上から転げ落ちそうになっていた。

 それを見たクロガネも慌てて、アランを助けに屋根から屋根へと跳び移る。頼むから、屋根の上でそういう危ないことはしないでくれ。というか、今仕事中だよな……。

それにしても、クロガネもアランにだけは心を開いているよな、とつくづく思う。自分だけに冷たくしているのかと思いきや、この村に来てからクロガネが発した言葉は『干し肉と旬の野菜の炒めもの』だけだ。思い出してみるとなんともシュールだが……。

 そんなクロガネもアランとは普通にしゃべっているし、アランのああいったちょっかいを受け流すことなく仕返しをしている。もしかして……。

 アランがクロガネの助けを得て、ようやく屋根の上に上がったアランは、フウッと溜め息を吐いていた。正直、屋根の上から落ちたくらいでどうこうなることはないだろうが、もしも無傷だったときに騒がれるのは目に見えている。


「こんなところで遊ぶから落ちるんだよ」


 クロガネが諭すように話しかけてくるが、これには一言言ってやらないと気が済まない。


「それを言う権利はお前にはないだろうが。後半ちょっと楽しくなってきたくせに」


 最初は怒りで雪玉を投げていたクロガネの表情は途中から、少しずつ笑みへと変わっていた。


「な、なんのことかな……。だいたい、最初に投げてきたのはそっちのくせに」


 このままではまた言い合いになり、仕事に手が着かなくなるな……、と自分が始めたくせに、少しだけ心配になってきていたアランの前を雪玉が通りすぎていく。

 雪玉はアランを通りすぎ、アランと言い合いになりそうだったクロガネの顔にジャストミートする。しかし、屋根の上にいるクロガネに雪玉を投げそうな者など、自分を抜いて他にはいないはずだ。

 そう思いながら、雪玉が飛んできた先に視線をやると、腕を振り切った状態のアカツキが、こちらを眺めていた。


「えっ……」


 もしかして、アカツキも入りたかったのか?などとアランが多少ズレた感想を抱いていると、隣からどす黒い負のオーラが放たれていることを感じ、思わずそちらに視線を向ける。

 クロガネの背後に、ゴゴゴゴ……という効果音が浮かび上がりそうなほど、クロガネから黒い何かが溢れだしていた。クロガネの突き刺さるような鋭く冷たい視線がアカツキを射る。

 これは本格的にヤバいやつだと察したアランは、交差するクロガネとアカツキの視線の間に割って入る。


「ようし、遊びはこれくらいにして仕事に戻るか」


 アランが額に冷や汗を流しながら、クロガネに仕事に戻るように促す。アカツキが視界から消えて、少しだけ怒りが収まったのか、先程までの威圧するようなオーラは薄まっていた。

 クロガネが無表情のまま仕事に戻ると、アランは一先ずアカツキのフォローへと向かう。


「おい、何であんなことしたんだよ」


 クロガネの状況が状況なだけに、アランは少し真面目な口調でアカツキに尋ねる。


「いや……、クロガネってアランのちょっかいは楽しそうに受け止めてるから、俺もちょっとちょっかい掛けてみれば、少しは仲良くなるかなって……」


 アカツキは凄く気まずそうにしながら、口ごもった口調で答える。自分がやったことが失敗だったのは流石に気が付いているようだ。


「それはだな、俺とクロガネの信頼があってこそなんだぞ」


 アランは少し自慢げに話をするが、アカツキはどうも納得できないといった表情で、アランの顔をマジマジと眺める。


「アランがクロガネに信頼されているようには思えないんだけど……」


 アカツキの言葉にアランは再び足元を滑らせて、屋根から転げ落ちたような気分に苛まれる。


「お前は思ったことをそのまま口にするんじゃねーよ。いやまあ、信頼されてねえ部分も多分にあるとは思うが、これでも頼りになるときだってあるんだぜ」


 自分で言うのはなんだか恥ずかしかったが、それでもここは引き下がる訳にはいかないと思った。歳上としての威厳はとりあえず保っておきたい。

 だが、それはアランの杞憂だったようで、アカツキは優しげな微笑みを浮かべながら口を開く。


「知ってるよ。アランは俺をちゃんと止めてくれた」


 それだけでアカツキがアランを信頼するには十分だった。そんなアランのダメなところとすごいところを知っているからこそ、クロガネはアランに心を開いているのだ。それに比べて、自分はクロガネに気に入られようとするばかりで、クロガネに自分を見せようなどとはしていなかった。

 得体もしれない相手のことを避けるのは人として当然のことだろう。その上、クロガネとアカツキは出会い方があまりにも悪すぎるのだから、余計にお互いのことをちゃんと知らなければ、心を開くなんて無理な話なのだろう。

 相手の心を開きたければ、まずは自分から……。きっとアランはそう言いたいのだろう。


「わかったよアラン。もっと地道に頑張ってみるよ」


 一時の無言の末、急に告げられたアカツキのそんな言葉にアランは要領を得ないまま、首を傾げていた。


「ん?よくわからないが……、まあ、頑張れ」


 もしかすると、アランの言葉を深読みしすぎたのかもしれない。本当にただ、自分が意外と頼りになる男だと、自慢したかっただけなのかもしれない。


「うん」


 アランの言葉に返事をすると、アカツキはアランの横を通り過ぎて、屋根の上から飛び降りると、クロガネが雪下ろしをし始めた屋根の上へと昇っていく。

 急に現れたアカツキに起こるよりも前に驚いてしまったクロガネは、少し呆けた表情を浮かべながらアカツキの顔を眺める。


「さっきはごめん。ちょっとした出来心だったんだ。だから許してくれ。それと、お昼はありがとう。クロガネが教えてくれた料理、すっごいおいしかった。今度来たら、また一緒に食べよう。とりあえず伝えたかったのはそれだけ。仕事頑張ろうな。それじゃあ」


 有無を言わせぬ勢いで、次々と自分の言いたいことを言ったアカツキは、クロガネの返事を待つことなく立ち去ってしまった。あまりの勢いに気圧されて、結局起こる機を逸して、ただ呆然と立ち尽くしていたクロガネは、言いたいことだけ言って持ち場へと戻るアカツキの後姿を見ていると、なんだか怒っているのも馬鹿らしく思えてきて、ふと笑みが零れた。


「何よ、まったく……」


 悪い奴だとは思っていなかったが、出会いが出会いなだけに、どう接していいのかわからずに無愛想な態度になっていた。恐らくそれはアカツキも同じで、気難しい人間などではなく。常にどうやって会話をしようかと戸惑っていたのだろう。

 そして、無理矢理に言葉を交わそうとした結果があれだ。あれだけの強さを有しているにも関わらず、ただの不器用なだけだということがわかると、意外と可愛げがあるのかもしれないと思えてくる。

 今度は一度自分から話しかけてみようかな、と心の中で思いながら、雪へとスコップを突き刺して雪を屋根の上から落としていく。なんだか冷たいはずの雪も、暖かく感じられるような気がした。

 持ち場に戻ったアカツキは、そこで待っていたアランと合流する。


「で、頑張った結果はどうだったんだ?」


 遠くから二人の様子を見ていたアランには、二人の会話は聞こえていない。帰って来たアカツキの表情を見る限りでは、そんなに悪い感じではなさそうだったので、気兼ねなく尋ねることができた。


「わからない」


 アランの質問にすぐさま答えたものの、笑みと共に返って来た答えは予想していたものでは無かった。そのせいで「は?」という疑問符が、思わず口から漏れてしまった。

 『わからない』とはどういうことだろうか……。わからないという割には、何故か楽しそうな表情をしているのも理解できない。


「とりあえず言いたいことだけ言って帰って来た」


 どうやらアカツキが行ってきたのは、会話ではなく一方的な押し付けだったらしい。これはもしかすると、後でクロガネにフォローを入れておかなければ、余計に二人の仲が悪くなるかもしれない。


「お前な……、頑張った結果がそれか?流石にもう少しなんかあっただろ。不器用にもほどがあるぞ」


 余りの不器用さに、呆れてこれ以上の言葉が見つからない。まあ、不器用さでいえば、もう一人もあまり変わらないのだが……。


「いいんだ。まずは俺の方から心を開くって決めたんだ。だから、自分勝手かもしれにけど、まずは俺のことを知ってもらう。一方的だって構わない。それでも、いつかは俺の気持ちが伝わるはずだ」


 何故だろうか……。これだけ自信満々に断言されると、本当にそうなるのかもしれないと思えてくる。不器用なくせに、馬鹿が付くくらい真っ直ぐなその性格が、これまで多くの仲間たちを率いてきた所以なのだろうか。


「はあ……。まあ、お前の思うように頑張れ。俺は余計なことは口出ししないようにしておくとするわ」


 アランはアカツキに背を向けて屋根の上を降りていく。呆れるほどに真っ直ぐなあの眼を見ていると、なんだか心の置き場を失ったような、歪な気持ちが自分の中に生まれる。自分もあの眼を知っている。そして、それを失い、奪ってきた。

 死のうとしていた人間があの眼をしてくれることは、これ以上なく嬉しいことだった。けれどそれは、失い、奪ってきたものがあったからこそ、彼に与えることができたものだ。これが贖罪だとは言わない。けれど、あの眼を見て何処か許された自分がいるような気がして、それがあまりにも腹立たしかった。

 彼が言うように、死んだ者は戻ってこない。自分が犯した罪はもう贖うことなどできないのだ。だから、この傷みは永遠に背負い続けなければならない。例えこれから先、何人のあの眼を救おうとも……。

 アカツキの元を離れたアランは、自分の持ち場に戻る前に、クロガネの元に寄ることにした。クロガネの元に歩み寄ると、意外なことに少し楽しそうに笑みを浮かべながら、クロガネは雪下ろしをしていた。


「どうしたんだ、クロガネ?なんかいいことでもあったのか」


 先程までの怒りは跡形もなく消え失せ、機嫌がよくなっているクロガネの姿を見たら、そう尋ねずにはいられなかった。それにしても、感情の起伏が激し過ぎやしないか……。


「べ、別に、いいことなんて何もないよ。全然いつも通りだよ。ほら、アランも早く仕事終わらせよう」


 外では絶対に口籠るクロガネの声音が跳ねている。全然いつも通りじゃないクロガネの様子を見て、アランは吹き出さずにはいられなかった。やはり彼はすごい。彼の真っ直ぐな心は、閉じこもった人の心を動かすことができるのだ。


「な、なに一人で笑ってんだよ。僕、何かおかしなこと言った」


 急に吹き出したアランに、クロガネは慌てた様子で尋ねる。


「いや、別に……。ただ、ちょっと面白くってな」


 どうやら、自分が入る余地はないらしい。自分が介入しなくとも、二人はきっとやっていけるだろう。二人とも不器用だから、時間は掛かるかもしれない。だが、それをわざわざ急かす必要はないだろう。彼らには、まだまだ時間があるのだから……。


「さて、さっさと仕事を終わらせて、俺たちの家に帰りますか」


 急に張り切りだしたアランを、クロガネが不思議そうに首を傾げながら眺めていた。


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