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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十章 春の芽吹きと共に
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死に招かれし者

 それから数日の間、ボロボロの少年が目を覚ますことはなかった。クロガネは倒れた二日後に完全復活を遂げ、今ではすっかり少年の面倒を診ることに毎日必死である。

 お陰でアランは少年には一切触れさせてもらえていない。クロガネが『アランが面倒診ててもどうせろくなことしないから、全部僕に任せて』と言って聞かないのだ。まあ、それに関しては、クロガネの方が面倒見がいいことは自覚しているので、口を挟むことは憚られた。

 しかし、これだけ目を覚まさないと、本当に一生目を覚まさないのではないかと思えて仕方がない。それでも、傷は日々目で見てもわかるくらいによくなってきているので、今にも目を覚ますのではないかと言う期待と不安が入り混じって、心が掻き乱される。


「アラン、今日の仕事はどうするの?さすがにいくら余裕があるって言っても、仕事をしない訳にもいかないでしょ」


 ここ数日は彼の看病もあり、二人ともこの家を全く出ていない。しかし、いつまでもそうしている訳にもいかないのは事実だ。今日くらいから仕事を始めるのが無難なところかもしれない。


「行くにしても、こいつを放っておく訳にはいかんだろ」


 だが、この家を空けるのならばこの少年の面倒は誰が見るというのか……。アランがそう言うとクロガネは不思議そうに首を傾げる。


「そりゃそうだよ。もちろん仕事に行くのはアラン一人に決まっているじゃないか」


 言われてから、ハッと気づく。別に必ずしも二人で行かなければならない訳ではない。いつの間にか二人で行動することが身体に染み付いていて、二人でなければならないという錯覚に陥っていた。


「た、確かに……。でも、別に俺が残ってもいいんじゃ……」


 そんなアランの逃げるような言葉を遮るように、クロガネが口を挟む。


「アラン一人に任せられる訳ないでしょ。大体、この時期なんて力仕事しか無いんだから、僕に行かせるのはどうかと思うけど?」


 クロガネが冷たい視線をアランに向けると、アランは苦虫を噛み潰したような顔をして、それでも一言言わずにはいられなかった。


「お前、こういう時だけそれを持ち出すのは卑怯だろ」


 そう言いながらも、アランは壁に掛けてあった上着を剥ぎ取るように、少し大袈裟な動きで手に取ると、それを肩から羽織る。

 どうやらアランは観念して、一人でいくことを決めたようだ。その顔は、どこか得心がいかないといった表情ではあるが、それでもアランは外への扉へと向かう。


「いってらっしゃい」


 そんなアランの背中に向かって、クロガネは満面の笑みでアランを送り出す。


「しゃーねえから、行ってくるよ」


 その声音も、未だに納得できないといった感じではあったが、アランはこちらを振り向くことなく、手を挙げながらこの家を後にした。

 アランが家を出ていくと、クロガネにも少しは罪悪感があったようで、不意に立ち上がって台所へと向かう。


「よし、今日は一人で頑張ってくるアランのために、少し手の込んだ料理でも作るか」


 クロガネは眠りに着いたままの少年を横目に、鼻唄を歌いながら、今日の献立をどうするか、家にある食材とにらめっこしながら考え始めた。

 今日は一日晴れ渡っており、アランのことを心配することもほとんど無かった。アランも夕方頃には家の扉を開けて、行きのいざこざは忘れたようにお金の入った布袋を手に持ちながら笑顔で帰って来た。

 そんなアランの手には一束の紙束が握られており、どうしたものかと、アランが帰ってくるなりクロガネは尋ねてみた。


「いや、なんか知らねえけど、家の前にこれが置いてあったんだ。まあ、どう考えても俺らに向けて置いてあったとしか思えねえから、持って入ってきたんだが……」


 そう言いながら、アランは食卓の椅子に腰を下ろすと、上着を脱ぐよりも先に、その紙束を机の上に広げる。


「う~ん、今日は誰かが家の前に来た気配なんて、一度もしなかったんだけどな……。それに僕がいたんだから、家の扉をノックしてくれれば取りに行くのに」


 そう言いながら、アランが広げる紙束にクロガネも一緒に視線を落とす。そこにはたくさんの文字と、いくつかの写真が載っていた。


「瓦版だね。なんで、家の前に瓦版なんて置いていったんだろ?」


 中身も特に確認はしないで、アランの顔を覗き込むとアランの表情が少しずつ強張っていく。何やら信じられないものを見ていると言わんばかりに、額を汗で滲ませ始め、先程までのアランからは考えられないような表情へと変わっていく。

 さすがにクロガネも、そのアランの変わりようには焦りを覚え、何が起こったのかを訪ねずにはいられない。


「ど……、どうしたの……?アラン、すごい怖い顔してるけど……」


 今までずっと一緒にいたクロガネですら見たことが無いというような顔で、アランが瓦版を凝視していた。

 そしてクロガネの問い掛けに答えるかのように、アランは瓦版に写されていた一つの写真を指差す。クロガネもそれに釣られるように、視線を巡らせると、そこには信じられないものが写っていた。

 そこに写っていたのはソファに眠る少年と瓜二つの、いや、少年の顔そのものだった。しかしそこに書いてあったのは、その少年が死んだという記事だったのだ。

 だが、少年は事実ここにいる。それこそ彼が幽霊ならば、ここにいてもおかしくはないのだろうか……。いや、そもそも幽霊という存在自体がおかしいものではあるが。

 クロガネの脳内が散乱し始め、思考が追い付かなくなっていると、アランから不意に声を掛けられる。


「まあ、死んだはずの人間がここにいるのは、何かしらの間違いがあるとしても、それ以外にも問題は山積みだわな……。ほら、ここを見ろ」


 そこに書いてあったのは、この瓦版の刊行日だった。そこに記載されていたのは昨日の日付で、クロガネにはアランが何を言っているのか理解ができない。


「何言ってるの……?だって、昨日の日付なんだから、別に何もおかしいことなんて……」


「ないじゃない」と言いたかったが、自分に自信が持てずに最後まで言葉を紡ぐことができない。


「確かに昨日の日付だ。でも、この瓦版はガーランド帝国が発行しているやつだぞ。ガーランド大陸からこっちの大陸までどれだけの時間が掛かるか、クロガネにもわかるだろ」


 確かに、ガーランド大陸とこの大陸は一日や二日で行けるような距離ではない。下手をすれば何ヵ月という時間を掛けて、大陸間を渡ることになる。

 そんな距離の問題もあり、この大陸とガーランド大陸との交流は全くと言っていいほど無く、そう考えると、そもそもガーランド帝国が発行しているものがここにあるのがおかしい。


「じゃあ、これはやっぱり、出鱈目な瓦版なんじゃないの?この記事を信じろっていう方がどうかしてるよ」


 そう口にしながらも、全くと言っていいほど、自分で述べた言葉に納得が言っていなかった。それはアランにも見透かされていたようで、向けられた視線はいつよりも冷たいものだった。


「じゃあお前には、これが偽物に見えるのか?これだけ手の込んだものを、わざわざ作たって言うのか?何のためにだ?これが本物だってことは、誰が見たって一目でわかるだろ」


 いつもよりも重たい声音で告げられるその言葉が、クロガネの心に重くのし掛かってくる。自分でもこれが本物だということを、心のどこかではわかっていたのだ。


「それにこの記事が正しいのなら、この少年はガーランド大陸では、四大大国に戦争を仕掛けた大罪人ってことになる訳だ。まあ戦争を仕掛けること自体は罪じゃあねえが、それでもこんなことをすれば世間からの見る目はそれ以外には無いだろうな」


 クロガネは正直、ガーランド大陸のことはほとんど知らないが、それでも四大大国くらいは知っている。それだけ有名な国に、この少年は戦争を仕掛けたというのか……。


「まだあるぞ……。この記事からするに、この戦争が起こったのは数日前、ちょうど俺たちがこの少年を見つける前日までのことだってことだろ。だとしたらこの少年はどうやってここへ来たんだ?」


 アランの疑問が次々と、口から溢れ出すように漏れてくる。この少年とこの瓦版には、あまりにも合点がいかないことが多すぎる。

 少なくとも、この記事の日付が正しいと考えれば、この少年は戦争を終えたその日にここに来ていたことになる。死んだとされているが、実際はボロボロになりながらも、ガーランド大陸の人間の目には届かない場所に逃げおおせて来たということだ。


「アランは、どう思う?今ここにいるこの子と、この瓦版を見て……」


 クロガネがソファで眠る少年と、机の上に広げられた瓦版を眺めながらアランに尋ねる。

 アランは顎髭を擦りながら俊巡する様子を見せて、少年と瓦版に視線を行ったり来たりさせた後、ゆっくりとその口を開く。


「恐らく、誰か別の人間が関わっているだろうな。少年をこの大陸に届け、俺たちをどこかで見張って、この瓦版を俺たちの元に届けた。理由はわからんがな……。多分だが、ブルネリアのじいさんにアイギスの花のことを教えたのも、そいつだろう」


 裏で動いている人間が、災厄を振り撒くような人間でなければ何の問題もないのだが……。

 ただこの少年を救いたいというだけならば、アランたちに預けるような真似をするのは、あまりにも回りくど過ぎる。何を考えているのかが、一向に読めない。


「何にしろ、この少年が目を覚ませば、この記事が真実なのかはわかるだろ。今はとにかく、この少年が目を覚ますのを待つしかねえな……」


 そんなアランに対して非常に不安げな声音で、クロガネが少年に対する畏怖を述べる。


「でもこの子、大国に戦争を起こすような子なんでしょ。だとしたら、目を覚ました瞬間、僕らに襲い掛かってくるかもしれないじゃないか」


 確かに、そういう危険性が無いとは言えない。だがアランには、この少年は決してそういう野蛮な性格をしているとは思えなかった。


「たぶん、それはねえよ。戦争を仕掛けた大国がレガリアとかだったら話は別だが、グランパニアだっていうなら、その危険性は皆無だと思っていい……」


 その根拠だけで押し通せるほど強い理由ではなかったが、それでもアランはこの少年を信じていいと思うことができた。

 だが、クロガネの畏怖はこれだけではないようで、先程と同じような不安げな声音で再度述べられる。


「仮にそれが大丈夫だったとして、この子の回りに写っている人たちは、きっとこの子の仲間なんじゃないの?その人たちが死んだってことを、そんな簡単に教えてもいいの?」


 確かにそうだ……。仲間を失う辛さは、アランも身をもって知っている。身体中傷だらけだというのに、この上心にも大きな傷を負わせることになる。ただ、少年が仲間の死を知らなければの話だが……。

 それに仲間のことを教えないのも、それはそれで残酷な話だと思う。死んでしまった仲間を、いつまでも生きていると錯覚していることほど、辛い話はない。仲間の死を知るならば、なるべく早い方がいいのではないか……。

 そんなことを考えていると、不意にクロガネに焦ったような声を掛けられる。


「ちょっと、アラン……」


 「なんだよ……」とクロガネの方を向くと、クロガネがある場所に指を指していたので、その指の先に視線を巡らせる。そしてアランも、驚きのあまり目を見開いて硬直してしまった。

 ソファの上に眠っていた少年が身体を起こしてこちらを眺めていたのだ。こちらに向けてくるその眼は、ぽっかりと穴が空いたような虚ろな目で、見ているこちらが哀しくなってきそうなものだった。


「ここは……?」


 感情の一切込もっていないような、虚ろな目と声で少年は尋ねる。その問い掛けに、時が止まったかのように固まっていた二人がようやく呪縛から解放される。


「ここは、ブルネリアから少し離れたところにある家屋だ。お前がそのブルネリアの東側にある森の中で倒れていたところを、俺たちが連れて帰って来たんだ」


 アランの説明がまるで右の耳から入ってそのまま左の耳から抜けているかのように、その言葉を全く理解できていない様子で、その少年は「ブルネリア……、森の中……」と単語だけを拾って、まるで呪文のように何度もその言葉を呟いていた。

 そんな少年の姿を見兼ねたアランは、今度はこちらから質問を投げ掛けてみることにする。


「お前の名前は、何て言うんだ?」


 一先ず様子見として、無難な質問から投げ掛ける。色々と聞きたいことは山積みだが、先ずは自分のことをちゃんと理解しているのか確かめなければ……。


「俺の名前……、俺の名前は、アカツキ……」


 少年の名を確認すると、机の上に広げられた瓦版を一瞥する。間違いない。顔が同じというだけでなく、名前も一致している。そして、彼は自分のことをはっきりと認識しているようだ。


「じゃあ、アカツキ。なんでお前は、ブルネリアの東の森で倒れていたんだ?」


 ガーランド大陸で起こったことはまだ触れないでおこう。先ずは、彼を傷つけずに済みそうな事柄から攻めていく。


「ブルネリア……、東の森……。わからない。そんな土地の名前は聞いたことない。俺がいたのは……」


 そこでアカツキの様子が一変する。瞳孔が開いたかと思うと、頭を抱え始め、身体を小刻みに震わせ始めたのだ。

 アランもクロガネも様子がおかしいことを早急に察しとり、アカツキをなだめようと歩み寄り肩に手を置いて落ち着かせようとする。


「大丈夫か?まだ目を覚ましたばかりなんだ、そんなに急いで思い出さなくても……」


 だが、アカツキの眼には一切アランたちは映っておらず、アカツキの耳には一切アランたちの声は聞こえていない。


「俺は……、俺は……、俺は…………」


 震えた声がアカツキの口から漏れ出す。身体の傷もまだ完治している訳でもないのに、これ以上心に負担を掛ける訳にはいかない。


「落ち着くんだ、アカツキ。今興奮すれば、せっかく閉じかけている傷が、また開いちまう。とにかく、心を落ち着かせるんだ……」


 その声すらもアカツキには届いていない。アカツキの記憶が、アカツキの心をまるで寄生虫のように侵食し、どす黒く塗り固められた、憎悪や悲哀がアカツキに襲い掛かり、絶叫となってアカツキの中から放たれる。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ」


 全てを吐き出すような絶叫の後、アカツキは再び意識を失ってしまった。


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