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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十章 春の芽吹きと共に
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森の幽霊事件

「はあ、はあ、はあ……」


 雪で冷え切った空気に、白い息が雪に溶けるように消えていく。二人とも雪のベッドに寝転がり、息を粗くしながら天を仰ぎ見る。

 凄まじい乱打戦が繰り広げられた後、二人は地面に倒れ込み、決着の着かないまま戦いは終わった。


「いやあ、身体が暖まったな。すっかり寒さなんて忘れてたぜ」


 アランは白い息を吐き出しながら、地面から身体へと徐々に伝わってくる冷たさに、自らの身体がすっかり暖まっていたことに気付く。しかしいつまでも寝転んでいては、せっかく暖めた身体が冷めてしまいそうなので、急いで身体を起こす。


「本当に、これから力仕事をしなくちゃならないかもって言うのに、どうしてこんなに疲れることしなくちゃいけないんだか……」


 クロガネはそんな文句を言いながらも、冷え切っていた身体が暖めることができたことに、少しだけ嬉しさを感じていた。そんなことを口にすれば、目の前の身体だけ大人になったような男に自慢げにされそうなので、絶対に口にはしないのだが。


「さて、身体も暖まったことだし、先を急ぐか」


 何故か先導を切ろうとするアランに、クロガネは布の下で溜め息を漏らしながら毒づく。


「アランのせいで立ち往生してたのに、どうしてアランが先導してるんだか……」


 そう毒づきながらも、自らの先を歩く大きな背中に、何処か安堵の気持ちを覚え、苦笑を漏らしながらもその背中を追っていく。

 やがて、見えてきたのはすっかり雪化粧を済ませて、真っ白になった民家が立ち並ぶ小さな村だった。雪が降っているせいか、家の外にはほとんど誰も出ておらず、外は静かで、昼間にも関わらず居酒屋から喧騒が聴こえてくる。

 途中で雪合戦などをしてしまったせいで、ここに到着するのに二時間近く掛かってしまった。そのせいでもうすっかりお昼時で、民家の煙突から上がる白い湯気が風に乗って香ばしい香りが鼻孔をつく。


「まあ、仕事は昼飯喰ってからにするか」


 どうやらその匂いに負けて、アランは昼ご飯を先に食べることに決めたようだ。正直、仕事の依頼を済ませてからお昼にしたかったところだが、朝は寝坊するわ、道中で雪合戦を始めるわで、そんな予定は当然瓦解していた。主にアランのせいで……。


「まあ、こんな時間だし仕方ないね。それには僕も賛成だよ」


 けれど、クロガネはアランのせいだとは言わない。これくらいのことで突っ掛かっていては、なおさら時間が取られていくだけなのは、目に見えているからである。やはり、どちらが大人かわからない……。

 アランとクロガネは行きつけの店に足を踏み入れると、いつものようにたくさんのお客が昼間から酒を煽ったり、談笑したりと賑やかな声に包まれていた。


「やあ、アラン、クロガネ。こんな雪の日に、わざわざご苦労なこった。こんな雪の日は誰も働こうとはしねえってのに……。お陰でうちは繁盛している訳だがな」


 そう言いながら、この店の店主は空いていたカウンターの席を勧める。二人は勧められるがままに、席へと腰を下ろし、上着を背もたれに掛ける。


「こんな昼間から酒を飲んであれだけ騒げるとは、本当にお気楽なもんだな。俺もあの中に混ざって酒を頂きたいものだぜ」


 アランはテーブル席で騒いでいる男たちに、恨めしそうな視線を送りながら、ブツブツと文句を垂れる。そんなアランは意にも介さず、クロガネはメニューを開きながら、何にするかを逡巡している。

 クロガネはこの店の料理がお気に入りなのである。ここの店主の作る料理はどこか懐かしさを感じさせてくれ、食べる度に穏やかな気持ちになれる。特に冬場は、寒さで凍えてしまいそうな身体を暖めてくれる、まるで家庭のような懐かしさを覚える料理が出てくるため、アランに構っている暇などないのだ。

 クロガネとアランがそれぞれ料理を頼み、料理が出てくるまでの間、暖かいスープを片手に、料理を作る店主との雑談が始まる。


「なんか割りのいい仕事は出てないか?まあ、この時期だから力仕事はいっぱいあるだろうけど、どうもこの寒さは老体に堪えて仕方ねえんだ」


 アランの話に耳を傾けながら、店主は干し肉や野菜を鍋に放り込み、火に掛けながら豪快に炒めていく。


「何が老体だ。お前は俺よりも若いだろうが。でも、そうだな……。さっきも言ったが、この時期は繁盛するもんで、あんま仲介屋のところには顔出さないんだわ」


 干し肉の色が徐々に変わっていき、香ばしい香りが漂ってくると、店主は香辛料を一振り鍋の中に撒き散らす。それが更に臭いを引き立て、食欲が沸き立てられる。


「ああ……、そういえば奇妙な話を聞いたな。東の森に幽霊が出たって話があるんだ。まあ、誰かの見間違えだろうが、もしかするとその調査依頼なんかが出てるかもしれねえな」


 店主はそんな話をしながら、火に掛けていた鍋を持ち上げると、サッと二つの皿に中のものを盛り付ける。

 特に何か工夫があるわけではない。まさに男料理と云わんばかりに、豪快に食材を放り込み炒めた、どこにでもある炒め物なのだ。だからこそ、飾らないその素直な料理が、どこか家庭の懐かしさを感じられるのかもしれない。


「はいよ、お待ち」


 皿に盛り付けられた野菜炒めが二人の目の前に並べられ、二人の間にパンの入ったバスケットが置かれる。

 湯気と共に漂う香ばしい香りが鼻孔をつき、早くも我慢の限界へと達してしまう。

 クロガネは手を合わせて「いただきます」と呟くと、まるで掻き込むように料理を食べ始める。

 そんなクロガネの様子を、店主も微笑ましそうに眺める。


「君は本当にいい食べっぷりをしてくれるから、料理の作り甲斐があるよ。でも、落ち着いてゆっくり食べてくれよ」


 クロガネは見られていたことに少しだけ恥ずかしさを感じながら頬を染めると、小さく頷いて持ち上げていた皿をテーブルに置く。そして、自分の気持ちを落ち着かせるように、横にあるパンを小さく千切りながら口の中に放り込む。


「スープのお代わりはあるから、いくらでも飲んでくれ。これから寒いところに繰り出すなら、なおさら身体を暖めなくちゃならんしな」


 クロガネはまた小さく頷くだけで、口を開こうとはしなかった。

 クロガネはアランと二人きりの時以外は、必要最低限しか言葉を発しない。店主もそれは理解しているので、そんなクロガネの態度を嫌がる様子もなく、むしろ暖かな視線を送っていた。


「それで、さっきの話だが……。幽霊ってのは、どういうことだ?正直、さっぱり話が見えてこないんだが……」


 クロガネと店主とのやり取りに区切りが着いたのを見計らってか、アランが先程の話を掘り返す。


「さっき言った通りさ。村の中心で暮らしてる、多少金持ちのじいさんがいるだろ。あの人が昨日、東の森に用があって行ったらしいんだけど、そこでどうやら人影を見たらしいんだ。しかも、そこからすすり泣くような声まで聞こえてくるんだと」


 確かに今聞いた話を纏めると、幽霊騒ぎが起きてもおかしくなさそうだった。だが、多少の疑問は残る。


「でも、そのじいさんも人影が見えたなら、ちゃんと確認はしなかったのか?普通に人間ってこともあり得るだろ」


 だがアランの問い掛けに、店主は芳しくない表情を浮かべながら左右に首を振る。


「ここは小さな村だ。誰かが森に行ったとなれば直ぐにわかる。だが、昨日はそんな輩一人もいなかったそうだ。まあこんな雪の中、わざわざ森に用があるやつなんてそうはいないだろう」


 店主は一息ついて「それに……」と続ける。


「じいさんが森に出掛けたのは、陽も暮だして暗くなり始めた頃だったらしい。そんなときにすすり泣く声が森から聞こえれば、誰だって逃げ出すだろうよ」


 店主の言うとおりだろう。自分も、もしそんな目に逢っていれば、恐らく真っ先に逃げ出しているだろう。何も確認しなかった老人を責めることはできそうにない。


「で……、なんでそんな話をしたかって言うと、さっきも言った通り、じいさんは多少金持ちだ。恐らくじいさんは昨日、自分の目的を達成できなかったとみえる。しかし、昨日の今日で森に行くことはできないだろう。そこで、仲介屋に頼んで、頼まれてくれる相手を探してるかもしれないって話だ。恐らく、これも多少はいいと思うぜ」


 そう言って指で輪っかを作って、店主は少しだけ悪そうな笑みを浮かべる。それに乗っかるように、アランも同じように悪そうな笑みを浮かべながら店主に賞賛を贈る。


「やっぱり大衆食堂の店主は情報網が違うな」


 そんなことを言うアランに、店主は苦笑を浮かべながらアランの前に並ぶ料理を指差す。


「どうせ誉めるなら、料理を誉めてくれ。俺は別に情報屋じゃねえんだから。これでも料理人なんだぜ」


「美味しいです」


 ボソッと、どこから聞こえてきたかもわからないような声でクロガネが言葉を漏らす。気を遣えないアランの代わりに、自分が料理を誉めようと言うことだろう。

 そんなクロガネの気遣いに、店主は嬉しそうに笑みを溢しながら「あんがとよ」と返事をした。

 料理を食べ終えた二人は、店主に感謝の言葉を残して村の仲介屋へと向かった。お昼ご飯を食べている間に、先程よりは雪が落ち着いてきたようで、視界は案外良好になっていた。


「それにしても、森の幽霊ってのは、如何にもクロガネの嫌いそうな話だな」


 意地の悪い笑みを浮かべながらクロガネの顔を覗き込んでくる。相変わらずわざわざ絡みが面倒なアランを、何処か邪魔者扱いするように押し除けて先を急ぐ。


「べ、別に、幽霊なんて怖くないよ。それに幽霊なんて、実在する訳ないだろ。どうせ、その金持ちのじいさんが、暗かったから森の獣の影と見間違えただけに決まっているよ」


 こうやって必死に弁解をするあたり、クロガネが多少怖気づいていることがわかる。周囲にほとんど人はいないが、こんな町のど真ん中で、それなりに声を張っている辺り、余裕がなくなっている証拠だろう。


「じゃあ、もし本当にその依頼が出ていたら、請け負っても大丈夫ってことだな」


 アランの挑発的な言葉に、クロガネはもう売り言葉に買い言葉だった。


「あ、当たり前だろ。むしろ優先的にそれを請け負いたいくらいだよ」


 クロガネは少しだけ泣きそうになりながら足早に仲介屋へと向かう。怖いものは怖いのだ。しかも、幽霊なんていう物理的にどうしようもない相手が本当にいるのだとしたら、手の打ちようがないではないか。

 しかし、既に退路は断たれてしまった。いや、自ら断ってしまった。

今の顔をアランに見られれば、どうやってからかわれるかわかったもんじゃない。そう思ったクロガネはとりあえず気を落ち着くまでは、アランの前を歩き続けた。

 二人は仲介屋へと辿り着くと、暖炉で暖められた店内に一息つきたくなるが、そこを我慢して店主の元へと歩み寄る。


「おっ、アランの旦那。こんな寒い雪の日にここへ来るとは、なかなかの働き者じゃないか。それで、今日はどんな仕事をお探しで?」


 この仲介屋にもアランたちは良く顔を出す。お陰で、店主にも顔を覚えられて、すっかり常連と化していた。

 仲介屋とはその名の通り、仕事の依頼をかき集め、その仕事をアランのような客に紹介するといった仲介業だ。彼自身は仲介料で生活費を賄っている。


「風の噂で耳にしたんだが、何やら東の森で幽霊が出たらしいじゃねえか。それに関係した仕事は入ってきてねえのか?」


 先程の食堂で手に入れた情報を仲介屋に流してみると、仲介屋も思いついたように、看板に貼り付けられた紙を引っぺがすと、カウンター越しにその紙をアランたちの前に差し出す。


「よく知ってるじゃないか、アランの旦那。これが噂の幽霊事件だ。この村ではちょっと有名な金持ちのじいさんから依頼が来ているよ。何しろ、東の森で人影を見たって言うじゃないか。この時期にわざわざあの森にいく奴は、この村にはいねえってんで、幽霊じゃねえかって、噂されてんだ。まあ、どうせ獣の影を見間違えたとか、そんな落ちなんだろうけどな」


 そう言って笑いながら差し出された紙にアランが眼を通すと、そこには値段も依頼内容も書かれてはいなかった。アランが不思議がって首を傾げながら仲介屋に視線を送ると、仲介屋もアランの意図を察して応えてくれる。


「どうやら、その依頼主は直接頼みたいらしいんだ。何しろ、この時期に東の森に行くくらいだ。何か人には知られたくないことでもあるんだろうよ。アランの旦那がこの依頼を受けるって言うなら、そのじいさんの家までの地図を描いてやるよ。まあ、こっちの方は期待してもいいと思うぜ」


 少し前にやったのと同じようなやり取りを、アランと仲介屋が繰り広げていた。

 そんな様子を見ながらクロガネは、どうして大人たちは……、と溜め息を吐きながら暖炉の前へと歩み寄り、暖を取ることにした。


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