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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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突き付けられた敗北

 ロイズはルブルニア軍の先頭をきり、真っ先に貴族街へと足を踏み入れた。だが、後ろから付いてくる人の数が明らかに少ないのが、後ろを振り返らずともわかってしまう。

 アリーナやハリーは無事でいてくれているだろうか?皆のことが心配で、今すぐにでも後ろへと下がり、皆の安否を確認したい欲求を喉元で飲み下す。

 今は前に進むしかない。敵に背を向けている余裕などありはしない。目の前には未だに千を超えるグランパニアの兵たちが構えているのだ。最後の一人になったとしても、自分はアカツキたちの勝敗が決するまで、戦い続けなければならないのだ。

 貴族街の門を越えてすぐのところで、大量の砲弾がロイズを襲う。グランパニア城も近くなったことで、重火器の量が増してきたのだ。城の側面や、貴族街の通りの至る所から砲口が顔を覗かせ、そこから火を噴きだす。

 ロイズは巨大な魔導壁を形成し、その砲弾を全て受け止める。自分よりも後ろに、その砲弾をやる訳にはいかない。

 だが、そうなることは相手も承知の上だろう。最早、街の安否などは関係なく、上空から雨のように砲弾が降り注ぐ。貴族街の住民たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑う。だが、他人の心配をしている余裕は今のロイズには無い。

 貴族街の住宅を巻き込みながら、大量の火柱がロイズを襲う。いくら量を増やそうと、物理的な砲弾はロイズの魔導壁を崩すことはできない。それでも、ロイズの魔力は着実に削られ、前へと出る勢いを殺される。

 ここまでほとんど一人の力で抜けてきたロイズを、今更自力で倒そうとする兵士は、この戦場のどこにもいなかった。皆、グランパニアに存在する資質持ちたちの助けを待ちながら、必死に時間を稼いでいる。


「あるだけの火力を資質持ちにぶつけろ。隊長殿が来るまで耐え抜くんだ。出し惜しみなどするな、相手が動けないように、ひたすら撃ち続けるんだ」


 グランパニア軍の司令塔であろう人間の叫び声のような命令が、砲弾の轟音に紛れて微かに鼓膜を震わせる。


「くそっ。確かにこれでは前に進めん。仲間がいる後ろに砲弾をやる訳にはいかんし……。アカツキ、まだ終わらないのか……」


 ロイズはグランパニア城を一瞥する。城下町の荒れ狂う戦場とは裏腹に、一切変化を見せずに、そこだけがまるで平穏な場所であるかのように、静かに佇んでいる。アカツキたちが本当に戦っているのか疑ってしまう程に……。

 前方からは大量の砲弾が絶え間なく降り注いでくる。身動きが取れないことに歯噛みしていると、後ろからレンガ造りの大通りを鳴らす甲高い蹄の足音が近づいてくる。


「ロイズ隊長、敵が前方に固まってくれているお陰で、後方に構えるのはほとんどこちらの勢力です。ただ、こちらも損害は大きく、残る兵は三百程度かと思われます」


 アリーナの声をすごく久しぶりに聞いたような気がする。とても懐かしいと、そう感じてしまう。彼女たちのことを心配していたせいもあるが、独りで心細かった部分も多分にあるのだろう。その声を聞いただけで、心が一気に落ち着いていくのを感じる。

 しかし伝えられた内容は、必ずしも落ち着いていられるようなものではなかった。もう既に半分以上の国民を犠牲にしているのだ。

 だが、それは相手も同じだろう。後方の兵がほとんどいないのであれば、目の前に広がる光景を踏まえれば、相手の数も半分を切っているだろう。予想する限り、グランパニアの兵は残り千から二千だろう。

 グランパニアのほとんどの兵をロイズ一人の力で倒してきた。だから、残り半分を切っている時点で、ロイズたちの優勢のようにも思える。

 だが、ロイズもかなり魔力を消費しており、戦況のわからないこの戦場では、無闇に魔法を使う訳にもいかない。


「ロイズ隊長、後方の敵は街路へと撤退し、前方と合流したと思われます。こちらも深追いはせず、ロイズ隊長たちとの合流を図りました」


 そう言ってレクサスがこちらへと走り込んでくる。その後ろから、ハリーや他の兵たちがロイズの元へと集まってきた。

 ある意味で退路だけが用意されている状況に、この戦場を早く抜け出したいという思いが先走りそうになる。

 だが、こうやって話している間も、グランパニア軍からの砲弾の雨は止む様子を見せようとしない。仲間が集まってきてくれたお陰で、魔導壁の範囲を狭められてはいるが、完全な立ち往生となっていた。


「あいつら、物量にものを言わせて、ズルくないっすか?」


 どうやらレクサスはまだまだ元気らしい。そんな、いつもと変わらない彼の様子に、少しだけ心が落ち着く。こういうところも彼を副隊長の一人として選んだ理由なのだ。


「まあ、こちらにも資質持ちがいるのだから、あまり文句も言えないだろう。事実、数では圧倒しているグランパニア軍の方が、苦戦しているのだから」


 砲弾の雨を受け止めながら、ロイズはそんなことを口にする。実際、どれだけ物量にものを言わせたところで、一人の資質持ちに敗北を喫することは往々にしてあるのだ。ならば、物量にものを言わせることを、一言に卑怯とは言えないだろう。

 砲弾の雨を受け止めながら、彼らとの情報交換をしていると、ロイズの身体を凄まじい程の悪寒が走る。


「なっ……、なんだ、これは……」


 あまりの衝撃に、一瞬魔導壁が揺らいだ。それほどの凄まじい悪寒が走ったにも関わらず、周りの者が何かに反応した様子は一切ない。


 今の悪寒を誰も感じなかったのか……。勘違いと捨て置くには、あまりにもはっきりとし過ぎていたが、あれは資質持ちにしか感じることができなかったのか?


 何か嫌な予感がする。とても漠然としていて、まるで暗闇の中を手探りで探すような、しかし、そこには確実に何かがあることははっきりしているような、そんな違和感と煩わしさが心の中を蝕んでいく。


「どうかしましたか……?」


 ロイズの様子がおかしいことを察して、アリーナはロイズを案じて問い掛ける。


「さっき、何か嫌な気配を感じなかったか?」


 気配としか言いようがない。それが何者だったのかは、ロイズにもわからないのだから。だが、やはりアリーナにはそれを感じることができていなかったらしく、首を横に振りながら否定を示す。


「いえ……、何も感じませんでしたけど……。でも、ロイズ隊長は感じたんですよね?」


 確かに感じた。だが、自分以外の誰も感じていないものを信じるのは、感じた自分自身ですら難しかった。だから、それをただの勘違いだと、自分に言い聞かせてしまった。


「いや、恐らく気のせいだろう。今は目の前のことに集中しよう。さっきから、少しずつ相手の砲弾の勢いが衰えている。お前たち、攻める準備をしておけ」


 目の前の戦場に逃げたのかもしれない。誰かの命の灯火が、今目の前で消えたことを何処かで薄々勘付いてはいたが、それを気のせいだろうと意識の外に放り投げて、ロイズは全ての意識を戦場へと植え付ける。

 それから数刻砲弾の嵐が止むことはなかったが、ようやく相手の弾薬も尽きてきたようで、先程の砲弾の数から比べれば、スズメの涙ほどの数だった。勢いを失ったルブルニア軍に向けて、遂にロイズたちが動き出す。


「今だ、我慢の時は終わりだ。ルブルニア軍、突撃!!」


 ロイズの号砲と共に、ルブルニア軍が一気に勢いを取り戻す。ロイズを先頭に残り数百の兵たちは残り数千の敵兵へと、何の迷いもなく突っ込んでいく。皆が先頭を駆るロイズを信じ、その背中を視界に捕えながら、襲い掛かる恐怖をねじ伏せる。

 だからロイズも、心の中に渦巻く不安を誰にも見せる訳にはいかなかった。自らの背中にすら、その思いを悟られてはならない。ただ前を向き皆の道標とならなければならない。

 だがその号砲は、ルブルニア軍とグランパニア軍の間に落ちた一撃の稲光により、明け方を待つ夜空へと消えていく。

 その稲光に誰もが足を止め、一瞬の静寂が訪れた。ルブルニア軍、グランパニア軍双方がその稲光の元に視線を落とす。

 そこにいるのが誰なのか、嫌でもわかってしまう。そうであっては欲しくないと願いながらも、しかし心の何処かで理解してしまっている。そして、その存在が何を意味するのかも……。

 稲光の元に膝を付く白髪の青年はゆっくりと立ち上がり、ルブルニア軍の先頭を駆るロイズと視線を交わらせる。ロイズはその視線を、身体から全ての血の気が失われるような面持ちで受け止めた。

 一瞬の静寂の後、白髪の青年の背後に構えるグランパニア軍から、これ以上ない歓声があがる。最早悲鳴にすら聞こえるような、嗚咽と歓喜が混ざり合った嵐のような怒号が……。


「お前が、最後の資質持ちか?」


 ロイズに向けてキラは尋ねる。『最後』という言葉に、ロイズは意識が遠くなりそうになる。


 終わったのだ、この戦いは……。やはり、私たちの行為は、只の無謀だったのだ。蛮勇にすらならない、只の愚行だった。彼らが勝てなかった相手に、私が勝てる訳がなかろう。こんな勝負の決まった戦いをこれ以上続ける意味もない。


 全てを諦めて、このまま遠のく意識に身を任せようと思った。そうすることができればどれだけ楽だっただろうか。だがロイズは踏みとどまる。この戦いが終わったのなら、これ以上犠牲を増やす訳にはいかないと。


 我々の愚行のせいで、何人もの国民を犠牲にした。それが失敗に終わったのだ。ならばこれ以上、私たちの愚行に無駄な犠牲を払う訳にはいかない。残りは……、自分たちだけで十分だ。


 ロイズは背後の兵士たちに向けて、叫び声のような声で命令を下す。


「アリーナ、ハリー、レクサス。この戦いは私たちの負けだ。これ以上無駄な犠牲を払う訳にはいかない。殿は私が務める。お前たちは残りの兵を全て、生きたままルブルニアに届けろ。そして、お前たちの思うままに生きろ。これは命令だ」


 ロイズは一切振り返らない。だから三人は、ロイズがどんな表情でその言葉を発したのかはわからなかった。けれど、その想いだけははっきりとわかる。その覚悟だけは、まるで形を成しているかのように判然としている。

 しかし、動き出したのは二人だけだった。レクサスとハリーだけが、踵を返して急いでこの場を離れようとした。アリーナはそこから動こうとはしなかった。

 背後の光景であるにも関わらず、その気配を感じたロイズはすぐさまアリーナを急かそうとする。


「何をしている、アリーナ。今は立ち止まっている時ではない。敵がただ黙って待ってくれていると思うな。早く行け」


 最後の別れに、こんな厳しい口調で彼女と話したくはなかった。もっと穏やかに優しい言葉で別れたかった。でも、この状況でそんなことはできない。今は自分の心を押し殺すしかないのだ。


「嫌です」


 はっきりと、一言でバッサリと切り捨てられる。それでもまだ、ロイズは振り返らない。目の前の敵から目を離した瞬間、仲間が無残な姿になる幻覚が、脳裏を過っていくからだ。


「こんな時に我が儘を言うな。お前が残ってできることなど、何もないだろ。これは隊長命令だ。早くここを離脱しろ」


 アリーナの気持ちは痛いほどわかる。こんなところで仲間を置いて行くなんて、できる訳がない。でも、そう思ってもらえるだけで十分なのだ。アリーナがロイズを一人に出来ないと思うように、ロイズもまたアリーナには生き延びて欲しいと思っている。


「その命令だけは、断固として聞けません」


 けれど、その思いは届かない。いや、届いているのかもしれないけれど、その思いを聞き入れられないだけの信念が彼女にもある。それもそのはず、彼女は自らの国を裏切る時にも、その命を投げ捨てる覚悟でロイズの元に付いて来てくれたのだ。ロイズを一人残して、この場所を去る訳がないではないか。

 しかし、それでもロイズは諦めない。こんなところで、無駄な命を捨てる訳にはいかないのだ。


「頼むから聞いてくれ。アカツキからお前たちの命を預かっているのだ。それを、負けが決まった戦いで、無駄に失う訳にはいかない」


 ロイズの言葉に嗚咽が混じり始める。本当は素直に嬉しいのだ。あの時もそうだった……。彼女たちは自分の命よりも、自分のことを大切に思ってくれている。こんなに慕われることができて、ロイズは自らの人生に十分満足しているのだ。だからもう、ここで死んでも構わないと、本気でそう思っている。

 唯一の心残りは、大人としてアカツキを正しい道に導いてやれなかったこと。彼はまだ、その命を失うにはあまりにも幼すぎた。結局彼らに何もしてやることはできなかった。その思いだけが、唯一ロイズの心の中で燻っていた。

 だから、彼と同じ場所で死ぬことも、彼への償いだと心の何処かで思っているのだと思う。別に死にたがりという訳ではないが、死んでもいいと本気で思っているのだ。


「無意味に死ぬ訳じゃありません。私はロイズさんと死ぬことができればそれで本望です。私はそこに意味を見出しました。だから、ここに残ります。私がロイズさんを一人で死なせる訳ないじゃないですか」


 その時ロイズは悟った。彼女を説得することは不可能なのだと。自らが一人でここに残ると覚悟を決めたように、彼女もまたここに残ると覚悟を決めたのだ。自分に置き換えればはっきりとわかる。今誰に咎められようとも、ここに一人で残ることを止めないだろう。

 だから、ロイズはそこで口を噤んだ。これ以上、何を言っても意味は無いと……。彼女の心を変えることはもうできないのだと……。


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