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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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命を懸けて護りたい思い

 ガリアスの身体が蒼白色の輝きに包まれる。そこから、蛍の光のような光の粒が飛び散る。まるで、それがガリアスの命の欠片であるように……。

 キラが始めて怪訝な表情を見せる。そのあまりに穏やかで、しかしあまりにも背筋に悪寒を感じるその魔力に、その正体が何であるのかを察する。


「何故、お前がその力を使える?その力は『醒者』をも越える力だぞ。『醒者』にすらなれないお前が、何故使うことができる?」


 言葉とは裏腹に、キラはそれでも焦って取り乱したりはしなかった。いつもとほとんど変わらない、抑揚のない落ち着き払った声音でガリアスに語りかける。


「わかりません……。ですが、これが自分に残された最後の力なのです。使わない訳には、いきません」


 何故使えるかなどは、どうでもいいのだ。そんなこと、知ったことではない。ただ、目の前の敵を倒せるかもしれない可能性があるのなら、それがどんなものであれ、すがり付くしかないのだ。


「お前は理解しているのか?その力が、いったいどんなものであるのかを?」


 そんなことは関係ない。例えそれがどんな力であろうとも、使わないなどという選択肢はないのだ。例えそれが……。


「その力を使えば、お前は死ぬぞ。それは、そういう魔法だ。その魔法は『王の資質』に与えられた、最後の切り札。自らの命を魔法に還元する、諸刃の剣。その名を『極限魔法(エクスデス)』」


 頭のどこかで理解していた。この魔法を使えば、自らの命が失われることを。

 だが、それでいいと思った。自らの命を費やすことで、アカツキの王道を切り開けるのなら、これ以上嬉しいことはない。

 だから、理解しながらそれでもなお、迷うことなくその魔法を使おうと決意したのだ。今更念を押されたところで、その決意が揺らぐはずもない。


「それでも、お前はその力を使うのか……」


 その問い掛けはどういう意味を孕んでいたのだろうか。自分の身を案じていたのだろうか。それとも、その魔法を使われることを恐れていたのだろうか。

 何にしろ、その答えは一つだけだ。


「ええ……。これが、私に残された最後の力なのだとしたら、それが例え、自らの命を奪うものであったとしても、自分はこの力を使います。自分は最後まで、アカツキ殿のために、あなたに抗ってみせる」


 その覚悟は揺るがない。

 ガリアスの周囲の光の粒が、さらにその数を増していく。


 最後に、お別れくらいは言いたかった。いや、言えなくてよかったのかもしれない。別れを告げることは、もう会えないことを覚悟しているということ。けれど、別れは告げていないのだ。ならば、いつかまた、どこかで会える希望が残っているかもしれない。


 ガリアスの身体と共に、周囲の光の粒もまた、一斉に輝きを増していく。最後まで、この世界で、その命の灯火を燃やし続けるように。

 凄まじい魔力と悪寒が、キラの全身を駆け抜けていく。存在は知っていても『極限魔法』を見るのは、キラにもこれが始めてだった。

 キラはその力に魅了されていた。力の探求者として、命と引き換えにしてまで得られる力とはどんなものなのか、そんな美しい力とはどれ程のものなのか、キラはそれを知りたかったのだ。

 悪寒と共に、心の底から沸き上がってくる高揚感が全身を駆け巡る。それと共に、その境地へと達した目の前の敵に敬意すらも覚える。


「アカツキ殿の道は、自分が切り開く」


 アカツキの力になれただろうか。アカツキの支えになれただろうか。アカツキの心の何処かに、自らの存在を残せただろうか。

 自分の全てを救いだしてくれた、神にも等しい彼の記憶の片隅にでも残っていてくれたら、それで十分だった。

 多くは望まない。ただ、一年に一度でもいいから、自分のことを思い出してくれれば、それでいい。

 別れは言わない。いつか、再び出会えるそのときまで……。


「アカツキ殿……、今までありがとうございました。あなたの王道に幸あらんことを……。」


 ガリアスは目を瞑りながら、この場にはいない自らの主への思いを告げる。

 そして、全てを受け入れたように、小さな笑みを浮かべながら、その瞼を大きく見開いた。


「我が命と引き換えに、全てを凍らせたまえ。シン・ニブルヘイム」


 その言葉と共に、この世界を白銀の氷が覆い尽くしていく。壁からは幾重にも重なる、夥しいほどの氷柱の数々。辺り一面には白銀の花が咲き乱れ辺りを覆っていく。

 そしてキラの足元から螺旋を描きながら氷の塊が這い上がり、キラを包み込むように覆っていく。


「認めよう……。お前の力は、本物だ……」


 キラは氷に覆われる寸前、そんな言葉を口にした。その言葉を最後に、キラは螺旋に渦巻く氷に覆われ、氷の檻へと閉じ込められた。

 透き通る氷から覗くその表情は、どこか満足したような穏やかな笑みを浮かべていた。

 そしてガリアスもまた、キラの言葉を耳にすることもなく、自らの身体を氷へと変えてしまった。

 まるで氷で象られた彫刻のように、その姿をはっきりと残したまま、肉体を氷へと変えてしまったのだ。

 先程まで、キラとガリアスが死闘を繰り広げていたこの場所は、静寂と白銀の世界へと姿を変えた。

 息する者は誰もいない。壁の至るところから突き出す氷柱から舞い散る氷の結晶が、まるで光を帯びた虫のように、キラキラと輝きを放っていた。




「なんだ、これは……」


 扉を開いた先の光景に、アスランは唖然として、それ以上の言葉を発することが出来なかった。

 そこにあったのは、あまりにも美しすぎる氷で創られた白銀の世界。

 その部屋を覆い尽くしているのは六方晶で先の尖った氷柱や、白銀の花弁を咲き誇らせる花々。そして、部屋を満たすほどの、舞い散る氷の結晶たち。

 そして何よりも目を奪うのは、あまりにも精密に人の形を象った氷の彫刻と、螺旋にうねる氷の柱の中に眠る、一人の人間だった。

 アスランはゆっくりと白銀の世界へと足を踏み入れる。先程までと同じ場所であるとは思えない程の冷気がアスランを襲う。一瞬身震いをしたものの、そこで足を止めることはない。

 足下の氷はしっかりと固まりながら張り巡らされており、ゆっくりと歩を進めなければ、容易に滑りそうだった。

 慎重に歩を進めながら、ようやく氷の彫刻へと辿り着く。この世界を創り出した元凶へと……。


「これを、お前がやったのか……」


 そこには、数刻ほど前までは肉体を持ち、言葉を交わしていた者の顔があった。今では、肉体を持っていたのが嘘であるかのように、全身を氷へと変えてしまっているが……。

 しかし、その顔には何の後悔もないと言うような、穏やかで優しげな笑みが浮かんでいた。これから死を迎えるという人間が、本当にこんな表情をできるのかと思えるほどの……。

 そんな表情に惹き付けられて、不意にガリアスの頬に手が伸びていく。その頬はあまりにも冷たく、アスランの掌に痛みを刻んでいく。もうそこに命の灯は、ありはしないのだ。


「お前たちは、本気で世界を……」


 アスランは改めて思い知らされる。アカツキやガリアスがどれ程までにこの世界を憂いていたのか。そして、どんな覚悟を持ってこの戦いに挑んでいたのか。終わってからわかるもの程、虚しいものは無いが……

 彼らの覚悟に、アスランは静かにと黙祷し、その視線をキラへと向ける。その姿を見て、アスランは思わず笑みを溢してしまう。


「どうしてお前が、そんな顔をできるんだ?」


 キラもまたガリアスに劣らないほどの、穏やかな笑みを浮かべていた。まあ、大体の察しはつくのだが……。


「その表情を見ていると、お前を助ける必要はないように思えてくるな」


 そんな時、キラの足下に小さな魔法陣の姿を見つける。それが何を意味するのか、落ち着きを取り戻した今のアスランならば、想像に難くなかった。


「まあ、お前に死なれては帝国側も多少困るからな。お前たち四天王の存在は、他の国々の抑止力になる。だから、お前にはまだ働いてもらわねばならない」


 そう告げると、アスランは踵を返し、キラの元を離れてガリアスの元へと歩み寄った。ガリアスから数歩先のところで立ち止まると、ゆっくりとレイピアを引き抜く。


「お前には済まないと思っている。だがこれも、俺たちが思う世界のためだ。お前たちが理想とする世界があるように、俺たちもまた、俺たちの理想とする世界がある。そこに、答えなんて無いのかもしれない。だから、この世界は争いが消えないのかもしれない。真の答えが見つかったとき、俺たちはどんな生き方をしているのだろうな?なあ、どう思う、ガリアス」


 その問い掛けに、ガリアスが答えることはない。そこにあるのは、変わらぬ笑みを浮かべたまま、こちらを見据える氷の彫刻だけだ。

 そんな姿にアスランは小さな笑みを浮かべる。だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には真っ直ぐな眼差しをガリアスの胸の辺りへと向ける。そこには、身体の全てを氷にしてもなお、その身体に刻まれた『王の資質』が存在していた。


「お前の心を解き放つ。安らかに眠ってくれ」


 その言葉と共に、ガリアスはレイピアを振り下ろす。風の刃はアスランの思いを届けるように、真っ直ぐにガリアスの『王の資質』へと突き進む。

 やがて、風の刃は確実にガリアスの『王の資質』を捉え、その瞬間、魔力の媒体の崩壊と共に、白銀の世界は崩れ落ちていった。

 氷の姿をしたガリアスは、まるで未練を残さないように、跡形もなく砕け散った。魔力の根元を失った氷たちは、まるで割れたガラスのように、キラキラと光を放ちながら崩れて消えていく。

 最後まで、キラを閉じ込めた氷の檻は、まるで使命のようにその姿を保っていたが、やがてそれもゆっくりと光を撒き散らしながら消えていく。

 支えるものがなくなったキラの身体は、そのまま力無く地面へと落下する。その瞬間、キラの元に一筋の稲妻が走った。

 その稲妻を身体に受けたキラは、ゆっくりと瞼を開きその身体を自らの腕で持ち上げる。


「久しぶりだな……」


 キラは自らに起こる事態を予測し、最後に魔法を残したのだ。凍結状態になれば、仮死状態にはなれど死ぬ訳ではない。あとは、自らの心臓にスイッチをいれてやれば、その鼓動を再開する。


「数時間前まで、顔を付き合わせていただろうが……」


 アスランからすると、何をふざけたことを言っている、という気持ちだったが、キラは存外そうでもないらしい。


「そうか……、まるで数日の間、眠りについているような感覚だったのだが……。それにしても、久しぶりに心が踊った。これ程までに楽しんだのは、いつ振りだろうか?」


 先程までの凍り漬けにされていた人間とは思えないような、非常に満足したようなキラの表情に、アスランは呆れて溜め息を吐かずにはいられない。


「お前、死ぬことが怖いと、そう思わなかったのか?さっきの魔方陣だって、たまたま上手くいっただけで……」


「たまたまなどではない。俺は、同じ事を俺以外の人間で一度試したことがあるからな」


キラは平然とした顔でそう言ってのけるが、それは人体実験に他ならない。そんな非道を躊躇いなく行える彼の心は一体どれだけ黒く染まっているのだろうか。


「それにしても、お前がここにいるということは、シリウスの孫はお前がやったのか?」


 アスランがキラの良心に、一種の憐れみのような感情を抱いていると、不意にキラから質問を投げ掛けられる。その質問にアスランは一瞬怪訝な表情になったが、すぐにその表情を覆い隠して答える。


「アカツキは……、あぁ、俺が倒した。跡形もなくな。下の階はかなり荒れた状態になっているが、そこは多目に見てくれ」


 最後までどう言おうか迷ったが、自分が倒したことにしておく方が、後腐れがないように思えた。

 実際、アカツキは既に死んでいるかもしれない。あれだけの傷を負い、精神崩壊を起こしていたのだ。むしろ、生きていると考える方が難しい。

 キラは少しだけ、怪しげな表情を浮かべながらアスランを眺めたが、それもすぐにいつもの無表情へと戻る。


「そうか……。シリウスの孫と一戦交えたかったという思いもあるが、所詮そこまでの男だったということか……。まあ、今回は十分に楽しませてもらったし、特に文句はない」


 褒め言葉こそ一つもないが、キラがこれ程までにガリアスのことを褒めているのだ。先程の魔力の正体は間違いなく極限魔法だったのだろう。まあ、先程までの光景とガリアスの姿を見ればそれも一目瞭然だったのだが……。


「それにしても極限魔法など、眼にする機会があるとはな……。あれは、王の座をかなぐり捨ててでも、護りたいものがある者にしか行使できない。何しろ、自らの命と引き換えなのだからな。王の資質を与えられながらも、王という座よりも大切なものが見つかった者が使える究極の魔法。ガリアスはそれを見つけられたんだな……」


 極限魔法の全てを見た訳ではない。だが、キラが逃げもできなかったこと、下階にいながらもその凄まじい魔力を感じられたこと、そして先程までのこの部屋の光景を見れば、それがどんなものだったのかは想像に難くない。


「俺にはまだ使えそうにないな……。お前はどうだ?」


 その問い掛けに一瞬言葉が詰まる。その問い掛けにどう答えていいのか、今のアスランにはまだ、その答えが見つけられていない。

 キラがアスランに問い掛けたところで、外から未だにその勢いが衰えることのない、外での戦闘の轟音がキラの耳にようやく届く。

 その音を耳にしてキラはバルコニーへと出ると、その戦場の光景を見下ろすように眺める。アスランはその問い掛けの答えを喉元に留めたまま、キラの後を追ってバルコニーへと出る。

 既にグランパニアの至るところから、火の手が上がり暗闇に包まれた夜の町を明るく照らし出している。その夜も既に明けようとしているが……。

 グランパニア城での戦争は既に終結しているにも関わらず、外は未だに激しい戦闘が繰り広げられていた。


「街は予想よりも酷くやられているようだな」


 ロイズたちのルブルニア軍は既に貴族街の門を破り、グランパニア城の目前まで迫っている。

 グランパニアに残った五千の兵の全てを動員したにも関わらず、数では圧倒的に劣るルブルニア軍を止めることはできていないようだ。


「後片付けはこちらでやる。お前の手を煩わせるつもりはない」


 キラの言葉に、アスランは溜め息を吐きながら踵を返して部屋へと向かって歩きだす。


「最初からお前の国で起こることに、わざわざ手を出すつもりはない。アカツキとの戦いは、個人的な興味に過ぎない。あとはお前の好きにしてくれ」


 そんなアスランの後ろ姿を耳にしながら、キラは階下に広がる戦場を眼に焼き付けるように、ジッと眺めたままだった。


「それもそうだな……」


 その言葉がアスランの鼓膜を震わせたときには、既にキラの姿はバルコニーにはなかった。


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