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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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道化師の戯れ

「誰だ、お前は?」


 そこにいたのは、顔は整っているにも関わらず、髪や髭は一切の手入れがされておらず、その身なりも、何処か別の国の衣装を上下で適当に組み合わせているような、怪しげな男だった。

 そんな、怪しい謎の男の介入に自然と言葉に怒気が孕んでしまう。今は自分を抑えられる精神状態ではない。


「君たちはすぐにそういうことを気にするね。まあ、いいんだけど……。この前は何て名乗ったかな?えっと……、そうだ、オルタナだ」


 こちらの気も知らないで、ふざけた調子で話す男にアスランの怒りは更に増していく。


「何をふざけているのか知らんが、お前などが立ち入っていい場所ではない。何をしに来たのかは知らんが、今すぐに立ち去れ。でなければ、一瞬で貴様の息の根を止めるぞ」


 威圧的に脅すアスランに対して、オルタナは何喰わぬ顔で先程と同じ調子で話を続ける。


「一瞬で息の根を止めるだって。そりゃ怖いなあ。……まあ、そんなことが出来ればの話だけど……」


 まるで挑発するように、オルタナはアスランに向けて不適な笑みを浮かべる。その挑発を真に受けて、アスランはオルタナに向けてレイピアを構える。今は名も知らぬ者の、道楽に付き合っている暇はないのだ。

 そもそも、オルタナからは全くの魔力を感じない。最早資質持ちかどうかも疑わしい程である。ならば、息の根を止めるのに、時間を要することはないだろう。

 しかし、そうでないのならばこの場所にいるのはおかしい。魔法を使うこともなく、アスランに気付かれずにこの部屋に入ってくるのは不可能なのだから。

 アスランはオルタナの全てに不和を覚える。


「その言葉、後悔するなよ」


 だが今のアスランは、そんな細かいことを考えられるほどの精神状態ではなかった。余計なものを全て片付けて、唯一の家族の元へ……。

 アスランはレイピアを勢いよく振り下ろし、アカツキに放ったものよりも更に一回り大きい風の刃を生み出す。その風の刃は、優にオルタナの身長を越えている。避けることなど、できるはずがない。

 風の刃は地面を抉りながらオルタナへと突き進んだ。だが、オルタナが風の刃に向けて指を弾いた瞬間、風の刃はまるで最初から無かったかのように、跡形もなく霧散したのだ。


「なっ……」


 あまりの驚愕に、アスランは目を疑った。そんな簡単な魔法ではなかった。あんな行為で消え失せるほど、些細な魔力を込めた覚えもない。完全に殺すつもりで放った攻撃だった。


「いや~、危ない、危ない。もうちょっとで身体が真っ二つになっているところだったよ。びっくりしちゃうな、もう」


 それでもオルタナの態度は依然として変わらない。その態度が余計に、アスランの気を逆撫でる。早く、俺とアリスを二人きりにさせてくれ……。

 怒りと焦りでアスランは余裕を保つことができない。これ程までに自分に人間味が残っていたとは、驚きだった。それを客観的に捉える余裕も、今のアスランには残されていなかったが……。


「何をそんなにピリピリしているんだい?君が焦るようなことは何も起きていないだろ。むしろ、焦りたいのは僕の方なんだけどね。僕の大切な友達が今にも死にそうな状態で倒れていることだし……」


 俺が焦る必用がないだって?ふざけるな。俺は目の前で唯一の家族を失ったんだぞ。それを焦らずにいられる訳がないだろ。


「まあ、それはそうなんだけどさ、でもそれはあいつのことだし、気にしなくてもいいと思うよ。それよりも、僕の友達の方がよっぽど危険な状態だと思うけど……」


 まるで、アスランの心を読むかのように、オルタナは言葉を紡いでいく。


 あいつとは誰だ?こいつは何を一人で喋っている。こんな誰とも知らない奴の戯れ言に付き合っている暇はない。


 アスランのレイピアを握る手に力が入る。もう我慢の限界だ。これ以上無駄な時間を過ごす意味はない。次の一撃で息の根を止めてやる。

 アスランがオルタナの方に手を翳すと、翡翠の魔法陣が展開され、徐々にその大きさを増していく。もう、手加減などしない。

 先程の攻撃は軽くあしらわれたが、今度はそうはさせない。この姿で放つことができる、最大の魔法で、邪魔する者は全て片付ける。


「荒れ狂う大地を駆け抜ける、疾風の翼龍、ゼピュロス。奴の全てを切り裂け」


 またも放たれた風の翼龍に、この空間が悲鳴を上げる。深々と部屋の至る所に刻まれた風の斬傷が、更にその数を増やしていく。もう、この空間がいつ崩れ落ちてもおかしくない状況だった。

 だがアスランには、そんなことは知ったことではなかった。今は一刻も早く、目の前の障壁を取り除かなければならない。相手の目的が謎なため、それを障壁と呼ぶのが正しいのかも定かではないが……。

 ゼピュロスは羽ばたきと共に、オルタナへと襲い掛かる。複数の風の刃から成るゼピュロスは、アカツキのように一つずつ消すことしかできなければ、何の意味もない。アカツキと同じように、目の前の男も倒すことができるはずだ。

 だが、アスランが視線を向けたその先には、焦りを見せるどころか、変わらぬ不敵な笑みを浮かべるオルタナがいるだけだった。そして、オルタナはゼピュロスに向けてその手をかざすと、ゼピュロスを覆い尽くすほどの巨大な黒い塊が現れた。

 そして、オルタナがゆっくりと掌を握りしめると、それに呼応するように、黒い塊はゼピュロスを飲み込んだまま消滅した。悲鳴を上げていた空間が、一瞬で静けさを取り戻す。


「馬鹿な……。それだけの魔法を、魔法陣の展開なしに、放てるはずがない。それに、お前からは一切の魔力が感じられない。それなのに何故、それだけの魔法を使うことができる?」


 訳がわからなかった。これまでの常識をことごとく覆されて、思考が追いつかない。既に焦りと怒りで、普通の精神状態を逸脱しているのに、最早心がどうにかなってしまいそうだった。

 そんなアスランに、オルタナは先程までのふざけた口調に、少しだけ真面目さを被せながら答える。


「君たちの魔法の常識で、僕たちを測られては困る。……って言えば、君なら少しは伝わるかな?」


 それがどういう意味なのか、動転した頭でもすぐに答えへと辿り着く。それならば、目の前の男が見せた、非常識の数々も説明がつくのだ。

 しかし、そんなことがありえるのだろうか?確かにある程度のことは、アーサーから聞いている。だが、それは基本的には許されない行為のはずだ。


「その顔は、取り敢えず僕の存在を理解してくれたみたいだね。まあ、これである程度のことは納得できるはずだよ。それこそ、ある程度のことを知っている君ならね」


 確かに、本当に目の前の男がそういう存在ならば、納得せざるを得ない。それに、自分がどれだけ策を尽くし、力を注ぎ込んだところで、勝つどころか、傷を残すことすらも不可能かもしれない。


「何故、お前のような存在が、こちら側にいる。お前たちは干渉を許されていないはずだ」


 そう……、彼の主以外はこの世界への干渉は許されていないはずなのだ。いや、確かに例外は一人いるのだが……。けれど、目の前の男の存在はその例外でもない。目の前の男は、異常発生した天災のようなもの。


「許されていないから、してはいけない訳じゃない。君たちもルールを破ることくらいはあるだろう?僕がここにいるのは、それくらいのことだよ。まあ、僕の性格上、彼らも多目にみてくれるさ。僕は昔から彼らには疎まれているからね。許してくれると言うよりも、諦めてくれるって言った方がいいかもしれないけど」


 ルールを破ったとか、そんな簡単に済まされることではない。彼らが干渉するということは、この世界に大きな影響を与えるということだ。彼らはこの世界を覆せる程の力を持っている。


「まあ、心配しないでよ。君たちの戦いに干渉するつもりはないよ。さっきも言っただろ。大切な友達を助けに来たって」


 さっきからその『大切な友達』が誰なのかは言わないが、話の流れから考えて、それが誰なのかは明白であろう。疑問なのは、何故彼のような存在が、アカツキを友達と呼ぶのかということ。


「友達になるのに理由は要らないでしょ。僕が彼のことを友達だと思っているから……。それで十分じゃないかな?」


 また心を読まれた。だが、それももう驚きはしない。いつの間にか、アスランの心は少しずつ落ち着きを取り戻していた。


「じゃあ、アカツキ君は僕が預かっていくよ」


 そう言うと、オルタナは一瞬でアカツキの元へと移動する。まるで空間を移動したように……。アスランの眼がその姿に追い付いた時には、地面にぐったりと横たわるアカツキを腕に抱えて立ち上がっていた。


「待てっ。そいつは俺が……」


 殺さなければならない相手だ、と言おうとしたが、それを遮るようにオルタナは言葉を紡ぐ。


「だから、君が心配しているようなことはないって言っているだろう。あいつとはあまり接点はないけど、それなりに信用できると思うよ。あいつが選んだ相手なんだったらね……」


 何が言いたいのか、さっぱり理解ができない。その言葉を発する者がどんな存在であれ、それが自分に理解できないのならば、ただの戯れ言に過ぎないのだ。


「あいつとは誰だ!?お前は何を言っている!?」


 怒りが再び、心の奥底から目を覚ますように込み上がってくる。自然と言葉に怒気が孕み、目の前の存在を考えると、接する態度として間違っていると理解しながら、それでもなおそうせずにはいられない。


「心配しなくてもいずれわかるよ」


 こちらの気も知らずに、いや、わかっていてなお、こちらの気を介することなく平然と話続けるこの男に、怒りを覚えずにはいられない。


「だから、わかったところで、もう遅いって……」


 そこまでいったところで、身の毛もよだつような、凄まじい魔力と悪寒に襲われて、アスランの言葉が止まる。


「何だ、これは……。この魔力、まさか……」


 予想だにしない事態に、アスランはもう、正気を保っているすら困難な状態に陥りそうになっていた。それは彼の知る中で、一番凶悪な魔力だったから。それが、どんな魔法なのか、アスランは知っていたから。だがそれは、使われるはずのない魔法なのだ。


「彼もまた、彼の信じる道を選びとったということか……」


 その魔力を感じて、天井を眺め見ながら、オルタナはそんな言葉を口にする。その眼はこれまでのオルタナからは考えられない程に、真っ直ぐで悲しげな視線だった。

 そして、その視線をアスランに戻すと、小さな笑みを浮かべながら口を開く。


「じゃあね。僕はそろそろ御暇するよ。君も彼のことが心配だろ?早く行ってあげたらどうだい?」


 オルタナの背後に、オルタナを覆い被せるほどの黒い塊が出現する。それがどういうものなのかは、なんとなく察しがつく。だから、最後の疑問を彼にぶつける。


「待て!!お前の、本当の名前は……?」


 彼が名前を偽っているのは、想像に難くなかった。それは向こう側の世界の住人として、当たり前の行為なのだから。だから、これは答えてはくれないだろうと思いながらの問い掛けだった。

 だが彼は案外すんなり、自らの本当の名を口にした。


「まあ、契約者でもない限り、その名を知られて困ることはないからね。いいよ、特別に教えてあげる。僕の名前は『ロキ』。ただのしがない放浪人さ……」


 そうしてロキは、アカツキを抱えたまま、黒い塊の中に消えていった。

 ロキが消滅し、上階の魔力も落ち着きを取り戻し、アスランの周囲を静寂が満たした頃、アスランは更に驚愕に襲われることになる。

 そんな静けさを帯びた空間に、不意に違和感を覚えてアスランは振り返る。アスランの背後にはいつの間にか、巨大な鳥の姿をした何かが佇んでいた。その鳥の姿をした何かはジッと、アスランへと視線を向けていた。それが何者なのか、それをアスランが理解するのは、もう少し先のことになる。

 やがてその鳥は、何をすることもなく大きく翼を広げると、天井を意にも介さず、天へと高く飛び立った。その鳥の姿をした何かが飛び立った足元には、アスランの大切な唯一の家族であるアリスの姿があった。


 それから数分後、アスランは先程の強大な魔力と悪寒を放った上階へと足を踏み入れた。扉を開こうとしたが、扉を押すだけでは微動だにしなかった。仕方なく、アスランは風の刃で扉を切り開いた。

 扉の先にアスランが眼にしたのは、あまりにも美し過ぎる白銀と静寂の世界だった。

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