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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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頼りない王

 アカツキたちがダグラスを打倒した頃、王宮の外では息もつかせぬ乱戦が繰り広げられていた。ロイズたちはその真っただ中にその身を置いており、少しでも気を抜けば、一瞬でその首を落とされるような、そんな戦場となっていた。

 最早ロイズでさえも、誰が何処にいるのかを把握していない。ただ目の前の敵を、その足を止めること無く薙ぎ払っていくので精一杯で、背後にいるはずの仲間たちに意識を向けることができなくなっている。

 相手も大国の軍の兵士たちだ。力を持たない者たちもまた、資質持ちとの戦い方を心得ている。遠距離の戦いを避け、雪崩のように次々とロイズに向けて兵を差し向けてくる。敵は命も顧みずに、ロイズの体力と精神力を削るためにその身を散らす。

 ロイズ以外のルブルニア軍はというと、こちらは元々約千の兵しかいないため、分散させるよりも固まって戦った方が勝率はあるだろうと考えていた。しかし、相手には大きな利点があった。地の利である。

 相手はこの街路の全てを理解している。こちらが固まって動いているのをいいことに、まるで網目のように絡み合う路地を進み、前後左右の四方向からこちらに向かって畳み掛けてきた。

 ロイズが護れるのは頑張ったところで一方向だ。それ以外の場所は容易に相手の侵入を許し、こちらの編隊は、次々に崩されていった。

 こちらにも、鍛え上げてきた兵士たちがいるのだ、編隊が崩されてもそう簡単に倒れはしない。固まっていたルブルニアの兵士たちは、既に散会し、三々五々に散りばめられながらも、グランパニアの兵と渡り合っていたのだ。

 それができたのは数の暴力に合わずに済んだからと言える。グランパニアの兵士たちは、ここに居る資質持ちがロイズだけだと勘ぐると、それ以降ほとんどの兵をロイズに向けた。そのために、こちらの兵の数が千と言えども、ほぼ同じような数を相手にする構図となったのだ。唯一ロイズを除いては……。

 不意にアリーナが、ロイズの視界に映り込む。


「アリーナ、大丈夫か?他の奴らの様子がわからん……。後ろがどうなっているかわかるか?」


 この乱戦の中、アリーナもそんなことを把握している訳もないのは理解していたが、尋ねずにはいられない。そう尋ねることで、戦場の全てに目を向けている、自らを錯覚させたかった。実際は、目の前のことしか見えていなかったとしても……。


「わかりません。私も自分に斬り掛かってくる敵の相手をするのに精一杯です。ただ、転がっている兵は、ルブルニア軍の者も少なくないと思われます」


 そう言葉を交わしている間にも、ロイズとアリーナは次々と敵兵を薙ぎ払う。津波のように押し寄せる敵兵は勢いが衰えることなく、休む間もなく襲い掛かってくる

 敵味方が混在しての乱戦となってしまったため、下手に広範囲魔法を使用することができない。ロイズは仕方なく、目で確認できるだけの範囲に絞りながら魔法を撃ち込み続ける。


「これでは指揮もクソもないな……。アリーナ、こっちは私が全て引き受ける。お前は手薄になったところの応援に向かってくれ」


 そう言って、アリーナに近づこうとしていた軍団に向けて、ロイズは光線を放つ。それは彼らの足許へと一直線に進み、地面への接触と共に爆発する。その勢いで、彼らは揃いも揃って馬から振り落とされ、その衝撃で悲鳴を上げる。

 その様子を見ていたアリーナがロイズを一瞥すると、そのロイズが顎で早く行けと指示するので、アリーナは小さく頷きながら馬の腹を蹴りその場を後にした。

 目の前に構える兵士たちの全ての視線が、再びロイズに集中する。ここまで多くの者に視線を向けられることはあまりないので、注目の的になっているようで、なんだか心の中がむず痒くなる。

 そんなズレた感想を抱けるくらいには、ロイズの心には余裕があった。恐らく、それは他の者よりも強大な力を保持しているという驕りが、少なからずロイズの心の中にあったからだろう。


「もう少し時間を稼がせてもらうぞ」


 敵の波に埋もれるようにして、ロイズは一人戦場を駆る。




「……、…………殿、……ツキ殿、アカツキ殿」


 激しく肩を揺らされて、アカツキは眠りの世界から現実世界へと引き戻される。夢を見ていたような気もするが、目を閉じてから一瞬で起こされた気もする。

 アカツキは眠気眼を擦りながら身体を起こし、静かなこの空間の外から響き渡る、戦いの音色に耳を傾ける。


「もう三十分も経ったのか?」


 外から響き渡る音色は、寝る前とほとんど変わらない。その上、ほとんど寝た気がしなかったので、寝起きのあまり働かない頭で何も考えずに、思ったことをそのまま口にする。


「見ての通り、時計なんてものはありませんので……。ただ、自分の時間感覚は、それなりに信用していただいていいと思います」


 別に信用していない訳ではなかったのだが、余計な気を使わせてしまっただろうか。そろそろ頭を働かさなければ……。

 それにしても、ここは静かだった。外の騒がしさと対比されて、余計に静かに感じるのかもしれないが、嵐の前の静けさのように感じてならない。そう感じるのは、これから相手にしようとしている敵を、現実的に近くに感じているからなのだろうか……。

 もう、アカツキたちを止める壁はいない。残りの部隊長たちは、既にこの国にはいないのだ。ならば、残るはキラただ一人。全ての障壁は取り払われたのだ。

 その事実が脳裏に浮かぶ度に、アカツキの心臓の鼓動が、その速度を増しながら律動を刻む。そんな不安や緊張をガリアスの悟られないように、アカツキは無表情に徹しながらガリアスに尋ねる。


「外の様子は、わかるか?」


 ガリアスもまた外から響き渡る轟音に耳を傾けていたのか、ようやくアカツキとはっきりと視線を交わし、小さく首を横に振った。


「わかりません……。何が起こるかわからないのが戦場ですので、アカツキ殿の身を放ってここを出ることなどできません」


 アカツキが予想していた通りの答えが帰って来た。アカツキとしては、予想を裏切ってくれないかな、と少しは期待していたのだが……。


「まあ、あっちはロイズに任せてあるんだ。外のことは、あいつが何とかしてくれる。ロイズを信じて、俺たちは先に進もう」


 アカツキとガリアスは、ようやく広間の奥に鎮座する扉へと歩み始める。その前に立ち尽くしていた巨大な壁は、未だに意識を取り戻すことはなく、仰向けの状態で地に伏せたままだった。

 それでもその心臓は確かに鼓動を刻み、はっきりと胸を打っていた。その様子を、アカツキは少しだけ安堵の笑みを浮かべながら一瞥し、そして重く立ちはだかる扉へと手を掛ける。


「行くぞ、ガリアス……」


 その扉はこれまでのどんな扉よりも重く感じた気がする。しかし誰かが傍にいてくれることで、力を分け与えてくれるかのように、どれだけ重い扉だろうとゆっくりとその扉は開いていく。

 扉から一歩先に踏み出すと、そこには左右に広がる長い廊下が不気味な空気を漂わせながら、まるで手招きをするように続いていた。

 別れるのは危険だという結論に至り、二人は同じ方向に向けて走り出す。この城の構造は、リディアからもらった情報により、大方理解している。左右のどちらに進もうが、突き当りの螺旋階段が待ち受けているだけだ。

 程無くすると、リディアの情報通りに螺旋階段が顔を覗かせる。上から強大な魔力を感じていたアカツキは、何の躊躇もなくその階段に足を掛け、駆け上がる。

 この先にキラがいる……。アカツキの心の中のその存在は、徐々に大きさを増していく。

 螺旋階段の一段、一段が重みを増していき、階段を昇る度に体力が削られていくような感覚に陥る。それでも、後ろのガリアスに支えられるようにして、その足を止めることなく、歩みを進める。仲間の存在の偉大さを、アカツキは改めて肌で感じていた。


 ガリアスと戦ったときは、隣には誰もいなかったな……。


 ガリアスと戦う前の一歩の重さを思い出しながら、アカツキは現在の一歩を踏み出していく。

 ようやく螺旋階段を昇り終えたアカツキは、思いもよらぬ事実に一瞬身体を硬直させてしまった。アカツキだけではない……。ガリアスもまた、その異変に気がついた。

 様々な戦争の経験や、ロイズたちとの修行を経て、アカツキもかなり成長を遂げたと言えるだろう。その成長のお陰で、アカツキにもできるようになったことがある。それは、相手の魔力をある程度感知することができるようになったことだ。

 今のところはっきりと理解することはできない。目を瞑っていても人気を感じられるのと同じようにぼんやりと曖昧に、そこから強大な魔力を感じる、くらいのものだ。

 だが、それも距離が近づいてくれば精度が上がっていく。少しずつ、確かな形が輪郭付けられていく。そうすることで、ようやく気付けたことがある。

 なんと、感じる魔力が二つもあるのだ。しかも、どちらがキラなのか判別がつかない程、どちらも強大な魔力を放っている。


「どういうことだよ……。相手は、あとキラだけじゃないのか……」


 突然突き付けられた事実に、アカツキは明白な焦りを見せる。額が湿り気を帯び、拳に無意識の内に力が入る。冷静な判断を奪われそうになるが、それでもなんとか必死に自らを律して、アカツキはガリアスに告げる。


「ガリアス……。聞いてくれ……。さっきの戦いで俺は相当の魔力を消費した。そして、今はまだ、エレメントの相性を除けば、お前の方が確実に強い。それは紛れもない事実だ。……だから、お前にキラを任せたい」


 アカツキの眼差しは真っ直ぐにガリアスを射る。ガリアスもまた、その眼差しをしっかりと受けとるように、アカツキの視線と交わらせる。


「本当は俺が、国王としてキラと対峙するべきなのかもしれない。でも、単純な勝率を考えれば、お前の方が上だと思う。……いや、確実に上だ。今は私情を挟んでいる場合じゃない。何としてでも勝たなきゃならないんだ」


 ガリアスは只々沈黙を守りながら、アカツキの言葉を受け止め続ける。


「たぶん今から、二人で目の前の敵を相手にして、その上でキラを倒すのは無理だと思う。だから俺が目の前の敵を抑えている間に、お前はキラの元に行ってくれ。それが……、最善策だと思う」


 アカツキはガリアスには気付かれないように、奥歯を噛み締める。

 まるで責任を押し付けているようで心苦しいが、そして自分で戦いたいという思いもあるが、それらを圧し殺してアカツキは請い願う。

 そんなアカツキの思いを受け取ったのか、ガリアスは何も反論もすることはなく、静かにアカツキの頼みを受け入れて頷き返す。


「アカツキ殿がそう仰るのなら、私から言うことは何もありません」


 どこかで否定して欲しいと思う自分がいた。ガリアスが否定してくれれば、自分がキラと戦ってもいいなどと、心の片隅で呟いていた。でも、ガリアスは受け入れてくれた。

 冷静に考えれば、ガリアスが戦うのが最も確率が高いのだ。だから、これでいい……。私情は捨てろ。彼らを束ねる王として、最善の判断を下せ。


「ありがとう……」


 こんな時に、自分が一番強いと言えない王で済まない……。こんな時に、真っ先に前に立てる王でなくて済まない……。最後にお前に任せてしまう、頼りない王で済まない……。

 それでも、間違った判断を下すような愚王にはなりたくない。この戦争を、間違った判断だったとは思いたくない。


「いえ……」


 アカツキの心の中の葛藤を知ってか知らずか、ガリアスは一言だけそう返事をした。彼もまた、相当な覚悟を決めてこの地に赴いたのだ。今さら何か、御託を並べるつもりもないだろう。言葉など要らない。あとは王として、自らの国の勝利のために、彼らの道を切り開くことに徹しよう。

 螺旋階段を昇りきり、そこから伸びる一直線の廊下をひたすらに進む。やがて、廊下の中心と思われるところに、広間にあった扉と同じような、大きな扉が再び鎮座していた。

 この先から一つ目の魔力を……。そして、この上からもう一つの魔力を感じる。やはり、近づいたところで、二つの強大すぎる魔力の差を感じとることは、今のアカツキには不可能だった。それだけ、目の前の敵も強大だという証だ。

 心臓の鼓動が速度を増し、周囲の音を掻き消すほどに大きく鳴り響く。扉に掛けた手は、気を抜けば滑りそうなほど湿り気を帯び、奥歯は無意識の内に痛みを覚えるほど、強く噛み締められている。

 アカツキはゆっくりと手に込める力を強め、それに呼応するように扉もゆっくりと、まるでアカツキたちを呑み込もうとするかのように開いていく。アカツキたちの心を揺さぶるように、ギシギシと軋む音を掻き鳴らしながら……。


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