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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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俺はお前を越えていく

 氷槍を握るガリアスの手に更に力が加わり、ギシギシと軋む音を掻き鳴らす。氷槍の先から滴り落ちる赤い雫は量を増し、滴る速度を早めていく。

 ダグラスが氷槍を動かそうと試みるが、氷槍は微動だにしない。ダグラスは自分が、魔力は愚か、筋力で下回るなど想像もしていなかった。ガリアスの魔力を見誤らなくとも、身体的な力を完全に見誤っていた。

 氷槍を引き抜くのに必死で、意識をガリアス以外に向けられる余裕ができた頃には、既にアカツキは目前まで迫っていた。逃げ道など何処にもない。

 アカツキの右手には戦いを始めた頃と同じ様に、しかしその勢いは比べ物にならないほどの炎の渦が巻き起こる。炎の渦は収束し、その右手を紅蓮の輝きで包み込んでいく。

 その姿を見たダグラスは必死に右手の大剣をアカツキに向けて、振り返ると共に振り下ろした。

 渦が止み、赤熱したアカツキの拳とダグラスの大剣が凄まじい勢いでぶつかり合う。通常ではありえないが、魔力で固められた拳は大剣とも渡り合うことができる。


「はああああぁぁぁぁ!!」


「うおおおおぉぉぉぉ!!」


 互いの雄叫びが重なりあい、部屋中に響き渡る。全身全霊でぶつかり合う男たちの雄叫びは、弦や管などにも負けないほどの、美しい調和を生み出す。

 その結果、主旋律を失ったのはダグラスだった。

 ダグラスの大剣はアカツキの拳により粉々に砕け散り、その刀身を失った。

アカツキは勢いも衰えぬまま、その拳でダグラスの頬を完全に捕らえた。

 先程までダグラスの氷槍を掴んでいたガリアスは、いつの間にか背後からその姿を消している。

 ダグラスはアカツキから受けた勢いそのままに、背後に構える壁に突き刺さるように吹き飛ばされた。

 これまでで一番激しい土埃が、ダグラスを巻き込みながら舞い上がる。最早、ダグラスの姿を完全に覆い被せてしまうほどの土埃だ。

 ダグラスの姿が見えなくなったことに少しだけ安堵の気持ちが込み上げ、アカツキは少しの間動きを止めてしまう。


「はぁ、はぁ……」


 アカツキもそれなりに魔力を消費しながら戦っているため、息が上がり始めている。叶うならば、今の一撃をこの戦いの最後の一撃にしたい。キラと戦うためにも、これ以上魔力を使いたくはない。

 だが、土埃が風に吹かれて晴れ始めると、その願いが無意味なものだと理解せざるを得なくなる。

 ダグラスは立ち尽くしていた。元の鎧も、氷の鎧も完全に砕け散り、既に身に纏うものは、布切れとしか呼べないような、最初とは比べ物にならない、余りにも粗末な姿になりながらも、最初と変わらない悠然とした姿で立ち尽くしていた。

 その視線が確実にアカツキを捕え、アカツキの視線と交わる。お互いの視線が交わったことを合図にするように、一歩ずつアカツキの元に歩み寄る。アカツキは動かなかった。動けないのではなく、動かなかったのだ。

 ダグラスが目前まで迫り、目と鼻の先で立ち止まる。その男はあまりにも巨漢で、仰ぐように見上げなければ、その眼を睨み付けることすらできない。


「はぁ、はぁ……。負ける訳にはいかんのだ。キラの為に、自分の為に、何よりもこの国の為に……」


 ダグラスは既に虫の息だ。言葉を発するのも辛そうにしている。そしてダグラスもまた、アカツキと同じように、自らの国を思いながらこの戦いに挑んでいるのだ。


「ああ、そんなのお互い様だろ。だからこそ、戦争なんて、無惨で、無意味で、無価値なことをしなきゃならないんだろ。どちらかが退くことのできる理由があるのなら、こんなこと最初からしなくていいんだ。どちらにも譲れないものがあるからこそ、俺たちは、こうやってお互いの命を削り合わなきゃならないんだろうが……」


 お互いの荒れた吐息が、掠れた不協和音を奏でながら、お互いの耳をざわつかせる。


「笑わせるな……。キラを倒したところで、この世界は変わらん。人とは本質的に抗う生き物だ。誰かを見下し、何かに抗わなければ生きていくことなどできんのだ。ならば、力が全ての社会こそ、戦争と身分社会のこの世界こそ、人間のあるべき姿であろう」


「違う。人間は手を取り合って、助け合う生き物だ。俺やガリアスがそうできたように、この世界だってそうなれる可能性があるはずだ。平和な世界の何が悪い。あるべき姿を決めつけて、何もしようとせずに可能性を踏み潰すお前たちに、それこそ俺たちは抗ってみせる」


 お互いの意見は変わらない。そう簡単に変わる意見なら、そもそもこんな争いにはなっていない。


「綺麗事を並べるな。それを言うのなら、俺たちがわかり合えないように、この世界もわかり合うことなど不可能ではないのか?」


「綺麗事で何が悪い。それは可能性を踏み潰すお前たちの言葉だ。綺麗事も現実になれば、綺麗事じゃなくなる。何もしようとしないお前たちに、それを綺麗事と笑う資格はない」


 こんなもの水掛け論だ。お互いが、相反するものを信条としているのに、それを感情任せにぶつけ合ったところで、何も解決する訳がない。 この辺りが潮時だろう。


「ならば力で示してみろ。私を越える力をもって私をねじ伏せ、新たなる可能性を見出だしてみよ」


 ダグラスはアカツキから飛び退くことで距離をとり、着地して間もなく、魔法陣を展開する。それも、これまでとは比べものにならないような大きさの……。


「争わない世界を作るために、どうして争わないといけないんだろうな……」


 そう呟きながらもアカツキもまた、ダグラスと同じ様に魔法陣を展開する。

 二つの巨大な紅と蒼の魔法陣が、向き合うようにして展開し、静まり返った部屋の中を異様な空気が満たしていく。魔力で満たされた空間は、まるで浮遊しているような、心と身体の不安定さを覚える。


「先程までと同じと思うな。我が氷の化身の真の力、その身をもって思い知るがいい」


 これが最後だ……。これで勝てないのなら、言い訳の余地もない。真の敗北を喫することになる。相手が二人だとか、エレメントの相性が悪い等と言う理由を今更並べるつもりはない。そんなものは、言い訳にもならない。ただの負け惜しみだ……。


「喰らうがいい……。絶対零度の氷狼、フェンリル・ゼロ!!」


 先程とは比べ物にならない程の巨大な狼を象った氷の塊が、まるで捕らえられた檻から力ずくで抜け出すように、叫び声のような轟音を唸らせながら、蒼の魔法陣から顔を引っ張り出す。

 いくら相性が良いと言えど、この氷狼の姿には流石に畏怖を覚えずにはいられない。ダグラスの魔力が、負けたくないという想いが、そのまま形を成したかのように、巨大で禍々しく、しかし何処か美しさすら感じられる。


「それでも、負けられないんだ……」


 魔力のぶつかり合いが織り成す轟音に、アカツキのその呟きは容易に飲み込まれて、ダグラスの耳に届くことなく消え失せていく。そして、アカツキもまた、自らの魔力を解放する。


「いけっ。灼熱の不動明王、倶利伽羅!!」


 紅の魔法陣から溶岩のように赤黒く揺らめく炎が、逆鱗を象るように逆立ちながら、ゆっくりとその頭部を覗かせる。

 剣山のように鋭くとがった幾つもの牙が並び、赤く鈍い光を放ちながらダグラスの姿を捕らえる眼光、そして天をも穿つような巨大な角。

 顔を魔法陣から出しきると、そこからはまるで翼を羽ばたいたかのように一気に加速し、蛇のように長くとぐろを巻く身体を魔法陣から放出する。

 巨大な紅の龍と、蒼の狼が凄まじい勢いを伴って衝突する。熱と冷気は霧を生み出すが、魔力の激突により霧は生成と同時に飛散する。

 先程よりも更に色濃く、二人の魔力がこの閉ざされた空間を満たしていく。最早その境界は天国と地獄のように、はっきりと分け隔てられる。

 お互いが一歩も退くことのない攻防は、永遠のようにも一瞬ようにも感じられた。時間という次元がまるで消え去ったかのように、通常の感覚を凌駕し、その身体に感じたことのない感覚を刻み付ける。

 まるでそのぶつかり合いにより、お互いの感情が流れ込んでくるように、相手の想いが魔力を通じて伝わってくる。

 相手の想いをより深く理解することで、同情や哀憐や思慮などの相手を思いやる気持ちが、心の奥底から沸き上がってくる。

 それが精神力を揺るがせ、魔力を不安定にさせる。相性のいいはずのアカツキの魔法が、一瞬押し負けそうになる。


「違う……。それじゃあ、誰も救われない……。お前の見ている未来は、お前自身が苦しそうじゃないか……。そんなもののために、命を張って戦う理由が何処にあるんだ。そんなもの未来なんて呼べないだろ」


 アカツキは歯を食い縛り、押し負けそうになっている自らの魔法を必死で抑え込む。


「俺はお前を越えていくぞ。俺の為にも、そして、お前の為にも……」


 アカツキが更なる魔力を、灼熱の龍王に注ぎ込む。


「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 押し負けそうになっていた炎の龍が、更に激しく燃え上がり、氷狼を押し返し始める。こうなると、相性の悪いダグラスの魔法はもう、なす術はない。

 ダグラスの敗北を告げるかのように、はっきりと耳に残る音を発てながら、ダグラスの氷狼に大きな罅が入る。同じくダグラスの表情にも罅が入るように、はっきりとその顔を歪ませる。

 いつ倒れてもおかしくないような、その痛々しいボロボロの身体を必死に抑え込むが、足元が徐々にふらつき始める。ダグラスは既に魔力の限界まで達しているのだ。


「もう、楽にしてやるよ。いけえええええええぇぇぇぇ!!」


 罅から罅へと、新たな罅が次々と氷狼を飲み込んでいく。まるで意志があるように、氷狼もダグラスと同じ様に歯を食い縛り、その場に踏みとどまろうとする。

 だが龍王の前に、氷狼の身体は次々と罅割れ、崩れ落ちていく。最早残りは頭部のみ……。それでも必死に喰らいつく氷狼は、自らの牙を突き立てるように大きく口を開き、まるで咆哮のような轟音を掻き鳴らす。だがその抵抗も虚しく、最後は何も残らない程に粉々に砕け散った。

 蒼の魔法陣は消滅し、それと共にダグラスの意識が吹き飛んだように、必死で立っていたダグラスの身体が地に伏せる。


「なっ……」


 これ以上ダグラスに追い討ちを掛ける気はない。アカツキは咄嗟に魔力のベクトルを変更し、ダグラスへの直撃を回避する。それが余分に魔力を消費する行為だったとしても、アカツキは何の迷いもなく、魔法の軌道をダグラスからずらした。


「はぁ、はぁ……。もう、十分だろ……。ガリアス、後は頼むぞ」


 二人の様子を、ただ黙って見届けていたガリアスが、ダグラスの元へと歩み寄る。そして、その視線を一点に集中させる。その右胸にはっきりと刻まれている、六芒星の印へと……。

 ガリアスは右胸に手を添えて、そこに向けて魔力を流し込む。一瞬輝きを増したダグラスの『王の資質』は、ゆっくりと硝子が割れるように粉々に砕け散った。


「止めは差さなくてよかったのですか?」


 ダグラスの王の資質を砕いたガリアスは、すぐさま自らの主人の元に歩み寄り尋ねる。


「俺はあいつの想いをぶち壊したんだ……。命まで奪えるかよ……」


 仰向けに寝転がりながら、勝利を喜べないままのアカツキはゆっくりと目を閉じる。結局、力での勝利なんて虚しいだけだ……。だから、早く終わらせなければならない。弱肉強食のこの世界を……。

 静まり返ったこの部屋に、王宮の外で起こる爆発音や金属のぶつかり合う甲高い音が街を伝って、響き渡ってくる。ロイズたちも自分たちを信じて、未だ頑張ってくれている。こんなところで果てる訳にはいかない。


「なあ、ガリアス。三十分でいい……。眠らせてくれないか?」


 それでも、このまま戦ったところで、キラと最善の戦いができるとは思えない。ダグラスがそうだったように、戦争において言い訳を並べるつもりはない。けれど、キラと戦うにはあまりにもコンディションが悪すぎる。


「大丈夫ですか……?ここは敵の本陣ですぞ」


 その心配は最もだ。だが、アカツキには自信があった。キラは向こうから仕掛けるつもりは一切ないだろう。その気があるのなら、既にここに来ているはずだ。これだけ激しく暴れて、それでもここへ足を運ばないというのなら、彼は待っているのだ。アカツキたちが、自分の元に来ることを……。


「心配すんな。もし誰か来ても、ガリアスが護ってくれるだろう?」


 アカツキは適当に理由を付けて微笑む。その笑みがガリアスを納得させたのか、ガリアスも微笑みを返しながら小さく頷いた。


「わかりました。外のこともありますので、三十分が限界です。あと、皆さんには内緒です。戦争の最中に寝ていたなどと知られたら、ロイズ殿に何を言われるか、想像するのも怖いですので」


 そんなガリアスの言葉に、思わず笑みを漏らし小さく笑い声をあげる。


「ふっ……。そうだな、大目玉喰らうに違いない。じゃあ、急いで眠らないとな」


 そして、ここがまるで故郷のルブルニアの、幹部棟の中の自分の部屋であるかのように、大胆に身体を投げ出すと、ゆっくりと瞼を閉じ、眠りの中に落ちて行った。


「おやすみ……」


 一時の休息に、アカツキは身を委ねた。


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