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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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過去の呪縛を断ち切って

「ガリアス、下手に魔力を温存しようとするな。時間を掛ける方が余程非効率だ。後のことはいいから、目の前に集中しろ。今からこいつを全力で叩き潰すぞ」


 ダグラスは自分たちよりも、余程経験値のある歴戦の戦士だ。力を抑えて戦ったところで、魔力の温存ができるような相手ではない。余計に魔力を消耗するだけだ。

 実際ここまで、ほとんどこちらの攻撃は通用していない。ただ魔力の撃ち合いをするのではなく、精神力を乱すことで、こちらの魔法を弱体化しながら、相性が悪いにも関わらず優勢に立っている。

 だが、わざわざ精神力を乱すような戦法を取っているということは、相性の悪さを嫌っているということだろう。

 そうでないのなら、アカツキたちのように次が背後に構えている訳でもないダグラスが、わざわざそんな戦法をとる必要はない。


「承知しました」


 二人はダグラスを見据えながら、それぞれに構えを取る。既に迷いを捨てたアカツキに、更に覚悟を固めたガリアス。彼らの眼差しは鋭く、ダグラスを真っ直ぐに射抜く。


「全力でいく、か……。私も舐められたものだな。グランパニア軍、第四部隊隊長であるこの私を、力を抑えて倒そうとしていたとは……」


 ダグラスが力強く一歩前に踏み出す。その瞬間、足元から凄まじい冷気が放出され、白く染まった冷気が、まるでオーラのようにダグラスの周囲を取り囲む。

 彼にも彼なりの負けられない理由がある。自分が仕える王は、負けることを許さないだろう。この国に仕えるということは、常に背水の陣を敷かれるということ。いや……、王の資質を与えられたその時から、既に逃げる場所などなかったのだ。

 何よりも、ダグラスはこの国を守護する軍の隊長なのだ。この国を犯そうとする者に負ける訳にはいかないではないか。例えその相手が、どれだけ崇高な考えを持っていたとしても……。


「あっちも、もう手加減はしないって感じだな……。ガリアス、いけるな?」


 それは、アカツキたちも同じである。敗北は死を意味する。そして、その死は自分たちだけの責任ではない。自分たちの死は、今も王宮の外で戦っているルブルニアの国民たちの死に繋がる。

 アカツキには国王として、国民たちの命を守る義務があるのだ。アカツキもまた、負けられない理由がある。


「もちろんです」


 ガリアスの返答を聞いたアカツキは「よしっ」と小さく頷くと、冷気に包まれるダグラスに向かって、一気に攻め寄った。


「はああああああああ!!」


 迷いを捨てたアカツキの太刀筋は、ロイズから与えられた鋭く柔軟な軌道を描きながら、ダグラスに襲いかかる。

 ダグラスも大剣を、まるで刀と同じように軽々と振り上げ、アカツキの刀を受け止める。甲高い金属音は、両者の鼓膜を震わせながら、部屋中に響き渡る。

 何度も何度も火花を散らしながら、互いの刀身同士をぶつけ合う。白く染まった冷気を背に火花が走り、稲光のように何度も瞬く。

 アカツキはダグラスの背に回り込むように、次々と斬撃を繰り出すが、それらはことごとくダグラスの大剣に撃ち落とされる。


「今だ、合わせろ、ガリアス」


 アカツキが次々に回り込んでいったため、数回の撃ち合いを繰り広げた後に、完全にダグラスを、アカツキとガリアスで挟む形となった。

 もう一度肩に濃密な氷塊を纏ったガリアスと、退魔の刀を携えたアカツキが一斉に地面を蹴り、ダグラスを挟撃する。

 ダグラスは舌打ちをしながらも、二人の進行方向に平行になるように身体の向きを変えると、アカツキには大剣を、ガリアスには氷壁を繰り出した。

 先にダグラスの元に辿り着いたアカツキの刀は、ダグラスの大剣の前に勢いを失った。だがガリアスは、その氷壁を力ずくで粉々に砕き、その勢いも衰えぬまま、ダグラスに突っ込んでいく。

 いつの間にかダグラスの右手に掛かっていたはずの重みは消えていた。アカツキが既にガリアスの進行方向から逃れていたのだ。


「まさかっ!!」


 最初からアカツキは囮だったのだ。全力でいく、と告げられたために、攻撃の主体は相性の良いアカツキだと勝手に思い込んでいた。だから、ダグラスはアカツキにほとんどの意識を割り振っていた。だが、それを逆手に取られてしまっていたのだ。

 ガリアスの巨体が、ダグラスの重厚な鎧にめり込むように突き刺さる。

 ガリアスが得ていた勢いは、そのままダグラスに譲渡され、重厚な鎧の一部を砕け散らせながら、壁まで吹き飛ばされた。

 アカツキたちがそこで攻撃の手を休めることはない。ここからが、アカツキの出番だ。

 アカツキはここしかないと云わんばかりに魔力を一気に練り上げ、巨大な魔方陣を展開する。これまでとは比べ物にならない程の魔方陣から放たれたのは、不死鳥を象った炎の化身。


「喰らえ、炎の化身、フレイム・バード!!」


 アカツキが放った炎の鳥は、自らの進む道を指し示すように、両翼を囲むように炎の柱が立ち登らせる。そして、たった一度の羽ばたきにより恐ろしい程加速し、ダグラスに襲いかかった。

 ダグラスはアカツキの魔法が到達する寸前に立ち上がり、必死に魔方陣を展開するが、アカツキの魔方陣の大きさには遠く及ばない。


「出でよ、フェンリル!!」


 そこから放たれたのは、狼を象った氷の化身。だが、アカツキの魔法と渡り合うには、余りにも魔力不足だ。それはダグラスも重々承知の上の抵抗だったのだろう。

 フェンリルはアカツキの魔法を相殺することはできずに、魔方陣諸とも砕け散る。そのまま、ダグラスは炎の渦に巻き込まれる。

 炎の渦がようやく晴れたとき、身体中に火傷の跡を負いながら、それでもダグラスは悠然とその場に立っていた。こんなもの、どうということはない、と言うように……。

 その態度とは裏腹に、その身体はかなりボロボロだ。先ほどまでダグラスの身を包んでいた鎧は、既にほとんどが崩れ落ち、残りは右肩から右腕にかけての部分のみとなっていた。


「効いてないって訳じゃないけど、まだまだやれるって感じだな……」


 アカツキの額を一筋の汗が滴り落ちる。それなりに勝負を決める勢いで放った魔法だったのだが、あそこまで堂々と立ち尽くされていると、流石に悔しさが込み上げてくると共に、多少の畏怖を覚える。

 アカツキはそのまま追い討ちを掛けるように、次々に魔法を撃ち込まなかったことを少し後悔していた。


「ふんっ、こんなものか……。流石に無傷とはいかなかったが、こんなもの痛くも痒くもないわ」


 いや、これは強がりだ。ブラフだ。ハッタリだ。

 ダグラスは表情を作ることに精一杯になっていた。正直今のダメージは、かなりの痛手になっている。

 最初から、資質持ちを二人も、しかも片方は相性の悪いエレメントを持っているものたちを、相手にするのは骨がおれるだろうと思っていた。

 だから、普段はあまり使うことのない、言葉での撹乱などという搦め手を使ってみたりもしたのだ。

 確かにそれなりに上手くいった。いや、上手くいき過ぎたのだ。そのせいで、相手を思った以上に早く建て直させてしまった。

 だが、ここで弱みを見せる訳にはいかない。ダグラスにもダグラスなりの意地がある。戦場に立っている間は、常に精神的に優位に立たなくてはならない。相手に飲まれるな。むしろ相手を飲み込め。

 ダグラスの双眸が、これまでとは全く異なる、狂暴で鋭いものになる。アカツキはまるで、牙を剥く狂暴な獣が、口を開いて飲み込もうしているような幻覚に陥れられる。

 アカツキの拳に自然と力が入る。ジリジリと迫り来る圧迫感は、こちらが優位に立っていることを忘れさせる程の緊張感を植え付けていく。

 ダグラスは必死に自らを大きく見せようと、わざとらしく足音を大きく踏み鳴らしながら、アカツキたちに一歩ずつ近づいていく。

 精神的な敗北は、戦いの敗北を意味する。ダグラスもまた、『王の資質』に選ばれた人間なのだ。一人の王に仕えはしていても、五千人の兵の上に立つ者なのだ。上に立つ者には、それなりの意地と根性がなければならない。


「お前たち如きに、この私を倒すことはできん」


 その言葉と共に、これまでよりも一層力を入れて、まるで地団駄を踏むように足を踏み出すと、ダグラスの周囲を囲むように氷柱の山が立ち登る。


「来るぞ」


 アカツキとガリアスは、同時に構えを取る。ダグラスの鋭い眼光がアカツキたちを射抜く。琥珀色の瞳が怪しく揺らめき、まるで獲物を狩る獣のようにギラギラと眼を光らせる。

 そして、地面を蹴りアカツキたちへと接近を図る。その道中、ガリアスの身体を次々と氷の塊が纏わり付いていき、アカツキたちの元に辿り着く頃には、元の鎧よりも更に重厚な氷の鎧が完成していた。

 片手には大剣を、片手には激しい冷気を放つ氷槍を携え、ダグラスは二人の元に単身突撃する。

 ガリアスもまたダグラスが辿り着くまでの間に、まるでダグラスの大剣を真似するように、ほぼ同じ線を描く大剣を造り出していた。

 ダグラスの、特攻であるという事実を覆い被せるような猛攻が始まる。これが自らの命を投げ捨てた諸刃の剣だということを、アカツキたちに勘づかれてはならない。

 相手に弱みを見せるな。虚構でも構わないから、こちらの優位を演じ続けろ。

 右手の大剣をアカツキに、左手の氷槍をダグラスに、次々と繰り出していく。

 右側では金属同士が火花を散らす甲高い金属音が、左側では氷と氷の魔力がぶつかり合い、吐き出されるように放出する白い靄が、ダグラスを両側から挟み込む。

 アカツキとガリアスが不意にアイコンタクトを取る。それが何の合図なのか、ダグラスにはわからない。それでも全力で防ぎにいくしか術はない。

 二人が息を合わせながら地面を蹴り、同時にダグラスに向かってお互いの武器を全力で振り下ろす。

 ダグラスは地面に根を張るように足許に力を入れ、お互いの武器の軌道に相反するように、自らの二柱の武器を繰り出した。


「ふんぬっ!!」


 二人から受けた凄まじい勢いに、ダグラスの足許の地面に罅が入る。だが、そこまでだ。二人の武器がダグラスの身体を傷付けることはない。

 勢いを完全に殺された二人は身体中を痺れが走り抜け、ほんの一瞬だが動きを止めてしまう。その一瞬を、ダグラスが逃す訳がない。


「はああああぁぁぁぁ!!」


 ダグラスは雄叫びと共に、二人を力ずくで自らの両側に吹き飛ばした。二人は勢いを殺すことはできずに、そのまま吹き飛ばされる。

 アカツキとガリアスの間に距離ができた瞬間、ダグラスはガリアスの方向に向き直ると、二人が体勢を立て直す前にそちらに向けて突撃する。


「まずはお前からだ」


 一対一での戦闘を無理矢理作り出し、その間に決着を着ける。それが、ダグラスが取った苦肉の策。

 体勢を崩したままのガリアスに向かって、ダグラスは大剣を振り下ろす。

 ガリアスは相手と同じような形をした大剣でそれを何とか受け止める。


「お前には、俺と同じようなものを感じていた」


 不意に投げ掛けられたその言葉に、ガリアスは訝しげな表情で、ダグラスを見返す。


「私も、昔は奴隷だった。だが私はお前と違って、自らを縛り付ける者全てに抗い、自らの価値を見出だした。だが、その先に辿り着いたのがこの場所だ」


 ガリアスはダグラスの言葉に反応を示すことなく、ただ彼の言葉に耳を傾ける。


「そうだ……。結局は全ての者に抗うことなど不可能だと、私はキラに教えられた。結局私は、昔と何も変わっていない」


 ダグラスの表情が悔しそうに歪む。それをガリアスはただ無表情で受け止める。


「お前と初めて顔を合わせたのはいつだったか?あのときのお前は死んだような眼をしていたな。鎖に繋がれ、自らを縛り付けるものを受け入れていた。まるで、過去の自分を見ているようで、あの時は虫酸が走ったがな……」


 確かに、過去にこの男と邂逅したことは覚えている。グランパニアの傘下の国として、キラの元へと出向かなければならないことがあったからだ。


「だが、いずれお前は縛り付けるものの全てを壊すと思っていた。私がそうだったように……。そして今、お前は私の目の前で、それを証明してくれた」


 ダグラスの大剣に更なる力が加えられる。大剣を抑えるガリアスの表情が歪み、左手に意識を集中させざるを得なくなる。


「だが、それもここまでだ。真に全てに抗うことなどできないということを、その身をもって証明してやろう」


 その言葉と共にダグラスはもう片方の手に携えられた氷槍をガリアスの右胸に向けて突き出した。

 氷槍を伝って、ガリアスの赤い血液が地面へと滴り落ちる。一滴ずつ、ポタッ、ポタッと地面に小さな血溜まりを作り出す。

 だが、その氷槍はガリアスの胸へは到達していなかった。ガリアスは右手で、その氷槍をしっかりと握りしめていた。掌や腕を多少傷つけはしたものの、戦いに支障をきたすような傷ではない。


「やりおる……」


 ガリアスは氷槍をしっかりと握りしめ、口角を軽く歪ませると、ニヒルな笑みを浮かべる。


「逃がしませんぞ」


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