仲間を信じて
「お前とは戦う気はないから退いてくれ、って言っても、どうせ聞いてはくれないだろ?」
アカツキは皮肉めいた表情でダグラスに向けて尋ねる。自分でも、いつの間にこんな表情ができるようになったのか、と思い返してみるが、すぐにふざけた笑みを浮かべる銀髪の少年が頭をよぎったので思考を断ち切る。
「もちろんだ。こちらも、遊びでお前たちの前に立っている訳ではないからな」
アカツキが辺りを見回すが、ダグラス以外の兵はこの部屋には全く見当たらない。全勢力をロイズたちの方に注いだためか、それとも最初から資質持ちがここに攻めてくることを理解していたのか。
どちらにしろ、アカツキたちがやることは変わらない。一般兵が少ないのは、むしろアカツキたちにとっては好都合だ。
「正々堂々とか、そんなことを言うつもりはないぞ。こっちは二人でいかせてもらう」
アカツキのその宣言のような言葉に、ダグラスは薄ら笑いを浮かべると、嘲りのような表情で答える。
「正々堂々などという綺麗事を、戦場に持ち込むな。そんな言葉は、平和に飼い慣らされた愚民共の言葉だ。戦場には平等もなければ、規則もない。力の有るものこそ、その戦場に立ち続けた者こそ、勝者であり、正義なのだ」
ダグラスはそう語りながらも、自分で口数が多いことに気がつき、柄ではないと口を噤む。やはり、尊敬の念を抱く者への邂逅と、久しぶりに引き抜いた闘争心という名の刃に、心が昂っているようだ。
ガリアスは静かに大剣を地面から引き抜くと、その切っ先をアカツキとガリアスに向けて、ゆっくりと口を開く。
「言葉など、戦場には必要ない。語りたいことがあるのなら、己の刃で語り合おうではないか。それが、資質持ちというものであろう」
そんなダグラスの言葉に、アカツキは鼻を鳴らして吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「別にお前と語りたいことなんてない。俺はさっさとキラの元に辿り着いて、あいつをぶん殴りたいだけだからな」
アカツキの言葉を聞き終えたダグラスが、これまでとは異なる、好戦的な笑みを浮かべて、突き出していた大剣を引き寄せ構えを取る。
「ならばこの私を、お前の力で越えて見せろ」
「最初からそのつもりだ」
その瞬間、アカツキは地面を蹴りダグラスに接近を試みる。右手には、紅く揺らめく炎が次々と渦を巻いて集まっていき、球の形を成していく。
アカツキたちはリディアからの情報で彼のエレメントを知っている。だから、相性のいいアカツキが真っ先に前に出たのだ。
ダグラスは冷気を纏った大剣を、なんと片手で持ち上げ、それを全力で横一線に薙ぐ。
アカツキは跳躍しそれを何とか避ける。大剣が空を切る凄まじい風切音が、少し遅れてアカツキの鼓膜を大きく震わせる。
ダグラスの大剣を持っていないもう片方の手には、既に魔法陣が展開しており、そこから巨大な氷柱が勢いよく飛び出す。大剣に集中力を乱されたアカツキの右手にその氷柱が襲いかかり、アカツキの魔法を飛散させる。
アカツキは一旦距離をとり、体勢を立て直そうとする。しかし、ダグラスは既に走り出している。重厚な鎧をものともせずに、重そうな金属音を掻き鳴らしながら凄まじい勢いでアカツキの元に突撃する。
アカツキに魔法陣を展開している余裕はない。退魔の刀も、魔法ではなく生身の人間が突撃してきているのでは意味がない。その迷いが、アカツキの動きを鈍らせる。
ダグラスはその隙を見逃さない。アカツキの目に迷いの色が見えた瞬間、一気に速度を上げ、再び片手で大剣を振りかぶり、そのままアカツキへと振り下ろす。
アカツキは目を見張りながら、その大剣を眺め見ることしかできずに呆然と立ち尽くしていた。そんなアカツキと大剣の間に、巨漢が割って入る。
「忘れてもらっては困りますぞ」
ガリアスは自らの腕に朦々たる氷塊を纏いながら、その腕でダグラスの大剣を受け止める。氷と氷のぶつかり合いが、何千人が入ることのできるこの部屋を、一気に冷気の海に沈めていく。
「忘れてなどおらん。同じエレメント同士、力比べといこうではないか」
どうやらダグラスは口ではなんと言おうとも、正々堂々とした一騎討ちがお望みらしい。だが、卑怯と言われようが、そんなものに付き合うつもりは毛頭ない。卑怯だろうが何だろうが、それが自らの正義ならば貫き通すまでだ。
アカツキはガリアスの背中から、ダグラスの左側に飛び出すと、一気に魔力を練ってダグラスに向けて熱線を放つ。
ガリアスを押し返しながらも、ダグラスは確実にアカツキを視界に捕らえていた。そしてアカツキの動きに気付くと、残しておいた片腕を熱線へと伸ばし魔導壁を構築する。
アカツキの放った熱線は魔導壁で軌道を曲げられ、ガリアスの元へと襲いかかる。
アカツキの攻撃が自分に襲いかかってくることを認識したガリアスの魔力が乱れ、腕に纏っていた氷塊が遂に崩れ落ちる。
ダグラスの表情に不適な笑みが浮かぶ。ガリアスは何とか後ろに飛び退くが、それでも完全に避けきることは叶わない。大事には至らなかったものの、腕に多少の斬傷が刻まれた。
「二人揃ってその程度か?王の血族が聞いて呆れる」
ダグラスは少しだけ趣向を変えてみようと、アカツキに話しかけることにした。
アカツキに向けて放たれたその言葉を、しかしアカツキは訝しげな表情で受け止める。それが自分に向けられた言葉なのかどうかも曖昧である。
「王の血族って、どういうことだ?」
聞きなれない言葉に、アカツキは戦闘の手を止め、ガリアスに視線を固定させて、様子を伺いながら尋ねる。
アカツキの反応があまりにもよかったため、少しだけ表情に出そうになるが、ダグラスはそれを心の縁に押し込めるように無表情を気取る。
「その意味がわからないのか?お前は祖父のことも、父親のことも、どういう存在なのか理解していないのか?」
祖父という言葉にアカツキの瞼がはっきりと動く。眼は見開かれ、呼吸が乱れる。 自らが失った、大切な存在に……。
「じいちゃんが、どうかしたのか?」
父親という言葉が耳に入っていないのか、アカツキが気に掛けるのはシリウスのことばかりである。そして、その明らかな動揺はダグラスにしてみれば、絶好の好機である。
ダグラスは言葉を紡ぎながら、アカツキが少しずつ乱れていく様子を伺い見る。
「その様子だと、理解していないようだな。何故、我々の国がお前の故郷である、ルブールを襲うことになったのか……」
ダグラスはアカツキの動揺を誘う言葉を次々と投げ掛ける。アカツキが過去に遺恨を残していることを察したダグラスは、アカツキを精神的に乱しに掛かる。
「お前は何も知らないのだな、自分の家族のことを……。お前の父親が何者なのか、知りたくはないのか?」
そこでようやく、アカツキの耳に父親という言葉が流れ込んでくる。その言葉はあまりにも聞き慣れず、違和感を纏いながら、アカツキの思考を刺激する。
「俺の父親は生きているのか?」
初めて告げられた父親の存在に、アカツキは更なる動揺を見せる。もう、今のアカツキに魔力を練るだけの、精神の安定性は残されていない。
アカツキとの会話を邪魔する訳にはいかないと考えたガリアスは、その場で動かないまま戦場の流れを凝視していた。
そして、遂にダグラスが動き出す。
「全ては、冥土で祖父に尋ねるがいい」
ダグラスは電光石火の如く一気に加速し、アカツキに向けて大剣の切っ先を向けて突撃する。アカツキの特性を知るダグラスは、無闇に魔法を使おうとはしない。
ガリアスも反応したものの、ダグラスに一歩遅れて動き出したため、アカツキの元に追い付くのは不可能だ。
乱された精神力で魔力を練ることができないアカツキが繰り出した苦肉の策は、退魔の刀でダグラスの大剣の切っ先を防ぐことくらいだった。
そんなものでダグラスの勢いを殺せるわけもなく、大剣の切っ先と刀の刀身が火花を散らしながら激しくぶつかり、刀は弾け飛び、アカツキは壁まで吹き飛ばされる。
壁は土埃を上げながら崩れ落ち、アカツキはそこに張り付けられたような体勢になる。
それでもダグラスの猛攻は止まらない。追い討ちと云わんばかりの勢いで、地面を蹴り宙に飛び上がり、アカツキの元に大剣を振り下ろした。
大剣の衝撃で凄まじい土埃が舞い上がり、二人の姿が朦朧となる。そんな土埃の嵐から、アカツキは命辛々抜け出してきた。
だが、ダグラスの猛攻は更なる追撃を重ねる。アカツキはすぐさま立ち上がり、恥も外聞も捨ててガリアスに助けを求める。
「頼む、体勢を立て直す」
アカツキは何とかガリアスの背中まで逃げのび、背後から迫ってくるダグラスをガリアスに任せる。
「承知いたした」
ガリアスは既に魔力を練っており、その手は白藍色に輝いていた。ガリアスがその手を振り上げると、跳躍していたダグラスの足許の地面に魔法陣が展開し、そこから鋭利な氷柱が左右から二本、ダグラスに襲いかかる。
「ふんっ」
下から立ち登る氷柱を、ダグラスは魔力も込められていない大剣を振り下ろし、力ずくで破壊した。氷柱は粉々に砕け散り、ダグラスに掠り傷一つ残すこともできない。
だが、ガリアスも負けてはいない。壊されることがわかっていたかのように、既に次の行動へと移っている。大剣を振り下ろしたことで、がら空きとなったダグラスの頭上には、新たな魔法陣が展開している。
「何っ!!」
ダグラスがその魔法陣に気が付いた時には、既に魔法は発動していた。ダグラスの頭部目掛けて、天井からもう一本の氷柱が突き出した。ダグラスはその攻撃を何とか大剣の刀身で防いだものの、押し出した勢いに負けてそのまま地面へと落下する。
攻撃できる機会など、ほとんどないだろうと踏んだガリアスは、そこで足を止めることなく、そのまま落下したダグラスに向かって走り出した。冷気で周囲を白い靄が漂うほどの濃密な氷を肩に纏わせたまま、その勢いに任せてダグラスに突進を仕掛けた。
だが、その巨体はダグラスの目前に来て、一瞬で速度を失った。まだダグラスは体勢を立て直してなどいない。それでも、ダグラスはその二本の腕で、ガリアスの巨体を受け止めたのだ。
「今のはいい攻撃だ。だが、少し次の攻撃を焦り過ぎだ。相手の力量を測れなければ、お前たちに勝機は無いぞ」
ダグラスにはまだ、ガリアスに助言できるほどの余裕を残していたのだ。
そしてその言葉と共に、なんとダグラスはガリアスの巨体を持ち上げ、アカツキのいる方向へと思い切り投げつけた。
自分の身体をアカツキが止めることできないと察したガリアスは、咄嗟に「避けろ!!」と叫ぶ。主従の関係を気にしている暇もなく、命令口調になってしまったものの、アカツキはそれを気にする様子もなく、小さく頷くとガリアスを跨ぐように跳躍して迫りくる巨体を避けた。
ガリアスは壁にぶつかるまで勢いが衰えることはなく、そのまま壁に勢いよく激突する。先程と同じように、壁が崩れ落ち土埃を上げる。
だが、アカツキはダグラスから視線を外すことはない。ガリアスを気に掛ける様子もなく、ダグラスの姿を焼き付けるように、その豪傑を見据える。
「戦いの最中に、余計なことを考えるのは止めだ。俺はじいちゃんや、顔も知らない親父のことを聞くために、ここに来た訳じゃないからな。今はお前たちを倒すことだけに集中しないとな」
アカツキは退魔の刀を、その手に出現させる。ダグラスとの戦いで、それを出し入れしている余裕はないと悟ったのだろう。
「それは残念だ。良い攻め所を見つけたと思ったのだがな……」
その時、王宮の外側から地面を鳴動する程の爆発音が鳴り響き、王宮内にもその揺れが伝わってくる。ダグラスは爆発音の起こった方向に視線をやるが、アカツキはそれでもなお、ダグラスから視線を外そうとはしなかった。そんなアカツキに向けてダグラスは尋ねる。
「外の様子が気になりはしないのか?」
ダグラスは無表情のまま、様子を覗うようにアカツキを見定める。アカツキは瞬きひとつしない程に目を凝らし、ガリアスの問い掛けに答える。
「ああ、気にならない」
それだけ言うと、アカツキは口を閉じる。アカツキがこれ以上何も言う気がないと察したダグラスは、更に問いかけを重ねる。
「薄情な奴だな……。こうしている今も、お前の仲間たちが次々と命を落としているかもしれないのだぞ」
アカツキもダグラスもその表情を一切変えずに、お互いの腹の裏を探り合うように言葉を交わす。
「そうかもしれないな……。でも、俺は信じている。俺は大切な仲間たちと約束を交わしてここへ来たんだ。だから、俺はお前から目を離さない。もう、何も失わないために。そうだろ、ガリアス……」
アカツキの背後でゆっくりと立ち上がり、その眼光を鈍く光らせる。ガリアスもまた、その視界にダグラスを捉えながら、一歩ずつ二人の元へと歩を進める。
「ええ……。自分たちは向こう側のことは、全て任せてここへ来たのです。ならば自分たちがそれを気に掛けるのは、彼女たちへの侮辱に値します。自分たちは、あなただけを見ていればいい」
アカツキの口許がようやく少し和らぐ。そして、天井に目掛けて自らの腕を真っ直ぐに伸ばし、そこへ向かって指を真っ直ぐに突き立てる。
「ああ、そういうことだな……。そして、俺たちの目標はこの上だ。さっさとこいつを片付けて、約束を果たそうぜ」
その言葉を聞いたダグラスもまた、ようやくその口角が歪に歪む。
「確かにこれは、手強そうだ……」