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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第二章 始まりの明と宵
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帰って来た日常

「開けて下さい、お願いします」


 アカツキは夜明け前の、ぼんやりとした明りが満たす街を、ヨイヤミを抱き抱えたまま駆けまわった。この時間ともなると、流石のこの街でも静けさが立ち込めていた。

 それでも、必死に駆け回った先に診療所を見つけたのだ。

 だが、こんな時間に空いている訳もなく、アカツキは一心不乱に診療所のドアを叩いていた。

 寝ぼけ顔でようやく出てきた医者に、アカツキは泣いて縋り付いた。


「お願いします。大事な友達なんです。どうか、助けてやってください」


 絞り出すように掠れた声で懇願するアカツキを見て、医者はアカツキの腕からヨイヤミを預かると、渋くしわがれた声で告げた。


「大丈夫だ。俺が絶対に助けてやる」


 そう言って、アカツキを残して医者は奥の部屋へと消えていった。

 アカツキは何もすることができないまま、ヨイヤミが手術を受ける部屋の外で祈るようにしながら、ただただ静かに待っていた。

 何も見えない扉の向こう側では、金属音が何度も何度もこだましていた。

 何が行われているかもわからない向こう側を、ただただ信じるしかないアカツキは無力感に苛まれながらも、ただジッと待ち続けることしかできなかった。

 やがて、窓の外から角度の浅い陽の光が差し込み始めた頃、医者はゆっくりとマスクを外しながらその部屋から出てきた。

 アカツキは思わず駆け寄り、ヨイヤミの安否を促すようにジッと医者の眼を見続けた。


「心配はいらん。ちゃんと助けてやった」


 そう言ってアカツキの頭に少しゴツゴツとした掌を乗せると、不器用に頭を撫でた。

 立ち去る男の背中には、静かにベッドの上で眠るヨイヤミの姿があった。

 アカツキは覚束ない足取りでヨイヤミへと近づいていく。


「なんだよ……。ったく……」


 その気の抜けた表情を見て、思わずアカツキも笑みを漏らす。こちらの心配をよそ目に、口許から涎を垂らして、寝言を呟いている。

 そんなヨイヤミの様子を見たアカツキは、一気に肩の荷が下りたよう緊張が解け、身体中を疲労感が襲い、立っていることすらままならなくなる。

 そのまま凄まじい睡魔に襲われ、意識を保つことすらできなくなり、その場に力無く倒れ込む。

 アカツキが倒れたことに気付いたのか、医者が慌てて走り寄る足音を耳にしたまま、アカツキの意識は暗闇へと沈んでいく。

 慌てた声音の医者の呼びかけを最後に、アカツキの意識は完全に奈落の底へと落ちていった。




 すっかり昇りきった陽光が瞼を撫でていき、その温もりを感じてアカツキは目を覚ました。

 窓から差し込む陽の光はすっかり空に昇り切っており、あれから数時間の時が過ぎていることを伝える。

 隣には相変わらず寝息を立てて気楽に眠るヨイヤミがおり、思わず肩を落として安堵の吐息を漏らす。

 外からはいつも通りの喧噪が聞こえてくる。いつの間にか、アカツキの身体にも治療が施されており、その優しさに心が暖まる。


「そんな大怪我して、どこぞで喧嘩でもやらかしたか。まあ、この街で夜にここに来る奴なんて大抵がそんな連中だがな」


 部屋の扉から覗きこむ大柄な男が、その体格に似あった大柄な笑い声を上げながらこちらへと歩み寄る。

 深夜にもかかわらず、飛び込んできたアカツキたちに文句も言わずに治療してくれたその医者は、とても大柄な身体を重たそうに揺らしながら近づいてくる。

 その顔には、縫ったような痕がいくつも残っており、医者と言うよりも、不良たちのボスといった方がイメージに合っている気がした。


「まあそんな感じです。本当にありがとうございました。それと、ごめんなさい……」


 そんな失礼な感想を抱きながら、心からの感謝と謝罪を告げる

 アカツキの謝罪を、男は笑い声で一蹴しながら、気にする様子もなくアカネの肩に掌を乗せる。


「なあに、気にするな。医者は命を救うのが仕事だ。それが深夜だろうが早朝だろうが関係ねえ。救える命は全て救う。だから、気に病む必要はない」

 

 そう言うと顔に似合わず、優しい微笑みを浮かべてアカツキの頭を不器用に撫でた。

 その手は、ゴツゴツしており撫で心地はあまりよくなかったが、でもどこか暖かさを感じた。

 やがて扉を開ける音と共に、患者さんが入ってくる。

 その音に急かされるように男は急いで部屋を後にしようとして、去り際にさり気なく告げていった。


「そいつが、目を覚ますまでゆっくりしていけ、金もいらん」


 その言葉を最後に男は病室を後にした。

 あまりの勢いに感謝を告げることもできなかったアカツキは、視界から消えた彼の背中に深々と頭を下げた。

 その後、アカツキはベッドに腰掛けながら、ジッと窓の外を眺めていた。

 つい数時間前まで、自分たちが命の削り合いをしていたなどとは到底思うことができなかった。

 今でも、自分たちが生きていることが信じられない。まだ、夢の中にいるような気分だった。


「俺たち、勝てたんだよな……」


 相手は間違いなく、自分たちよりも格上で、自分たちが勝てる要素などどこにもなかった。

 けれど、今ここに生きていることこそ、自分たちが戦争に勝利した、何よりの証拠で……。




 外から聞こえてくるいつも通りの喧噪が何処か懐かしく、日常に還ってこれたことを実感する。

 ここ最近、自分が生きているということを実感することが多くなった。

 平和だった頃は、生きていることが当たり前だった。けれど、世界はそんなに優しくなかった。

 死は常に目の前にあり、隙をみせれば寝首を掻こうと、己の背後で待ち構えている。

 そんな世界に身を投じて得た生の実感は、どこか悲しくもあり、そして心を満たすものであった。

 目を覚ましそうもないヨイヤミを病室に残して、アカツキは宿泊していた宿屋に脚を運んだ。

 その道中どうやって謝るべきかと、必死で考えながら歩いていたが、結局自分が選べる選択肢など素直に謝ること以外には何もなかった。

 怒鳴られるかもしれないし、金を要求されるかもしれない……。

 そんな心配事ばかりを並べている内に、アカツキは宿屋へと到着した。

 宿屋は昨日の襲撃で破損し、アカツキたちが泊まっていた部屋は瓦礫に埋もれて跡形もなくなっていた。

 何人かの男たちがせっせと瓦礫の撤去に勤しんでいる。それを見て、アカツキの心がギュッと何かに掴まれるような痛みを感じた。

 その視界の先に宿屋の女将を見つけて、アカツキは覚悟を決めて歩み寄る。

 女将は腕を組みながら、口を開こうともしないままジッとこちらを見下ろしていた。

 昨日とはまた違った恐怖が押し寄せてくるが、今は素直に謝るべきなのだ。


「すみませんでした」


 アカツキは地面に膝を付き大袈裟に頭を下げて謝罪する。今自分に出来ることはそれしかないから。

 女将の顔を見ることができない。一体どんな表情を浮かべているのだろうか。

 顔を上げることができないまま、無言の時が流れる。やはり怒っているのだろうか。怒られても仕方がない。自分のせいで多くの人々を巻き込んだのだ。

 アカツキが頭を下げたままジッと待っていると、ようやく女将の手がアカツキの肩に乗せられた。アカツキは思わず肩を大きく震わせながら次の言葉を待った。


「偉いじゃないか。ちゃんと謝りに来て」


 顔を見ることの出来ない彼女から告げられたのはそんな優しい言葉だった。

 罵詈雑言を投げ掛けられる覚悟をしていたアカツキは思わず顔を上げると、そこにあったのは優しい笑みを浮かべた女将の姿だった。


「なあに気にすることないよ。あんたらのせいじゃないんだろ。お客もみんな、大方の状況は理解しているつもりさね。誰もあんたらを責めちゃいないさ」


 そんな優しい声音に、アカツキの心は大きく揺れ、目頭が熱くなる。

 誰もわかってくれないと思っていた。それでも、それを受け入れなくてはならないと思っていた。けれど、そうではなかった。

 優しい世界だって、ここにはあるのだ。


「本当にすみませんでした。謝って許されることじゃないけど、それでも、すみませんでした……」


 アカツキは額を地面にこすり付け、嗚咽を漏らしながらもう一度謝罪をした。

 女将は呆れたように溜め息を吐きながら「もういいよ」と、涙を流すアカツキに布きれを渡してくれた。


「このままじゃ申し訳ないと思ってくれるなら、瓦礫の撤去くらいは手伝ってもらおうかね。それで今回は全部チャラだ。それでいいだろ」


 何かをしなければ気が済まなかったアカツキに、女将は最大限の譲歩を与えてくれた。そんな優しさが、今のアカツキには心に刺さる程嬉しかった。

 アカツキは、少しだけ落ち着くまでの時間を貰い、その後は他の誰にも負けない程の働きを見せた。他の男たちが唖然と眺めてしまう程の……。

 気付いた時には既に陽が沈みかけていた。今は何も考えずに出来る作業がとても嬉しくて、時間が過ぎるのを忘れるほどに熱中していたのだ。

 作業を終えた後、女将が「これを持ってきな」と笹の葉に包まれた握り飯を渡してくれた。

 アカツキは自分の責任を果たしただけなのに、最後まで優しさを向けてくれる女将には、本当に頭が上がらなかった。


「何から何まで、本当にありがとうございました」


 アカツキは去り際に、感謝してもしきれない程の念を込めて深々と頭を下げると、女将は笑いながら手を振って見送ってくれた。

 医者の男といい、宿屋の女将といい、この世界はやはり捨てたものでは無い。人は、これ程までに誰かに優しくなれるのだ。

 すっかり疲弊してしまったアカツキは、女将からもらった握り飯を握りしめて、ヨイヤミの眠る病室へと戻った。

 病室の扉を開け中に入ると、そこにはベッドに腰掛けてこちらを眺めるヨイヤミの姿があった。

 アカツキは思わず言葉を失い、ただ呆然とヨイヤミの姿を眺めていた。

 扉を開けた後、全く動かなくなったアカツキに小首を傾げながら、ヨイヤミが気の抜けた声で尋ねる。


「なんや、幽霊でも見るような目でこっちを見て」


 まるで昨日のことがなかったように、あっけらかんとした表情を浮かべるヨイヤミに最早怒りまで覚えてしまいそうで……。


「お前……、お前……」


 アカツキの拳に力が込められていく。アカツキの肩は小刻みに震え、怒りがまるで風船のように急激に膨らみ、破裂するのを今か今かと待っていた。


「俺が一体どれだけ心配したと思ってんだッ」


 怒鳴るつもりなど微塵もなかったのだが、これはどう考えてもヨイヤミが悪い。

 アカツキは抑えられない衝動に駆られて、勢いのままに怒鳴り散らしていた。


「こっちは、お前が死ぬかもしれないと思って、必死で病院に駆け込んで……、それなのに……」


 言葉が上手く出てこない。それが怒りのせいなのか、その裏に隠れた嬉しさのせいなのか、感情が渦巻く今のアカツキにはよくわからなかった。


「ご、ごめん……」


 珍しく、ヨイヤミが素直に謝罪を口にする。アカツキが癇癪を起こすほど怒ったことに圧倒されて、ヨイヤミもそれ以上の言葉が出てこない。

 なんだか妙な雰囲気になってしまい、お互いが口火を切ることに戸惑いながらも、ヨイヤミが先に言葉を口にした。


「その、呑気なこと言ってごめん。でも、心配してくれて、ありがとう……」


 素直な気持ちをアカツキにぶつけるのは初めてで、ヨイヤミは少し恥らいながらも、感謝の気持ちを口にする。

 アカツキもようやく気持ちが落ち着きを取り戻し、頭の整理ができるようになる。


「いや、俺も怒鳴ったりして、ごめん」


 本当は嬉しくって、なんて今の雰囲気では口にすることはできなかった。

 それでも、本気で心配していたことは十分に伝わったようで、アカツキの怒りの表情は安堵の笑みへと変わっていく。

 二人の間を沈黙の時間が流れていく。何かきっかけを作らねばと、ヨイヤミは必死に辺りを見回し、アカツキの手に何かが握られていることに気付く。


「なあアカツキ、その掌に握られているもんって……」


「ああ、これは宿屋のおばちゃんにもらった握り飯で、って……、ああああああああ!!」


 アカツキの悲壮な悲鳴が病室にこだまする。

 アカツキの右手に握られていたのは、すっかり不恰好になった握り飯だった。先程のヨイヤミとのやり取りの中で、どうやら握り潰してしまったらしい。


「まあ、形なんてどうでもええやん。二人で半分こしようや」


 それがどういう経緯で手に入れた物なのかも知らないまま、ヨイヤミが分け合うことを提案する。

 だが、彼といるとそんなことはどうでもいいように感じてしまうので不思議だ。

 そんなことを思いながら、アカツキは潰れた握り飯を、半分にしてヨイヤミに手渡す。


「んん……、うまいっ。不恰好でも味は変わらんわ」


 幸せそうな笑みを浮かべながら食べるヨイヤミを見ていると、心配していた自分も、怒っていた自分も馬鹿らしくなってしまう。

 そんな風に思わせてくれるところは、やはりリルとどこか似ている。彼と一緒にいると落ち着けるのは、それが理由なのかもしれない……。

 まるで昨日のことが嘘だったかのように、いつもの日常がアカツキの元に帰って来た。




「いくら若いって言っても、早すぎやしねえか。早くても全治二週間ってとこだぞ」


 ヨイヤミの傷は三日で完治するにまで至った。

 ヨイヤミ曰く、資質持ちは傷の治りが早いそうだ。その治癒速度に医者も驚きを禁じ得ない様子だった。

 医者の男はヨイヤミの身体を舐め回すように観察したものの、特にこれといった成果は得られず、首を傾げながらボソッと言葉を漏らす。


「まあ、そういうこともあるか」


 そんなあまりにも適当な解答に、二人は顔を見合わせながら呆れた笑みを浮かべ合った。

 二人にとって怪しまれないのは願ったり叶ったりなので、そのことに触れることなく、早々に感謝の言葉を告げる。


「本当に三日間お世話になりました。こんなに良くしてもらって、本当になんてお礼を言えば……」


 二人が深々と頭を下げると、相変わらず大袈裟な笑い方でアカツキの肩を、痛みを覚える程に力強く叩きながら返事をする。


「がははっ。子供がそんなこと気にするんじゃねえよ。困ったら助け合いだ」


 そんな男の優しさに甘えてしまっているようで、少し申し訳なく思いながらも、そんな優しさに感謝をしつつ、アカツキは再度深々と頭を下げた。

 平和な国というのは、そこに住んでいるだけで人々の心がおおらかで優しいものにしていくのだろうか。そんなことを思いながら、大袈裟に笑う男を眺めていた。


「本当に、お世話になりました」


「あぁ、元気でやれよ」


「そちらも、お元気で」


 手を振って二人を見送る男に背を向け、アカツキたちは大通りへと向かった。

 アルバーンのいつもの喧騒を耳に、二人は名残惜しげに辺りを見回しながら門へと向かった。その思い出を、その眼に焼き付けるように。

 門を潜り、掘りに架かった桟橋を渡り切った二人は、背中に広がるアルバーンの国を振り返る。

 アカツキとヨイヤミが出会い、二人で共に死地を切り抜け、二人を大きく成長させてくれた国『アルバーン』。

 恐らくこの先、この国を忘れることはないだろう。それくらい、多くの思い出がこの国には詰まっている。

 二人はお互いの顔を見合わせ、二人の思い出を確かめるように頷く。


「「行ってきます」」


 その言葉を残して、二人はアルバーンに背を向け、新たな一歩を踏み出す。


 これは『明』と『宵』の相反する二人が出会い、運命が交差し始める、そんなお話。




 アカツキとヨイヤミの二人がアルバーンから出立したその頃、二人の姿を視界に捉える一人の女がいた。


「本当に面倒なことを押し付けられてしまったわね。まあ、お陰で暇をしなくて済みそうで助かるけれど」


 そう言って女が自分の顔を掌でなぞると、女の顔は跡形もなくなり、見違えるような男の顔へと豹変していた。


「それにしても、弱い振りをするのは大変だな。思わずやり過ぎちゃうところだったよ」


 そう言いながら自らの掌を視線の先に持ち上げ、薄らと不気味な笑みを浮かべる。


「本当に君たちは、僕たちと比べると脆いんだね。まあ、それが可愛いところではあるんだけど」


 謎めいた言葉を嘯きながら、二人の姿を遠くから見下ろす。


「それにしても、君に与えられたその力は本当に謎だよ。一体君と一緒にいるのは誰なんだい?」


 男は不思議そうに小首を傾げながら、しかし態度とは裏腹に、その表情は不気味な笑みに染まっている。


「何にしてももっと強くならなくちゃ、僕が彼女との約束を果たせなくなるからね」


 カカッと声高らかに笑い声を上げるが、その声が眼下の二人に届くことはない。


「まあ、せいぜい頑張ってくれよ。僕の約束を果たすためにも、君にはもっと強くなってもらわないと。でないと……」


 男はそこでわざと言葉を切るように、一呼吸置くと最後にとても冷たい声でこう言った。


「君たち、死んじゃうよ」


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