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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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落ち着かない夜

「緊張しているのか?」


 夜中に一人でいつもの修行の場所に来ていたアカツキの元に、ロイズが足を運んでいた。月明かりの元で、一人で身体を動かしていたアカツキは既に額を湿らせており、軽く息を荒げていた。


「緊張って訳でもないけど……。ただ、身体を動かしてないと、なんだか落ち着かなくてさ……」


 アカツキは腕で額の汗を拭いながら、軽く深呼吸をする。夜の冷たい風が身体を通り抜けていくようで、爽快な気持ちが身体を包み込んでいく。


「なんだか、最初の戦争の時と同じことを言っているな。まあ、多くの人の命を預かっているのだから、それも仕方ないことなんだろうな……」


 ロイズは苦笑しながらアカツキに歩み寄る。

 まだまだ少年であるアカツキには、正直なところ多くの国民の命を預かるだけの器は無いのかもしれない。その小さな身体に収まり切らない程の期待や信頼を持て余し、何かをしていないと落ち着かない程の不安に押し潰されそうになっているのかもしれない。

 それでも、彼は王であろうとし続ける。それがどれだけ自らの心を蝕んでいようとも……。

 だから、そんなアカツキを護ってやらなければならないと思っている。けれど力では既に上回られているだろう。だから、少しでも心の支えになってやりたいと思っている。

 ロイズはアカツキの肩に手を乗せると、アカツキの顔を覗き込むようにして口を開く。


「あまり抱え込むなよ。国民たちは私が全力で護り切る。だから、お前たちは全力でキラを倒してくれ」


 ロイズの吐息が掛かりそうになり、アカツキは恥ずかしさで少しだけ視線を逸らす。割と平気でこういうスキンシップを取ってくるロイズの気安さは、少しだけアカツキを困惑させる。

 ロイズの言葉通り、実際に国民たち、つまりはルブルニアの兵士たちを護れるのはロイズだけだ。ガリアスとアカツキは、別ルートからの侵入を図る算段となっている。


「わかってるよ。皆のことはロイズに任せる。皆のことよろしく頼むよ」


 少しだけ頬を染めながらも、アカツキは自らの臙脂色の瞳にロイズを映し出す。これから彼女にも大きな負担を強いるのだ、ここはしっかりと誠意を見せるべきだろう。

 おもむろに、ロイズはアカツキの肩に置いていた手を除けるとその場に跪き、頭を垂れ、拳を胸の前に掲げながらアカツキに向けて言葉を紡ぐ。


「国王様の命令とあらば……。私は、この命が尽き果てるまで、この国のために全力を尽くすことを誓います」


 急なロイズの宣誓にアカツキは戸惑いながらも、彼女の思いを受け取ろうと、アカツキはロイズをジッと見つめる。

 ロイズもまた、それなりの覚悟を決めてこの戦いに臨もうとしているのだろう。皆、この戦争がいつものように決着することはないと、言葉にはしなくとも、心の何処かでは確信しているに違いない。

 自らの命を捨てる覚悟がなければ、この戦争に赴くことは不可能だろう。常に生死の狭間をさ迷う戦場で正気を保つためには、それだけの覚悟がなければならない。

 だから、このロイズの行為は、いつものようなアカツキをからかうものではない。心の底からの思いを、自らの主人であるアカツキに告げているのだ。この国の軍の隊長として、国王に自らの全てを捧げると、誓いを立てているのだ。


「頼んだぞ……」


 アカツキのたった一言のその言葉には、いくつもの思いが渦巻き合い、ロイズの心にずっしりとのし掛かってくる。これまでのどの言葉よりも重い一言を、ロイズはしっかりと噛み締めるように、目を瞑り、拳にさらなる力を込めながら返事をする。


「はっ……」




 ロイズの宣誓から少しだけ時が経ち、二人はお互いに向かい合っていた。ロイズもまたアカツキと本質は変わらない。自らの身体を動かしていないと、疼いて仕方ないのだ。

 先程までの張り詰めた空気は晴れ、主従の無いいつもの二人がそこにはいた。いつもと違ったのは、アカツキが教えを乞う形ではなく、お互いに好戦的な眼差しで向かい合っていたことだった。


「いつもはガリアスとお前の組手を見てるだけで、よく考えたら私自身はお前と組んだことはほとんどないな」


 いつもはほとんど師事に徹しているロイズは、アカツキと一対一で本気で組んだことは、記憶にはない。ロイズはアカツキと向かい合うという新鮮な光景に、少しだけ気持ちが昂っていた。

 ロイズは腰に掛けてあった剣を引き抜くと、その切っ先をアカツキに向けて構える。アカツキもそれに答えるように刀を構える。退魔の刀ではない、普通の刀を…。


「どういうルールでやるんだ?俺は何でもいいぞ」


 お互いに剣を構えたものの、その内容は決められておらず、ロイズに一任された。ロイズは俊巡するように少しだけ顔をしかめるとすぐに口を開く。


「なら寸止めでどうだ?もちろん資質の力は使用禁止だ」


 ロイズの笑みには少しだけ挑発じみた感情が混じっている。それもそのはず、剣術はアカツキがロイズから師事を受けた一番の業なのだから。ロイズにも、師として負けられない意地がある。


「わかった。それでいこう」


 もちろんアカツキも負ける気は毛頭ない。自らの師を破るなんて、そんな燃える展開、他にあるだろうか……。


「じゃあ、審判もいないことだし、距離を取ってから、後は流れに任せるってことでいいか?」


 つまり先に攻撃してもいいし、先に攻撃される可能性もあるということ。求められるのは、場の空気を自らの色に染めること。相手に飲み込まれることなく、自分の間を保つことこそが、この戦いで最も求められる。


「わかった」


 アカツキは頷くと、少しだけ後ろに退き下がる。ロイズとアカツキの距離がおよそ五メートル程開かれる。ここからは、お互いの出方の読み合いだ。どちらが先に攻撃しても問題はない。

 お互いがお互いに、相手の出方を伺うように睨み合う。

 夜風が肌を撫でていく。先程の汗が身体に冷たく染みていく。相手の呼吸を伺いながら、自らの呼吸を整えていく。小さな音すらも聞き逃さないよう、空気に耳を伝わせるように神経を鋭く尖らせる。

 風の中にロイズの呼吸を感じとる。その瞬間、ロイズの呼吸の音が消え、一瞬の内にロイズが目の前にいた。

 先に動いたのはロイズだった。アカツキは何とかロイズの攻撃に反応すると、ひとまず守りの体勢に入る。

 ロイズの斬撃が次々と繰り出される。その刀身は、降り注ぐ月陽に照らされて光の粒となり、アカツキに四方から襲いかかる。アカツキはそれを何とか防ぐが、防戦一方を強いられる。


 やっぱり、ロイズの斬撃は速いな……。でも……。


 ロイズが手を抜いた一撃をアカツキは見逃さない。その一撃に全神経を注いで打ち落とす。ロイズの表情から一瞬余裕が消え、懐に隙ができる。アカツキに許された攻撃の機会はほとんどないだろうことは、容易に想像ができる。だからここで決めるつもりで、アカツキはロイズの首許を狙いに行く。

 アカツキの視線がロイズ顔の辺りへと移り、ロイズの表情を捉えた瞬間、アカツキに迷いが生まれた。

 ロイズがアカツキに向けて挑発的な笑みを浮かべていたのだ。それを見たアカツキは、ロイズの策略に嵌まったのかもしれないという疑念が過り、自らの手を止めてしまった。

 その迷いが生まれた一瞬の間に、ロイズの刃はアカツキの首許へと突きつけられていた。アカツキの身体がピタッと止まり、喉を鳴らしながら息を飲む。


「私の勝ちだな」


 アカツキは負けを認めて、刀を手から離す。アカツキの刀がカランと音を発てて転がると、ロイズは首許の刃をそっと退ける。するとアカツキは力が抜けたように、地面へストンと膝から落ちて行った。


「相変わらずお前は素直な奴だな。私の表情を見て、何かあると察した。そのせいで迷いが生まれ、獲れたはずの首をみすみす逃した」


 つまり、ロイズの表情はただのブラフだったのだ。それにあっさりとアカツキは嵌まり込み、勝てるはずの戦いを逃した。


「くそっ。やっぱりまだ勝てないのかよ。表情の読み合いなんて、俺には向いてないって……」


 アカツキは拗ねたように、仰向けに寝転がって唇を尖らせながら文句を垂れる。そんなアカツキの強欲さに、ロイズは剣を腰に収めながら苦笑する。


「資質の力を使われれば、私に勝ち目なんてないよ。自分の得意分野くらい勝たせてくれてもいいだろ……」


 全てにおいて上をいこうとするアカツキの向上心には心底驚かされる。実際今回の剣術でも、相手の太刀筋を読み、何処が一番打ち落とし易いかをしっかりと見極めてきた。

 確かに、今回のロイズが全力だったかと聞かれれば、答えを渋る程度だった。それでもたった一年半で、ロイズが何年も掛けて磨きあげてきた剣術に追い付こうとしているのだ。


「お前はすごいな……」


 ふと、そんな言葉が口をついて出る。急に投げ掛けられた称賛の言葉に、アカツキは不思議そうな顔をしてから、少しだけ顔をしかめる。


「今のロイズに誉められても、説得力ねえよ」


 確かに曲がりなりにも勝者であるロイズが、敗者であるアカツキに称賛の言葉を送ったところで、冷やかしや哀れみにしか聞こえないかもしれない。

 ふむ……、とロイズがなんと声を掛けるか迷っていると、幹部棟の方から手を振りながら走ってくる影が一つ。


「アカツキくーん」


 アリスが珍しく元気よく手を振りながら走り込んでくる。どうやらアカツキを探していたようだ。アリスがアカツキの元に辿り着き、寝転んでいたアカツキに何やら話しかけ始める。

 あまりにも自分の存在を蔑ろにされている感じがしたので、ロイズはアリスに話し掛けることにした。


「アリス、そんなに急いでどうかしたのか?」


 アリスはまるで思わぬところから声をかけられたようにビクッと肩を揺らし、恐る恐るロイズの方へと視線を移す。


「ロ、ロイズ様……、いらっしゃったのですね……。ごめんなさい、アカツキ君のことしか見えてなくて……」


 その素直な返事に、ロイズの心が針を刺されたように痛みを覚えた。隣にいる自分が目に入っていなかったと言われるのは、流石に少しショックだった。そのせいか、自然と返す言葉に嫌みが混じってしまった。


「アカツキだけしか見えていないとは……、お前たち本当に恋人みたいになってきたな」


 二人を恋人扱いするのは、ちょっとしたからかいのつもりだった。またいつものように、アカツキが「何言ってんだよ、ロイズ」とでも返してくるのかと思っていた。

 だがその予想とは裏腹に、二人は互いに顔を見合わせたあと顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俯いたのだ。その反応があまりに奇怪で、ロイズは訝しげに二人の様子を眺め見る。どうも、いつもと反応が違いすぎる……。


「お前たち、なんかあったのか……?」


 どう考えても反応がおかしかったため、ロイズは尋ねずにはいられなかった。そんなロイズの問い掛けに、二人は再び顔を見合わせて動きを止めてしまう。どうも答える気が無さそうな二人に呆れて、ロイズの心は遂に折れてしまう。


「わかった……。私が邪魔なんだな。後は二人でよろしくやってくれ。私は部屋に戻って寝るとしよう」


 そう言って踵を返すと、ロイズは「ふああ」と欠伸をしながら颯爽と立ち去ってしまった。

 ようやく二人きりになったところで、アカツキがアリスに尋ねる。


「何でここに来たんだよ?なんか用でもあったのか?」


 アカツキの問い掛けに、二人きりになったにも関わらず、アリスは頬を染めて軽く俯きながら答える。


「アカツキ君に会いたくなって、アカツキ君の部屋を訪ねても誰もいなかったから、ここかなって思って……」


「なっ……」


 そう答えるアリスにアカツキは言葉を失いながら、恥ずかしさと嬉しさで顔が沸騰しそうになる。この前キスまでしておいて、今更それくらいで恥ずかしがることもないように思われるが……。

 アカツキは恥ずかしさを押し退けるように咳払いをすると、咄嗟に立ち上がり、アリスに手を差し伸べる。


「じ、じゃあ、とりあえず……、お、おれの部屋に、行こっか……」


 あまりの緊張に咳払いは全く意味を成さず、かろうじて聞き取れるような口調でアカツキはアリスを誘う。その誘いに、アリスの緊張も最高潮に達し、そのまま湯気が出てきそうな程顔を真っ赤に染め上げた。


「う、うん…。そうしよっか……」


 アリスはアカツキの手を取って立ち上がると、お互いに視線を交わすことはないまま、アカツキの部屋がある幹部棟へと向かって歩きだす。

 お互いの視線を交わすことはなく、会話を交わすこともなかったが、二人を繋ぎ合わせるその手は、掌ではなく、お互いの指を絡めるようにして握りあっていた。


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