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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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夢を棄てても

 ルブルニアを囲む森を抜けたところから少し行った先で、一組の少年少女が邂逅し話し合いをしていた。

 少年は項垂れるように地べたに座り込み俯いており、少女はそれを見下ろすように立っている。


「本当によかったの?」


 少女の問い掛けに、少年は苦笑を浮かべながら答える。


「ええ訳ないやろ。でも……、しゃあないことや。あいつが決めたことなら、僕に口出しをする権利はない」


 少年は自らの銀髪を夜風に揺らしながら天を仰ぐ。自らの空っぽの心とは裏腹に、空には満天の星が輝いており、余計に孤独感が押し寄せてくる。


「でも、やっと叶った夢だったんでしょ?」


 そんな寂しげな少年の表情を見下ろしながら、全く納得していない彼の気持ちを察して尋ねる。


「だから、なんやろな……。やっと叶えた夢を他の誰かに壊されるくらいやったら、自分で壊したかったんやと思う」


 そして少年は自らを嘲るように冷たい笑みを浮かべると、こう続けた。


「今になって思うと、本当に僕って我が儘やな……。勝手にアカツキを巻き込んでおいて、勝手に自分から出てくなんて……」


「そう、思うなら今からでも、戻ればいいんじゃないの?」


 少女の提案に、少年は首と共に銀の髪を横に降りながら口を開く。


「今更、どの面下げて戻れって言うんや。それに、やっぱり僕は戻る訳にはいかん。もう、あんな思いをするのはたくさんや……」


 その言葉に少女も顔をしかめる。少年少女が共に共有する悲しき過去の記憶。もう取り戻すことのできない友たち。それらは今でも彼らの心を蝕み、癒えることのない傷痕として残り続ける。


「それもそうだね……。私にはわからないけど、ヨイヤミにとっては彼らもカルマと同じように大事な友達なんだよね」


 ヨイヤミは彼女の言葉に深く首肯する。その一振りの首肯にどれだけの思いが込められているのだろうか。


「だから僕は戻らん……。どこかで意地を張っとるだけなんかもしれんけど、それならそれで、僕は男の意地を張り続ける」


 ヨイヤミの表情はとても堅く、その意思が揺るがないことを暗に告げている。だから、彼女もこれ以上尋ねる気にもなれず、ヨイヤミから視線を外して何処か遠くを眺める。


「なあ、リディア。一緒に家に戻らへんか?お前も、最近ほとんど戻ってないんやろ。久しぶりにレアの顔も見たいわ。それに、僕らが一緒に帰ったら、皆喜ぶやろうし……」


 ヨイヤミの提案にリディアは何が可笑しかったのか、苦笑を漏らしながらヨイヤミに尋ねる。


「それはレアで寂しさを紛らわしたいだけじゃないの?まあ、それも家族の在り方ってやつなんだろうけどさ……」


 「なっ……」ヨイヤミがリディアの言葉に顔を赤くしながら、突っ掛かろうとする。ヨイヤミも、彼女の前ではこういう態度をとるのだ。アカツキたちの前では見せなかった、素直なヨイヤミを……。


「別に、そういう意味で言うたんとちゃうわ。ただ、やっぱり五年も顔を合わせてないと、久しぶりに会いたくなるっていうか……」


 ヨイヤミの身が少しずつ小さくなり、言葉の気迫も徐々に薄れていく。そんなヨイヤミの姿にリディアは楽しそうに声を上げて笑う。


「あははは……。やっぱり全然変わってないよ、お前は……」


 アカツキとリディアが出会っていたことを知らないヨイヤミは、不思議そうな表情を浮かべると首を傾げながらリディアに問う。


「急にどうしたんや……?リディアは定期的に会っとったんやし、何でそんな久しぶりに会う奴みたいな言い方するんや」


「なんでもないよ……。ただ、お前はやっぱりお前だと、改めて思っただけ」


 リディアは優しげな微笑みを浮かべると、ヨイヤミと視線を交わす。


「ただ……」


 そこまで言いかけたところで、森の方から誰かが近寄ってくる気配を感じた。リディアはそちらの方に視線を向けると、まだ姿の見えないその気配の主を察して身を翻す。


「まあいいや……。私は席を外した方がよさそうね。また後でね、ヨイヤミ」


 そう言うと、リディアは歩き出し夜の闇に少しずつ溶けていった。

 ヨイヤミはそんなリディアの姿を言葉無く見送ると、ゆっくりと近づいてくる影へと視線を落とす。そこから現れるのが誰なのか、おおよその予想はついていた。


「まだ、ここに居たのか……」


 ロイズの呼吸が少しだけ荒れている。おそらくここまで走ってきたのだろう。まだヨイヤミが近くに居るということを信じて……。


「おったらあかんだか?まあ、それもそうか……。もう、ここは僕の国やないからな……」


 ヨイヤミの嘲るような冷たい笑みに、ロイズは表情を歪ませて肩を落とす。


「そんな寂しいことを言うな……。私は今でもお前のことを仲間だと思っている。アカツキだって、お前のことを諦めたとは思えない。諦められるなら、あれだけ悩みはしないし、あれだけ苦しみはしない」


 ヨイヤミの嘲りの表情は止まない。あれだけはっきりと大見得を切って出てきておきながら、その表情には後悔と寂寥しか感じられない。


「そやろな……。でも、そんなこと僕が一番わかってる。あいつのことはたった一年ちょっとやったけど、ずっと見てきたんや。それくらいのことがわからん訳ないやろ。でも、だからこそ、僕は皆と一緒におれんのや……」


「それは、レイドールでお前が私に教えてくれた理由でか……」


 レイドールでヨイヤミが初めてロイズに激昂したあの日、二人きりでルブルニアの未来を話し合った。ヨイヤミはどうしようもなく諦めていて、その理由はレイドールから帰ってきて数日経ってから、自らの口から語られた。

 キラの強さを目の当たりにしたヨイヤミは、戦う前から既に心が折られているのだ。それを乗り越えるには、余程の強さと、余程の自信が必要になるだろう。

 それだけのものを手に入れるには、ヨイヤミもルブルニアという国はあまりにも若すぎる。

 ヨイヤミは小さく頷くと、天を仰ぎ星空を眺める。まるで、いつか二人が出会った時の再現をするように、いくつもの星の中からたった一つの星を探し出すように……。


「本当は、皆で一緒に逃げたい。止められるもんなら、僕はアカツキを止めたかった。でも、あいつは僕の予想をはるかに超えて成長して強くなっていった。心も身体も……。もう、僕の手には負えんよ」


 身体はともかく、アカツキの心が強いとは思えない。まだ子供で、壁にぶつかれば簡単に折れてしまう、幼くて、脆くて、繊細で……。

 ヨイヤミはロイズのそんな思考を先読みするかのように言葉を続ける。


「そんなことないって思っとるやろ。確かにあいつの心はまだまだ弱い。でも唯一、あいつが強くなった心がある。それは、『自尊心』や。この一年間で、あいつは凄まじい程の戦いを勝ち抜いてきた。それまで、戦争なんて自分とは関係ないと思っていた人間やったにも関わらず……」


 ヨイヤミの瞳からはとても真剣な眼差しが送られてくる。ロイズは何も言い返すことなく、ただヨイヤミの言葉を咀嚼するように、無言で聞き耳を立てる。


「人は簡単に力に溺れる。自己陶酔に浸って、膨れ上がった自尊心がやがてその身体を蝕んでいく。勝つことが、必ずしも良いとは限らん。負けることもまた、大切な経験なんや。アカツキにはそれがない……」


 確かにアカツキは、ウルガを止めることもできなかったし、ガリアスを力で抑えることはできなかった。しかしそれは、戦い方を知る前のアカツキだ。

 それからアカツキはルブルニアという国を造り、ロイズやガリアスと共に修行を重ね、そしてルブルニアの国王になってからの戦いの全てに勝利を収めている。

 それだけの結果があれば、自分が強いと錯覚するのは当然だし、それを錯覚と呼んでしまうのが果たして正しいのかもわからなくなってくる。


「王の資質はそれだけで人の人生を変えてしまう。それだけの力を持っとる。資質を手に入れることがなかったら、アカツキは国王なんてものになることなんてなかった。もちろん、そこに導いたのは他でもない僕や……。それでも、僕の言う通りに全てをこなし、それを現実に変えてきたのはアカツキなんや……」


 王の資質は人を変える。それはアカツキに限った話ではなく、全ての資質持ちに言えることなのだろう。王の資質は善くも悪くも、人の根幹に影響を与える。『心』という名の人を形作る器官に……。

 『王の資質』を手に入れた多くの者が力に溺れ、その力を間違った方向に向けてしまう。そして、本来のもっていた資質を何処かに忘れてきてしまう。

 ただ、アカツキはその力を正しい方向に向けようとはしている。それはきっと、ヨイヤミがこれまで傍にいたから……。力に溺れずに、怯えながら生きている彼が傍にいたからだ……。


「なら、これまで通り、お前が傍にいてあいつを導いてやればいいだろ。そうすれば、キラにだって勝てるかも……」


 そこでヨイヤミの口から、凍えるように冷たく、地面に沈み込みそうになるほど思い声が放たれる。それ以上言うなと、ロイズの言葉を遮るように……。


「だから、何度言ったらわかるんや。それは絶対に出来んて言うてるやろ」


 またこの顔だ。全てを諦めているような、絶望を匂い立たせる表情。

 アカツキの隣で見ていて、どうしても心の何処かから苛立ちが込み上げてくるような、前進しようとする者を嘲るような表情。

 ロイズは抑えられなくなった感情を爆発させて、これまでに出したことのない悲鳴のような叫び声でヨイヤミに訴えかける。


「どうしてお前は、やってもいないことをそんな簡単に諦められる。お前にとって国を崩壊させることはそんなに簡単なことなのか。やってもみずに諦めて、それで失くせるほど、ぞんざいなものなのか。私には無理だ。この国の皆が私は大好きだ。だから、そんな何の努力もせずに、この国を崩壊させることなんて私にはできない」


 ロイズの心からの叫びを、ヨイヤミは遠くを見るような目で聞いていた。ロイズの叫びがヨイヤミの心に響いている様子は無く、その諦めたような表情は終ぞ変わることはなかった。


「努力をして、それで失敗したら……。その失敗が、取り返しのつかんものになったとしたら、ロイズはその時、同じことを言えるんか……?努力したけど無理でした。でも、努力したから悔いは無いって、そう言えるんか?」


 ロイズの心からの叫びとは裏腹に、ヨイヤミは生気の込もっていないような機械的な声音で淡々と述べていく。


 ああ……、もう彼の心を動かすことは叶わないのだ……。


 ロイズは悟った。そして、彼の問いかけに答えることはできなかった。それ以上、言葉を発することができなかった。


「それだけなら、話はもう終わりや……。僕はもう行くわ」


 もう、ヨイヤミを止める手立てはロイズには無い。力ずくで止めることも考えていたが、もうこの状況でそれをする気にもならない。彼はもう、この国の国民ではないのだ……。


「じゃあなロイズ。元気でな。また、会えたら、その時は仲良くしてくれ」


 ヨイヤミはロイズに背を向ける。これ以上何も言うことはないと言うように……。

 ヨイヤミは歩き始める。それが彼との距離であるかのように少しずつ遠ざかっていく。

 そんな歩みの途中で、ヨイヤミは一度だけ脚を止めて振り返ると、潤んだロイズの瞳と視線を交わして、最後の言葉を紡ぎだす。


「ロイズ、大好きやったよ……」


 ようやく彼からはっきりと告げられた告白は、その返事を期待していない、諦めたような表情で告げられた、一方的な押し付けだった。

 その言葉がロイズの耳から離れる前に、ヨイヤミの姿は遠ざかっていく。ヨイヤミはその返事を待つことなく闇に溶けて消えていった。

 ロイズは心を露わにして泣きはしない。ただ唇を噛みしめ、声を殺して、潤んだ瞳を隠すように、小さく嗚咽を漏らすだけだった。




 それから数分後、ヨイヤミの進んだ先でリディアは待っていた。

 彼女はヨイヤミの顔を見るなり、優しげな笑みを浮かべてヨイヤミに告げる。


「泣くほどこの国を出たくないなら、そんな意地張らなきゃいいのに……」


「泣いとらんわ……。グスッ。それに、意地は張るもんや。これで、よかったんや……」


 ヨイヤミの言葉に、一層慈悲深い表情を浮かべると、まるで姉のように優しくヨイヤミの髪を撫でる。


「そっか……。わかった。なら、私もこれ以上何も言わないよ……」


 リディアの手の温もりが、ヨイヤミの心の中に塞き止めていたものを、全て洗い流していくように、ヨイヤミの心のダムは決壊する。ヨイヤミの心の叫びは一人の家族を除いて、誰にも届くことなく、闇夜を満たす星空へと消えて行った。


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