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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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窓の外からの侵入者

 ヨイヤミとの諍いが続いていたある日の夜、アカツキはいつものように夜のご飯をみんなで食べて部屋に戻った。ヨイヤミも同じ部屋にはいたものの、やはりまともに会話を交わすことはなかった。

 アカツキは、お腹は満たされているものの、心には何処かぽっかりと空いた穴を感じながら部屋の扉を開いた。

 その瞬間、部屋の中の異変に気がつく。別に部屋が荒らされている、といった大きな変化があった訳ではない。ただ、部屋に唯一ある窓が開け放たれ、風が悲しそうに小さなうなり声をあげながら隙間から入り込んできていた。

 ご飯を食べる前に、確かに部屋の窓を閉めて出てきたはずなのだが、ただの記憶違いだろうか?と、思いながら扉を閉めるのも忘れて、窓を閉めに行こうとしたその途中で、今度は扉が急に大きな音をたてて閉まったのだ。

 アカツキはその音に驚いて、窓から扉へと視線を移す。そして、驚きのあまりアカツキは目を見開く。

 そこには、ローブを羽織った赤髪の少女が立っていた。腕を組ながら扉にもたれ掛かり、アカツキをジッと見ていた。その表情は何か企むような、不敵な笑みを浮かべており、そしてアカツキはその姿を、よく知る者の姿と重ねてしまった。

 だからだろうか、部屋に知らない人間が入り込んできたという異常な事態に、アカツキは一切の焦りを覚えなかった。むしろ、懐かしさすら覚えたくらいだ。


「おまえ……、リディアか?」


 アカツキは言葉を探りながら尋ねるように、ゆっくりと彼女に問いかける。

アカツキがそう感じたのは、あまりにも自分の友達に雰囲気が似ていたから……。今は意見が食い違い喧嘩中の彼に似ていたから……。


「へえ、私のこと知ってんだ。そりゃ話が早いや。ヨイヤミから聞いたの?」


 彼女の赤い髪が風に揺れる。ヨイヤミから聞いていたのは、赤い髪であることと、楽しいことを好み、仲間思いの優しい人間であることくらいだった。

 外見の特徴なんて、赤髪であることくらいしか聞いていない。けれど彼女を見た瞬間、彼女のことをリディアであると理解できた。


「ああ……、ヨイヤミから聞いていたよ。お前たちのことを、あいつがどれだけ辛い過去を経験してきたのかを……」


 彼女の姿を見ることで、再びヨイヤミの過去の話が脳裏に浮かぶ。彼女もまた、ヨイヤミと同じようにグランパニアを追われた者の一人なのだ。


「そっか……。ヨイヤミがあの事を話したんだ。それは、ずいぶんと信頼されているんだね」


 リディアの不敵な笑みが、いつの間にか少し悲しげな笑みに変わっていた。彼女もまた辛い過去を思い出しているのだろうか。


「それにしても、どうしてここにいるんだ?用があるとしても、俺じゃなくてヨイヤミだろ」


 彼女がここに来る理由が見当たらない。ヨイヤミの話によれば、リディアだけはヨイヤミが彼らの家を出た後も時々合っていたようなので、ヨイヤミに会いに来るのならまだわかる。

 いや、それでも彼女がアカツキたちの前に姿を現したことはないので、仮にヨイヤミの前に現れたとしても多少の違和感は覚えるが……。


「いいや。今回はあんたに用があって来たんだよ。ルブルニア国王、アカツキ君」


 改まった呼び方をされると、何処か身構えてしまう。それは、呼び慣れていないというのもあるが、その呼び方に不穏な空気を感じてしまうから……。

 実際、彼女の笑みはまた元に戻っている。アカツキはヨイヤミと初めて会ったときのような気分になっていた。ヨイヤミもまた、出会った当初は裏の見えない笑みを常に浮かべていた。


「その呼び方は止めてくれ。リディアもヨイヤミの友達なら、俺の友達だ。なら、普通にアカツキって呼んでくれ」


「喧嘩をしているのに、ヨイヤミとは友達だってはっきり言うんだね」


 リディアのその言葉に、アカツキは少しだけ苛立ちを覚えたのと同時に、疑問を覚えた。


「当たり前だ。喧嘩っていっても、俺たちは別にお互いが嫌いで喧嘩している訳じゃない。ただ、お互いがこの国を思っているからこそ、意見がすれ違っているだけなんだ。だから、こんなことであいつと友達じゃなくなったりはしないさ。それにしても、何で俺とヨイヤミが喧嘩してることを知ってるんだよ?」


 そんな簡単に壊れる友情だと思われたのが少しだけ頭にきたせいで、リディアに向ける語調が多少きつくなってしまった。

 しかし、リディアもそれをそこまで気にする様子はなく、アカツキの質問に気にした様子も無く答えてくれる。


「それは昨日、ヨイヤミと会ったからさ。普段は情報をくれって煩い癖に、昨日は酷い突き返されようだったよ。そしたら、アカツキと喧嘩したって言うじゃない……」


 ヨイヤミが最近、大分抱え込んでいることは気がついていたが、昔からの友達を突き返す程だったとは……。


「それでも、アカツキがそう思っているのなら、二人が仲直りするのも時間の問題かな……」


 今度は微笑みを浮かべる。本当に表情が豊かだ。だが逆に、それだけの表情の一つ一つが本当に本物なのか疑ってしまう。


「まあいずれにせよ、そろそろ答えを出さなきゃならないとは思っているよ。仲直りができなくなるかもしれないけど……」


 アカツキの決断によっては、ヨイヤミと決別してしまう可能性だってある。それでも、ヨイヤミとは友達でいたいと思っている。それだけ大切な友達だから。


「そっか、わかった。なら、アカツキ、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 今度のリディアの笑みはあまりにも邪気が無さすぎて、逆に不安を覚える。昔も最初の頃は、ヨイヤミの表情変化に付いていけずに、不安を煽られたっけ…。


「ああ、大丈夫だ。答えられることなら何でも」


 リディアはアカツキの了承の言葉を聞くと、直ぐ様質問を返す。


「うん、アカツキはグランパニアを本気で倒す気はあるのかな?」


 まさか、ヨイヤミとの喧嘩のことを知っていて、この質問をしてくるとは思っていなかった。もしかして、ヨイヤミから何か聞いてくるように頼まれているのだろうか?


「何か疑ってるみたいだけど、別にヨイヤミとは関係ないよ。これは私個人の質問だよ。答えによっては、あんたに助力しようと思ってね」


 どうやら表情に出ていたらしい。アカツキの表情は相変わらず素直で愚直だ。ヨイヤミと同じように、出会ったばかりの彼女ですら、アカツキの表情を容易に読み取る。

 それにしても、彼女は何て言った?助力をしようと思って、と言わなかったか……。


「それはどういう意味だ?助力って、リディアも俺たちの戦いに参戦してくれるのか?」


 それは、ヨイヤミのためだろうか?それなら、彼女がアカツキたちを手伝う理由にはなるのかもしれない。


「いや、参戦はできないよ。私には、それほどの力がある訳じゃないからね。それでも、力になれることはある。聞いているだろ。私が何を生業としているか……」


 そう言えばそうだ。リディアがどうやって生きているのか、ヨイヤミから聞いている。ならば彼女の助力と言えば、そういうことなのだろう。


「グランパニアの情報をくれるって言うんだな」


 リディアの口許がピクリと動く。それに何の意味があるのか、今はそんなことはどうでもよかった。


「そうね。私ができることと言えば、それくらいしかないから」


 しかし、アカツキにはどうしても解せないことがある。彼女はどう考えたってヨイヤミの肩を持つはずなのだ。ここで、グランパニアの情報を与えるということは、むしろヨイヤミに敵対することになる。


「でも、ヨイヤミはグランパニアとの戦争を避けようしているんだぞ。なのに……」


 アカツキの言葉を遮るように、リディアは口を挟む。


「それは知っているよ。もちろん、ヨイヤミと敵対するようなことはしたくない。でもね、グランパニアは倒せるものなら倒したいのさ。あんたたちの話はよく聞いている。だから、あんたたちの強さなら、グランパニアを倒せるんじゃないかと思ってね」


 彼女もまたグランパニアをよく知る者の一人だ。その彼女が、アカツキたちに希望を見いだしている。

 ヨイヤミは絶対に無理だと断言した。でもやはり、自分達にも可能性はあるのではないか。


「教えてくれ、リディア。お前が持ってる情報を……。俺たちは、グランパニアを打倒する」


 その言葉を聞いた途端、リディアは軽く俯き表情を隠す。その反応の意図が読めずに、アカツキが覗き込もうとしていると、リディアの口が開く。


「そっか、ヨイヤミには敵対することになっちゃうかもね。でも、よろしく頼むよ。私たちの分も含めて、あいつらを倒してくれ」




「一番の情報は、彼らがレジスタンス討伐に向かうということ」


 それから少しして、リディアを部屋の椅子に座らせて、アカツキは自らのベッドに腰を下ろし、落ち着いたところで会話を再開していた。

 そして、リディアから与えられた最初の情報で、驚きを隠せなかったアカツキは、身を乗り出して彼女に尋ねる。


「レジスタンス討伐って、レジスタンスの皆は大丈夫なのか?」


 レジスタンスにいたことは皆にも隠しているし、レジスタンスのやり方は今でも許容できない。それでも、彼らと共に過ごした時間は楽しかったし、彼らが危険に曝されるのなら放っておくことはできない。


「あんたたちがレジスタンスにいたことはもちろん知ってるよ。放っておけないんでしょ?でもね、これは最大のチャンスだよ。グランパニアはレジスタンスの討伐に、五つの部隊の内の四つを向かわせることに決めているの」


 確かに、それなら戦う前から敵の戦力が削がれているようなものだ。こちらとしてはこれ以上ない攻め時ではあると思う。だが、そんな簡単に、昔に肩を並べて戦った者を見捨てることは……。


「自分の目的を見失うんじゃないよ。あんたが今本当にしたいことは何?二兎追うものは一兎も得ずって言うけど、その通りだよ。今あんたがしようとしていることはそういうこと」


 アカツキの考えを無理矢理に遮るように、リディアが口を挟む。本当にヨイヤミのように全てを見透かしている。ヨイヤミと話しているみたいな感覚に陥りそうになる。

 最近はヨイヤミと話していなかったから、余計に懐かしいような気持ちに苛まれる。だからだろうか、彼女の言葉をスッと飲み込み、受け入れることができる。


「そうだな……。俺が今しなくちゃならないのは、グランパニアを止めることだ。それに、グランパニアを倒せば、レジスタンスの皆を護る結果に繋がるかもしれないしな」


 そこで、リディアが思い出し笑いのような小さな笑みを浮かべる。


「本当にヨイヤミみたいなやつだね。何でもかんでも護ろうとするところもそっくりだよ」


 ヨイヤミとそっくりという言葉に違和感を覚えずにはいられなかった。アカツキはむしろ、自分の逆のような存在だと認識していた。それなのに、ヨイヤミをよく知る彼女は自分が似ていると言うのだ。


「今のあいつは、大人になろうと必死だからね。だから自分を無理に偽ろうとする。あいつは本当に素直なやつだよ。昔はあんたみたいにすぐに、なんでも顔に出てたんだけどね」


 そこでアカツキが苦笑を漏らしたのを疑問に思い、リディアは首を傾げながらアカツキを見る。


「それはリディアが弄り過ぎたからじゃないのか?」


 その言葉を聞いて、アカツキの苦笑が移ったようにリディアも苦笑を漏らす。


「そうかもね。私も楽しかったからつい……。まあ、私は昔のヨイヤミの方が好きだったんだけど……。それでも、頑張って大人になろうとするあいつを、私には止めることができなかった」


 そこでふと、アカツキは思い出したように口を開く。


「グランパニアを倒せば、ヨイヤミが大人ぶらなくても済む世界が創れるかもしれないな……。そん時は、俺も素直なあいつを見てみたいよ。それまで、あいつが俺の傍にいてくれたらの話だけど……」


 アカツキの不安そうな表情を見て、リディアが少し話辛そうに尋ねる。


「こんなことを聞くのはなんだけど……、大事なことだから聞いておくね。もし、ヨイヤミが断固反対して、意見を聞き入れられないならこの国を出ていくと言ったら、アカツキはどうするの?」


 それは、一番考えたくない結果だった。先程のリディアに言ったように、今回のことでどれだけヨイヤミといがみ合ったとしても、それはお互いが国を思った結果であり、それで二人の縁が切られてしまうことなどあってはならないと思っていた。

 けれど、必ずこういう局面は訪れるだろう。どれだけその光景を否定しようとも、必ずこの話し合いはすれ違いで終わる。だから、そろそろ心を決めなければならない。自分の為にも、ヨイヤミの為にも……。


「俺は、あいつが出ていくって言うなら、止めないつもりだ。元々、資質持ち同士っていうのは戦う為の存在なんだ。それぞれが王になる資質を持っていて、誰が王になるかっていうのを決める為に……」


 それが、王の資質を与えられた者たちの運命なのだ。共に歩む運命など、元から無いのかもしれない。


「だから意見を違えてまで、一緒にいる必要はないと思う。例えそれが、親友だったとしても……。だから、俺はあいつの思う通りにしようと思っている。あいつが戦うって言うなら、俺はあいつとでも全力で戦うつもりだ」


 それこそがこの国の王としての、アカツキの決心。もうこの決心が揺らぐことはない。王として自らの意思を霞ませてしまう訳にはいかない。それが、友との決別であったとしても……。


「わかったわ。あんたの決意はしっかりと聞かせてもらった。なら、細かい情報も渡してあげる。しっかり活用してよね。ヨイヤミには悪いけど、私はあんたのこと応援してるよ」


「それにしても、リディアの情報ってどれだけ信用できるんだ?」


 これは情報屋相手に聞いてはいけないことだっただろう。だが、そんなことを気にする社交性がアカツキにあるはずもなく、そのあまりにも素直な質問に、リディアは呆れて苦笑を漏らす。


「情報屋にそれを聞くとは……。そうだね、バランチアにレジスタンスがいることや、ノックスサンに奴隷として扱われている資質持ちがいること。後は、国許申請のことなんかも私がヨイヤミに教えたことだけど、これまでにその情報が間違っていたことがあった?」


 これまで何でも知っているような口ぶりで話していたヨイヤミを、少しだけ疑いそうになる。全部リディアからの情報じゃないか……。ヨイヤミが情報元を話そうとしなかったのはこういうことか……。


「わかった。リディアの情報は信じるよ。……で、報酬はどうすればいい?情報屋って言うからには、情報には金銭が発生するんだろ?」


 ここでアカツキが意外に常識的なことを述べたので、リディアは驚きの表情を浮かべる。しかし、それは一瞬で直ぐに苦笑に変わる。


「お代は、グランパニアへの報復ってことでいいよ。私たちの分もしっかり含めて、グランパニアを倒してきて。そうしてくれれば、お代はいらない」


「わかった……。必ず、ヨイヤミの家族の分もあいつらにお見舞いしてやる」


「頼んだよ」


 二人は互いの拳を打ち合わせる。その後も二人は夜が明けるまで、情報のやり取りをし、そしてリディアが立ち去ったのを確認して、朝日と共に眠りについた。

 アカツキの決心はついた。もう、ヨイヤミとのいがみ合いは終わらせよう。今日、しっかりと話をつける。それがどんな結末を迎えようとも、俺はもう揺らがない。




 そして、あの日はやってくる。決して訪れて欲しくなかったあの日が……。俺たちの運命を分けたあの日が……。


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