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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第九章 兵どもの鎮魂歌
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現れる暴君

 グランパニア場内、白いテーブルを前に、六つの綺麗な装飾の施された白い椅子が置いてある。その席は既に五つが埋まっていた。この部屋はその他には何もなく、純白の空間が広がっていた。


「それにしても、いつも思うけどこの部屋はねーわ。キラに合わなすぎだろ。ははっ……」


 ツンツンに逆立てた茶髪頭に、耳にはピアスを付けており、話し方も何処か真面目さに欠ける。この何処か軽いノリの男は、グランパニア軍第三部隊隊長、ジェド・エリオフォースである。

 隊長の彼もそうだが、第三部隊は多少気性の荒い荒くれものたちの集団である。

 そして彼は資質持ちであり、エレメントは炎。


「別にいいではないですか。部屋がどんなものであれ、ここはあくまでも話し合いをする空間です。その機能が満たされているのですから、何も文句は無いでしょう」


 耳まで掛かるくらいの青髪で、眼鏡をかけた聡明な青年が口を挟む。彼はグランパニア軍第二部隊隊長、アルベルト・フォンブラウンである。

 第二部隊は隠密作戦を得意とし、彼はその聡明な印象そのままに、グランパニアのブレインとして参謀の任を負っている。

 彼もまた資質持ちであり、エレメントは水。


「ホントつまんねえ答えだな。何、真面目に答えてんだよ。たくっ。これだから朴念仁は嫌いなんだよ」


 ジェドの軽口にアルベルトが突っ掛かろうと、机を叩いて立ち上がるが、そこで静止の声が割ってはいる。


「やめねーか。キラ様の御前だぞ。お前たちの仲が悪いのは勝手だが、キラ様の前で恥を晒すな。このクズ供が」


 透き通った金髪を後ろで括っている女性だ。その瞳は軽く吊り上がっており、男勝りな強気な顔立ちである。その声も、女性にしては少し重みのある低い声で、彼女が歴戦の戦士であることを匂わせる。

 彼女は唯一の女性隊長であり、彼女が担うのは第五部隊である。彼女の名は、シェリー・ヴェールライトという。

 第五部隊は女性兵が多く、作戦補助にあたりがちだが、その実力は十分一国を潰すだけの力があると言われている。

 もちろん彼女も資質持ちで、エレメントは風。


「キラ様、キラ様って……。ホントにお前の頭の中はキラ様でいっぱいだな。これだからキラ様大好きっ子は困るんだよ」


 ジェドの軽口は止まらない。その標的は、更にシェリーにも拡がっていく。アルベルトと同じように机を叩いて立ち上がり、顔を紅潮させながら反論する。


「な、何を言うか……。べ、別に、私は、キラ様のことを尊敬しているだけで、あ、あ、愛して、など……」


 そこまで言ったところで、シェリーは頭から湯気をたてて停止する。静止に入った者が、この様子では目も当てられない。


「別に愛してるとまでは言ってないんだが……。何勝手に自滅してんだよ」


 ジェドが苦笑を漏らしながら、シェリーを眺めていると、隣から溜め息が聞こえてくる。


「お前たち、よくもまあ毎度同じようなやり取りをして飽きないな……。特にジェド、お前はもう少し大人しくしていろ。お前の部隊、相変わらず評判悪いぞ」


 腕を組ながら、どっしりと構えている体格のいい大男がジェドに声を掛ける。彼の名は、ダグラス・ヴァルドフォルス。

 第四部隊隊長で、国民からの信頼も厚い。第四部隊は、主に国家警備が仕事であり、国の厄介事があると彼らが駆けつけ、この国の治安維持に大きく貢献している。

 そろそろいいと思うが、資質持ちの彼のエレメントは氷である。


「ダグラスの旦那。俺たちは別に名声なんていらないんでさあ。ただ戦えればそれでいい。旦那みたいなチマチマした仕事は、俺には似合わないんですよ」


 ジェドの中で、ダグラスには一線があるらしく、アルベルトやシェリーとは対応が異なる。それでも何処か喧嘩腰なのは、彼の性分なのだろう。


「我々の仕事の大切さをわからないというのであれば、お前の底は知れている」


 ダグラスのその言葉に、ジェドの表情が歪む。今までは煽ってばかりいたジェドの眼光が鋭くなり、その敵意剥き出しの視線をダグラスに向ける。


「なら、一戦やりますか旦那?俺の底が知れるって言うなら、俺の力、旦那の身体に直接刻み込んでやりますよ」


 ジェドの表情からしても、それがこれまでの煽りとは違い、本気の言葉であることがわかる。その剥き出しの敵意は、この空間に重圧を与え、全員に緊張感を与える。

 誰もがジェドを視界に捉え、臨戦態勢に入る。そんな中、先程から頭を腕の中に埋めて、一度も会話に参加しなかった男が、むくりと起き上がり口を挟む。


「おい、うるせえぞお前ら。俺は眠いんだから、静かにしていやがれ。次うるさくしたら、どうなるかわかってんだろうな……」


 言葉の割には覇気のない口調で、彼らの歪み合いを仲裁する。彼のその言葉で、この部屋の重圧が消し飛ぶ。いつの間にか、ジェドは大人しく席に座っていた。

 この覇気のない男こそ、グランパニア第一部隊隊長、オウル・デルタリア。

 ここ最近では、伝説の男と呼ばれたシリウスの討伐でグランパニア軍の中では一躍有名となったが、彼もまた名声などは気にしない人間なので、いつもと変わらずぐうたらと過ごしているだけだった。

 彼のエレメントは言うまでもなく、地。

 ジェドが大人しくなったことを確認すると、オウルはもう一度寝る体勢に戻る。

 間もなくオウルの言葉で静まり返ったこの部屋の扉が、ゆっくりと開かれていく。

 この部屋にいる誰もが、扉の向こうに視線を送っていた。先程まで眠る体勢に入っていたオウルですらも……。

 そして、最後の一人がゆっくりと純白の空間に足を踏み入れる。


「皆、よく集まってくれた。では、これからとある作戦について話し合おうか」


 最後に現れたのは、言うまでもなくキラ・アルス・グランパニアその人だった。




 ヨイヤミの一人語りが終わり、幹部棟のリビングの中にようやく静寂が訪れる。

 誰も、何も言おうとしない。誰もが誰かが言葉を発するのを待つように、沈黙の時が続いた。

 それでも、ようやく口を開くことができたのはアカツキだった。

 沈黙が我慢できなかったというのもある。しかし、一番の理由は、自分が最初にヨイヤミに声を掛けなければならないと直感で感じたからだ。


「要するにお前は、グランパニアの人間で、グランパニアのことを恨んでいるから、自らの故郷を襲うって言うんだな」


 このときはまだ、アカツキはヨイヤミの考えをしらない。このときにヨイヤミがこれからしようとしていることを知っているのはロイズだけだ。


「いずれはそうしようと思ってる。僕は、エリスやカルマやニコルを殺したグランパニアを許すことはできん」


 そのときのアカツキは、ヨイヤミの過去に動揺していたため、ヨイヤミが『いずれ』と言ったことをあまり気にしてはいなかった。アカツキの問い掛けは続く。


「それは、親を巻き込んでも構わないってことか……?」


 ヨイヤミは怪訝な顔をしながら、それでも自分の決意を述べる。


「必要があれば、それでも仕方がないと思っとる。第一、僕の家族はもう、レアたちだけや……」


 そんな寂しいことは言わないで欲しい。アカツキには、どれだけ親に会いたくても、生きているのかどうかすらわからないのだから……。親がどこにいるかもわかっていて、会おうと思えばいつでも会えるのに、そんなこと……。


「実の親だぞ……。それに、何があったって、お前の親は二人だけだ。それ以外にはあり得ない。それなのに、そんな簡単に……」


 ヨイヤミの表情が険しさを帯びていく。アカツキが言いたいことはわかる。だが、ヨイヤミは既に、親との縁を切っているのだ。それに、親よりも、余程大切な家族がいる。


「なら、アカツキは僕の親のおるグランパニアは、襲えんって言うんか?」


 こんなことを聞くつもりではなかった。これは、自分の目的と完全に真逆の質問だった。ヨイヤミは、アカツキを止めるためにこの話をすることを決めたのに……。それでも、アカツキの言葉に苛立ちが増し、逆上してしまった。


「そうじゃない。でも、ヨイヤミの親二人くらいなら、助け出せるかもしれないだろ」


 そう答えるだろうとは思っていた。だが、ヨイヤミはアカツキのその答えに違和感を覚えずにはいられなかった。


「ちょっと待て……。二人くらいなら助けられる……?アカツキ、それどういう意味や」


 それではまるで、他の者は全て襲うみたいな言い方ではないか。そんなの、今までのルブルニアのやり方とは異なるではないか……。


「もちろん被害はなるべく押さえるつもりだ。だけど、どれだけ頑張ったって、自分たちよりも力のある国を相手にするなら、敵の命を庇ってばかりもいられないだろ。それは、イシュメルとの戦いで、十分に思い知ったはずだ」


 確かにそうだ。あの戦いでは両軍とも多大な損害を出しながら決着した。ベオグラードとの戦いですらそうなったのだ。グランパニアとの戦いはもっと過酷なものになるだろう。

 それが、わかっているのなら、戦わないという選択肢もアカツキは受け入れてくれるかもしれない。


「ああ、確かにそうやな。そこまでわかっとるなら、この戦いは一度退いた方がええやろ?」


 そうだ、元々はこの一言のために、皆に自らの過去を話したのだ。この戦いに勝つことはまずできない。それは、キラの力を知っているヨイヤミだからこそわかることである。だから、この戦いはするべきではないのだ。少なくとも今の段階では…。


「退く……?退くってなんだよ……?そんなこと、できる訳ないだろ。もう、俺たちはグランパニアに喧嘩を売っているんだ。今更、あいつらが逃がしてくれる訳がないだろ」


 それはあくまでも今のままならと言うことだ。あまり誉められたやり方ではないが、グランパニアから逃げる方法はひとつだけある。ロイズにも進言した、あの方法なら……。


「そうやな……。この国がある限り、グランパニアからは、もう逃げられんところまで来とる。恐らく、戦争になるのも時間の問題や」


「なら……」


 ヨイヤミの話の途中で、アカツキが口を挟むが、それを許さないように、語気を強めてヨイヤミは続ける。


「でも、この国が無くなれば、グランパニアからは逃れられる」


 アカツキの顔が血の気が引いたように蒼白になる。ヨイヤミの言葉をすぐには理解できずに、その言葉を脳内で反芻させる。


「この国を無くすって、お前自分が何言ってるのか……」


 ヨイヤミの表情は揺るがない。アカツキを真っ直ぐに見据え、その決意の込められた眼差しをアカツキに向け続ける。


「もちろん、ちゃんとわかってる。それがどうなるかも、もちろん理解してる。それでも、それが最善策やって本気で思っとる」


 揺らぐのはアカツキの表情だけ……。共に歩んできた最大の仲間が、自らの国を崩壊させようとしているのだ。


「もちろん、誰も殺すつもりはない。ただ、皆には別の国に行ってもらうことになる。僕らだけでもう一度、グランパニアの目の届かん何処か遠くに、新たな国を作るんや」


 ロイズには伝えてあった、ヨイヤミが考えるこの戦争の回避方法。自らの国を潰し、敵の目から逃れることが、ヨイヤミが選んだ選択肢だった。


「ふざけんな。この国の皆は、これまでだって俺たちのために一生懸命戦ってくれたんだぞ。この国を護るために、命を投げ出してくれた国民だってたくさんいる。それなのに、この国を無くすって言うのか」


 アカツキが机を叩きつて大きな音を鳴らす。アカツキの目に怒りの炎が燃え上がり、ヨイヤミを力強く睨み付ける。アカツキがヨイヤミにここまでの怒りを覚えたのは恐らく初めてだろう。これだけは、アカツキにも譲れないものがある。


「そのために、皆が死んでしまったら一緒やないか。僕は、国と人の命とを天秤にかけただけや。どっちが大切かなんて、そんなこと考えんでもわかるやろ」


 ヨイヤミもアカツキに負けず劣らず、怒りを露にする。皆がいるこの空間が騒然とする。誰も何も言葉を発せないでいた。ただ二人だけが睨み合いながら、その怒りをぶつけ合う。

 そんな中、ロイズだけが、二人の間に割って入った。


「二人とも少し落ち着け。感情的になりすぎだ。こんなこと、そう簡単に決められることでもないだろ。寝ずに朝まで話をし続けていたせいで、二人とも疲れてるんじゃないのか?」


 そう言われて、ふと窓へと視線を向けると、いつの間にか暗黒の空は光を取り戻し、蒼いまっさらな空が広がっていた。太陽は既に地平線から顔を出しており、この部屋を明るく照らしていた。

 ロイズの仲裁のお陰で、二人は一旦落ち着きを取り戻す。それでも、怒りが完全に収まることはない。二人の瞳にはまだ、燻る炎が見え隠れしている。


「とにかく、二人とも一旦部屋に戻って休め。話はそれからでも遅くはないだろ。このまま続けていても、いたちごっこになるだけだ」


 ロイズに言われて、アカツキはヨイヤミから視線を外す。そして踵を返すと、自分の部屋へと戻っていく。去り際に言葉を残して……。


「俺は、この国を無くす気なんか毛頭ない。そんなことをするくらいなら、戦って命を散らしてやる」


 アカツキが吐き捨てていったその言葉に、ヨイヤミは舌打ちをしながらその後ろ姿を見送る。


「なんでわからんのや……。こんなの、僕らが求めた国やないやないか」


 そんな独り言をロイズは聞き逃さずに、ヨイヤミに問い掛ける。


「もっと良い言い方はなかったのか?あんなの、アカツキは怒るに決まっているだろ。私でも、お前の提案に戸惑いを覚えたんだ。この国の創始者であるあいつが、混乱するのも無理はない」


 そんなロイズの言葉に、ヨイヤミは珍しくロイズを突っぱねるような態度を取る。


「これは僕とアカツキの問題や。ロイズは黙っといてくれ」


 そういうと、ヨイヤミもアカツキの後を追うように、リビングを後にした。


「はあ~……」


 二人の少年が去ったリビングで、ロイズが大きなため息を吐く。それは心底疲れているような、とても深いため息だった。


「大丈夫ですか……?」


 そんなロイズの様子を心配して、アリーナがロイズに声を掛ける。


「やっと、アカツキが部屋から出てきてくれたと思ったら、また問題事かと思ってな……。子守りをするのは、こんな気持ちなのかな……」


 ロイズがため息の後に苦笑いを浮かべる。アリーナはそんなロイズの言葉を聞いて、小さく横に首を振る。


「何言ってるんですか。味わいたければまだまだそんな気持ち、いつでも味わえるじゃないですか。ロイズさんがそうしようとしないだけでしょ」


 ロイズは一瞬言葉を失うが、すぐに少しだけ困惑した表情を浮かべる。


「まあ、確かに相手を探す努力はしていないが……。でも、私はこんな生活も悪くないと思っている。これが壊れてしまうのなら、相手なんていらないさ」


 そこで、アリーナは何かを考えるように少しだけ間を開けて、ロイズに問い掛ける。


「ならロイズさんは、この国を無くしてこの生活を終わらせるくらいなら、グランパニアと戦争をしても構わないと思っているんですか?」


 それは痛い質問だった。正直、これは触れてほしくないことだった。これまで年長者として二人を見てきたロイズとしては、どちらかに味方するという行為はなるべく避けたかった。しかし、これに答えてしまえば、どちらかに味方をすることになってしまう。

 ロイズが言い淀んでいると、アリーナは苦笑いを浮かべながら、ロイズが返答するのを止める。


「な~んて。ちょっと聞いてみただけです。ごめんなさい、失言でしたね。気にしないでくださいね。じゃあ、私も寝てきますね」


 そう言って、アリーナは急いでこの部屋を出ていく。この空気の中にいることを嫌ったのだろう。

 アリーナが出ていったのを皮切りに、アリスやガリアスもこの部屋を後にする。アリスは終始怯えていたし、ガリアスは自らが出る幕ではないと口を噤んで話の行方を見守っていた。

 流石に今回は参加していたハリーも、一言も発することはなく、この部屋を出て行った。


「本当に、どうなることやら……」


 最後に一人残されたロイズは窓から差し込む陽の光を眺めながら、これからの行き先の不安をその胸の中にそっと仕舞いこんだ。

 静寂に包まれたリビングには鳥のさえずりだけが響き渡り、いつもと変わらぬ日常の始まりを告げていた。


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