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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第八章 心を穿つ銃弾と雷
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何処か遠くへ

 火の海は着々と廃墟を燃やし尽くし、ヨイヤミたちの周辺に立ち並ぶ廃墟も人が死ぬときと同じように、力無く崩れ落ちていく。轟音を響かせ、砂埃と黒煙を巻き上がらせながら、それでもなお、赤い炎は消えることを知らない。

 もう既に、スラム街のほとんどの土地が火の海に飲み込まれていた。ヨイヤミたちも、衣服から露出した肌を焼かれる思いで、火の海を走り抜ける。

 リディアが本当に、逃げ出せる場所を知っているのか疑問なところだが、レアも自分の意思を譲りそうになかったので、今はリディアに賭けるしか道はなかった。

 どれだけ走っただろうか……。回りは火の海に囲まれていたため走っても、走っても、赤く揺らめく景色だけがヨイヤミたちの視界を覆っていた。そのせいで、距離感というものが全く掴めず、自分たちがどれだけ走ったのか全然認識することができなかった。

 それでも、ヨイヤミたちは目的地へとたどり着いた。レアの思いを酌み、あれからは軍の兵士と遭遇しないように気を付けながらここまで来た。お陰で、戦闘すること無く、目的地まで来ることができた。

 辿り着いたその壁は実際、回りと比べると劣化が進んでおり、ヒビがあちこちに広がっている。リディアが言う様にここなら容易に壊せるかもしれない。


「ここでええのか?」


 ヨイヤミが尋ねると、リディアは言葉無く小さく頷いただけだった。ヨイヤミはそれで十分だったので、すぐにリディアから壁へと視線を変えた。今のリディアの顔を見ていると、こちらの気分も落ちていきそうだったので、正直リディアを視界に留めておきたくなかった。

 ヨイヤミは掌に力を込めて、炎が掌に収束していく様を創造する。ヨイヤミが創造したように、掌に向かって炎が渦を巻きながら収束していく。やがて、炎は球の形をとりヨイヤミの掌の上に収まる。

 自分の掌の中に炎が浮かぶ様を見て、改めて驚きを覚えながら、ヨイヤミは壁へと視線を戻す。そして、気合いを入れるための咆哮とともに炎の球を、劣化した壁へと思い切り叩きつける。


「うおおおおおおお!!」


 轟音とともに壁は劣化していた一部だけが瓦解し、人が通るには十分な巨大な穴が出来上がる。これでようやく、悪夢から解放される。二人も友を失った逃走劇はようやく終わりを迎える。


「やっぱり、夢じゃないんだね……」


 リディアが何処か悲しそうにヨイヤミを見ながら呟く。


「この力のことか?ああ、この力があれば皆を護れる」


 そう、今回だってこの力が無ければ、ここにいる皆を助けることはできなかった。だから、この力には感謝しなければならないはずなのに、どうしてそんな悲しい顔を……。


「そうだね……。本当に……、そうだね」


 今のリディアは普通じゃない。ニコルを失ってからというもの、ほとんど死んでいるかのように、呆然としているだけだった。だから、リディアのことを深く考えること無く、ヨイヤミは門の外へと足を踏み出した。

 街の中から見る空はあんなに赤黒かったのに、壁の向こうの空は蒼く澄み渡っていた。地獄から抜け出したような、そんな感覚に包まれる。まるでそこが地獄と現実の境界線のように、赤と蒼のグラデーションが空に浮かび上がっていた。

ヨイヤミに続いて、レアたちも一人ずつ外へと出てくる。

 誰も、何も言葉を紡ごうとはしない。ただ、地獄からの生還をゆっくりと噛み締めるように、喜びも悲しみも無く、空の蒼をジッと見つめているだけだった。

 しかし、ここでゆっくりしている訳にはいかない。こんな国の近くにいれば、いつ見つかったっておかしくないのだ。ヨイヤミは皆にすぐにでもここから離れるように告げようとした。

 だがそのとき、ヨイヤミの聞き慣れない声が、ヨイヤミの背後から鼓膜を震わせた。


「いたぞ。どうやってかは知らんが、五人逃げ出しているぞ」


 馬を駆り、銀の鎧に身を包んだ兵が三人ほどヨイヤミの視界に入り込んできた。どうしてこんなに早く……。だが、迷っている暇はない。何があろうとも、僕が四人をここから逃がす。


「ロニー、リディア、皆を連れて、とにかく遠くに逃げるんや。はやくっ」


 ヨイヤミは三人の兵士から視線を外すこと無く四人に向かって叫ぶ。ここまで来て、全てを台無しにさせる訳にはいかない。どれだけ神が残酷な試練を用意していようとも、絶対に成し遂げて見せる。

 ロニーはヨイヤミの言葉を聞くや否や、急いでレアを抱えて、兵士たちがいる方向とは逆の方向に走り始める。こういう時の反応はやっぱり早い。ロニーの腕の中では、レアが叫び声を上げながら暴れていた。


「いやだ。まって。ヨイヤミおにいちゃん」


 ロニーの大きな背中越しに、レアはヨイヤミを捉えるが、その姿はどんどん小さくなっていく。

 死んだような目をしていたリディアもロニーに少し遅れをとったが、すぐさまサラの手を引いて走り出した。あれだけ生気を失っていても、防衛本能が働いたのだろう。


「たかだか子供の足で、馬から逃げられると思っているのか?無駄な抵抗は止めて、さっさと殺されるがいい」


 そう言った兵士の隣の兵士が下卑た笑い声を上げながら口を開く。


「いいじゃないですか、逃げ惑う小動物を狩るみたいで楽しそうだ。そもそも、この作戦自体がそういう主旨のものでしょう」


 その言葉を受けて、もう一人の男も同じように気味の悪い醜悪な笑みを浮かべる。


「資質持ちをキラ様が倒した今、スラム街の人間を全員殺す必要なんて無くなってますからねえ。これはあくまで、私らのストレス発散ってとこですから」


 悪意は伝染し、三人が共に同じような笑みを浮かべ始める。気持ち悪い程に悪意を剥き出しにするその姿に、ヨイヤミは畏怖を覚える。


「おいおい、目の前にスラム街の連中がいるのに、そんなこと言うんじゃねえよ。まあ、これから死ぬんだから関係ねえか」


 三人は野太く醜悪な笑い声を上げながら、馬の上からヨイヤミを見下ろす。そんな彼らをヨイヤミは恐怖することなく睨み付ける。そんなヨイヤミの様子に兵士たちの醜悪な笑みが少しだけ崩れる。


「言いたいことは、それだけか……」


 ヨイヤミの心の底から、冷たく低い声が漏れだす。爆発しそうな程の怒りの感情を圧し殺しているせいで、極端に凍えるほどに冷たい声が自らの喉から発せられる。それが自分の声なのかすら疑わしい程に…。


「あぁん?なんだあ、ガキが強がってんじゃねえぞ。お前はこれから死ぬんだから、必死にすがりついて、助けを請えよ」


 兵士うちの一人が、ヨイヤミの元まで近づいてきて額に銃を突きつける。これから自分の身に何が起こるかなど考えもしていないように、心の底から下卑た笑い声を上げている。

 ヨイヤミは俯いたまま静かにその銃身に手を掛けて握り締め、自分の額から力づくに剥がす。兵士はその力に驚きを覚え「なっ?」と不意に声を漏らす。


「ええ加減にせえよ……。お前たちみたいな奴のために、僕の友達は二人も命を失ったんやぞ。なのに、ただのストレス発散やて……。ふざけんなっ」


 心の底から怒りをふつふつと煮えたぎらせるように、一言追うごとに熱が込められていく。銃身に更なる力が加わり、やがて銃身が煙を上げる。その異変に気がついた兵士は、驚きの余りに今度は悲鳴交じりの声を漏らす。


「ひっ……」


 その瞬間、俯いていたヨイヤミの表情が上がり、兵士の視線と交わる。その瞳は怒りの炎が燃えたぎっており、その視線を見ただけで、兵士は萎縮する。


「これはお前たちがやってきたことへの罰や……。お前たちも俺たちを殺そうとしたんや。なら殺されても文句はあらへんよなあ」


 その言葉と共に、ヨイヤミの握力は最大限に高められ、銃身が黒く焦げながら焼け落ちた。溶けた銃身は地面へとただれ落ち、その銃は最早銃の形を残してはいなかった。


「お、お、お前……。し、資質持ち……」


 怯えるように、途切れ途切れの声を発しながら、震えた瞳でヨイヤミを見据えていた。そして、そんな兵士に向かってヨイヤミは炎の球を無言で放つ。

 それを避けようとした兵士は、バランスを崩して馬から転げ落ちる。尻餅をついた兵士に、ヨイヤミは一歩ずつ近づいていく。ゆっくりと恐怖を与えるように…。


「ま、まて……。止めてくれ……。お、俺たちが悪かった。だから、命だけは……」


 そして、ヨイヤミは命乞いをする兵士の上に馬乗りになると、炎を纏った腕を振り上げる。


「助けを乞うのはお前の方やったみたいやな。でも、もう遅いわ……。殺される覚悟が無い奴が、人を殺すなやっ」


 ヨイヤミは心の熱と同じように、燃えたぎった腕を兵士の腹部に向けて振り下ろす。熱された腕は、容易に銀の鎧を溶かして貫通し、兵士の腹を焼いていく。


「あああああぁぁぁぁぁ……、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い……」


 兵士は叫び声を上げながら、暴れまわろうとするが、ヨイヤミの腕は腹部から離れない。簡単に殺すことはなくじわじわと、痛みを与えながら内蔵に向かって押し進めていく。

 後ろで構える兵士は、恐怖の余り動けないでいた。声も発することはなく、ただヨイヤミが彼らの仲間を蹂躙する様を眺めていた。

 ヨイヤミに風穴を空けられた兵士は、怯えた目で嗚咽を上げながらヨイヤミを眺めている。

 そんな兵士の表情を見て、これ以上やればレアによってせっかく踏みとどまった一歩を踏み出してしまうような気がした。それが心の迷いとなり、ヨイヤミはその手を止めた。

 兵士は痛みから解放されたその一瞬で意識を失った。ヨイヤミも意識を失った人間にそれ以上追い討ちを掛けようとは思わなかった。

 ヨイヤミは馬乗り状態から立ち上がり、残りの二人へと視線を巡らせる。彼らは怯えた表情でこちらを眺めている。


「資質持ちがもう一人いるなんて聞いてないぞ……。俺たち一般兵がどうにかできる相手ではない」


 二人はヨイヤミの様子を伺うように、ヨイヤミから視線を外さないまま、馬に手綱を打ち付ける。馬の皮膚を打つ鈍い音が響き、馬は鳴き声と共に地面を駆ける。そんな二人の兵士の姿をヨイヤミは何もせずにただ眺めていた。

 二人の兵はヨイヤミから離れていく。これでいい。これでようやく終われる。外に逃げ出した数人の為だけに、軍を寄越すことはないだろう。これでやっと、カルマとの約束を果たすことができる。いや、既に約束は果たせなかったか……。

 唯一心配なのは、資質持ちだという理由だけで、これからも追いかけ回されることになるかもしれないということだったが、それならば、彼らの目が届かない何処か遠くに逃げればいい。もしくは、自分だけが何処か遠くへ……。

 ヨイヤミは気を失って倒れている兵士を尻目に、レアたちが向かった方向へ歩き出す。既にヨイヤミが追い付けないくらい、遠くに逃げてしまったかもしれない。それならそれで、いいと思った。僕はもう、彼らとは会わない方が良いのかもしれないと思い始めていたから。

 だが、そんなことはなく、見慣れた赤髪を携えた少女が少し離れたところで待っていた。


「終わったの?」


 ヨイヤミの姿を認識すると、たった一言そう尋ねてくる。その問いにヨイヤミは静かに頷く。リディアも少し気持ちの整理がついたのか、先程よりも大分落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


「じゃあ、私たちも…………」


 リディアはそこで言葉を切り、何か俊巡するような表情をしてから、もう一度口を開く。


「ううん、なんでもない。さあ、一緒に逃げましょう。この国の目の届かない、何処か遠くへ……」


 まるで駆け落ちする恋人のような台詞だな、と少し気の抜けた感想を抱きつつも、リディアの目の前まで歩みより、小さな笑みを浮かべる。それが、あまりにも自分の考えと同じだったから…。


「ああ。僕らの知らない、何処か遠くへ……」


 ヨイヤミとリディアは肩を並べて歩き出す。レアたちの待つ方角へ向けて……。


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