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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第八章 心を穿つ銃弾と雷
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悪夢からの目覚め

 ヨイヤミは廃墟群を走りながら、周囲の様子を覗った。カルマとキラの戦闘を見て何かを察したのか、廃墟群の人々が慌ただしく走り回っている。この様子ならば、わざわざヨイヤミが誰かに事を伝えなくとも、第二陣が来る前に外に逃げ出すことができそうだ。

 ヨイヤミは正直こちら側の地理に詳しくは無い。ここまで来たのも今日が初めてで、先程は単にカルマの後をついて行っただけだった。だから、正直自分がちゃんと遺跡擬きに戻れているのか不安だった。

 そんな不安を抱えつつも、ヨイヤミはこのスラム街から逃げ出す算段を必死に考えていた。

 カルマから皆を頼まれたが、確実に逃げられる当てがある訳ではない。例の穴を抜けるのは良いが、そこからどうするかも考えなくてはいけない。この国を抜けるには貴族街の門を抜ける必要があるが、皆のことを門番がそう簡単に通してくれるだろうか……。

 そもそも自分自身、貴族街の外に出たことがないのだ。貴族街を出る時にどのような検問をされるのかすらわからない。だが、キラの様子を見ていると、貴族街の内部はそういったことがきっちりしていそうでならない。

 逃げるならば、先程カルマが戦っていた門から逃げるのが一番だが……。

 そして、カルマのことをどう伝えるかも決まっていない。レアには本当のことを言うべきなのだろうか。これはリディアたちと相談した方がいいかもしれない。

 リディアなら、ことの顛末を話しても理解してくれるだろうし、レアに対する正しい答えを見つけてくれるかもしれない。正しい答えが見つからなくとも、自分よりは良い考えを導いてくれるに違いない。

 ヨイヤミの頭を様々な不安がよぎるが、何しろ遺跡擬きに辿り着かなければ話は始まらない。今は全速力で正しいかどうかもわからない道をひたすら走るしかない。

 ヨイヤミの記憶の引き出しと方向感覚は、案外捨てたものではなかった。多少道を間違えることはあったが、大きく道を外れることなく、ちゃんと遺跡擬きに辿り着くことができた。

 カルマがいないことを彼らはどのように捉えるだろうか。カルマがいないのに自分だけがここに戻ってきたことを彼らはどう感じるのだろうか。責められるかもしれない。罵詈雑言を吐き捨てられるかもしれない。そんな不安がヨイヤミを襲う。

 だが、こんなところで尻込みしていても、何も始まらない。今は、カルマとの約束を果たすために、一刻も早く彼らの逃げなければならないことを伝えなければ……。

 ヨイヤミは決心を固め、遺跡擬きの中を覗き込んだ。だがそこにいるはずの彼らの姿はここには無かった。その代わりに、見たことがない階段が、その中にはあった。


「こんなところに階段なんてあったか……?もしかしたら皆この中に隠れとるかもしれん……」


 そう呟いたヨイヤミは、何の確証もなく階段を駆け下りる。中は相当暗かったが、何処からか漏れだす小さな光が、足元だけを心許なく照らしていた。階段は螺旋状になっており、グルグルと目が回りそうになった。

 その階段は予想以上に長かった。これだけ長い階段を下りて行ったとするならば、もし敵に見つかった時に逃げるのが大変なのではないかと少し疑問に思う。その疑問から、本当に彼らがここにいるのだろうか、という不安が込み上げてくる。

 だが、この階段を下り切るまで、彼らがここに居ないという確証も得られない。だから、不安をかなぐり捨てて、ヨイヤミはひたすらに階段を下っていく。

 どれだけの段数を降りたのだろうか……。ようやく最後の段を踏んだ時には、既に息が上がっていた。


「はあ、はあ……。なんや、ここ……?」


 ヨイヤミは目を疑った。あそこが遺跡だったとするなら、その地下にこんなものがあってもおかしくは無いのかもしれないが、あくまでもあれは本物の遺跡ではなかったはずだ。

 ヨイヤミの視界に広がっていたのは、壁いっぱいに描かれた壁画だった。階段を降り切った場所から燭台に照らされた細い数メートルの廊下を歩き、目の前に存在する重厚な青銅の扉を力いっぱいに押し開けると、そこには円形に広がる巨大な部屋があった。

 その部屋一面には、何を表しているのかはさっぱりわからない壁画が描かれており、その部屋の中心には何やら台座が置いてあり、その上に棒のようなものが置いてある。扉から中心まではかなり距離があり、それが何なのか直ぐには視認することができない。

 ヨイヤミは吸い込まれるように、その台座に引き寄せられていく。まるで息をするかのように、無意識にその台座に歩み寄る。数歩歩いたところで、台座に乗っている物が何なのかがわかった。

 そこに置いてあったのは、剥き身のままの刀だった。だが、刀といってもその長さが異常な程長かった。おそらく、ヨイヤミの身長は優に超えている。推定でも二メートル近くはあるだろう。

 そんな異常な長さを誇る刀に吸い込まれるようにして、ヨイヤミは更に台座に近づいて行った。

 そして、その刀が手に届きそうな距離にまで近づいた瞬間、その部屋の灯りは一瞬で失われ、ヨイヤミの視界は暗転した。

 光の一切は遮られ、本当に何も見ることができなかった。剥き身のままの刀を、視界も無しに触れるのがどれだけ危険なことか理解していたので、ヨイヤミはそれ以上手を伸ばそうとはしなかった。

 それに今動いたところで、おそらく出口を見つけることも難しいだろうということは理解していた。それに、こんな暗闇に閉じ込められたにもかかわらず、ヨイヤミの心はあまりにも平穏を保っていた。

 これから何が起こるのか、まるで知っているかのように、ヨイヤミは静かに何かが起こるのを待った。すると、視界の先に、ゆらゆらと青白い光が揺らめいた。

 その光はゆっくりと形を成していく。だが、それが何の形なのかは判然としない。


『汝、力を求めるか』


 光の揺らめきから、言葉が紡がれる。だが、それは直接脳に響いてくるような、そんな感覚だった。今、自らが巻き込まれている現象が異常なものだという認識はヨイヤミの中にもあった。

 だが不思議なことに、逃げたいと思う気持ちは一切なかった。まるで、そういった気持ちが奪われてしまったかのように……。

  

「何で、そんなこと聞くんや……?」


 こんな異常な光景にも関わらず、ヨイヤミは思ったことが口から抜けるように、言葉になってスッと出てくる。


『汝の心を見れば、汝が求めているものを知ることなど造作も無い……』


 揺らめく光に、おおよそ口と呼べるような音を発する器官は見られず、相変わらず脳に直接語りかけてくる。


「そうか……。心を読まれとるんならしゃーないな。確かに、僕は今力が欲しい。それも、飛び切り強い力が……。例えばそう、魔法みたいな」


 こんな得体の知れない相手と、普通に会話を交わしている自分が不思議で仕方がなかった。今は相手の正体がわからないことなど、些細なことでしかないように感じている。


『ならば、我が汝に力を与えよう』


 それはとても有難い申し出だった。これを有難い申し出などと感じる時点で、このときの僕の心はどうかしていたのだと思おう。だが、こんな申し出が対価なく行われる訳がない、そう思った僕は、既にそのことを口にしていた。


「その代償は?」


 その言葉は只の決めつけだったが、それなりの確信をもって尋ねた。案の定、只で力を分け与えてくる訳もないようで、光少しだけ揺らめいて、ヨイヤミに直接語りかける。


『命を差し出せ……、などとは云わん。汝には我が願いを一つ、叶えて欲しい』


 願いを一つ叶える。それは、命を差し出すよりも、余程危険は取引のような気がした。だから、その内容を聞かずにはいられない。


「その願いとは?」


『今の汝に、我が願いを教えることはできん。汝が成長し、我が力を使いこなせたとき、我が願いを教えよう』


 つまり、現状ではその危険な賭けに乗るしか、力を得る方法は無いということだ。目の前で起こっていることがあまりにも現実離れしていたため、力を与えるということ自体を疑うことは無かった。何故か、そこには理由なき確信があった。

 相手の魂胆がわからない以上この賭けに乗るのは危険すぎる、と頭が警鐘鳴らしている。だが、力があれば、カルマとの約束を、皆を無事に逃がすという約束を、守ることができる気がした。

 だから、迷っている暇は無かった。ヨイヤミは、覚悟を決めて一度喉を鳴らすと、小さく頷きながら承諾の言葉を口にした。


「わかった……、お前の願いが何だろうが、叶えたる。その代わり、僕に力を貸してくれ」


 覚悟は決まった。もう、後戻りはできない。これから何が起ころうとも、この決断を後悔しないように生きて行こう。これで自らも、エリスの言う恐怖そのものになってしまうのかもしれない。それでも、皆を護れるのなら構わないと思えた。


『ならば、汝その刀を手にせよ。さすれば、我が力を与えん』


 その言葉と共に、部屋の灯りが一瞬で戻り、光の揺らめきは姿を消す。目の前には、自らの身の丈を遥かに超える剥き身の刀が台座の上に寝かせてある。

 この柄を手にすれば、自らも恐怖そのものになる。迷いがないと言えば嘘になる。だが、迷っている暇がないのだ。

 ヨイヤミは覚悟を決めて、その刀の柄を手に取る。その瞬間、刀を握った部分から炎が溢れるように吹き出す。


「なんやこれ……?うわ、ちょっと待て、え、ええぇぇ?」


 驚いたヨイヤミはすぐさまその刀から手を離そうとしたが、握った手が刀を離そうとしない。そのまま刀から溢れ出す炎は、ヨイヤミの身体を包み込むようにして燃え広がる。


「うわあああああ……」


 ヨイヤミは驚きのあまり叫び声を上げるが、やがてその炎が全く熱くないことに気が付く。むしろ懐かしさを覚える暖かみすら感じる。全く熱の感じない炎に更に驚き、辺りを見回すが、炎に囲まれているので、何も見ることはできない。

 ヨイヤミがフラフラと辺りを見回していると、自らの手が握りしめている長身の刀が淡く光輝き始める。次は何が起こるのかと、少し身構えながらその刀を眺めていると、その刀が急に強く発光しヨイヤミの意識を刈り取っていった。


 悪夢から目覚めたように勢いよくヨイヤミは瞼を開く。ヨイヤミが辺りを見回すと、そこは遺跡擬きの中だった。先程の階段は消えていて、自らの身体に異変は無く、魔法を使える様子もない。

 もしかするとあれは夢だったのかもしれない。何しろ、さっき手に取った刀が、今は影も形も無くなっているのだ。

 こんな異常事態に寝ているなんて、自分は何をしているのか……、と自らを叱咤せずにはいられない。どれだけ疲れていたとしても、こんな状況で寝てしまうなんてありえない。

 そんなことを考えていると、地響きと共に巨大な爆発音がヨイヤミの鼓膜を震わせる。

 ヨイヤミは急いで身体を起こすと、遺跡擬きの外へと飛び出す。ヨイヤミはその光景を疑わずにはいられなかった。スラム街が火の海に包まれ始めていた。間もなくして、新たな爆発音と共に、黒く染まった爆炎が上がる。

 遂に第二陣の侵攻が始まった。もう兵を止める者は誰もいない。カルマのいなくなった今、彼らは何の障害もなく、このスラム街に攻め込むことができる。

 本当に自分はこんなところで何をしていたんだ。早く、リディアたちを見つけなくては……。でも、ここまで攻め込まれた今、どこから逃げればいい。いや、考えるのは後だ……。今は、とにかく彼らと合流するのが最優先だ。

 ヨイヤミは何処にいるかもわからないリディアたちを目指して、まだ火の海に包まれていない遺跡擬きを後にする。


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