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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第八章 心を穿つ銃弾と雷
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燃え尽きる業

「天界より召されしその御身、我が身に宿りしその力、大いなる意志の下、その名をもって我が力と為さん。雷鎚の戦神、トール」


 キラが呪文のような言葉の羅列を並べ終え、誰とも知らない名を告げると、天から地面に描かれた魔法陣に向けて、巨大な光柱が舞い降りた。キラの身体を覆い隠すように降り注いだ光柱は、数秒間した後に飛散し、そこから黄金の鎧を身に纏ったキラが姿を現した。

 鎧といっても、キラの身を包み込んでいるのは脚や腕そして頭の部分だけで、胸部や腹部などは先程の黒い着衣のままである。身を包む黄金の鎧からは、絶えず雷が溢れ出し、今にもそこからカルマに向かって迸るのではないかと思わせるほどだった。


「『醒者(せいじゃ)』という存在を知っているか?」


 カルマはキラに問いかけるが、カルマは一切の反応を示さない。しかし、キラもカルマの答えを聞く気は無いらしく、その答えを待つことなく話始める。


「醒者とは資質持ちの中でも、更なる力に目醒めた者のことだ。つまり、資質持ちの第二段階ということになる。その段階に辿り着く条件は、自らに資質の力を与えてくれている神の名を知ること。その神の名をもって、資質持ちは新たなる力を得ることができる」


 ヨイヤミには言っている意味が全くもってわからない。『醒者』『資質持ち』『神』そんな訳のわからない言葉が乱雑する中で、カルマは一体何を思い、何を考えているのだろうか?

 そして、キラがその手を前に翳すと巨大な金槌が姿を現す。だが、その金槌に実体はない。雷の塊で形作られた金槌だった。


「四天王は誰一人漏れずにこの力を使うことができる。いや……、一人だけ使えない奴がいるが、あいつの場合存在そのものが例外だから、この際関係ないだろう」


 キラは何やら独り言のように呟く。そして、その金槌を肩に担ぐと、カルマに向かって地面に空いた巨大なクレーターを進んでいく。その間に、カルマはボロボロになった腕とは異なるもう片方の掌の中に、もう一度風を凝縮し始める。

 ヨイヤミには、カルマがまだあきらめていないようにも見えたが、おそらくそういう訳ではないのだろう。その攻撃でキラを倒すことができないことはわかっている。だが、何もせずに殺される訳にはいかない、というカルマの心が無意識の内に生み出した、最後の抵抗だったのだ。

 だから、先程ウインド・ハウルを放った時のような威勢は欠片もない。無言のまま静かに、その掌の中に風が集まっていく。

 それを見たキラは小さく笑みを浮かべながら口を開く。


「そうか。勝てないと理解してなお、最後まで抗うことを止めないか。それでこそ、資質持ちの器だ。そもそも、資質持ちが誰かの下に下るなどということ自体間違いっている。あれは、王たり得る可能性があるものに与えられた証しなのだ。王たり得る者が誰かの下に下るなど、有り得ないではないか」


 そう言いながら、肩に担いでいた雷鎚をゆっくりと振り上げる。カルマの掌の中にも、先程と同じような暴風の球体が完成している。俯いていたカルマが、覚悟を決めたように顔を上げる。

 意外なことに、恐怖を感じることは無かった。これから自分が死ぬとわかっていながら、容易にそれを受け入れることができた。今のカルマの感情は、太陽が昇る水平線のように穏やかなものだった。

 唯一心残りなのは、妹や親友たちがここから逃げ出せるかどうかわからないということ。それでも、そんな大切な彼らのために、この力を使うことができたのだからそこに後悔は無かった。

 一歩ずつ自らの死が近づいてくる。唯一残された希望は、自らの掌の中で暴れまわる、数十センチの球体のみ。それすらも、最早希望たり得ない。それは数分前に実証済みだ。

 それなりに楽しい人生だったと思う。生まれた土地は確かに劣悪で最低だったかもしれないけれど、それでも、そんな環境の中でも確かに幸せを見つけることができた。大切な者を見つけることができた。

 この世に不幸が存在するというのなら、それは自らが生まれた環境などには依存しない。

 どんな環境だったとしても、その環境の中で幸せを見つけることができる。逆にどれだけ恵まれた環境だったとしても、幸せを知らずに死んでいく者もきっと多く存在するのだろう。幸せは誰かと比較されるべきものではない。幸せの形は人それぞれ違うのだから……。

 だから、自分は幸せだったと断言できる。この世界がどれだけ残酷だったとしても、幼くして命を散らすことになろうとも、幸せだったと断言しよう。そして、その幸せを与えてくれた者のために、自らの命を燃やし尽くそう。

 自ら死に向かいに行くように、カルマも自らの脚でその一歩を踏み出す。顔を上げた先に、キラの視線と自らの視線が交わる。俺は今どんな表情をしているのだろう。何の感情も浮かんでいないのだろうか。これから自らの身に起こるであろう事に怯えているのだろうか。哀しみに打ちひしがれた表情をしているのだろうか。

 いや、きっと違う。俺はきっと満足げに笑っているだろう。こんなに心が満たされたことは初めてなのだから。


 レア……、お前を残して一人で旅立つことを許してくれ。お前にとって良いおにいちゃんでいられたかな?先にどこかへ行っちゃうおにいちゃんなんて、いいおにいちゃんな訳ないか……。それでも、今まで一緒にいてくれてありがとう。お前も、お前の幸せを見つけて、しっかり生きていくんだぞ……。


 カルマは一歩ずつ踏みしめながら、大切な者への思いを心の中で綴る。


 ニコル……、お前はもう少し大人になれよ。いつまでも窮屈そうに自らを偽って生きる必要なんてないんだ。その内自分を見失って、嘘しかつけなくなるぞ。お前の優しさは皆わかってんだ。もっとその優しさを表に出して、素直に生きていけばいいんだ……。


 リディア……、皆のことよろしく頼むな。あんなバラバラの奴らを纏められるのは、お前しかいない。面白いことが大好きなお前には、面倒な役目かもしれないが、俺の最後の頼みくらい、聴いてくれないか……。後のこと頼んだぞ。


 ロニー……、お前はもう少しハキハキとしろよ。なんて、親みたいなことは言わねえよ。でも、お前には似合わない役割かもしれないが、お前のその力で、皆のことを護ってやってくれ。俺がいなくなったら、お前以外に強い奴なんて誰一人いなくなるからな。嫌な役目を押し付けて、ごめんな。


 サラ……、お前はもう大丈夫なはずだ。もう誰とでも会話することができるはずだ。だから、いつまでも自分の殻の中に閉じこもってないで、もっとこの世界を知るために飛び立て。お前の夢を知っているのは俺くらいだろうから、俺がいなくなったら誰も背中を押してくれないぞ。


 そして、ヨイヤミ……、短い間だったけど、ありがとうな。お前は紛れもなく、俺たちの仲間で、俺の親友だ。あの日、あの場所でお前と出会えた俺は、やっぱり幸せ者なんだと思う。俺のことを皆に伝えるっていう辛い役目を押し付けることになるけど、親友だからそれくらい許してくれよ。俺にはできなかったけど、お前ならきっと、皆を外に逃がすことができるはずだ。お前のこと信じているぞ。


「こんな俺に、幸せを与えてくれてありがとう」


 カルマは急に大声でそう叫ぶと、キラに向かって飛び込んだ。そのカルマの双眸には涙が溢れていた。悔いがなくとも、抑えきれない感情が涙となって溢れ出す。

 カルマの突撃にキラは容易に反応して、自らが携える雷鎚を振りかぶる。キラは何処か、カルマのことを認めているような、邪気のない笑みを浮かべている。

 一瞬の内にお互いがお互いの間合いに入ると、暴風の塊と雷鎚が激突する。


「カルマアアアアアァァァァァ!!」


 居ても経ってもいられなくなったヨイヤミが親友の名を叫ぶ。だがその叫び声に込められた思いとは裏腹に、暴風と雷の嵐にいとも容易く掻き消されていく。

 巨大な魔力同士のぶつかり合いは凄まじい衝撃波を生み出し、彼らを中心に地面を剥ぎ取りながら円形に進んでいく。ヨイヤミも漏れることなくその衝撃波に飲み込まれ、吹き飛ばされる。そして、ヨイヤミの意識はその衝撃波に襲われたと同時に暗転した。




 どれだけの時間意識を失っていたのかはわからない。だが、眼を覚ました時にヨイヤミの視界に入り込んできたのは、抉れ返った大地の中心にボロボロになって倒れているカルマと、それを見下ろすほぼ無傷のキラの姿だった。

 ヨイヤミは吸い込まれるように、二人の下へと呆然とした表情で歩み寄る。その足取りは、宙を舞うかの如く不安定で、その足取りにヨイヤミの意思が含まれているのかどうかすら怪しかった。

 ヨイヤミが歩み寄るのを見たキラはその身を翻し、ここから去ろうとする。ヨイヤミになど興味は無いと暗に告げているようだった。だから、どうしても呼び止めずにはいられなかった。


「待てよ……。まだ、僕おるやろ……。ここから去るなら、僕を倒してからに……」


 ヨイヤミの言葉は激しく震えており、その声に一切の気迫は感じられない。

 歩みゆく足を止めたキラは、ヨイヤミの言葉を最後まで聞かずして、その言葉を遮るようにして言葉を紡ぐ。


「お前などに興味は無い。お前には殺す価値もありはしない。ただ平然と、何の苦しみも知らずにのうのうと生きるお前たち貴族に、俺と戦う価値があると思うのか?死にたければ勝手に死ぬがいい。だが、そんな面倒事に俺を巻き込むな」


 カルマと向き合っていたキラとはまるで別人のようだった。キラは興味の無い者に対しては何処までも無感情で、どこまでも冷酷だった。必死に彼を呼び止めるヨイヤミに、眼すら合わせようとはしなかった。

 キラはその言葉を言い終えると、また何処かへと向けて歩き始める。そして、思い出したように、去り際にこう残していった。


「これから兵士たちの第二陣がやってくる。資質持ちのいなくなったお前たちを護る者はもう誰もいない。逃げたければ、今のうちに逃げるがいい。おそらく街に戻っている暇はもうないだろう」


 それだけ残して、キラは立ち去る。それ以上、ヨイヤミも彼を呼び止めることはできなかった。元々戦ったところで、一瞬で消されて終わりだっただろう。興味を持たれなかったことは、ある意味で救いだったかもしれない。

 キラの姿が見えなくなり、ヨイヤミは背後で倒れるカルマの元へと近寄る。本当は、キラよりも先に、こちらに歩み寄るべきだったのに……。


「カルマ……。大丈夫か……?」


 彼の状態を見れば、大丈夫ではないことは明確だったが、それくらいしか口から出る言葉が無かった。カルマは風前の灯の命を必死に燃やしながら、最後の力を振り絞って瞼を開ける。


「ああ……、大丈夫だ……。こんな怪我、ちょっと寝たら治るよ……」


 カルマの声は掠れており、聞き耳を立てなければ聞こえない程だった。瞼を開いていることすら、今のカルマには辛そうだった。そんな、カルマを見ていると自然とヨイヤミの双眸から涙が零れ落ちる。もう、カルマの行く先を悟ったのだろう。


「俺さ……、ちょっと、眠いから、皆のこと、頼んで、いいか……?」


 カルマの言葉が絶え絶えになり、もう言葉を発することができなくなりつつあった。親友の最後の頼みを、それがどれだけ無理難題だったとしても、無下にすることはできない。


「わかった……。絶対に皆を護って見せる。だから、お前は安心して、眠って、も……」


 ヨイヤミの瞳から涙が絶え間なく零れ落ちる。涙のせいで言葉を最後まで発することができない。そんなヨイヤミの様子を見て、カルマは小さな笑みを浮かべる。


「なに、泣いてん、だよ……。大丈夫、ちょっと、寝たら、すぐ、追いつく、から……」


 それが、ヨイヤミを落ち着かせるための嘘だということは、誰が聴いても理解できただろう。死ぬ寸前になっても、友のために気を遣おうとする彼の気持ちを受け入れない訳にはいかない。

 ヨイヤミは自らの腕で涙を拭って、作り笑いを必死に自らの顔に貼り付けながら深く頷く。


「うん……。皆で一緒に待っとるから……。だから、今はゆっくり休んでくれ……」


 ヨイヤミがそう告げると、安心したようにカルマの口許が綻ぶ。


「ああ……、頼んだ……。じゃあ、おやすみ……」


 そう言って辛そうに開いて瞼をゆっくりと閉じる。間もなくして、カルマの心臓の鼓動が止まり、呼吸の音が聴こえなくなる。その死に顔はとても安らかで、まるでこの世に一切の悔いが無いような表情だった。

 ヨイヤミは立ち上がる。泣きたい、叫び散らしたい、そんな気持ちを噛み殺して、友との約束を果たすために立ち上がる。

 まだ、終わりじゃない。泣くのは、全てが終わってからで十分だ。こんなところに彼の骸を放っておくのは心苦しいが、今は彼との約束が何よりも大切だ。

 ヨイヤミは彼の骸に背を向ける。泣きたい気持ちを抑えるために必死で唇を噛みしめながら……。


「じゃあな……。皆と一緒に待っとるからな……」


 ヨイヤミはカルマに向けてそんな言葉を残すと、地面を蹴ってスラム街に向かって走り出した。今は亡き友との約束を果たすために、ヨイヤミの奔走が幕を開ける。


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