秋穂のリリック
「ああああああ、浮かばねぇ、あれから1曲も浮かばねぇ……」
渾身の1曲が完成してから3日、新曲が全然浮かばない。
この俺が、俺様が、珍しく教室の机に突っ伏している。
「大騎はまだマシだよ。僕なんて、進むべき道すら浮かばないんだから」
「だったら音楽やろうぜ望」
左斜め前に立って俺を見下ろす望。
「僕みたいに安定志向で平坦な道を真っ直ぐ生きてきたヤツに、音楽なんて、できるわけないよ」
「できるわけないと思うからできないんだ。できると思えばできるかもしれないだろ?」
「それでも‘かもしれない’なんだよ。確証がない」
「確証のある人生なんてないだろ。大企業に入ったって生活保護より安い給料でコキ使われる時代だぜ? それにリストラだってある」
「あなたにしては的を射たことを言うのね」
言いながら、背後に秋穂が現れた。
「こう見えて俺は天才なんだ。世界に羽ばたくロックンロールスーパーマンだ」
「そう、なら即興で何か歌ってみて?」
「それができねぇから頭抱えてんだろお?」
「なんでもいいじゃない。所詮は東橋くんなのだから」
「なんだと!? 喧嘩売ってんのか!?」
怒りが瞬間沸騰、バン! と両手で机を叩いて秋穂に向き直る。だが秋穂は動じない。いつもみたいに冷めた目で、真っ直ぐ俺の視線を捉える。こいつ、眼力は強い。
「そう聞こえるならそうかもしれないし、あなたの才能はその程度だってことなんじゃない?」
「だったらお前がやってみろよ! やってもいないヤツに兎や角言われる筋合いねえんだよ!!」
周囲の視線が集まるけどそれは無視。いまは秋穂とタイマン張ってんだ。
「聴く側にそれを求めるなんて。でも、そうね……」
秋穂は顎に右の人差し指を当てて、考える素振りを見せた。数秒その仕草を保つと、続いて胸ポケットからボールペンと生徒手帳を取り出し、何かを走り書きし始めた。
「はい」
蔑むような眼で俺に生徒手帳を差し出す秋穂。
受け取ったそれを見ると、秋穂らしい達筆で文字が綴られていた。
『行き詰まって暗い My life 夢 can now? 俺に叶えられる? 不安 fun 似たようなものなら fight now 闘うしかない my way so I'm knight cry night 続いても絶対迎える shining day!』
「え、マジか、お前……」
秋穂が、こんな、はっちゃけた詩を?
「あなたの‘いま’を思い浮かべて書いたのよ。だからあなたも自分のことだけじゃなくて、誰かのことを思い浮かべて書いてみたら、意外と道は拓けるんじゃないかしら?」
「お、おう、サンキュー」
おお、なんだか圧倒されちまったぜ。さすが俺が惚れた女だ。
よし、誰かをモデルにして書いてみるか。




