一日が動き出す頃
朝焼けの渚、君と私、ふたりきり。ときどきひとり、こうして朝陽を浴びに来る。
ポケットから取り出すポータブルプレイヤ―。君はそれを、不思議そうに目で追う。
「私ね、よくここに座って音楽聴いてるの。イヤホンは綺麗に掃除してあるから、望くんにもちょっと聴いてほしいな」
「あ、はい」とぎこちなく返事をする君の左耳に押し当てるイヤホン。私は右耳に。ふたりでひとつの音楽を共有する。こんなこと、夜明け前までの自分なら何気ない動作の一つに過ぎなかったのに、いまはもう、君に触れるだけでなぜか、視線を逸らしたくなる。
どうしちゃったんだろう、私。微かに震える指先で操作するプレイヤー。カモメ鳴く海と空を眺め音量控えめに流すのは、地元発祥のバンドが奏でるバラード。
彼の少し雑味を帯びた歌声と、撫でるようにつま弾くギターに、やさしく、けれど張りのあるドラムス。それらを綺麗に繋ぐのは、穏やかに流れるキーボードの旋律。左耳から響く穏やかな波音、頬を掠める潮風。そこに意識を集中させて、隣に座り、黙ったまま水平線を見つめたそがれる君の体温には、気付かないフリ。
霞んだ真夏の朝に芽生えた未曾有の感情は甘酸っぱくて、少し毒っぽくて、クラクラして、からだが痺れる不思議な果実のよう。
数十秒経ち音楽が耳に馴染んでくると、それはやがて安堵へ変わり、渚の空気と、君が隣にいる幸福に満たされて、この身は微睡みに包まれる。
そのとき、ぼやくようなメロが徐々に昂ぶり、意識が呼び起されてくる。そのまま一気にサビへ入ると、からだが一気に温かくなってきた。
ほんの刹那、無意識のうち閉じていた瞼を開けると、さっきまでの紅が白み、それが色付いてソーダアイスの色に染まってゆく空。そのギアチェンジに合わせ、サイクリングロードを挟み背後の松林で鳴くセミたちの声も、心なしか大きくなったよう。
さぁ、いよいよ新しい一日が、本格的に動き始めた。
右を向くと、霞んでいた西の空にそびえる富士山の山肌がくっきり見えるだろう。でもいまは、君がいるほうを向きたくない。君に顔を見られたくない。なのになぜだろう、下を見て顔を隠さず、前だけを見ているのは。
あぁ、今朝こそは気持ちの色を塗り替えられると思ったのに、やっぱりだめだ……。
ほんのわずかに乱れる鼻息、ぼやける視界。頬を伝う塩辛い滴は海水だなんて誤魔化しは、とても効きそうにない。




