朝焼けの渚
「おさんぽしよっ!」
お風呂から上がってすぐ彩加先輩に誘われ、半ば強引に連れて来られた朝焼けのサザンビーチ。遠くでカタンカタンと軽い電車の音が聞こえた。腕時計を見ると4時55分。東京行き一番列車の音だろう。しかしこの時間の主役はまだ名古屋、大阪、九州など遥か西から夜を越えて来る貨物列車で、コトンコトンとやや重量感のある音も数分おきに聞こえてくる。
朝焼けに染まるサザン通り。見慣れたコンビニも、ラーメン屋も、サーフショップもファミレスもラブホテルも、そのどれもがオレンジ色に染まり、しかしうっすらと黒い影を帯びていた。
砂浜沿いに江ノ島へ続くサイクリングロードには、早朝にも拘わらずウォーキングやランニング、犬の散歩をする老若男女。海には朝陽を浴びて波に乗るサーファーたち。しかしきっと、凪の今朝は彼らにとってがっかりだろう。しかし僕にとって、さら~と囁くような波音は一種の催眠効果があり、このまま眠りに堕ちてしまいそうな心地良さ。
陽が昇り始め、紅と鈍色のコントラストが雲一つない空を彩り、鎌倉か葉山あたりの山間から顔を出した丸いオレンジの光は一直線に海面を貫き、茅ヶ崎の渚に、街に、一日の始まりを告げている。
日の出なんて見たの、いつぶりだろう。記憶を辿ると10年前。まだ7歳のころだ。まだ専業主婦だったお母さんに連れられ、夏休み限定でウォーキングをしたんだっけ。
「うわっ!?」
「ひひひー、望くんたそがれてたからイタズラしたくなっちゃった。びっくりした?」
「あ、はい、なかなか」
思い耽っていたら、頬に突然の冷たい感触。つい先ほど『サザンC』のモニュメント前にある自販機で買ったコーヒーの缶を押し当てられたのだ。
ニカッと無邪気に笑う水城先輩の頬は少し紅く、なんとなく何かを誤魔化しているように感じるのは、朝焼けのせいだろうか。
可愛い。率直にそう思った。なのに僕は、脱衣所で見てしまった下着を思い出してしまう。
僕の右手にも彼女に買ってもらった缶コーヒーが握られていて、結露したそれをいつ飲めば良いだろうかと、タイミングを窺っている。構わないかもしれないけれど、彼女はまだタブを起こしておらず、先にいただくのは恐縮だ。
「よし、ここらでちょっと一休みだっ!」
ほどなくして着いたのは、サイクリングロードの隅に建つ、焦げ茶の柱を組んだだけの小さな見晴台。段差はたった2段しかないけど、子どもやお年寄りにはちょっときつそう。
そこにそっと腰を下ろして、左半身に少しずつ強まってゆく陽射しを浴びる。
改めて意識に入ってくる、さやかな波音と、お風呂上がりの彼女の香り。
ふたりいっしょにプルタブを開け、ほろ苦い微糖コーヒーを一口含むと、沖に浮かぶ烏帽子岩に自ずと焦点が合った。
「ねぇ、ちょっと魔法、かけてみない?」
左の彩加先輩は半ズボンジャージのポケットからおもむろに何かを取り出すと、僕にぴったり寄り添った。




