俺、ガチでビッグな男になっちゃうよ!?
息が詰まって頭の重い毎日。最後に健康を感じたのはいつだっけ? もう遠すぎて思い出せないよ。
慌ただしい日々のちょっとした空き時間、気が付けばスマートフォンの画面に釘付け。
みんな何をしているのだろう。それが気になって目は疲れ、よく嫉妬する。
そんなときには思い切ってひとやすみ。何もしない勇気を振り絞ってみよう。
それとも小さなバッグと小銭を持ってお出かけしようか。海、山、アミューズメント、初めての場所etc……。
リフレッシュ! ちょっとひとやすみしてみようよ。
きっとちょっといいこと、ひらめくから。
◇◇◇
アコースティックギターとキーボード、そして彩加先輩をメインにした二人の歌声。ローテンポでリズミカルな音楽はまるで自分のことを唄ってるようだ。共感したのか、望と秋穂も釘付けになって聴いていた。
俺、どんだけ未熟なんだよ。
そう思っているうちに演奏は終わった。
「おー流石だぜ! この詩つくったの、響ちゃん?」
俺がスタンディングオベーションを浴びせているとき、望と秋穂は口を窄めて開きながら拍手をしていた。何が凄いって、まずちゃんとした演奏ができてること。次に歌声が気取ってなくて、リスナーをやさしく包み込む歌い方をしていること。これなら全体的にハイレベルな茅ヶ崎のストリートミュージシャンとして、通行人の足を止められる。疲れ切った人だらけの夜なら尚更だ。
「ううん、彩加ちゃんが作詞作曲だよ」
「えへへ~」
彩加先輩は人差し指で側頭部をポリポリ掻きながら照れ笑い。
「え、マジ!? 先輩もミュージシャン志望っすか?」
「いやぁ、私にそんな大変過ぎるお仕事は似合わないよ」
「いやいやそんなことないっす! シンプルだけどちゃんと曲作れてるし、メッチャ共感できたっすよ!」
「彩加ちゃん、真面目に作曲したのはこれが初めてなんだよ。小さいときから即興で鼻歌とかキーボード弾いたりはしてたけど」
「即興できたのはまだ子供で音感が今よりずっと冴えてたからだよ。あの頃のほうがいい感じに作れてたなぁ」
先輩の言う通りだ。俺もガキの頃は次々と曲が浮かんで、構成だってしっかりしてた。ところがいまはどうだ。思い悩んでやっとメロディーを捻り出して、しかも纏まりがない。歳を重ねるにつれて色んな縛りが出てきて、それこそさっきの歌詞みたいに息が詰まって頭の重い毎日。望や秋穂のことをとやかく言っておきながら、自分だってやりたいことは決まってるだけで、肝心の音楽性は定まってないし、感性は研ぎ澄まされてない。
が、なんだこの感じは。なんだかいま、ちょっとわくわくしてる。
同じことしてる仲間がいるって、なんかすげぇ力が湧いてくる。軽音部の演奏を見てもそんな感情湧きあがらなかったのに、なんでかこの二人は違う。演奏の腕は人並みで、特に上手くもなければ下手でもない。なのにハートを刺激される何かがあった。
演奏が終わってだべってるうちにピザが届いて、俺らは一階のリビングに上がった。食べ終わると疲れ切った望と秋穂はいつの間にかソファーに横たわって、残った三人は音楽とは全然関係ない、例えば彩加先輩が鎌倉の煎餅が美味しいと話題を振ってきてしばらくその話題が続き、煎餅ネタが尽きかけると、鎌倉といえば鎌倉野菜だよね~と響ちゃんが会話を繋げた。ちと年寄り臭い内容な気もしたが、老若男女色んな人と会話できる彩加先輩は視野が広くて、だから即興でもそれなりに曲を作れるんだと感じもした。
「あー、本気で音楽やりてぇなー」
「良かったらやろうよ! 私、ロックもポップもバラードも、なんでもできるよ! ね、彩加ちゃん」
「うん。響ちゃんもミュージシャン志望だから、ひとりで色々思い悩むより、打ち明け合いながらいっしょに活動したら、夢に向かいやすいんじゃないかな。伴奏足りないときとか、ヘルプが必要なときは、私も手伝うよ」
「マジっすか! あざっす! 謹んでお言葉に甘えさせていただきまっす!」
俺マジ頑張っていまの学校入って良かったわ! ミュージシャンなんて途方もない夢、何もできないまま終わる気がしてたけど、彩加先輩に出会って、それだけじゃなくて、望と秋穂がいなかったら花火大会に行こうなんて流れにはなんなかったかもしんなくて、そうだとしたら響ちゃんとも会えなかったかもしんなくて。色んな巡り合わせと支援があって、いま俺は、夢への第一歩を踏み出せたんだと思う。
逆に言えば、俺は一人じゃ一歩も踏み出せなかった雑魚って現実を突き付けられた。だが一人で突っ走ったとして、行けるところの限界なんてきっとたかが知れてる。だからこれは結果オーライな必然で、むしろ仲間ができた今日この瞬間からどこまで行けるかが問題なんだ。
大丈夫、俺ならできる。そんな気がした。根拠だってちゃんとある。俺はバカだから今まで気付かなかったけど、ヒントは彩加先輩の歌詞だ。今日の観客は望、秋穂、俺の三人。俺らが共通して思っているであろうことを、彼女は詩にした。誰に聴かせたい曲なのか、ちゃんと意識して作ったんだ。
かたや俺の曲はなんとなくカッコ良ければ満足で、それを引っ提げてステージに上がり、会場を埋め尽くす数千数万のファンをキャーキャー言わせるビジョンしか浮かんでなかった。それもそれでいいのかもしんないけど、それだけじゃなくて、世の中にはどんな人がいるのか観察して、そいつのハートに響く曲を作っていきたい。要は誰に届けたい曲かを意識して曲作りをしたいと思ったんだ。
よっしゃ、これからやることがなんとなく見えてきた。
なっちゃうよ俺、ガチでビッグな男になっちゃうよ!?
お読みいただき誠にありがとうございます!
更新遅くなりまして申し訳ございません。
今回のお話はなかなかまとめられませんでした。
本文の通り、小説でもどんな方に届けたい物語なのかをこれまでより強く意識して書いてまいります。




