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空色サプリ  作者: おじぃ
サザンビーチ花火大会

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28/70

◇数年しか持たないシェルター

 池のほとりで水城先輩に主要科目の苦手な部分をピックアップして教えてもらい、そろそろ待ち合わせの時間が近付いたので緑地を出て、花火見物客で賑わう狭い通りを南へ縦一列で歩き出した。他の集団は横に広がって歩いているが、速く歩く人や車両の進路妨害になっている。


 水城先輩の教え方は落ちこぼれの僕にもとてもわかりやすく、例えば数学の場合殆どの人なら『これはこうなるように決まってるの』と言うところを、なぜこうなるのか、この公式が成り立つのか、時に図を描きひとつひとつの意味を丁寧に説明してくれた。


「うぇいほー!」


 交差点に差し掛かったところで、横断歩道の向こうにデニムショートパンツと白い生地にヤシの木が立つ夕暮れの海岸のイラストがプリントされたタンクトップ姿の女性が奇妙にハイテンションなノリでこちらへ手を振っているのが見えた。弾けんばかりの笑顔が爽やかな印象だ。


挿絵(By みてみん)


「久しぶりー! 彩加彼氏できたの?」


 僕らが横断歩道を渡りきると、女性はがっかりした答えが見え切っている質問をしてきた。


「ううん、一コ下のお友だちだよー」


 ほらね。


「滝沢望っていいます」と自己紹介すると、女性は「望くん! 私は彩加の従妹で望くんと同じ高2の水城(ひびき)。よろしくぅ!」と元気に自己紹介返しをされた。響さんは僕たちの通う湘南海岸学院から西へ数キロ離れた学校の生徒らしい。


 南からの穏やかで生暖かい風が吐息をさらう感覚は、海はもうすぐというメッセージ。交差点より北側ではあまり感じられない。まもなくセンターラインが引かれる程度に道幅が広がる地点に建つ住宅前の路肩では、家主と思しき茶褐色に焼けた肌の筋肉質な中年男性がバーベキューコンロでフランクフルトを焼きながら「いらっしゃいいらっしゃーい!」と野太い声を張り上げていた。


「ねぇねぇ姉ちゃんと兄ちゃん、フランクフルトどう?」


 車の邪魔にならぬよう道路の端にまとまって歩いていた僕らは売り手にとってはターゲットにしやすい。


「うん! 三つくださーい!」


 水城先輩は巾着袋に入れた財布から千円札をもぞもぞと取り出し、一本三百円のフランクフルトをご馳走しようとしてくれている。


 すかさず僕もバッグの中にある財布を探ると、彩加先輩はニコッとしながら小指を立てて振った。なんというか彩加先輩から漂うオーラは、後輩というより弟を可愛がるようだ。そういえば鶴嶺さんから彩加先輩は小さい頃にガキ大将をしていたと聞いた。


「サンクス彩加! おじさんも、いただきまーす!」


「おう! ありがとね!」


 僕も続いて水城先輩と男性に「いただきます」を言って、水城先輩もにこにこしながら同じく言った。食べ物を売る人に「いただきます」を言う人はなかなか見掛けない。僕もたまに言うが、これを機に定着させよう。


 三人黙々とフランクフルトを頬張りながら歩き、ボーカル担当がこの付近出身の国民的バンドがライブを行った野球場の前に辿り着いたとき、パンパン! と空に乾いた音が響き、瑠璃色とオレンジのコントラストが胸打つ空に、僅かに煙が漂った。花火大会を見に行く人はそろそろ会場へお出かけくださいという合図だ。


 あぁ、花火大会を見に行くなんて、十年ぶりくらいだろうか。加えてこれまでの僕のライフスタイルは、学校や塾と家を往復、必要に応じてコンビニに立ち寄り、たまに気分転換で書店や家電量販店、ショッピングモールを訪れるくらいの視野の狭いものだったと改めて思った。そんな誰でもやっているようなことしか経験のない僕が社会に必要とされるわけがないと、いまこの時は俯瞰する余裕がある。けれどこの感覚は数日後には薄れて、また勉学一辺倒の無機質な世界へと戻ってしまうのだろう。


 学力がなければ門前払い。社会の現実を理由に、あと数年しか持たないシェルターに引き篭もる。そんな未来が、見えている。

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