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第五話 ここは江戸時代?

第五部 ここが江戸時代?


「あのねえ、誰があんたのそんなアホな話、信じると思う? ましてやこの理知的なヒロさまを相手に」

 ヒロは政治に背中を向けて話している。政治も向こうをむいてすわっている。わたしも服を着て、ヒロも靴下をはきおわると、もういいよと言ってこっちを向かせた。

「かついでんじゃないわよ。来てるんでしょ、救助の人。正直に言わないと、こうよ」

 余裕の笑みを浮かべて、ヒロは手製のモリで政治を威嚇した。

「ほんとだって。見たんだよ、この目で。ここは現代じゃない。江戸時代なんだ」

 それでもなお政治の目は真剣で、とてもうそをついているようには見えない。

 アホな話とはこうだ。

 昨日の朝、気がついたとき、政治はどこかの河原で倒れていた。そのすぐ近くで花田がうつぶせに、エリカがCの字に丸まって倒れていた。声をかけて抱え起こすと、エリカが少し水を吐いた。だけどふたりとも意識は、はっきりしていた。

 岸から少し離れた山の中に、樹木を伐採したあとがあって、行ってみるとなんとか下山できそうな道がそこからのびていた。

 熊笹におおわれた、いつクマに襲われても不思議ではなさそうな頼りない山道だったけど、三人は声を限りに叫んだり歌ったりして、励ましあいながらなんとか山をおりた。

 目の前に田園風景がぱっと広がった。田んぼの中で腰をかがめて農作業をしているお百姓さんたちがいる。ラッキー。携帯を借りてうちに電話しようと思った。今すぐタクシーよこせって。で、いちばん近くにいたひとりに声をかけた。

「その人たちが江戸時代の農民だったっていうの」

 けっという感じでヒロが吐き捨てる。

「そのときはまだ、変な道を下っちゃったせいで、なんかすっげえ田舎に出ちゃったな、という程度のものだったんだけど」

「ロケだったんだよ。なんかのロケ現場。暴れん坊将軍とか、水戸黄門とかの」

「それも思ったさ」

 政治はためいきをついた。

「エリカなんかさ、話のまったく通じない相手に、役になりきってますねえ、なんてため口きいてさ。そのへん、カメラさがしまくってた」

「で」

「その人に花田がたずねたんだ。今は何年ですかって」

「そしたら」

「慶長十九年だと」

「なにそれ」

「花田いわく、1614年」

「せん、ろっぴゃく、って、そんなまさか」

「そのうち、農作業の手を止めてまわりに人がたくさん人が集まってきたんだ。それこそ時代劇に出てくるような、変なマゲの人たちばっかし。でさ、なんかひそひそと相談し始めたわけ」

「それで」

 ヒロの声にはまだ余裕がある。あごをしゃくって先をうながした。

「背中の曲がった村長って感じのじいさんが、突然、田んぼぞいの道に向かって手を振ったんだ。そこにいた連中に合図したんだ」

「連中って」

「それがさ、どういやいいんだろ、あっそうだ、おまえさ、あの映画見た? ビートたけしの座頭一」

「見たけど」

「あの中にさ、人を殺すのなんか屁とも思わないような、いかにも極悪非道の侍くずれみたいのがいっぱい出てくるじゃん。そういう連中だよ。そういうのが三人、地面に刀を突きつけて、この道は虫一匹通さん、みたいなおそろしい顔で道端にすわってたんだよ。こっちを見て、ゆっくりと腰を上げたときには、、まじ、しょんべんちびりそうだった」

「あんたのしょんべんなんかどうだっていいの。それからどうしたのよ」

「そのあと突然、花田が踊りだした。手足をひゃあひゃあばたつかせて、おかげまいりおかげまいり、って叫びながら」

「は?」

「頭が変になったのかと思ったよ」

 こんな感じ、といって政治はそのときの様子を再現してみせた。テレビで見た阿波踊りと雰囲気が少し似ていた。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らなそんそん、の部分が、おかげまいりの連呼になっていた。

 その様子を言葉もなくヒロが見つめている。政治が踊りをストップした。

「花田の奴、俺にもエリカにも、同じように踊れって、言うわけよ。早くって、わけでやったさ。とにかく必死、無我夢中。わけもわからず、花田の後ろを、おかげまいりおかげまいりって、叫び踊りながらついていった。ダンスの選手権で近畿ブロックまで進んだだけって、さすがにエリカはうまかったな。

 俺たちは急な階段を上って、山の中のもときた道を引きかえていった。不思議と誰も俺たちを止めなかった。追いかけてもこなった。花田がいいと言うまで振り返るな、踊りをやめるなって言うから、そいつらの様子とかは、わからなかったけど」

「あんたいったい、あたしをだますために、いくら賭けたのよ」

「まだ信じないのかよ。じゃあこの腕、見てみろ。何時間も踊りつづけて、これ以上、上がらないんだからな」

 政治は途中まで腕を上げて、いててて、と顔をしかめた。

「おかげまいりって」

「よく知らないけど、どっかの神さまにお参り行くことだって。そうやって叫んで踊りながら旅して行くらしいけど、そういう一行には、何があっても手を出しちゃいけないんだってさ」

「作り話にしてはできすぎてる」

「だからさっきからそうだと言ってるだろ」

 むかむかした顔で、政治がわたしを振り返った。なぜかはっとして、

「おっ、おい、こいつの、顔、どうしたの」

 え、と言って、ヒロもわたしを振り返った。やはりはっとなった。口をぽかんとあけて、わたしの顔を見つめている。

「まさか、いっしょにいて気がつかなかったのか」

「う、うん。顔は気づかなかった。声にもっと驚いたから」

「声? 出んの」

「うん」

「信じられねえ。ほんとか、なんかしゃべってみろよ」

 政治が下からわたしの顔をじろじろとのぞきこんできた。なんて失礼な人間なんだろう。バカのくせにと言ったヒロの言葉が胸をよぎる。

「バカ」

「バカあ?」

 政治が繰り返すと、ヒロがぷっと噴き出した。

「このムカゴと、あのムカゴが、同一人物とはね」

「わけわかんないや」

「ね、ヒロ、わたしの顔って?」

 ヒロはさっきの「バカ」でまだ笑っていて、わたしが腕をつつくと、我に返ったようにわたしを見た。

「あ、ああ、実はさ、アトピーがすっかり消えてるの」

 アトピー? なんとなく自分の顔に手をやった。べつだん何もない。ふつうにつるつるしてる。これがいったいなんだって言うの。

「ひどかったんだよ、見ててかわいそうなくらい」

「そうそう、血がにじんで、ずるむけの。まるでスイカを叩きわったみたいな、ホラー仕立ての顔」

「政治!」

「さっきの仕返し」

 ホラー仕立て…?

 わたしって、そんなに醜かったんだ。

 気にすることないとヒロが声をかけてくれた。

 ぜんぜん気にしてなかった。ただ、驚いてただけ。ひとごとみたく、かわいそうって、思ってただけ。しゃべれない、醜い少女。それはわたしじゃない。

「とにかくみんなのところに行こう。行ってこれからどうするか知恵をしぼるんだよ」

 政治が立ち上がった。

 ヒロが手製のモリをつかんで立ち上がった。とがった刃先が、まっすぐ上を向いていた。


 




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