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第二十四話 戦闘

第二十四部 戦闘


「なにもの」

 目にも止まらぬ速さで九兵衛が何か取り出した。鎌だ。草刈りにも使っていた折たたみ式の鎌。左右一本ずつ手に持ってしゃきんと刃をたて、さっと低く身構えた。

 草むらからぬっと姿をあらわしのたのは、だらしなく胸をはだけた着物姿の男たち。後ろ、前、横に、三人。後ろにいたいちばん背の高い男が、わきざしの刀をすらっと抜いた。次の瞬間、ひゅんと音がして、人の首の太さほどもある太い枝がぼとっと落ちた。

 それを見ていた別の男が、キヒョッっと獣のような声をあげた。ずんぐりしたからだで、鼻が右に曲がっていた。わたしたちに向き直ると、手に持っていた鎖のついた鎌をじゃらじゃらさせながら、舌なめずりをした。

 もうひとりは、さらに不気味なせむし男だった。片方の眼球が真っ白で、ピン球をはめこんだように飛び出していた。両手に熊の爪のような鋭い鉤のついた手甲をはめていた。

 絶対わたすなよ。ヒロが花田に声をかける。

 わたさないわたさないわたさないわたさない、ぶるぶると震える声で花田が繰り返す。

「じゃあこっちからいただきにあがるまで。行け」

 政治が男たちに命令した。

 男たちのからだが前にゆらりと動いた。

 わたしたちはひとかたまりになって、じりじりと後ろに下がった。からだの芯から震えがくる。心臓から冷たい汗が噴き出しているような気がした。

 もうあとがない。すぐ後ろは沼。水草がびっしり浮いて水面が見えない。

「ここは底なし沼だぴょーん。下がれ、下がれ」

 ひひっと歯をむきだして、政治はうさぎのようにはねた。

 男たちは獲物を追いつめるのを楽しむかのように、一歩一歩近づいてくる。九兵衛はそんな男たちとわたしたちの間に立ち、鎌を持つ手を鳥の羽のように広げている。

「きゅ、九ちゃん」

 驚いたことに、エリカを振り返った九兵衛の顔は笑っていた。黒目がちの澄んだ目で、エリカをじっと見つめていた。

「だいじょうぶだよ。きっと守ってみせる。今度こそ」

 あっと思った。止めなきゃ。九兵衛が前を向いた。鎌を持ち替え、腕を十字に組んだ。

 かあちゃん。

 ほんの一瞬だけ、九兵衛がエリカを振り返って、そう呼んだ。耳に届くか届かないかの小さな声。だけど耳に届いたときには、もう飛び出していた。

 うおりゃあああ、大木をまっぷたつに切り裂くような気合いの声が山間に響きわたった。「げす野郎、ついてきやがれ。オレっちが切り刻んでやる」

 九兵衛は、ものすごい速さで横向きに、別の場所に移動していった。三人が犬のようにあとを追った。

「九ちゃん、九ちゃん」

 エリカが狂ったように叫ぶ。

 九兵衛は沼の北側まで行って止まり、男たちと向き合った。みらみあう。九兵衛は沼を背に、男たちの頭上にはイワコトサキ岩が見える。ぼうぼうに茂った夏草が九兵衛の胸までおおっていた。

「おもしれえ、K―1なんか目じゃないし、特等席でただで見ようっと」

 政治はそう言うと、九兵衛たちのいる方に移動して行って腰をおろした。あれ、と思って目をこらした。政治のからだ全体が、何か黒い影のようなものでおおわれている。

 なんだろう。それは汗や冬に吐く白い息のように、政治の内部から沸いて出たもののようにも見えるし、まったく別の何かに政治がとり憑かれているようにもみえる。

 じっと見ていると、その黒い影のようなものは、あっというまに、周囲に広がっていった。

 まるで乾いた山に放たれた火の粉のように、いったんおおわれると、草木や昆虫も、ことごとく枯れ、干からびて死んでいく。大きなカエルが、白い腹を見せて、沼にぷかんと浮かび上がってきた。

 やだ、なにこれ、気持ち悪い。

 それは、ざわざわと音をたててわたしの方に近づいてきた。

 やだ、あっちに行って、足が動かない。

 助けて。

 助けて、お兄ちゃん。

 




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