第二十三話 真犯人
第二十三部 真犯人
「いやあ、ごめんごめん。手元が狂った」
何かが飛んでいった方を見ると、それはわたしとヒロが魚捕りに使っていた苦無だった。勝手に政治が持っていってしまった。
「返すよ、それ、もういらないし」
「政治、あんた、今までどこにいたの」
ヒロが叫んだ。
「よお、片山、久しぶりだな。そしてみんなも、元気そうじゃん」
政治はいたってのんきに手を上げた。
「どこにいたのよ」
「あーあエリカ、こんなに汚れちゃって、未来のアイドルが台無しじゃん」
「答えなさいよ。どこにいたの」
「うるせえ、どこだっていいだろ」
政治の目つきは急にけわしくなった。底意地悪そうにわたしたちをにらみつける。気をつけろ、相手はひとりじゃない。ハクが九兵衛に小声でささやいた。わかってる、九兵衛が答える。ふたりが、じりじりと、わたしたちを守るようににじみよってきた。
わたしの目には、政治しか見えない。人の気配も感じない。
「花田」
政治が花田を呼んだ。
「なんでしょう」
「あれを出せ」
「あれとは」
「歴史の参考書だよ。あれがいるんだよ」
「そんなもんどうすんの」
ヒロがきいた。
「知りたいか、なら教えてやるよ。俺様はこの時代で生きていくことにした。この時代で神になる。予言者になって、世界に君臨するんだ」
「なにいってんの。気でも狂ったの」
「なんとでもいえよ。花田はやく」
「だめです。能海坊様と約束したんです。この時代の川に石を投げこむようなまねをしてはならないと」
「そうだよ、アホなこと言ってないで、いっしょに戻ろう」
「だめだだめだだめだ。俺は帰らない、あんな世界に誰が戻ってやるか」
「なんで」
「おやじも、みんな、だいっきらいだからだよ。俺の人生なんだ。俺の人生なんだぞ。それなのに、あいつら、俺が生まれる前から、よってたかって勝手にレールを敷きやがって。ちくしょう。おまえには政治家としてのセンスがないだの、知恵がないだの、いつもむちゃくちゃ言いやがって。
だから事務所に火をつけたんだ。お滝まいりに出る前。仕事ができなくなりゃいいんだ。全部燃えて、あとかたもなくなくなっちまえばいいんだ」
政治は捨て鉢に言い放った。
「ま、まさか、橋に火をつけたのも、政治、あなたなの」
エリカのくちびるは真っ青でわなわなと震えていた。
「そうだよ、俺だよ。悪かったな。だけど、しかたなかったんだ。血相変えて久保が追いかけてきやがったから。事務所に火をつけたのがばれたんだと思った。だからとっさに、残りのガソリンをまいて、マッチで火をつけた」
「マッチって、でもどうしてそれを、ムカゴが」
心臓がばくばくしていた。その先を知ってる。こわい。わたしは思いだしかけている。真実を知るのがこわい。知りたくない。
「俺が橋に火をつけた直後に、そいつが勝手に、俺の手からマッチを奪ったんだ」
「ムカゴ、どうしてそんなことを」
みんなの視線がわたしに集まった。事情をよく知らないハクでさえ、息をのんでわたしを見つめている。ぶるぶると首を振った。それ以外なにもできない。からっぽだった頭に、あまりにいっぺんのことが流れ込んできたせいで頭が混乱していた。
気がつかないうちに、後ろに下がっていた。
「どっちにしても、もう俺には関係ないことだ。俺はもう向こうの世界にはもどらないんだからな。よこせ、花田」
花田もわたしと同じように、じりじりと下がってきた。
「だめよ、政治もいっしょに帰るの。久保先生に誓ったんだから」
「うるせえ。早くしろ。でないと全員ぶっ殺すぞ」
「殺すって、政治、だましたわね」
「あれ、今ごろ気づいたの? 片山の脳の筋肉もたいしたことないね」
「どういうこと」
エリカがたずねる。
「こいつ、リュックを使ってあたしたちをここにおびきだしたのよ。まんまとひっかかった」
「でも、このリュック」
「こんなもの、最初の日にさがしに出たとき、とうに見つけてたんだよ。でも隠してた。そこんとこ、自分でもよくわからないけど、エリカ携帯持ってたし、少しでも発見を遅らせたいとか、そんな意識がはたらいたのかもしんないな」
「ひどい」
「でも、まさか、二度と発見されっこないこんなところまで逃げられるとはね。予想外」
「じゃ、あんただけいればいいわよ、あたしらは帰るから」
「どうぞ、その前に」
政治が手を伸ばす。
「だめです。これはぼくの受験用の参考書です。絶対わたせません」
「めんどくせええええ、全員死ねや」
政治が口にしたそのとき、草むらがざざっと波うった。
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