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第二十一話 出発

第二十一部 出発

 

 翌朝はけたたましい小鳥のさえずりで目をさました。エリカのふとんで眠っていた九兵衛がはっと目をあけて、「ハクだ」と飛び起きた。

 外に出ると、ハクが井戸の石積みに腰をかけていた。

「おはよう」

 声をかけると、ハクはふいに鼻をつまんで、ツツッピ、ツーツーピー、と高い声で小鳥の鳴きまねをはじめた。すると、その声を合図に、すぐ近くの木々の梢を飛び回っていた小鳥たちが、いっせいにさえずりだした。

 まるでダンスでもしているかのように興奮して、枝と枝の間をリズミカルに飛びまわる。どうして。シジュウカラ、メジロ、見れば、わたしでも名前を知っているごくふつうの野鳥ばかり。ハクが鳴くのをやめると、ダンスもさえずりもぴたっとやんだ。

「すごいよハク、鳥のことばがわかるの」

「いえ、言葉じゃなく信号でしょう」

 わたしのあとから部屋を出た花田が、妙に納得顔でうなずいている。

「おそらくハクさんは、小鳥のさえずりの中に隠されている信号をよみとって、それを再生しているのです。ツツッツピーピ」

「どういうこと」

 寝ぼけまなこをこすりながらヒロがたずねる。

「ほら、よく廃品回収者の音楽や、救急車のサイレンの音に反応して、飼い犬が、妙な遠ぼえすることがあるじゃないですか。犬の中に眠る、かつて群れで生活していたころの本能が刺激されて鳴くんだといわれてますが、それと同じようなものじゃないんでしょうか」

「こんな感じ?」

 ヒロが鼻をつまんで、「うお〜〜ん」と叫んだ。

「だめだめ。見ててよ。小鳥は無理だけど、オレっち、野犬だったら呼べるからね」

「いいいい、野犬はいい」

 息をいっぱい吸い込んだ九兵衛を、エリカがあわてて止めた。

「えー、なんで、ほんとにできるんだって」

「いい加減にしろ九兵衛」

 エリカにべたべたと甘える九兵衛を、ハクがどなりつけた。

「すぐ出発する。準備しろ」

 神庭神社を発つ前に、久保先生のお墓におまいりした。盛り上がった土はまだ生々しく、その上に久保先生がはいていたピンクのプーマと、何も書かれていない木の墓標が一本立てられていた。

 このまま、二度とここには戻らないかもしれない。

 ヒロがリュックの中に久保先生のピンクのプーマの靴を入れた。

 滝の音がなり響いている。そういえば、ご神体の滝を一度も拝んでいなかった。お墓の後ろにそびえる杉木立にはさまれた急な石段をあおぎみた。ずっと先に荒縄を巻いた巨大な岩と、紅白のヒモの下がった神門が見える。

 なにげなく視線を落としてはっとなった。一段目のかたわらに、苔むした石像がぽつんぽつんと建っていて、それに目が釘付けになった。

 この石像どこかで。

「ああ!」

 ヒロが叫んだ。

「花田、エリカ、ちょっとこっち来て。このお地蔵さん、サンショウウオセンターの前にあったやつじゃない」

 どれどれ。お地蔵さんを四人で半円形に囲み、呆然と眺めた。

「ほんとだ」

「五日前、ぼくたちはここに九時に集合しました」

「ハハ、ハハハハ。なんかおかしい」

「おかしいね、けど、なにがおかしいんだろ」

「さあ、だけど、おかしいですね」

 山岳修業は厳しく、修行中に命を落とす人もたくさんいるという。サンショウウオセンターの自動販売機の横に、ひっそりとあったお地蔵さんは、そういう人たちを弔って建てられたものだったのだ。

 




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