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第十話 すぐそこにある死

第十部 すぐそこにある死


 残る三人でエリカを追った。無言で山道を駆ける。道といっても、背の高さほどもあるクマザサが四方八方からおおいかぶさって、やみくもに突っ切っているという感じ。ヒロを先頭に、わたし、花田が続く。

 死ぬんだろうか、わたしたち。走っているあいだじゅう、そんなことばかり考えている。こんなに激しくどくどくと脈打っている心臓も、流れる汗も、ある瞬間を境にぴたっと止まる。

 死ぬってどんな感じ。ぐっと息をつめた。ほんの数秒で、苦しくてパニックになりそうになった。

 どこかままごとのようにしか感じられなかったできごとが、こんなとこで死んでたまるかって政治のたったひとことで、突然現実味を帯びた。。

 ついこの前まで、殺し合いの戦国時代だった。度かさなる飢饉、命がけの一揆、生きのびることじたいが奇跡だった時代。太ももががくがくと震えていた。全身で感じる。

 夢じゃないんだぞ。夢じゃないんだぞこれは。

 ヒロもこわいだろうか。エリカなんかほっておけばよかったって、後悔していないだろうか。だけどクマザサと格闘しながら猛然と前に進む汗びっしょりのヒロを見ていたら、そんな気持ちはすぐに吹っ飛んだ。一瞬でもヒロを疑った自分が恥ずかしかった。

 ふとチューインガムのことを思いだした。

 久保先生のポケットの中になったチューインガムを、ふたりで分け合って食べた、初日の夜のできごと。

 あのガムは最後の一枚だったのだとあらためて思った。だけどあのときわたしがヒロから受けとったのは、ただの食料ではなかった。過去の記憶より、輝かしい未来より、もっと大切な、わたしが唯一必要としていたもの。渇望してやまなかったもの。

 それが天から舞い降りてきたような気分だった。

 これさえあればだいじょうぶだと思った。

 それが何なのか言葉でいいあらわすことはできないけれど、あのとき確かに感じた、全身全霊をみたされたという真実、この記憶さえ心のどこかに持っていれば、それだけでわたしはだいじょうぶなのだと思った。

 ほかにはなにもいらない。

「あと十分ほどです」

 突然花田が声をあげた。

 出発してからはじめてわたしたちは立ち止まった。三人の胴回りを合わせてもまだ足りないくらい太い杉の木の下だった。昨日一度山をおりている花田は、木の幹に「花」という印を彫りつけていた。

 エリカとはまだ出会えていない。村までおりてしまったのだろうか。すでに誰かにつかまってひどい目にあわされているかもしれない。盗賊に捕まって遊郭に売られているかもしれない。先行するイメージに不安ばかりがふくらんでいく。

 杉の大木を見上げたヒロの表情もとても険しかった。

 ケモノ道のようだった山道が、いつしかまともな砂利道になり、やがて急な石の階段になった。みおろした先に青々とした田んぼが広がっている。

 たがいに顔を見合わせた。力強く息を合わせて、「うん」とうなずきあったそのときだった。

「たすけて!」

 突然、女性の悲鳴が聞こえた。

 はっとして下を見ると、田んぼの水路わきにある、稲わらをつんだ小屋の前に人が立っていた。縛られている。

「エリカ!」

 ヒロが叫んだ。

「行くんじゃない。わなだ」

 後ろで誰かの声がした。えっと思って振り返った瞬間、布のようなものを顔におしつけられた。何が何だかわからないまま、意識がもうろうとしてそのまま気を失ってしまった。


 




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