降臨の章20 布石と萌芽(二)
隆幸の激闘が続いている。
何十体いるのか、数えている余裕などは全くない。倒せど倒せど、幻魔衆は雲霞のごとく涌いて現れ出てくる。
疲労を強いておいて、一気に討ち取るつもりらしい。一人で囲まれている以上、このまま続けていれば、間違いなく幻魔衆の思う壺にはまるであろう。
しかし、隆幸はこれまでの彼とは一変していた。
実を言えば、幻魔衆が出現する直前、彼は涼輔と接触していたのである。
放課後、テラスで一人佇んでいると、
「……ちょっと、いいかい?」
声がした。
振り返り見ると、午前中以来姿を消していた、転入生・浅香涼輔が立っていた。
その気配に気が付いていなかった隆幸はちょっと驚いた表情をしたが、すぐ元に戻って
「……どうも、君と話したいと思っていた」
と、静かに言った。
本心である。
思わぬ諍いからその機会は今まで失われていたが、あれだけの実力と、この不可思議な状況に対する豊かな知識を有している涼輔と、ゆっくり話をしたいと隆幸は午前中から思っていた。
思慮深い彼は、そのことがこれからの自分の戦いについて、大いに発展を招くであろうと考えていた。
彼も仲間の内ではそれなりに戦い方を工夫してきた方だが、如何せん、十分にこの世界についての認識を持たされてはいない。解っていることは、自分が「地の属性」を持つ秘転の化身であり、その中心となる双転の化身を助けて戦うべき使命をもっているということだけであった。
そのことは、異空の主だと名乗る女性の声で、聞かされたに過ぎない。
思いがけなくも今日、これまでになく強力になった幻魔衆に打ち負かされ、命を奪われる寸前のところを、双転の化身たる涼輔によって助けられた。そしてその涼輔は、どうやら彼が求めているあれこれの疑問に対する回答を持っているのだと知った時、目の前が開けていくような思いがした。
それをまさに聞き出せそうになった寸前で美菜が爆発し、そのタイミングが流れてしまっていたという訳であった。
涼輔は傍にあったベンチにゆっくりと腰掛けながら
「……君の名前、まだ聞いていなかった」
教えてくれるか? というイントネーションである。
「……富野、隆幸だ。よろしく」
すっと手を差し出すと、涼輔は即座に握手してくれた。
「地精、なんだね。成る程、大地のように大らかで落ち着いた感じだもんな」
そんなことを、涼輔は真面目な面持ちで言った。
来未などに言われたならまだしも、茶化す素振りが微塵もない彼に言われると、柄にもなく隆幸はちょっと照れた。
「……もともと、根暗なだけさ。だから、こんな時間に一人でいるんだ」
少し自嘲気味に可笑しく答えたつもりだったが、すぐにはっとして
「……俺が地精だって、よく解ったね」
「ん。秘双の八精は命、光、火、水、地、風、理、空の八つ。これらはそれぞれ概ね、その属性の力を持つ人間の生命の傾向を象徴するものだ。そこから考えると、どうも君は地だろうという感じがした。確証はなかったんだぜ?」
簡単に、涼輔は説明した。
隆幸はここぞとばかり、疑問の幾つかをさらにぶつけてみた。
涼輔は、昼休みに恵に教えたようなことを話し、
「結果的には、幻魔衆が強いとか弱いという話じゃないんだ。それらは俺達の生命の働きの成す具象物に過ぎないから、こっちの生命力を強く持てば、生命の負の働きである幻魔衆如きには負けることなんかない」
と断言した。
それは、隆幸だから理解してくれるような気がして話したのだが、まさしく隆幸が求めていた答えとぴたりと符合した。が、彼にはもう一つの疑問があった。
「もう一つ、教えてくれ。昼間、光壁がどうのとか、言ってたよな? それというのは、どうすれば俺達にも使えるんだ?」
涼輔の答えは簡単だった。
「……結局は、自分の生命次第さ。命術は自分の生命の成しうる働きの結晶体だから、負の働きに対してそれを断じて受け付けまいとすれば、その働きが光壁として展開される。一気に打ち払ってやろうとすれば、光は波動になって相手に向かっていくし」
何となく解りそうで、今一歩隆幸には呑みこめない。
「それって、つまり……?」
徐に彼の方を向いて、涼輔は微笑んだ。
「必ずこうする、って、躊躇いなく決めることさ。テストで九十点を取ろうって決めて勉強するのと、五十点でいいやって思って勉強するのと、気持ちの持ちようが違うだろ? 結局、俺達は自分で決めた通りになってるだけであって、これでいいや、とかもういい、って諦めがいつもどこかにあるから、中途半端になってしまう。状況なんかすっ飛ばして『絶対こうだ』って、決めることだよ。……大丈夫。ここは俺達の生命の中なんだ。決めた通りに形にならない訳がない」
何て明快なんだろう、と隆幸は舌を巻いた。
僅かな澱みもない。かつ、自分に対して些かの驕りもなく、むしろ、心から協力しようという誠意が漲っている。聞いているうちに、胸中のどこかで自信が止め処もなく湧いてくるようである。
なかなか他人に全幅の信頼をおくということのない隆幸であったが、今度ばかりは感服した。次に幻魔衆が襲ってこようが、撃退できる確信が出来ていた。
「……よく、わかった」
もう一度、彼は手を差し伸べた。
それを無造作に握り返す涼輔。
「ありがとう、浅香、君」
そして彼はこう付け加えた。
「……君を、俺は歓迎する」
――そんなことがあって、隆幸にはもう何の恐れもなかった。
一瞬の気合を込め、地精刀を水平に投げ放つ。
彼の手を離れた地精刀は目にも止まらぬ速さで回転しながら無数の幻魔衆の手下・核徒衆をばたばたと上下真っ二つに両断し、ブーメランの様に大きく横に弧を描きながら戻ってきて、しっかりと彼の手に収まった。
これまで、彼が試したこともない芸当である。
まさしく涼輔が言ったように、念じた通りの結果を彼の生命の具象物である地精刀は演じて見せた。
それでも幻魔衆の出現はひきもきらない。
今度は、狭い廊下で彼を両側から挟みこむように、むくむくと床から沸き起こってきているではないか。
が、隆幸は微塵も動じない。
「……はぁっ!」
両腕を交差させると、そのまま左右同時に地精刀を放った。
全部たたっ斬る、彼の一念はそこに集中していた。
ズバババババッ、という核徒衆が断続的に分断されていく音が両側で聞こえ、やがて待ち構えていた彼の両手に、ほぼ同時に地精刀は帰ってきた。
ゆっくりと、体勢を立て直す隆幸。
もう見る必要がないとばかりに左右には目もくれなかった。
――その通り、彼の両側ではあれだけ数知れず湧いて出てきた核徒衆が、ことごとく五体をぶった斬られ、光の粒となって霧散して消えていた。
ゆっくりと、顔を右にねじむける隆幸。
そこには、核徒衆を操っていたであろう幻魔衆本体が、呆然と立ちすくんでいた。信じられない、といった面持ちで、彼の方を見ている。
「……もう、いいのか?」
低い、隆幸の声が廊下に響く。
これまでとは打って変わり、確信に裏打ちされた闘気に満ち溢れていた。
「……何ということだ。あれだけの核徒衆を、一人で――」
隆幸は幻魔衆の方に正対し、地精刀を構えた。
「……お前が自分でかかって来いよ。ねちねちと小細工するのは止しな」
打ちのめされて倒れている沙紀、公司。
二人は巨大な光弾を防ぐ術もなくもろに食らって吹っ飛ばされ、倒れている。
トイレ掃除を終えて帰宅しようとした時、突如異変は起こった。
はっと気が付いた時には既に遅く、ほとんど廊下を埋め尽くさんばかりに大きな、黄色く濁った光の弾丸が、背後から彼等を呑み込もうとしていた。
「……公司! う、うしろ――」
沙紀が叫ぶのも虚しく、突風の前の紙クズのように吹き飛ばされていく。
体中を壁や床に散々に打ち付けられ、ぐったりとなった二人は、そこに禍々しい気配を感じた。
単に凶暴、というだけの代物ではない。
制御されることのない力だけが意志をもってしまい、辿り着くべき方向性を持たずに力任せに荒れ狂っている。我を失った人間が原始に還っていくように、そこにはあらゆる律も軌道もない。
まさしく、狂という表現しかあり得なかった。
その狂えるエネルギーの具象体が大股で、つかつかと近寄ってきた。
「ハハッ、他愛もねぇ、他愛もねぇって! それで秘転かよ、笑える、笑えるぜ! こんなクズ共に、冷性も癇性も愚性もやられたってのかよ? ハハッ、馬鹿な奴等だ」
独り興にのったように、大声で叫び散らす幻魔衆。
「この狂性なら、こいつら殺すのに、造作もないんだぜ、ああ?」
けたたましく笑いながら、仰向けに倒れている公司の胸倉を左手で摑み、そのまま一気に持ち上げた。 ボディビルダーの化け物のように骨格が不気味なまでに逞しく、そして廊下に閊える程に背が高い。公司は胸倉で宙吊りにされたような格好になった。力が入っていないから、仰け反るようにだらりとしている公司。
が、狂性はお構いなしに彼をがくがくと揺さぶり
「おい、もう終わりか? 少しは反撃してみろよ? これじゃあ、何の自慢にもならねえんだよ。なあ、おいっ!」
おいっ、の部分を強調しながら、右腕をぶんぶんと往復させ、公司の顔面を激しく殴打した。その度に鈍い音がしたが、どういう訳か公司は声を上げなかった。
「……けっ、張りのねぇ」
狂性は公司をぐっと引き付け、右腕をぐっと横まで引いた。
そのまま、ストレートに繰り出された。
溜め撃ちされたに等しい衝撃である。
「……っがっ」
腹部でその直撃を受けた公司は、狂性の手を離れて後方に吹っ飛んでいった。廊下に叩きつけられ、転がり、行き当たりの壁に衝突した。バン、ドカ、という、派手に背筋が凍るような音がした。
残虐なリンチは止まらない。
次に狂性は、沙紀の髪を鷲摑みにし、ずるずると引きずり起こした。
「……あ、ああッ!」
たまらず、悲鳴を上げる沙紀。
狂気、猟奇という人間の心理の闇を象徴している狂性に、女の子に手加減するなどという思想は微塵もない。
その声が、さらに狂性のボルテージを高めた。
「うわっはァ、いいぜ、いいぜ、その悲鳴! もっと苦しめよ、苦しめ! 泣き叫べよ! 人間なんてものはよ、どこまでいったって――」
「ぐぅっ!」
狂性の膝が、沙紀の鳩尾に食い込んでいる。髪を摑まれて半ば宙吊りにされている以上、どういう抵抗も無理であったといっていい。それだけ、沙紀は一方的になぶられざるを得ない。サンドバッグそのものである。
「……弱いんだよ」
パッと、狂性が手を離した。
一瞬、崩れ落ちかける沙紀。
そこを、強烈な蹴りが見舞った。
「っああぁっ!」
一撃がどこに入ったか、沙紀にはもはや判らない。
感じたのは、五体を吹き飛ばされるような衝撃と、腹から胸にかけてぺちゃんこに押し潰されたのではないかという位の圧迫感である。呼吸が、できなかった。
そのまま宙を飛んだ彼女の身体を受け止めたのは、非情にも壁であった。
ドッ と、壁が抜けたのではないかと思われるような音と、そして「くああっ!」と、悲痛な沙紀の叫び声が重複して響いた。
彼女は崩れ落ち、前のめりに倒れたまま動かない。
二人は、並ぶようにして倒れ伏している。
大股にずかずかと、狂性が近寄ってきた。
「ハハッ、終わりかよ! てんで、相手にもなりゃしねぇ」
言いながら、公司の背中を何度も何度も、激しく踏みつける。一撃を受けるたびに、公司の身体が波打った。
ややそうしていた狂性は、次に沙紀に同じ仕打ちを始めた。
「……っく、くうぅ……」
意識がうっすらと残っていた沙紀は、背中に衝撃と苦痛を受けるたびに、苦しげに呻いた。
「こうなりゃ、秘転二人をまとめ斬りしてやらぁ! ハハッ、首二つに手足が八本、派手に撒き散らしてやるよ!」
倒れているままの二人を一気にバラバラにしようというのか、狂性はその場で右腕に念を込め始めた。 肘から先がみるみる変化していき、長く伸びていった。1メートル以上にもなったところで腕は突然5つに割れ、扇子の骨のような形状と化した。
一本一本が細く鋭く、あたかも日本刀の刃のようであり、触れただけで何でも斬れてしまいそうである。沙紀と公司はさんざんにやられて倒れ伏しているため、今自分達の処刑に使われるべき凶器が生まれたことには気が付いていない。
狂性は、その異形の右腕を、一気に振りぬこうとした。
が、予期せぬ何かが、途中でその腕を受け止めていた。
「……ハッ、何だと?」
「……くくっ、この……」
傍で必死に力む気配に気がついた沙紀が、やっとのことで傷だらけの顔を上げた。
「美菜、あんた――」
「……手間かけさせないでよね、まったく」
幻魔衆・狂性が振り下ろした右腕を、両手で下から懸命に押さえている美菜。
とはいえ、狂性の腕はボディビルダーの様に逞しく筋肉、のようなものがうねっており、しかも上から容赦ない力で押し付けつつある。か弱い美菜の力では受け止めているのがやっとで、今にも押し切られそうになっていた。
「ハハッハァ! いい、獲物が来たなぁ! 願ってもねぇ! お前から、切り刻んでやるわさ!」
命の鍔迫り合いを続けながら、悪い奴の台詞はこうもワンパターンに決まりきったものかと、頭の片隅で思った。さすがに、もっとシブい台詞がないのか、などとは思わなかったが。
狂性の長く研ぎ澄まされた爪が、次第に美菜の身体に接近していく。
必死で押さえ続けている美菜の顔が歪んでいる。
「……く、そ……」
公司も何とか起き上がろうとするが、散々に打ちのめされたダメージは大きく身体に全くといっていい程、力が入らなかった。床に手を付いたものの、そのまま倒れ伏してしまった。
沙紀も、同様である。
が、彼女はこの期に及んでも気丈だった。
「……美菜、逃げて! あんたまでやられたら、みんなや、恵ちゃん、どうなるの? 美菜がいれば、何とかなるんだか――」
「馬鹿なこと言わないで!」
美菜が狂性の腕の下から一喝した。
「みんな、仲間でしょ? 一人だって、いなくなっていい人なんか、いないのよ! 例え腕の一本や二本、無くなろうが、絶対に、みんなを――」
咆えながらも、彼女の声は泣いていた。
何故そこまで咆えているのか、咆えることができたのか、心のどこかのもう一人の美菜は不思議に思っている。それが、ここへ来る前に涼輔から、自分頼みの強烈な呪縛から解き放ってもらった結果であるということまでは、この土壇場では考えが及ばなかった。しかし、その魂の咆哮は、かつての美菜ではあり得なかったということを、そこに転がっている二人は少なくとも感じ取っていた。
「あんた……」
沙紀は絶句している。
そして美菜の命の底からの叫びは、まず公司に奇跡を生んだ。
「くっ……そ……」
動かない身体を懸命に引きずり起こし、やっとの思いで上体を起こすと、がばっと狂性の懐に飛び込んだ。
そのまま、美菜に助力するように、彼もまたその腕をがっしりと受け止めた。
「……ここで、くたばっちゃ、ただの……クズだもんな」
打撲や切り傷だらけの顔で、彼は笑って見せた。
その痛々しい強がりを、美菜は正視できなかった。
「……馬鹿。ほんと、馬鹿」
うつむいて、泣いている。
「バカバカ言うない。気分悪いぜ」
が、ダメージの聞いている公司が一人加勢したくらいでは、狂性の馬鹿力を押し返すまでには至らない。
むしろ、獲物が増えたと言わんばかりに
「ヘッヘッ、弱い人間が何人集まろうと、強かなんないわさ。無力は無力――」
とまでいって、足元の公司と美菜を、その尋常でない大きさの脚で蹴り飛ばそうとした。ついさっき、一撃で沙紀を粉砕した、凄まじい破壊力をもった脚力である。この距離でやられては、美菜も公司もそれまでであろう。
しかし。
「――がっ!」
狂性はバランスを失って、後方に吹っ飛んでいた。
脚を上げたタイミングで、沙紀が左下から渾身のタックルをくらわせていたのである。脚一本という体勢では支えきれないというのもさることながら、そこまで狂性を吹っ飛ばした沙紀の執念もまた、尋常ではなかった。
急に圧力から解放された美菜と公司は、のめりながらも何とか体制を持ちこたえた。
沙紀は床に両手をつき、さすがに苦しそうである。
背中で大きく呼吸しながら
「……は、これ、が、何とか、って、ところね」
歯の根がかみ合わない。それでも、ぐっと美菜の方を向いて
「……バカは、公司と、あたしだけじゃ、ないみたい」
弱々しくも、ありったけの強がりを見せて笑っている。
美菜はまた、こみ上げてくるものがあった。
「……こんな時に、いい加減なコト、言わないで」
涙を拭っている。
咳き上げかけているのを、何とかこらえている。
そんな彼女を見るのは、沙紀も公司も初めてのことであった。
「……」
沙紀ははっとした。
「美菜、あんた、その格好――」
ふと気が付いたように、ちらと自分の姿を見やった美菜は
「……油断してたら、やられちゃったわ。恵もさらわれて」
多少自嘲気味である。
それを耳にした途端、沙紀も公司も顔色を変えた。
「さらわれたぁ? 何よ、それ?」
思わず美菜の腕を摑む沙紀。
「ど、どうすんだよ? どこに連れてかれたんだ? 早く助けに――」
公司も、柄になく取り乱している。
が、翻してみれば、二人共心底恵の安否を気にしているのである。何だかんだとありながらも、その実、気持ちの部分で通じ合っている一点が存在していたのだった。掛け値なしの彼らの心根を、美菜は無性に嬉しく思った。
この場合、美菜の方がやや冷静だったかも知れない。
「……ありがとう、二人共。恵が連れて行かれたのは、あたし達じゃとても行けない異空の奥深くらしいの。どうしようかと思ってほとんど途方に暮れたんだけど……来てくれたのよ、浅香君が」
訥々と説明しながらも、彼女自身落ち着いていられることを不思議に思った。
それが、実力に裏打ちされた涼輔の揺ぎない自信に因るものであるとは、美菜は気がついていない。しかし、彼を受け入れることによって自分で自分を受け入れられたという充足感がふつふつと、いつまでも彼女の胸から消えることはなかった。
しかし、現実は冷酷に進行している。
床にどっかと手をつき、狂性が起き上がった。
ただ足をすくわれて倒されていただけである。ダメージを受けている筈がなかった。
「貴様等、この俺を、舐めてるのかッ!」
喚き叫ぶと同時に、右腕を下から左腕に、素早く振り上げる狂性。
途端、振られた腕の軌道から、強烈な光弾がほとばしり出た。
「……こ、このっ!」
何とか防ごうと、美菜が両手を前に突き出して念を込め様としたが、遅かった。
ついさっき、公司と沙紀をいいだけ吹っ飛ばした悪意のプレッシャーがまたも三人を襲い――既に傷を負っていた美菜には、堪えることもままならなかった。
全身がバラバラになったのかと思える程の衝撃に見舞われ、彼女は不覚にも意識が遠のいた。がっくりと倒れ付したその傍に、狂性が近寄ってきた。
「お前、双転の、化身か……ハッハァ!」
「……くっ、あっ!」
踏みつけられていた。
蹴りではなく、背中を踏んだまま、じんわりと力が込められていく。
床に、胸と肺を強烈に圧迫され、苦しいどころではない。
狂性はそのまましばらく、美菜を嬲り続けていたが
「……酷性、お前をさっさと殺せと言っていた。双転の男を手筈通り異空に誘い込んだから、お前にもう用はない」
そう言って、彼は倒れている美菜を仰向けに蹴り転がし、片手で胸倉を掴んで一気に目の高さまで持ち上げた。恐るべき怪力である。
力が入らず、もはや抵抗も出来ない美菜。
糸の切れた操り人形のように、だらりとしている。
狂性の不気味な程に厚く巨大な手が、彼女の鳩尾辺りに当てられた。
美菜は今まさに、その身体を命術によって打ち抜かれようとしていた。




